北へ
私はお爺様の言葉を受け、疑わしき隣国への留学を承諾したのですが。
まさか殿下共々、そのまま公爵家の別邸に連れて行かれるとは思いもしませんでした。
「まぁ!お嬢様、とてもお似合いですわ!」
「靴はこちらがよろしいかと思いますわ」
「御髪は半分だけ結い上げましょう。こんな綺麗なお御髪をきっちり纏めるのは勿体無いですもの」
「………はぁ」
ランデュオーナ公爵家は領地の本邸のほか、王都や国内各所に大小の別邸がある。小さい邸でもアールディータ男爵家本邸より大きいのだから、馬鹿げている。
こんな大金持ちの家に生まれ育った母が、アールディータ男爵夫人として文句ひとつ言わず、むしろ楽しそうに日々過ごしているのだから、母も大概変わった人だ。
別邸付きの侍女達の着せ替え人形にされ、彼女達か満足する仕上がりになると、私はお爺様の元へ向かいます。
「やはり女の子は良いのぉ」
お爺様は私を見て目を細めましたが、殿下は何故か不機嫌そうでした。
「それで、お爺様。お話はお済みですか?」
「おぉ!殿下も納得して下さったし、王都にいるというそなたの友人のことも心配いらん。私の方で全て手配しよう」
「ミシェルが巻き込まれないのであれば何でもよろしいですわ」
時には諦めることも大切でしょう。私は腹を括りました。
「留学の件だが、ファナにはランデュオーナ公爵の孫娘として留学してもらうことになる」
言いながら、お爺様が私の手を取り、ソファーに案内して下さいます。
ソファーはふかふかで、座り心地がとても良い物です。家具ひとつとっても公爵家の財力を思い知らされますね。
「魔術学校の生徒としてでなく、ですか?」
「……公爵。そこから先は私から話す」
「殿下は黙ってなされ」
不機嫌ながらも口を挟んだ殿下を、お爺様はにべもなく切り捨てました。
「魔術学校同士の交換留学というのは、確かに怪しまれんが、逆にこちらに変な輩が紛れる可能性もある。そこで、そなたには悪いが、好奇心旺盛な公爵家の孫娘の我儘と言う体裁を取る」
「私がいつ、我儘を申し上げました?」
「基本我儘じゃろ。跳ねっ返りぶりは聞いているぞ」
誰に?とも思ったが、そんな報告をするのは一人しかいない。
「殿下と話し合って、教団へは軍部の諜報部門から人員を派遣する。そなたには隣国の宮廷内で教団には支援や其れに準ずる者を調べてもらう」
「初めから諜報部門を使わなかったのは何故です?」
ちらりと殿下へ視線を向けると、殿下は苦虫を噛み潰したようなお顔をされておりました。
「殿下は諜報部門の責任者が苦手でな。なぁに子供染みた敵愾心じゃよ」
「つまり気に入らない相手の鼻を明かしてやりたかったわけですか……私とミシェルにとっては迷惑極まりありませんわね」
「ぐっ…」
「まぁ、そういうわけじゃな。多少窮屈ではあるかもしれんが、ファナは隣国の王立学校へ入ってもらうことになる。貴族の子弟が通う学校じゃな」
「子弟同士の繋がりも探れ、と?」
「親同士の繋がりから探るよりは、やり易いかと思ってな。それに私の方にもその教団の報告は届いているが、早めに手を打ったほうが良いだろう。あぁいった団体は必ず背後に利害関係で援助する貴族がいるものと決まっておる」
「わかりました。準備が出来次第、渡りましょう」
「その間はここに滞在するとよい」
魔術学校へは休学届を出すことにしました。任務が長引けば今年の昇進試験を受けられない可能性もありますが、仕方ありません。
できるだけ迅速に片付ければ良いだけのこでですしね。
ミシェルや両親には手紙を書くことにしました。両親、特にお母様への手紙を書くと言った時は、お爺様が「……アレが怒鳴り込んでくる」と少し青褪めておりましたけど、それくらいは我慢して頂きましよう。
そもそも、縁戚関係にありながら公爵家と男爵家が没交渉なのは、お爺様とお母様の確執が原因でもあります。
