俺は魔力の質を講義した 『お前は撃つなよ』
この世界で最も神聖とも称される世界樹の森。
だが俺達の中からは、世界樹を神聖だと感じる心は完全に失われている。
数年にわたり、毎日のように訪れていたので無理もないことだろう。
特にガリウスは世界樹の森に小屋を建て住み着いている程だ。
彼は馴染み過ぎだと思う。
今日も世界樹でトレーニングを俺達は行っている。
「雷よ!」
コーネリアは遠慮なく俺に魔法を打ち込んできた。
彼女が手にした杖からは眩い雷が空を割くように俺へと放たれている。
その戸惑うことなき攻撃は、兄に対し畏敬の念を感じないからこそ放てる物だ。
「炎よ、焼き払え」
コーネリアの魔法に合わせるかのようにセレグが魔法を放つ。
魔法を苦手とする獣人でありながら彼には優れた魔法のセンスがある。
彼もまた俺への遠慮はない。
昔は俺が『ありがとう』と言っただけで涙目になったのに強くなったものだ。
「水よ、貫きなさい」
続いて魔法を放ったのはイリアだ。
手の平に収まる程度の水球を作り出し俺へと放った。
彼女もまた俺への攻撃に戸惑いはない。
戸惑いがない理由は、俺の強さを認めてくれているからだと信じたい。
「お前は撃つなよ」
シルヴィアは、俺へと剣先を向けている。
恐らくは魔法を放とうとしたのだろう。
──おいっ 残念そうな顔をするな!
彼女は、とても残念そうな顔をした。
その顔を見て手加減なしで魔法を放とうとしていたと、俺は悟った。
俺でもシルヴィアが全力で放つ魔法を受ければ怪我をする。
だから残念そうにしても魔法を撃たせるわけにはいかない。
(本当にロクでもないことしか考えないヤツだな)
イリア、コーネリア、セレグの魔法を俺は受け止めている。
受け止めていると言っても直立不動の状態で防御は障壁のみで行っている。
別にイジメられているワケではない。
魔法の質というものを3人に教えるために行っているんだ。
「もういいぞ」
「…………」
俺は3人に魔法を放つのをやめるように伝えた。
一瞬だ。
そう、一瞬だけだったのだが……
コーネリアが悔しそうな表情を浮かべたのを俺は見逃さなかった。
魔法が俺に効かなかったことを悔しがったのだと思う。
負けず嫌いなところがコーネリアにはあるからな。
彼女の性格を考えればしかたないことかもしれない。
だが魔法が効いたら兄が怪我をする。
妹は、このことを忘れているのではないのだろうか?
まさか怪我をさせたかったとか……
そんな恐ろしい想像をして彼女を見たらニッコリとほほ笑んだ。
だが、今の俺には彼女の笑顔を信じる余裕はなかった。
「…………」
「?」
俺は彼女を見つめながら悔しそうにした真意を考えてみた。
無言で見つめ合う俺達の間に沈黙が生まれる。
その沈黙に耐えられなかったのだろうか。
笑顔を作ったコーネリアが首を傾げる。
仕草だけを見るのなら本当に可愛い妹だと思う。
だが俺の中に生まれた不信感は消えない。
「まあ、いい」
彼女への不信は後回しにして本題に入ることにした。
俺の心に広がる不信感は憶測による物でしかない。
だから、これ以上考えても憶測を並べるにとどまるだろうからな
と、自分に言い聞かせることにした。
「お前たちの魔法を喰らっても、俺が無傷なのは分かるよな」
「…………」
俺は両腕を広げ無傷なのをアピールした。
するとコーネリアは再び悔しそうに……俺に恨みでもあるのだろうか?
だが、妹の反応は気にしないことにする。
真実を知るのは、精神衛生上よろしくなさそうだ。
今は妹を信じよう。
「これは魔力の質が圧倒的に違うことが原因だ」
「魔力の質……ですか?」
言葉を返してくれたのはセレグだった。
本当にイイヤツだな。
最近、妹から雑に扱われるためだろうか?
人の優しさが心に染みるようになった。
「ク、クレス!?」
ヤバい、少し涙腺が緩んでしまった。
「イヤ、なんでもない」
「そうですか……?」
釈然としないようではあるが、イリアはそれ以上を追及しなかった。
その優しさに涙腺が再び……やめておこう。
これでは話がいつまでも進まない。
涙を流しながら話そうとしてドン引きしたシーンなどは端折ることにする。
………
……
…
~15分後~
涙腺が落ち着いた俺は魔法の質について話している。
「魔力の質に圧倒的な違いがあると障壁を突き破ることができない」
「残念よね~」
シルヴィアが俺を見ながら意味深に残念がっている。
彼女から、様々な虐待を受けても俺は無事だった。
なぜ無事だったのか?
それは質の高い魔力で貼った障壁でダメージを減らしたからだ。
シルヴィアは、そのことを残念がっているのだと思う。
「……魔王や悪魔が脅威なのは魔力の質が高いことにある」
俺はシルヴィアを軽く睨んだあと、話を続けた。
コイツは釘を適度に刺しておかないとトンデモないことをするからな。
時折、俺は彼女を精神的に牽制ることにしている。
話を戻すが、魔王や悪魔は魔法の質が高いため障壁の強度も高い。
だから人間の攻撃は大半が障壁に防がれてしまう。
だが、ヤツらの障壁を人間が破るのは可能だ。
魔力の質を一定以上に高めて攻撃するか特別な武器を使う必要はあるが……
あと魔王や悪魔が持つ魔法の質の高さは攻撃にもいきる。
魔法その物の威力も高い。
だが物理攻撃も高い威力を持っているんだ。
魔力を拳や武器に纏わせることで威力を高めることができる。
だから魔王や悪魔が纏わせる魔力は質が高く物理攻撃の威力が高くなるわけだ。
俺が語った内容は、こんな所だ。
伝えていない部分はシルヴィアに任せようと思う。
「シル……」
「魔力の質を高めるにはね」
俺が丸投げしようとすると、シルヴィアは話し始めた。
完全に俺の行動パターンは把握されているようだ。
すでにイリア、コーネリア、ラゼル、セレグ。
4人の注目はシルヴィアへと向かっている。
この4人は、すんなりとシルヴィアへと注目した。
彼らも俺の行動パターンを完全に把握しているようだ。
もう俺の言えることは何もない。
黙ってシルヴィアの講義を聞くとしよう。
世界樹の森は結界の影響か温度が一定に保たれている。
だから一年を通して快適な環境が提供されているわけだ。
そして……
「クレス! 邪魔だから向こうに行っていてね」
シルヴィアは眩しいまでの笑顔で俺を邪魔だと言い放った。
周囲をキョロキョロと観察していたのが気に障ったらしい。
講義を聞こうと決めて数秒で集中力を切らすとは……さすが俺だ。




