俺と悪魔の卵 『仕方ない』
俺はヴァネッサと子ども達を連れて遺跡から脱出し森の中を走っている。
ヴァネッサに俺の実力を教えるため、現れるモンスターは俺が率先して倒した。
その甲斐もあって少しは実力を認めてくれた。
モンスターは問題はなかったのだが、ついに大きな問題が近づいてきたようだ。
俺は、問題の接近に気付き遺跡のある方向の空を俺は見上げた。
(来るか)
俺は星一つない夜空を見上げて近づいてくる存在を感じた。
ヴァネッサもまた感じたようだ。
「あれは一体なんだ?」
「気付いたようだな」
「ああ」
「……正念場だぞ」
俺は空を見上げながら伝えた。
~数分前の遺跡にて~
遺跡の奥深くには赤い毛の人虎へと獣化したガリウスが立っていた。
そして彼の近くには1人の男性が倒れている。
「言われたとおり心臓を抜き取ったが……」
人虎は右手の上に乗せた魔人の心臓に目を向けながら呟いた。
ガリウスは遺跡内でクレスに言われていた。
『可能であれば魔人の心臓を抜き取り処分して欲しい』と……
深い理由は聞かなかったが、クレスの言うことだから理由があるだろう。
このように考えガリウスは心臓を破壊するために魔力を使った。
すると魔人の心臓は深紅の炎により燃えだす。
(しかし悪魔とはな)
ガリウスは頭上に広がる次元の穴を見ていた。
穴の奥からは不気味なうめき声が聞こえ続けている。
常人であれば恐怖ですぐに逃げ出すような不気味さを放つ次元の穴。
しかしガリウスは穴の向こうに強者がいないか僅かながら期待感を抱いている。
(いかんな、変な気を起こしそうになる)
ガリウスは悪魔と戦ってみたいという衝動を感じている。
ここを早く離れないと、おかしな考えに流されると感じ早めに離れようと考えた。
だが異変は突然起こる。
「なに!!」
突如として次元の穴から膨大な魔力が溢れ出した。
一瞬、次元の穴に波紋のような物が広がると、ゆっくりと黒い液体が垂れる。
黒い粘液は遺跡の床に少しずつ広がっていく。
一方で粘液が垂れる量に反比例して次元の穴は小さくなっていっている。
次元の穴が縮小を続け完全に無くなると、黒い液体が垂れるのも終わった。
「一体なにが起こった」
ガリウスは元いた場所から離れた場所に移動していた。
そして床に広がった黒い液体を眺めている。
少し間をおいた後、液体は少しずつ魔人の死体の方へと移動し始めた。
そのスピードは、ゆっくりとした物だった。
だがガリウスは危険を察知して観察するだけに留めている。
液体が魔人の元へ辿り着くと火柱が上がり……空へと吸い込まれていった。
「クレスよ。お主の仕事のようだな」
ガリウスは夜空を見ながら呟いた。
~クレス達がいる森にて~
遺跡のある方角から火の球が俺達の方へ飛んできている。
飛行機雲のような線を空に残しながら。
「俺の後ろに!!」
「「「「!!」」」」
俺はヴァネッサと子ども達を後ろに集めた。
「マスターウォーター」
俺は水魔法の極地であるマスターウォーターを発動させる。
この魔法は水魔法を全て使えるようになるという物だ。
そして水の盾を前方に作り落ちてくる火の玉に備えた。
「来るぞ!!」
俺が声を上げた瞬間、火の玉は落下してきた。
そして衝撃と爆炎ともいえる炎で周囲の木々を焼ながら薙ぎ払う。
衝撃と炎は水の盾で防ぎ切った。
だが問題はココからだ。
「大丈夫か!」
「ああ、子ども達も無事だ」
敵から目を離すことのできない俺に変わり、ヴァネッサは子ども達を確認した。
彼女は幼稚園でも通用すると俺は断言したい。
「あれは!」
「受肉した悪魔だ」
火の玉が落ちた場所には人間サイズの球体が浮いていた。
球体は儀式に失敗した魔人の肉体を使って作られる悪魔の卵みたいな存在だ。
あれは生贄が逃げている場合、今回のように追ってくる。
「あれが悪魔なのか?」
「いや、あれが形を変えて悪魔になる……攻撃が来るぞ」
球体の悪魔は姿を変えるまで、身を守るため防衛反応を起こす。
今回の場合は……火でくるだろう。
「俺の後ろにいろ!」
「ああ、君達もコッチに」
ヴァネッサは再び子ども達を俺の後ろに誘導する。
この状況で子どもをまとめられるとは……彼女は保育所でも通用しそうだ。
