男爵令嬢は御立腹です。
遅くにすいません……
今回はデュランディクス第一王子目線です。
初夏の気配が漂う頃、俺は西辺境への視察の旅へ出た。
西辺境ニルムヘルト。
この地は西に国境を接する海運国シーガイア共和国との窓口でもある。その重要性から、この地は必ず公爵家が持ち回りで治めることとされており、現在の領主はランデュオーナ公爵家だ。ランデュオーナ公爵家の本領は南のサラデルテだが、持ち回りということで現在の領主を務めている。ランデュオーナ家の飛び地領だ。
歴代の領主の滞在用に建てられた領主館は、華美過ぎず貧相過ぎず。まあ、貴人を持てもてなすという意味では過不足はない。
俺はその領主館でも一等整えられた部屋を使わせてもらうことになった。このあたりは同行しているランデュオーナ公爵の息子の計らいだ。
一日の視察を終え、報告書を作成し終わると、俺はベットに寝転がった。
王都ではそろそろ、留学生選抜試験の結果が出ている頃だ。
潜入させるにこれ以上ない人物を見つけたが、なかなか扱い難い相手だった。こちらに来る前に保険を掛けてはおいたが、さてどうなっているだろうか。保険が予測通りなら、彼女はこちらに協力せざるを得ないはずだ。
明日にはジェルミ辺りから連絡も来るだろう。
今日は王都からの移動もあったから、さすがに疲れた。
俺は軽く目を閉じ、そのまま寝入ってしまった。
視察二日目。
今日も天気は晴れ。気持ち良い空気に誘われるように朝の庭に散歩に出た。
平穏な一日の始まりの筈だった。
「退いてーーーー‼︎」
朝の緊張した空気をぶち破るかのように、女性の悲鳴が響いた。
「えっ…ぅあっ⁉︎ぎゃっ」
「きゃあ!」
俺は背中から何かに突き飛ばされるようにして地面に倒れ込んだ。なんの構えもしてなかった俺は、顔面から花壇に突っ込むことになった。
「ごめんあそばせ!お怪我はございませんか⁉︎」
背中が軽くなったと思うと、どこかで聞いた覚えのある声がして、俺を足を掴んで花壇から文字通り引き摺り出した。
「ご機嫌よう。第一王子殿下。良い朝ですわね」
「……………」
「挨拶をしておりますのよ?お返事も頂けませんの?」
「……おはよう、ファナ」
「はい。おはようございます」
なんだろう。この違い。
俺は花壇に頭から突っ込んだ所為で泥だらけだというのに、彼女は全くの無傷で、そのドレスには泥一つ付いていない。
「朝からごめんなさい。転移陣の座標を間違えてしまったようですの」
悪いなんて微塵も思ってない笑顔でファナが言う。
嘘を吐くな。
「間違えた?態と間違えた、のだろう?言葉は正しく使えよ」
「あら?殿下には態と私にこんな真似をされなければならないようなことに、心当たりがありますの?」
「……っ」
「ふふ。ええ。殿下にはたーっぷり聞いて頂きたいことがございまして、お爺様にお願いしてこちらを教えていただきましたの」
「お爺様?」
彼女の祖父は既に他界している筈だったが……
「お忘れですか?私のお母様はランデュオーナ公爵家の娘ですわ」
………忘れてた。完璧に思考の範囲外だった。
いや、俺だって王族だからある程度貴族間の血縁関係は把握してる。けど、アールディータ家はランデュオーナ家と血縁関係にありながら、完全没交渉だったはずだ。それがなんてここにきて?
