俺は魔王と戦った 『俺に出来ることは!』
クレスの戦闘力 シリウスとの戦い
チート:一部を使用
勇者の素質:自主的に封印中
神に能力がばれるのを恐れて、チートは一部のみ使用中
死──それは、突如として大顎を開ける。
大顎からは、常に冷たい吐息が吐きだされており、生者は凍えて震えることしかできない。
そんな死が吐き出す吐息を、耳元に感じている気分だった。
魔王が連れた白い服を着た少女が持つ宝玉が光った。
次の瞬間、俺は見知らぬ砂漠にいることに気付く。
少女が持っていた宝玉は、強制的に人を転移させるものだったのだろう。
転送させられたのは、俺とシルヴィアとガリウス。
そして黒い仮面を付けた魔王。
周囲には白い服を着た少女はいない。
どうやら宝玉の効果は本人には効かないようだ。
いきなり俺達を転移をさせて秘密のお話──なんていうことは無いだろう。
仮面を付けた魔王は敵意があると考えて良いハズだ。
「気をつけろよ」
「うむ」
「…………」
俺の声にガリウスが答えた。
シルヴィアは俺の話が聞こえないほど集中しているらしく、答えることは無かった。
砂漠に飛ばされたと気付いた俺達は、即座に陣形を組んだ。
俺とガリウスが前衛で、シルヴィアは後ろから援護する形の陣を。
対して魔王は、構えをとるわけでもなく、ただ俺達を観察している。
並みの敵であれば、俺達が遅れをとることなど、万が一にもありえない。
例え魔王であっても、善戦は可能なハズだ──普通の魔王なら。
残念なことに、目の前の魔王は普通の魔王ではない。
俺の目には、魔王が本来持たないハズの物が映っている。
素質を見ることができる俺の目に写っていたのは、能力。
本来は召喚された勇者しか持ちえないハズの力だ。
俺の警戒からガリウスもシルヴィアも何かを感じ取ったのだろう。
目の前の魔王が異常な存在であることは理解したようだ。
彼らが纏う魔力から最大限の警戒心を抱いているのが感じ取れた。
そのまま、時だけが過ぎ去っていく。
魔王と、どれだけ向かい合っていたのだろう?
緊張の中にいると時の流れが分からなくなってくる。
流れた時間は同じでも、俺達と魔王との間には僅かな差が生まれていた。
構えたまま時を過ごした俺達は疲れ、構えていない魔王に疲れは見えない。
このままでは、無駄に消耗して魔王を一層有利にするだけだろう。
俺達に時間を無駄にする余裕はないようだ。
「行くぞ!」
この叫びがキッカケとなり魔王との戦いは始まった。
………
……
…
まず、俺とガリウスは同時に走り始めた。
ガリウスの方が俺よりも走るのが早く彼が先陣を切る。
「破ァッ」
拳を魔王へと放つガリウス。
だが軽やかに拳を避けながら魔王はガリウスの懐へと入り込んだ。
懐に入られたことが意外だったのだろう。
そこからは反射的に体が動いたようだ。
彼は、拳を即座に引きながら膝で攻撃を仕掛けようとした。
その瞬間、小さく男の声が聞こえた。
それは魔王の声。
ガリウスの肩足が攻撃のために浮きあがると同時に、魔王は言葉を紡ぎ終わった。
「マスター フレイム」
次の瞬間、ガリウスは全身を炎に飲み込まれていた。
俺以外に使っている物を見たことのないマスター級の魔法。
目の前で使われた俺は呆然とした。
だが、戦闘から注意を逸らす時間は即座に終わる。
「クレス!」
後ろから響いた女性の声。
それはシルヴィアの声だった。
彼女は俺の横を走り去り魔王へと攻撃を仕掛けた。
二振りの剣が宙を舞い魔王へと襲いかかる。
その剣は、始まりの村で俺が渡したレイヴンソード。
所有者の意思で宙を舞い敵を切り裂く剣。
だが、目の前の魔王相手では武器としての役割は果たせないだろう。
このことはシルヴィア自身も理解しているハズだ。
(なら、俺に出来ることは!)
シルヴィアの声で戦いに意識を向け直した俺は、自身の役目を果たすために走った。
俺の行うべきこと──それは!
「マスター ウォーター」
俺は魔法で水を作り出しガリウスを包み込む炎を消した。
そして回復魔法を使いガリウスの火傷を治療する。
「クッ」
シルヴィアと魔王は剣を交えていた。
だが、体重や力の違いにより2人の剣が衝突するたびに、シルヴィアは大きく後ろへと飛ばされる。
彼女は魔法を得意としており、接近戦には向いていない。
マスター級の魔法は魔力の質が高い。
質の高い魔力は体に留まり、他の魔法と混ざる。
この状態は絵の具に似ている。
透明な水に赤い絵の具を垂らせば水は赤くなる。
だが、青い色の水に赤い絵の具を垂らせば赤ではなく紫色の水ができる。
質の高い魔力が留まっている状態だと、魔法が誤作動を起こしやすくなる。
このため回復魔法をガリウスに使うのは危険だ。
他人の体に留まる魔力の除去は難しい。
だが、マスター級の魔法を使えば魔力のコントロールは容易くなる。
こんな考えで、シルヴィアは俺にガリウスの治療をまかせたのだろう。
だが、無謀すぎる判断だ。
「……行け」
かすれたような声でガリウスが言った。
喉が熱でやられたのかもしれない。
痛々しい声だった。
しかし俺は迷わずシルヴィアの元へと走った。
既にガリウスの体に留まっていた魔力の除去は済ませてある。
俺が魔王と戦い彼女がガリウスの治療を行うのが最善だと判断したからだ。
「ハァッ」
魔王は魔法で作りだした白く光り輝く剣を一振りした。
すると2本のレイヴンソードが砕け散った。
「射れ!」
剣を振ったために出来た魔王の隙を見逃すほど、シルヴィアは甘くない。
魔法の矢を放ち攻撃を仕掛けた。
彼女の周囲には星屑を散りばめたかのような輝きが広がった。
一瞬だけ光を放った星屑は、無数の白い矢へと姿を変えて魔王を襲う。
だが、白い矢は魔王を覆う透明な障壁により防がれる。
障壁により砕け散った無数の矢は白い煙幕として魔王を包み込んでいた。
「囮だろ」
小さな魔王の声が聞こえた気がした。
その声には『理解している』という意思が感じられる。
そう、シルヴィアの放った魔法はヤツの注意を逸らすための囮。
本命は──
「なあ、クレス」
煙幕に隠れて近づく俺に、魔王は仮面の奥に光る眼光を向けた。