「合図をしたら逃げろ」
「分かった」
俺は再び水の盾を作り出した。
そしてヴァネッサと子ども達を、俺の後ろにまとめて守る。
そして球体を中心として炎が周囲に広がっていく。
一度だけでなく何度も、何度も炎は俺達を襲い続けた。
すでに周りは火の海と化しており、現在進行形で周囲の木を焼いている。
この防衛反応は球体が悪魔の姿に変わるまで続く。
本来なら球体の状態で叩きたい所だが子どもを守りながらでは無理だ。
だから俺は防衛反応が終わるのを待つしかなかった。
………
……
…
時間が経ち球体に変化が訪れる。
ついに球体が悪魔へと変わり始めた。
「逃げろ!」
「よしっ お前達、行くぞ」
ヴァネッサは見事な統率力で子ども達を連れて逃げた。
俺も一瞬、付いていこうとしてしまった……彼女のカリスマは子どもに対し絶対的な影響力があるようだ。
気を取り直し球体を見ると周囲を焼いていた炎が収まりつつあった。
球体は悪魔になる寸前に防衛反応を弱める。
それが今のタイミングだ。
ヴァネッサが子ども達をうまく誘導してくれるだろう。
もう彼女のことは保母さんと呼びたいぐらいだ。
俺自身が子どもだから分かる……彼女は保母の仕事で世界を獲れると。
俺がしょうもないことを考えていると球体が形状を変え始めた。
小さな手足が生えてきて、頭らしき物も見える。
少しずつ生物の姿へと変化しているのが分かる。
相変わらず周囲を火の海にしているのだが、そちらも少しずつ収まってきた。
魔力を探っても子ども達の魔力は離れた場所から感じる。
ヴァネッサが上手くやってくれたようだ。さすが保母さんだな。
悪魔の変態は終わりを迎えようとしていた。
すでに手足が生えて頭も出来ているようだ。
だが炎の中に揺らめく影としてしか見えず、詳細な姿を知ることは出来ない。
俺が姿を確認しようとしていると悪魔から一際強い炎を発される。
これは悪魔の変態が完了した合図。
発された炎が治まった時、遠くに影が見えた。
未だに残る火の海の影響でユラユラと影は揺れている。
だが、少しずつ影の輪郭がハッキリしてくる。
影の主は黒いリザードマンだった。
リザードマンというのは、RPGで良く出てくるトカゲを人の姿にしたようなヤツだ。
俺の目の前にいるリザードマンは、黒く身長は2メートルほどで目が赤い。
ヤツの背中、腕や脚の後ろ側、後頭部などから火が吹き出ている。
更に口の奥や鼻孔が炎の色で赤く光っていた。
黒い体と相まって暖炉の中で燃える薪を連想する。
(コレと戦うのか)
俺は悪魔の姿を見て辟易としてしまった。
俺は平穏を目指していたはずだ。
それなのに、なんでこんな危険なヤツと戦わないといけないんだろう?
神の目を欺くために勇者の素質を隠した。
俺の代わりをさせるためにイリアに勇者となるトレーニングを施した。
ラゼルもついでに勇者にしようとトレーニング中だ。
ガリウスに武術の先生になってもらった。
シルヴィアには魔法の先生をしてもらっている。
現在、ケット・シーの手によって勇者ギルド(仮)が設立しつつある。
思い返すと平穏から少しズレているような……考えないようにしよう。
「仕方ない」
俺はコートをアイテムBOXに入れて、代わりに短剣を取り出した。
そしてコートの代わりに身を守るのは……前世で愛用していた鎧だ。
(光輝の鎧よ)
俺は前世で身にまとっていた純白の鎧を呼び出した。
この鎧は通常の物質とは違うため体にフィットするように自動で調整される。
鎧が自分の体にあっているか確かめた俺は悪魔を再び見た。
「この場で仕留めさせてもらう」
俺は覚悟を決め、平穏とは真逆の世界に飛び込んだ。
今の俺は勇者の素質を使えない。
元々、俺のチートの大半は勇者の素質と連動している。
だから戦力は大幅にダウンしている状態だ。
※お知らせ
最近コメディー要素が減ったので、頭を刺激するため別の作品を書いてみました。
『凄い勇者だった俺が美少女勇者をプロデュースした件 別腹』
http://ncode.syosetu.com/n6723ch/
名前は、この作品と同じですが一切関係ございません。
よろしければ、ご覧くださいm(_ _ )m