「さぁ、殿下。間もなく朝食のお時間ですわ。お食事をしながらじっくりお互いの利益について話し合いを致しましょう」
美しく微笑む彼女からは黒い靄が立ち込めていて、天上の女神も魔界の悪魔でさえも裸足で逃げたしそうな威圧感があった。
今日は俺の命日になるかもしれない……
戦々恐々と朝の食卓には着いた俺は、そこに現ランデュオーナ公爵までが揃っていることに驚愕した。その横には今回同行している公爵家の子息……ツァイスが申し訳なさそうに俯いて座っている。
完全に包囲されたとしか思えない。
「ふぉふぉふぉ。デュランディスク王子殿下。お久しぶりでございますな」
人好きのする柔らかな笑顔で穏やかに声を掛けてくる公爵だが、その目は笑っていない。これはもう、全部筒抜けになっているだろうな……。
公爵の言葉を合図に、朝食が運ばれてくる。しかし喉が通らない。
「殿下?お口に合いませんか?」
息子のツァイスが心配そうに声を掛けてくるが、それどころじゃない俺は曖昧に笑い、なんとか無理矢理食事を胃袋に納めた。
「それで、殿下。何故ミシェルまで巻き込んだのか、ご説明いただけますわよね?」
朝食が済み、全員で食後のお茶となった所で、ファナは前触れもなく率直に本題に切り込んできた。
「デタラメな書類をでっち上げて、罪なき羊を恐喝するなど、王族のなさる事とは随分横暴ですのね?私、今度こそ殿下には失望致しました」
「国の安寧のためだ」
「そのためならば人一人の人生など如何でも良いと?」
「そんなことは言っていない」
「言っているのと同じですわ。もちろん統治者として清濁併せ飲む必要があるのはわかります。ですが殿下自ら濁を作り出すのとでは意味が違います」
「私が強硬に断わると予測して、次善の手を打つにしても、ミシェルを人質に取るようなやり方をすれば、私がどう思うかくらい予想されましたでしょう?ああ。それともアレですか?片や大店とはいえ商人の娘、片や北の貧乏田舎貴族の娘。脅せば言うことを聞くとでも?」
「っ!そんなことは思っていない!」
「ならばなぜミシェルを巻き込んだのですか?ありもしない、実家の違法取引を知ったミシェルがどれほど傷付いたとお思いですか?泣き崩れるほど取り乱して、私に助けを求めたのです。民とは王族や貴族が守るべき存在であり、駒ではありません。国家の安寧の為であろうと、民の心を、生き方を、願いを、その未来を、大義名分の下に踏み潰して良い理由にはならないのでは?それは独裁というのではありませんか?」
「それはっ……その……」
情けない事に俺は彼女の断罪に、何一つ言い返せなかったのだ。確かにファナを使い勝手の良さそうな駒だと、心のどこかで思っていた。
断わり続けるなら、彼女が断れない状況を作ればいい。
それは彼女の言うことと何が違うのだろう。
そんな俺の気持ちを置いてけぼりに、ファナは言う。
「殿下は確かに優秀な方なのでしょう。けれど言わせて頂くなら、愚かです」
「愚か、だと?」
「あら、失礼。言葉が過ぎましたわ」
失礼なんて微塵も思っていない澄ましたファナだが、その纏う空気は何処までも刺々しい。言い返そうにも、何から言い返せば良いのか判断に苦しむ俺に救いを差し伸べてくれたのは、同席していたランデュオーナ公爵だった。
「ファナ。それ位で良いではないのか?デュラン殿下とて悪気があったわけでもあるまい」
ふぉふぉふぉ、と好々爺的に笑っているが、公爵ほど喰えない御仁もいないことを俺は知っている。さすがにファナもこの公爵に楯突く気はないらしく、態とらしく溜息を零していた。
「お爺様、私はとっても怒っておりますのよ?」
軽く睨んだファナだったが、それは祖父に甘える孫としか見えないもので、公爵の表情が目に見えて緩んだ。
「ファナの怒りもわかるが、国の安寧を最優先する殿下の気持ちもわかる。確かにこの度の殿下のやり方は決して褒められたものではないが、国を思う気持ちまで否定するわけにはいかぬよ。ファナ。ここはこの爺の顔を立てて引いてくれぬか」
さすが、というか…。
三大公爵家の当主という存在の大きさを、俺は改めて思い知った。ファナも不満そうではあるが、祖父から言われて逆らう気はないらしい。
「さて、私は殿下の発想自体は悪いものではないと思うておる。例の宗教団体についての内偵が必要なことはファナとて理解しておろう?」
「……わかっておりますわ。でも」
「言いたいことはわかる。しかしファナ。お前が断ったところで今回のように他者が身代わりとなることもある。周囲を巻き込みたくないと思うならば、時には引くことも大事。わかっているな」
ランデュオーナ公爵は、それまでの柔らかな雰囲気から一変、厳しい表情でファナを見据えていた。
有無を言わせない迫力と威圧に、俺も気圧された。
「……それは命令ですか?ランデュオーナ公爵様」
対するファナの雰囲気も全く違う。先程までの祖父に対する気安さは一切なく、そこにあるのは仕える者と仕えられる者の、厳しい上下関係。
「命令ではない。これは貴族としての義務だ」
ランデュオーナ公爵の表情は厳しく、言外に一切の反論を許さないと言っているようだった。
正直、怖い。
俺の父上も大概、迫力と威圧に満ちた人だと思っていたが、ランデュオーナ公爵はその上をいく。この人にここまで睨まれて平然としているファナの、その豪胆さに感心を通り越して呆れさえする。俺が慄いている間にも、ランデュオーナ公爵とファナは無言の駆け引きをしている様子だったが、暫くしてファナが諦めたように溜息を零した。
「わかりました。ミシェルの件についての白紙撤回と、内偵中の私の身の安全を条件に、この度の件をお引き受け致しましょう。それでよろしいかしら?第一王子殿下?」
最後のひと言は絶対、俺への当てつけだろう。
ええっと。
なにやら帝王学的なことを書いてますが、あくまで滸の偏見と主観なので、さらっと流して下さい。
そんなこんなで、やっと隣国へ話が移ります。
そういえば、隣国の国名が全く出てきていませんが、少なくともシーガイアは無関係です。
というか、そもそもジルシード王国周辺の状況についての記述を殆どしてなかったことに、今更気付きました。
何処かで書けたら書きます……
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