その男、暴君のち、天を偽る愚者という。
本筋の補完説明です。
読まなくても進行上支障はありません。
「例の宗教団体」とか「教団」とか、毎回呼び方が違って申し訳ありません。
どちらも同じ存在を示すものです。
その男はブランドレスに古くから存在し、国民の大多数を信者に持つ「エレノア正教会」の神官だった。
主神エレノアは知性と慈愛を司る女神であり、魔術を人に与えた最初の神であるとされている。女神エレノアはブランドレス国民にとって欠かすことのできない、言わば心の拠り所であった。
エレノア正教会はブランドレス各地に教会を持ち、その一方で孤児院の運営や心身に障害を抱え働くことが困難な者達へ施しを行うなど、正しく宗教団体として活動していた。
しかし長い歴史の中でエレノア正教会は宗教としての正道を見失い、次第に権力や名声、金を求める者達による腐敗が始まった。
組織が大きくなればなるほど、そこに付随する利権を巡る争い生が発生するのは世の常である。
その男がエレノア正教会の神官への道を志した理由は、決して褒められた気持ちからではない。
男はブランドレスの外れにある小さな村の出身だった。
ごく平均的な暮らしを営む地方領主の末息子として生まれ、魔術の才能にも恵まれた。周囲から優秀と誉めそやされ、両親は末っ子を殊の外可愛がり甘やかした。その結果、彼はひどく傲慢で我儘な人間に成長し、周囲がそのことを危険視し始めた時には遅かった。
自分の命令に従わない者、諫める者、時にはただ彼の癇に障ったというだけで、彼は己の征服欲や支配欲などの欲求を満たすために魔術を行使した。
しかし村で一番の才能を持つ彼を実力行使で諌められる者はいなかった。
日々エスカレートしていく息子の暴虐ぶりを前に、いくら可愛がっていた末息子とはいえ、これ以上は領主として彼の行動を許容することはできないと判断。末息子を勘当することで、村人達を守った。
男の生活は激変した。
「領主の息子」という立場を失った男に手を差し伸べる者はなく、ヒエラルキーの上から一気に底辺まで落ちた。
ブランドレス国内は地方の小さな村であっても魔術が浸透しており、餓えに苦しみ寒さに凍えることもない。しかし餓えなくとも、寒さに凍えることがなくとも、それは男にとって我慢のならないことであった。
明らかに逆恨みと呼ばれる類の感情だが、男はそれに気付かない。
自分を捨てた両親、領主の息子で無くなった瞬間から自分を疎んだ村人達に報復を―――…。
男はその一心で神官への道を突き進み、最短距離でエレノア正教会の正神官に昇格した。
そんな男は次第に宗教が齎す利権の虜になった。
表では心優しき正神官を演じ、裏では貴族や商人と組んで教会財産の一部を私物化していた。
最短距離で正神官に昇格した実績が示す通り、確かに彼は優秀な人物であった――― 悪い意味で。
生来の才能に加え狡猾さを身に付けた男は、今の環境がずっと続くとは考えていなかった。
案の定、エレノア正教会の腐敗具合に堪忍袋の緒が切れた王家の手が入った。
注意深く周囲を観察し王家に近い位置にいる貴族に取り入っていた男は、事前に王家の動きを察知し、間一髪で王家の追求から逃れた。
王家による断罪によりエレノア正教会の信用は地に落ち、それまでの権威も威光も塵と化した。
そして男は動いた。
――エレノア正教会に代わる、新しい宗教を――……。
暴君の両親は「育て方を間違えた」上に「矯正を放棄」。
三つ子の魂百までといいますが、「三つ子」は三歳を指します。
三歳までに身に付けたものは百歳まで変わらない、ということですね。




