カボチャ頭に恋をする
そっと目を閉じた。
それはきっとこれが夢だと思ったから。
そっと目を開けた。
夢が覚めればと思って。
でも目の前の光景は変わらない。
私の視界に映るのはカボチャの頭と人間の体。
ちょっと意味がわからない。
ぱちぱち、と数回の瞬きをして深呼吸を繰り返す。
落ち着け私と何度心の中で唱えたか。
「えーっと、ごめんなさい。やっぱり意味がわからないです」
目の前のカボチャ頭に頭を下げた。
カボチャ頭は表情を変えず……というかカボチャなので表情自体わからないが、困ったなぁなんて言う。
困ってるのは私です、本人には言わないが。
事の始まりは十数分前になる。
学校が無事に終わり家に帰ると、部屋の中心にカボチャ頭に体が人間という良く分からない人物がいた。
ここは私の家で私の部屋だよな?と思いながら部屋の扉を閉め、階段を駆け下り玄関を飛び出す。
勿論表札を見ても家の外観を見ても私の家だ。
きっと未間違いだ。
そう言い聞かせて部屋に戻ると、まだカボチャ頭が部屋に居座っていた。
「あ、あの……」
ゴッと鞄をぶつける。
意味分からない意味分からない、何だこれ何だこれ。
混乱する私を見てカボチャ頭が立ち上がって話しかけようとしてくる。
近づかないで欲しい。
「自分、何で生きてるんですかね」
さらに意味わかんない。
ゆっくりゆっくり後退る。
「知りませんよ。何ですか貴方、不法侵入ですからね」
そう言っても彼はうーんと首を傾げる。
まず第一にその変な被り物はなんなのか。
ガッと両手でカボチャ頭を掴む。
そして足腰を踏ん張らせてぐいーっとそのカボチャを脱がそうと引っ張る。
抜けない?
「いた、痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
カボチャ頭が悲鳴を上げた。
え、抜けないってなんで?
後ろにチャックがあるのかとも思ったが、そうではないらしい。
もう一度とそのカボチャ頭を引っ張る。
カボチャ頭は体を九十度に折り曲げて、私が引っ張る方向とは逆に踏ん張っている。
「脱いで下さいよ!これ!!」
私が半ば叫ぶように言うと彼も同じくらいの声量で訴えた。
「これが自分の頭なんで!!」
パッ、と手を離してしまう。
勿論踏ん張っていたカボチャ頭は後ろに転ける。
カボチャ頭は転んだ格好のまま「ジャック・オ・ランタンの話は知ってますか」と問う。
ジャック・オ・ランタン?と私が首を傾げると、カボチャ頭は起き上がり姿勢を正す。
カボチャ頭が正座……。
そして勝手に語り始める。
ジャック・オ・ランタンとはハロウィンによくあるカボチャのランタンだ。
そのランタンは天界にも地獄にも居られない、さ迷う魂が取り憑くという話。
私は口元が引き攣るのが感じられた。
「貴方は自分がそれだとでも?」
悪趣味だと言いたくなった。
それなのに目の前のカボチャ頭はこくん、と一つ頷く。
そして話は冒頭に戻る。
理解出来ないので出て行って欲しい。
「……ここに来てしまったのはきっと心残りがあるからだと思うんだ」
そんなこと知らないよ、と頭を抱えた。
自分の机の椅子に座る私。
カボチャ頭の表情は変化しないから何を考えているのかわからない。
「大体、貴方が誰なのか知らないし」
ふっと視線を窓の外へ投げる。
胸の中がもやもやとして気持ち悪くなる。
嫌なことを思い出す。
だがカボチャ頭からの反応がなく疑問に思い、振り返ると立ち上がって本棚を覗き込んでいた。
人の部屋の中をあまり見ないで欲しい。
その背中に何をしてるのか問えば、何も答えずにじっと何かを見ている。
その背中に見覚えがあった気がした。
「何見て……」
そこにあるのは一冊の本。
ハロウィンに起きた怪奇事件の話が書かれた小説なのだが、ミステリーなのに中々ギャグ線が高いのでお気に入りだ。
「この本……」
うーんと考え込むカボチャ頭。
私はその本を取り出して表紙を撫でる。
開けば紙とインクの匂いがしてくる。
この本は貰い物なのだ。
「大好きな先輩から貰ったんですよ」
カボチャ頭がその頭を左右に振る。
何を考えているのか。
ぐるぐると私の周りを回り始める。
犬のようだ。
ボソボソと先輩、本、などと言う単語が聞こえてくる。
一体なんなのか。
「……行こう」
カボチャ頭が私の腕を掴んで引っ張った。
突然のことでぐらりと身体が傾き彼の方へ体重移動させられるが、彼の手がそれを支えて歩き出す。
その手の感触に覚えがあった気がした。
気がしただけだろうけど。
ぐんぐんと歩いて行くカボチャ頭と引っ張られる私。
一応それなりに私との歩幅は考えているようで、小走りになったりはしない。
慣れ親しんだ風景と何だか覚えのある道。
そしてカボチャ頭の足はある家の前で止まった。
ドクン、と嫌な音を立てる私の胸。
心拍数が上がって苦しい。
「やだ、何でっ」
勢いに任せてカボチャ頭の腕を振り払った。
白い外壁に広い庭には沢山の花達、覚えている。
忘れるわけない。
カボチャ頭は家を眺めて振り払われた手を見て、私を見た。
カボチャ頭なのに、表情の変化なんてないのに、悲しそうに見えるのは何で?
