俺は美幼女勇者に仕事を教えた 『そこまで驚くな』
※2015/04/09加筆修正しました
深夜、俺は自宅で目を覚ました。
「ちょうどいい……」
俺が前世で転移石を設置した場所はいくつかある。
記憶が戻ってから、その場所を調べてみたんだ。
すると、ある存在が生まれる兆候のある場所がいくつか存在した。
危険なヤツらだから結界を張って、生まれたら分かるようにしておいた。
先ほどある森で結界に引っかかったヤツがいる。
危険だから俺の手で始末する予定ではあったが──
せっかくなので、イリアの授業で役立ってもらうことにしよう。
~翌日~
「ここは……?」
「森だ」
「わかりますよ!」
辺りは鬱蒼と木々が生えている。
いかにもな感じの森だ。
イリア。声を出しても誰も来ないぞ──何もしないけどな。
「ここは、何という名前の森なんですか?」
「イーシュペンダットという森だ」
ここで危険なヤツが生まれた。
ソイツは時間が経つにつれ力の使い方を学び強くなる。
しかし誕生後一日目なら力や魔力が強いだけだ。
「今日は勇者の仕事を見学に来た」
「勇者の仕事……見られるんですか!?」
イリアはすごく嬉しそうだ。
純粋に目を輝かせて俺を見ている。
穢れた俺では目を合わせるのも辛いほどだ。
「間違えなければな」
「間違いって何ですか?」
「いくぞ、そのうち分かる」
純粋なイリアの目を恐れた俺は、話を打ち切り森の奥へと向かった。
あのまま彼女の目を見ていたら、泣きだしていたかもしれないな。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
イリアは、慌てて俺を追いかけてくる。
5歳児と6歳児が森の奥を歩いている。
人間と出会ったら、逃げられるか保護されるか色々とされるかのどれかだろう。
(こんな事を考える俺ってやっぱり穢れているよな)
穢れた自分に気付いたせいで、本気で泣きたくなってきた。
すでに涙が目じりに溜まりかけており──。
と、危ない所でイリアの声に救われることになる。
「なっ コ、ココは」
「この先が目的地だ」
イリアは怯えている。
この先にはアレがいるから当たり前か──。
すでに俺は涙をぬぐっているので、イリアは俺の涙に気付いていないハズだ。
多分、大丈夫。 大丈夫──だよな?
「行くぞ」
「はい」
俺達は、そのまま森を更に進んだ。
しばらく歩き、俺が泣きかけたことを忘れかけたときソイツはいた。
ソイツがいたのは、周囲に木がない開けた場所だった。
だが巨大な生物が歩いており決して居心地の良い場所ではない。
さらに巨大な生物は尋常ではない魔力を放っているためだろうか?
周囲は異様な圧迫感で包まれている。
イリアは、その雰囲気に飲み込まれたようで顔色が悪くなっていた。
「……アレは一体」
「上級魔族だ」
「あれがっ!?」
「大きな声を出すと見つかるぞ」
「は、はい」
イリアと俺は、声を潜めて話し始めた。
「な、なんでココに」
「ヤツを探していたからな」
他に何の変哲もない森だからな。
ヤツがいなければ、ここに来ることはなかっただろう。
前世では近くに村があったのだが、その村すら今はない。
「まさか、この森に来た目的って」
「お前に上級魔族を教えるためだ」
「ど、どうして!」
「また声が大きくなっているぞ」
「う~ どうしてですか?」
上級魔族を見てかなり取り乱しているようだ。
イリアは無意識のうちに、声を大きく張り上げてしまっている。
「勇者になると戦わないといけないからだな」
「…………」
「化け物だってわかるだろ」
「はい」
「それでも勇者は戦わないといけない」
「そう……ですね」
「だから教えておこうと思ってな」
俺の言葉を聞き、イリアは上級魔族をジッと見た。
先ほどと同様に顔色は悪いままだ。
しかし、その瞳には先程はなかった意思が込められているのが分かる。
「勇者になるのをやめるか?」
「どうして、そんなことを聞くんですか?」
「アレと戦うことになってから後悔する奴も多かったからな」
「…………」
イリアは上級魔族を目の当たりにした。
だからこそ後悔の意味を、現実のこととして受け止められるはずだ。
「だから戦わずに済む今のうちに考えさせようと思った」
「わたしは……」
「今、決めるのは訓練を続けるかだけでいいさ」
「いえ、私は勇者になりたいです。上級魔族が強いと分かりました。だからこそ人々を守りたいと思います」
「そうか」
虚勢を張れたなら正解を選びとったと言える。
そんな考えだったが、イリアの目と言葉には覚悟のような物があった。
正解ではなく大正解といったところか。
「じゃあ、ご褒美だ」
「えっ?」
「勇者の仕事を見せてやるっていっただろ?」
俺はイリアに微笑んだあと俺は上級魔族に向かって歩きはじめた。
イリアは口を開けたまま呆然としている。
(ふむ、美幼女はいわゆる間抜け面になっても美幼女なんだな)
当たり前の事実に俺は感心した。
だが、今肝心なのはそんなことではない。
「来ないのか?」
「な、何をするつもりなんですか!?」
「勇者の仕事」
「ま、まさか 私に見せる勇者の仕事って」
「上級魔族退治」
話の流れで、他にはないと思うのだが?
