俺達は村に辿りついた 『見なかったことにしよう』
俺達は『始まりの村』に辿りついた。
始まりの村の周囲は、木で囲まれている。
この木は風によって飛ばされてくる砂漠の砂を防ぐためだ。
俺達は木で囲まれた村の中に入った途端、座り込んでしまっている。
これは全員、精神的にも肉体的にも疲れたからだ。
「アレは幻だったということはないのか?」
「いや、砂船に乗っている間は幻の影響は受けないから、それはない」
座り込んだラゼルが、疲れ果てた表情で俺に質問してきた。
死の砂漠は幻を見せて人を惑わせる。
だが俺達を襲った鯨が幻であることはない。
砂船に乗っている間は、大精霊の加護により幻の影響は受けないからだ。
「アレが幻だったら、お主を本気で殴っている所だ」
「……そうか」
ガリウスは本気の目で言ってきた。
幻だったら獣王が放つ本気の拳を受けていたのか……危なかった。
「とりあえず、村の中で休まない?」
俺を最も罵るだろうと思っていたシルヴィアが建設的な意見を言った。
そうとう疲れているが故に出た言葉なのだろう。
「そうするか」
「クレス!」
シルヴィアが立ちあがる俺を呼びとめた。
「なんだ?」
彼女は美しすぎる程の笑顔を俺に向けている。
その笑顔を目にすれば、誰であろうとも見惚れてしまうことだろう。
しかし、俺の元勇者としての勘が、彼女の笑顔は危険だと知らせていた。
「とりあえず、一発殴らせて」
やはりこうなるか。
いや、元勇者の勘が察知した以上の事態が起こるようだ。
「「「「…………」」」」
他のメンバーも立ちあがり、不吉な笑みを浮かべていた。
………………
…………
……
始まりの村には宿屋など無い。
幻の村なんて呼ばれているため、訪れる人間がおらず商売にならないからだ。
だから空き家で休んでいる。
村長に挨拶しに行ったら、空き家は無料で使って良いと言ってくれた。
だが無料は申し訳ないということで、手持ちのアイテムを代金代わりに渡した。
村は外界と隔てられているため、金銭を渡しても役に立たないからな。
ちなみに俺のダメージは、すでに魔法で回復してある。
シルヴィア以外は手加減してくれたから、ダメージは少なかった。
「今日、明日と空き家を使わせてもらい、明後日に転移魔法で帰るとしよう」
「そうだな」
俺の提案にガリウスが頷いた。
他のメンバーも異論はないようだ。
「何もなさそうよね」
シルヴィアの意見にも他のメンバーは異論が無いようだ。
「シルヴィア……失礼すぎるだろ」
「「「「「!!」」」」」
俺がシルヴィアを咎めると全員が俺を見て驚いた。
「失礼の化身が……」
「兄に失礼だと思わないのか?」
コーネリアが酷いことを言ってきた。
お前は兄である俺にどんな人物評価を与えているんだ?
「失礼っていう言葉を知っていたんだ……」
「おいっ」
シルヴィアが追い打ちをかけてきた。
案の定というかなんというか、彼女らしい行動だな。
「……なに?」
「……ワンパターン」
「「……」」
俺とシルヴィアは睨みあった。
「クレスさん、シルヴィアさん」
「俺は人に会ってくるから」
「私はもう少し休んでいるわ」
セレグが迫力ある声を出すと俺達の睨み合いは終わった。
なぜか怒ったセレグには、かつての仲間であるバスカークが重ねてしまう。
心の親父であるバスカークには俺もシルヴィアも親愛の情を持っている。
だから俺とシルヴィアは少し前に叱られた後、二度と怒らせないと誓った。
そのうち忘れると思うが……
「じゃあ、行ってくる」
「お菓子を貰っても着いて行っちゃダメよ~」
「……わかったよ、お母さん」
俺は満面の笑みでシルヴィアの冗談に応える。
「えっ、おか……」
コーネリアは驚いていたが、俺はそっとドアを閉めて出発した。
シルヴィアが説明してくれるだろう。
俺が外に出るとガリウスが体を動かしていた。
昔、鎧をボコボコにしていた時の運動だ。
残像を残して凄まじい動きをしている。
少し離れたところに村人が集まっていた。
村人たちは好奇や怯えの目で彼を見ている。
(見なかったことにしよう)
彼に声をかけたら、村人の視線が注がれて、内気な俺にはキツイだろう。
俺はガリウスを無視して、目的地に移動することにした。




