俺は外に出たい 『セレグーー!』
今回はセリフが少なかったです。
始まりの村に夜がやってきた。
俺達は借りた空き家で眠っている。
砂漠の夜は冷えるが、始まりの村の周囲には結界が張られている。
このため多少は寒さを防げるんだ。
だから俺達は魔法を使った特別な薄い布を掛けて眠っている。
床は冷えるし固いということもあり自分の服をそれぞれが敷いた状態だ。
空き家は部屋が3つあり、男女で分かれて部屋を使うことにした。
男性陣の部屋は、窓側から出入り口に向かい……
俺 (窓側の一番良い場所)
ラゼル
セレグ
ガリウス (出入り口近くの最も不便な場所)
この順番で眠っている。
窓際で眠る俺の場所が一番良い場所だ。
なぜならガリウスの眠る出入り口付近は、外に行く時に起こされやすいから。
だが、一番良い場所に眠る俺なんだが困ったこもある。
特に外に出たくなったときが代表例だ。
どうして、こんなことを言っているのか?
それは現在進行形で外に出たい衝動を抱いているからさ。
前世の俺が召喚されたとき夜だった。
そのことを考えていたら夜の召喚の祭壇を見たくなったんだ。
この村には、しばらく来る予定はない。
だから今日中に見なければ、夜の祭壇を見る機会は当分ないだろう。
普段は見所が全く無い、質素でつまらない勇者召喚の祭壇。
だが今日中に見ないと当分は見ることが出来ないという限定感が今はある!
地球で言えば、限定だと言われると後悔しそうなお菓子でも買いたくなる。
あれと同じ心理なのだと思う。
そんな心理に駆られた俺は、障害物があるという不便さを我慢して外に出ることにした。
他の人間を起こすわけにもいかない。
だから忍び足で出入り口に向かっている。
障害物を踏まないように、魔法で薄明るい光の球を部屋に浮かべて……
寝覚め間際で頭の働きは鈍いが問題はないだろう。
と、考えたのが甘かった。
俺はまたいで外に出ていこうとしたのだが……隣で眠っているラゼルに躓いた。
転びかけた俺は反射的に手を前に出し転倒を防ごうとする。
しかし寝惚けていた俺は枕を強く抱きしめており手がふさがっていた。
今考えれば枕を手放せば良かったのだと思う。
だがこの時、枕を守らないといけないと言う強い衝動を何故か感じたんだ。
枕を抱えた俺は、体勢を変えて背中から倒れようとするも間に合わなかった。
この時の行動は寝惚けていることに加えて反射的な物だ。
反射的な行動では、慣れ親しんだ無意識的な行動がでる。
だから慣れ親しんだ前世の感覚で、受け身をとろうとしてしまった。
前世は大人の体で、今は子どもの体だ。
当然のごとく感覚にはズレがあり、受け身が中途半端な物となる。
その結果、俺は肩から床へと落ちていった。
だが俺の肩は固い床に触れることはなかった。
何故なら、俺の肩はセレグの腹部にめり込んでいたからだ。
「グホッ」
俺の攻撃を受けたセレグは子どもらしからぬ声? を上げる。
次の瞬間、セレグではない別の大きな声が部屋に響いた。
「セレグーー!」
ラゼルは弟の尋常ならざる声? に目を覚ましたのだろう。
俺の攻撃を腹部で受け止めた弟の姿を見て大声で叫んでいた。
だが、セレグは腹部へのダメージが大きかったようだ。
唸るだけでラゼルに言葉を返せずにいる。
ちなみにセレグの隣で眠るガリウスはというと……
「修業が足りんな」
一言だけ述べたあとモゾモゾと動いた後、再び眠りに入った。
祖父として良いのだろうか?
腹部に強烈な一撃を喰らったセレグだが、しばらく経つと回復した。
「すまん」
「……だいじょうぶ……です」
涙目になりながら俺に大丈夫だと言ったセレグ。
だが彼の涙目は、半端ではない罪悪感を人に抱かせる効果がある。
罪悪感で心が押しつぶされそうな俺は、セレグに回復魔法をかけることにした。
罪の意識を少しでも軽くするために……
回復魔法を俺がかけていると僅かに足音が聞こえた。
足音の主が誰かはすぐに分かることとなる。
俺達の部屋のドアを、足音の主たちは勢い良く開けて入ってきたからだ。
当然、足音の主はシルヴィア、イリア、コーネリアの女性陣だ。
ラゼルの悲鳴にも似た叫びに驚いたのだろう。
彼女達は手に武器を持っている。
ついでに戦闘態勢に入っているようで……
シルヴィアは部屋に入り剣を構えている。
イリアとコーネリアは彼女の後ろを守る体勢をとっており殺る気まんまんだ。
(焦っても、わりと冷静だな)
俺は彼女たちの姿を見て感心していた。
彼女達の薄着姿を網膜に焼きつけながら……
しかし現状で罪を犯したのは俺だけでないのに気付いた。
何故なら、目の前ではシルヴィアも罪を犯しているからだ。
「何があったの!」
「とりあえず、足をどけてやれ」
シルヴィア達はラゼルの叫びに驚いて来たのだろう。
まあ、それは仕方ないがシルヴィアはガリウスを踏んでいた。
「えっ」
シルヴィアは状況がつかめないのか、ゆっくりと足元へと視線を移す。
そして視線の先に自分の足が、膨れた布を踏んでいることに気付く。
膨れた布、それは布団代わりの布をかけて眠るガリウスだった。
「ご、ごめんなさい」
シルヴィアは謝りながら足をどける。
彼女は相当テンパッているようだ。
だが踏まれた当人はというと……
「この程度、どうってことはない」
叫ぶシルヴィアとは反対に踏まれた当人であるガリウスは、平然と言った。
彼は少し面倒くさそうに布団代わりに掛けた布をどける。
そして胡坐をかけて座った。
「鍛えてあるからな。問題はない」
「本当にごめんなさい」
メンバーの保護者2人の様子は正反対だった。
申し訳なさそうにするシルヴィアに、笑っているガリウス。
シルヴィアは俺と同レベルの馬鹿だが根は真面目だ。
ガリウスは訓練などは厳しいが、それ以外はおおらかなヤツだ。
この光景は、そんな2人の本質が出ているように感じた。
聖杯を得ることが第一目標だった今回の旅。
彼らの普段見ない側面を見られたことが最大の成果かもしれない。
と、俺の脳は、旅の総括を行うことで罪悪感を誤魔化そうとしていた。




