俺は小屋を直した 『終わったな』
死闘の果てに、俺は獣王の手により命を奪われかける。
だが、生への執念が俺をこの世に繋ぎとめた。
「今日は、ここまでにしておくか」
「なにが、『ここまでにしておくか』よ……」
俺は周囲に散らばった木片の片付けを切り上げようとした。
そんな俺をシルヴィアが引きとめた。
「あっちを見なさい」
シルヴィアは、自分の後ろ指さしている。
その顔には疲れ呆れの心情が浮かび上がっていた。
「…………俺は全部忘れた」
「忘れたって言っているのが覚えている証拠よ」
シルヴィアが指差した先には半壊した小屋が見える。
「俺は、死にかけたことなど全て忘れたんだ……」
「忘れても良いけど、片付けは自分でしなさいね」
あの小屋は、ガリウスの一撃を受けた俺が吹き飛んで壊したらしい。
そういえば、背中を何かに打ちつけた様な気がしたような……
いや、俺は忘れたんだ。
「仮に、お前のいうことが正しいとしても……」
「100%正しいのよ!」
「……100%お前が正しいのだが、原因はガリウスだろ」
俺の反論が終わると、シルヴィアは目をそっと細めた。
青い瞳の奥から冷たい怒りを感じる。
その怒りは、子どもの俺を怯ませるには十分なものだった。
「いいから片づける!」
「はい、シルヴィアお姉さま」
俺は、獣王に殺されかけた事実と共に、責任を記憶の彼方に封印しようとした。
だが失敗したようだ。
それにしても、殺されかけた現場を自分が無理矢理片付けさせられる。
理不尽な気もするが……気のせいだろうか?
………
……
…
周囲は薄暗く子どもの時間は終わりつつある。
これからは大人の時間だ……俺は子どもだがな。
世界樹の森は夜になっても、満月程の明るさはある。
これは周囲に張り巡らされた結界が薄っすらと光を放っているせいだ。
だが、小屋を直すためには手元が暗いと言わざるえない。
このため、俺達3人は暗い場所でも物が見えるようになる魔法を使って作業をしている。
なぜ、3人しかいないのか?
それは、イリア達を帰らせたためだ。
イリアの場合は寮の門限があるので手伝わせるわけにはいかない。
他のメンバーに関しては、シルヴィアが率先して帰らせていた。
子どもに夜遊びを覚えさせるわけにはいかないのが理由らしい。
俺も子どもなのだが、そのことに彼女は触れる気はないらしい。
そんなシルヴィアに、あえて質問してみた。
「俺は夜遊びを覚えてもいいのか?」
「…………」
シルヴィアは、俺の問いに冷たい視線を返すことで答えてくれた。
(早く仕事を終わらせよう)
彼女の冷たい視線に込められた『何言ってんだコイツ』という想い。
同世代と差別されている疎外感を誤魔化そうと、俺は大工仕事に打ち込んだ。
~数時間後~
俺の努力もあり、小屋の修繕は思いのほか早く終わった。
「終わったな」
「奇抜なデザインになったわね」
「うむ」
シルヴィアは小屋を見ながらつぶやいた。
そのつぶやきにガリウスが頷いている。
「突貫工事でやったんだ。仕方ないだろ」
「そうかもしれんがな……」
小屋は少し……いや、結構な角度で傾いている。
そして壁は継ぎはぎだらけだ。
「明日、アイツらがどんな顔をするのか楽しみだな」
「きっと、呆然とするでしょうね」
シルヴィアは明日、この小屋を見るであろう愛しき教え子たちに想いを馳せているようだ。
その目は、遠い未来を見るかのように……いや、俺の言葉に呆れて遠い目をしているだけだな。
「風に吹き飛ばされなければよいがな……」
なにか、ガリウスが不吉な事を言ったが無視をすることにした。
これ以上、肉体労働をしたくはない。
「じゃあ、帰りましょうか」
「そうするか……うん?」
俺達が帰ろうと、転移方陣のある方向を見ると誰かが歩いてきた。
1人は白い服を着た黒髪の少女。恐らくは15~16と言ったところか。
もう1人は黒い仮面に黒い鎧を身に付けている。
ゆっくりと歩いてきた2人は、木の影が被らなくなった場所で立ち止まる。
「…………」
俺達3人は、いつでも戦えるように構えをとっていた。
アイツの素質が見えずとも、その存在感から危険性を感じたのだろう。
2人は最大限の警戒をしているようだった。
だが、俺達の警戒をよそに目の前の2人は自然体でいる。
構えをとっておらず、更に体の動きにも緊張感を感じさせない。
相手の出方をうかがっていると、白い服を着た少女の手が動いた。
その動きに危険を感じた俺は、短剣を手にして襲いかかる。
だが、遅かったようだ。
いつの間にか少女が手にしていた宝玉。
そこから放たれた光が、夜の闇を白く塗りつぶした。