「ちょっ やめてください」
「止めても行くぞ」
「う、う~~~~」
イリアは考えた末についてくることにしたようだ。
まあ、1人で森は抜けられないしな。
「よう!」
俺は目の前の上級魔族に声をかける。
ソイツの見た目を一言で表すのなら、巨大な黒い狼。
四足で歩いている状態でも3mはある。
「ほう、俺の食事になりに来たのか?」
「死ぬヤツと話すのは面倒だから、さっそく死んでくれ」
「なんだと!」
イリアは、コイツのおかげで上級魔族の恐ろしさを知った。
だが、それだけではダメだ。
勝つビジョンを描けるようにならねば、授業として不十分だからな。
だからこそ俺は、コイツを倒さなければならない。
ただ倒すのではなく圧倒する形で──。
「マスター フレイム」
かつて大勇者と呼ばれた俺の力。
マスタークラスの魔法の一つマスターフレイム。
火魔法の親和性を極限まで高める火魔法の極致。
神に俺の存在を悟られないように加減するのは面倒だが──。
「来い、犬ころ」
格の違いに気付いたのだろう。
上級魔族は一歩退きそうになる。
だが、誇りのためか退こうとする足を止めた。
「…………」
「…………」
俺は右手に火の魔力を集める。
上級魔族は唸りながら、俺に飛びかかるタイミングを計る。
時間はさして経っていない。
だが、相手にとっては長すぎる時だったのだろう。
痺れを切らし巨狼は、全身のバネを活かし俺へと飛びかかってきた。
「グオォォォォ」
強靭なバネを活かした攻撃は、みるみる俺との間合いを縮める。
だが、それだけだ。
俺は手の平を巨狼へと向けている。
向けた右手には、魔力が集まり全ての準備は整っていた。
あとは一言を口にするだけ──。
「燃えろ」
俺が口にしたのは、ただ一言。
だが、この一言が巨狼に死を告げる宣告となる。
言葉とともに白い炎が、巨狼を囲むかのように発生する。
円状に発生した炎は白く立ち昇り徐々に中心──巨狼へと迫っていく。
「ヌオォォォォォォ」
迫りくる白炎を潜り抜けようと、一層全身のバネを酷使する巨狼。
しかしすでに遅く、白い火柱に飲み込まれている。
それは数秒ともかからぬ、泡沫のできごとだった。
すでに巨狼はどこにもいない。
全てが夢であったかのように、静寂が周囲には広がっている。
巨狼がいたことは、焼け焦げた地面のみが俺に教えていた。
*
麗しのイリアはというと、呆然としていた。
「イリア」
「…………」
「イリア」
「…………」
呼びかけても、呆然としたままで何の反応はない。
セクハラのチャンスか?
「キスするぞ」
「ふぇっ えぇぇぇぇぇぇ!」
「冗談だ」
「えっ? ざんね……えっ いえ、その」
「そこまで驚くな」
イリアは凄く錯乱している。
まあ、上級魔族を間近で見たんだから当たり前か。
「さ、さっきのは?」
「マスターフレイムっていう火魔法だ」
「で、では じょ、上級魔族は?」
「完全に焼き払った」
「えっ……」
「勇者は上級魔族に勝てると分かっただろ」
「えっ えーーと えっ?」
錯乱しているようだから後で話すとしよう。
上級魔族は、勇者の素質は解放せず魔法だけで倒した。
だが、魔法だけでも強すぎる力を使えば、神に気付かれる可能性はある。
まあ、加減はしたから問題はないだろう。
今回のことで、上級魔族に付いてイリアは知った。
ヤツらの恐ろしさも知ったし、勝てることも知ったはずだ。
俺が倒したとはいえ、上級魔族に勝つ瞬間を見たのは得る物が大きいと思う。
ちなみに今日のイリアは白い服だった。
汗をかいたせいで──この先は想像に任せる。