お爺様は、お母様とお父様の結婚は断固反対の立場でしたから。孫が生まれ、お父様ののほほんとした人柄や無欲さを知るうちに、お爺様も今では許しているのですが、お母様は結婚の際にお爺様が散々お父様を侮辱したことを、未だ根に持っておられます。
ええ。あのお母様がそこまでお怒りになるのですから、相当な事を言ったのでしょうね。言われた本人であるお父様はあまり気にしておられませんけど。
今回の件がもしお母様の耳に入れば、間違いなくお母様は激怒されるでしょう。
親子喧嘩再発です。
……それに巻き込まれるのは少々厄介ですので、手紙には出立の日を遅らせて書きました。
これで親子喧嘩には巻き込まれることもないでしょう。
もちろん今回の件にはお爺様が絡んでいることは書きますよ?当たり前です。
これくらいの意趣返しは許されて然るべきですわ。
そうして、公爵家に移って約一週間後。
私はお爺様が侍女兼護衛を二人付けて下さいました。
「精一杯、務めを果たしたく存じます」
貴族令嬢のお手本のような仕草で腰を折る、赤茶の髪型が印象的な少女はメイリア。
「このように美しい方にお仕えできて光栄です」
もう一人はリーシュラン。華やかな金髪で、少しお転婆な印象の娘。
対照的な二人だけど、私と同じ程の年齢でありながら、侍女としても護衛としても随一の実力者と、お爺様より伺っております。
そんな彼女達と、そのほか数名の護衛を共に、私は隣国ブランドレスへ旅立ちました。
お爺様の別邸があったのは、サラデルテと殿下が視察していたニルムヘルトとの中間地にあたるナルシナでしたので、そこから陸路で北へ向かうとなると結構な時間が掛かりますので、今回はニルムヘルトの少し上にある港町ニルナークスから船で向かうことになります。
港へ向かう馬車の中で、私はブランドレスについての各種情報を頭に叩き込みました。
魔術大国ブランドレス。
ジルシードの北に座する古くからある王政国家。
建国時から現国まで、全て直系子孫が王位を継承している。直系を絶やさずにいるというあたり、流石というべきでしょうか?
直系が連綿と王位を継承し続ける国家はあまりありません。ジルシードでも、何度か王の血筋が変わってますから。
つまりはこの国が安定している証拠ですし、それは国力を増強する為にも必要なことです。国内の権力争いが内戦状態になることはあったようですが、それも片手で数えても指が余る回数程度。恐らく今のジルシードよりは強いでしょうね。
貴族に関してはジルシードと同じく、上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵。因みに王の兄弟が臣下に降った場合は、公爵の上の大公位が与えられる。
大公と男爵、騎士爵は一代限りの爵位で、爵位継承はしない。
ええ。ジルシードと同じ仕組みですから、この辺りは問題ありませんね。
あとは、政治関係者の調査書。
途中、休憩を挟んだり小さな町に宿泊し、初めての船旅。
随行の面子の中には船酔いで寝込む者者おりましたが、私は見たことのない景色に興奮して、船酔いなどしてる暇もございませんでした。
マストの上にある、見張り台にも登らせていただきました。
随行の皆様が苦笑しておられましたけどね。
そうしてナルシナを発って約一週間。
私はブランドレス第二の都市と名高い港町、シーファミスに到着したのです。
やーっと!隣国の国名が出てきました。
人名はもちろん国や町の名前を考えるのは、苦手です。
自分のネーミングセンスの無さに呆れちゃいます。
ファナ一行の旅は、当然ながら平穏なわけはなく、私の中では色々と騒動がありました。
その辺は閑話的な要素なので、時間があれば書きたいです。
今日もありがとうございました。