カボチャ頭の手が私の手に触れようとした瞬間霧散した。
目の前からカボチャ頭が消える。
何で、とは思わなかった。
私は家のインターホンに駆け寄り二回連続で押す。
しばらくして綺麗な透き通った女の人の声が聞こえて来る。
「あの、私……優人先輩の後輩の北条です」
インターホンが切れ数秒後、ゆっくりと扉が開く。
そこにいたのは髪の長い女性。
優人先輩のお母さんだった。
水神 優人先輩はサッカー部のエースで、ファンクラブもあるくらいにモテていた。
私も、彼に好意を寄せていたうちの一人だったのだが、全ては過去系だ。
だって、優人先輩は、数日前に亡くなったのだから。
サッカー部の練習が終わった帰り道、彼は道路に飛び出した子供を助けようとして自分が撥ねられたのだ。
私は仏壇の前で正座をしてそっと手を合わせる。
しばらくして閉じた瞳を開け体を反転させると、優人先輩のお母さんと目が合う。
「こんな可愛い子がお線香をあげに来てくれるなんて、優人も隅に置けないわね」
そう言って笑った。
少しやつれているのは心労からくるものだろう。
私は困ったような笑顔を返す。
お母さんは紅茶を淹れてくれた。
ふわりと甘い香りが室内に漂う。
「あら、その本……」
紅茶をテーブルに置きながら私が持っている本へ目を向けたお母さん。
あ、本持ったままだった。
この本は優人先輩本人から直接貰ったものだ。
スポーツ系は先輩は小説を読まないと思っていたのに、何故かこの本だけは真剣に読んでいた。
図書委員だった私がたまたま声をかけたら、先輩がお気に入りだと言って貸してくれたんだ。
自前のだったことにさらに驚いたのを覚えている。
そして読み終えて良かったことを伝えると「そんなに気に入ってくれたんなら、やるよ」と人懐っこい笑顔を私に見せたのだ。
お母さんは本を懐かしそうに眺める。
「優人が好きだったのよ。特に『彷徨える魂は愛を持っている』っていう台詞が」
この本は先程も言ったようにハロウィンに起きた怪奇事件の話だ。
ミステリーなのにギャグ線が高いのも先程も言ったが、更にファンタジー要素が入ってくる。
ハロウィンだから。
その中にもジャック・オ・ランタンも出てきた。
でもカボチャ頭がしてくれたような説明は深く書かれていなかったが、そのジャック・オ・ランタンが出てきたシーンで書かれていた台詞が、お母さんの言った『彷徨える魂は愛を持っている』なのだ。
先輩の魂はきっと彷徨っていたんだ、そしてジャック・オ・ランタンの話を思い出した。
だから、あのカボチャ頭はきっと先輩で。
でも、何で私の部屋にいたの?
疑問が溢れて止まらない。
呆然とした私を見てお母さんが首を傾げている。
また熱い紅茶を一気に飲み干して私は席を立つ。
目を丸くしたお母さんに勢い良く頭を下げ、お礼と謝罪を言うと家を飛び出した。
先輩、先輩、先輩……。
「先輩っ!!!」
住宅地に響き渡る私の声。
何事だと人が集まるよりも早く、私は何者かの手により路地裏へと引きずり込まれた。
「……凄い声」
私を抱きしめているのはカボチャ頭だ。
そしてそのカボチャ頭は先輩。
「先輩、先輩先輩先輩先輩先輩」
私はそのカボチャ頭に手を添えた。
先程のように引っ張ったりはしない。
だって取れないことがわかっているから。
黙る先輩に私は疑問を投げかける。
何で私の部屋にいたのか、何でさ迷っていたのか。
質問をしても先輩は黙っていたが不意に小さな溜息を漏らした。
「気付いたらこの辺をウロウロしてて、勝手にお前の家に行ってた。その時は自分が何なのかもわからなかった」
するり、と先輩は私を抱きしめていた手を解く。
そして私の手から本を抜き取った。
「でも、この本を見たら自分が誰なのか思い出して、それと同時に何であそこにいたのかわかったんだ」
優しく愛おしそうに本の表紙を撫でた。
本が羨ましい。
「死ぬ前に心残りがあったんだ」
先輩の手が今度は本から私に。
体温のない手が私の頬を撫でる。
そして教えてくれる、何であそこにいたのか。
「お前が好きだって伝えたかったんだ。俺の好きな本を好きだと言ってくれたあの日から、俺はお前が好きだった」
そう言ってカボチャ頭の先輩は私にキスをした。
触れるだけの幼いキス。
ゆっくりと離れた先輩は笑う。
表情なんてわからないのに笑っているって断言できる。
「もう、大満足だ」
今度こそ消えるんだ。
光を帯びて霧散する先輩に手を伸ばす。
触れられないのが悲しい。
「愛してます」
全てが霧散したあと私の足元に転がるカボチャ。
ジャック・オ・ランタンだ。
それを拾い上げて私は静かに涙を零した。