俺と凶星の美姫 『合図ね』
夜の森を駆け抜ける2つの影があった。
1つの影は、白い仮面を付け黒いコートのような物を着た少年のような体格。
もう一つの影は、白髪で鋭い目つきをした獣人族の男性。
そう、クレスとガリウスだった。
この森の名はセルエイヌの森。
魔の森とも言われており最近まで人の手が入らなかった森。
近年になり森の奥で古代の遺跡が発見されている。
2人は森の奥にある遺跡を目指していた。
~~
「この先か」
「そうらしいな」
シルヴィアの持ってきた情報を頼りに俺達は走っていた。
彼女が掴んだ情報によれば、この奥の遺跡に例の魔人がいるらしい。
夜の闇に染まった森には動物の声が響いていた。
梟の声、野犬の遠吠え、虫のさえずり。
だが森の奥に進むにつれて、動物の声とは違う異音が聞こえ始める。
その音は金属の触れあう音だった。
「お出ましか」
「スピードを緩めるなよ!」
「本当に大丈夫なのか?」
「スピードを緩めたら巻き込まれることは保障できる」
俺とガリウスは走りながら会話している。
俺達が走っていると木の影から鎧姿の兵士達が現れた。
いや兵士ではない。全身が影で出来た兵士の姿をかたどったモンスターだ。
しかも俺らが進む先を覆い尽くすほど大量のだ。
だが俺とガリウスはスピードを緩めることは出来ない。
何故なら彼女の攻撃に巻き込まれるから。
俺は空に向かって閃光を放つ魔法を放った。
今日は空が曇っている……凶星が一際輝くことだろう。
~森を見下ろせる崖の上にて~
シルヴィアはクレス達が走る森から離れた崖の上にいた。
「ここからなら十分……か」
夜風に当たる彼女は森までの距離を測っていた。
そして3体の鳥型の使い魔と視界をリンクさせてクレス達の位置を調べている。
「これをやるのも久しぶりよね」
シルヴィアは、スバルが考えた無茶苦茶な戦い方に想いを馳せている。
「おかげで変な二つ名がついちゃったし……」
スバルの考えた戦い方は、ある通り名を彼女に与えていた。
「合図ね」
森の中から閃光魔法が打ち上がった。
それはシルヴィアへの合図。
シルヴィアは剣を抜く。
だが空は曇っており星の光一つないため剣が光を反射することはない。
剣を抜いたシルヴィアは一拍置き深く息を吸い吐き出す。
そして彼女は、ゆっくりと剣先を森へと向けると剣の動きを止める。
再び少しの息を吸ったあと、静かに言葉を発した。
「射れ」
彼女の言葉とともに、シルヴィアの周囲には光が星空のように広がる。
その光はシルヴィアの魔法が発動した証だった。
~~
俺とガリウスは全力で走っていた。
影の兵達は胸に白い矢を受け次々に倒れていく。
白い矢はシルヴィアの放ったものだ。
彼女の通り名は『凶星の美姫』
俺の背後では、星空のように光が広がっていることだろう。
一瞬だけ生まれて消える光から魔法の矢が放たれているハズだ。
その矢を放つとき宙に小さな光が生じるのだが……
彼女は100単位で放つことができる。
100単位の矢を放つ瞬間には数百の星のような光が生じる。
それは美しい光景ではあるが、相手の命を奪うため凶星と呼ばれた。
「足を止めるなよ!」
「分かっている!」
シルヴィアの攻撃は強力だ。
弱い障壁であれば簡単に貫く程度の威力がある。
大概は心臓を一発で射ぬくからコントロールも良い。
だが百発百中というわけにはいかず……10本に1本の割合で外れる。
周囲では胸に矢を喰らった敵が次々に倒れて煙となり消えていっている。
仕留められた影の兵士は既に500を超えているハズだ。
だが何本かは俺とガリウスの体スレスレを通りすぎた。
これで恐怖を感じないハズが無い。
精神衛生上よろしくない場所から逃げるため、俺もガリウスも必死で走った。
………
……
…
「もう大丈夫なのか?」
「ああ、足元の赤い矢が目印だ」
俺達の足元には赤い矢が射られていた。
これはシルヴィアの攻撃範囲を俺達に知らせるために射った物だ。
「恐ろしいな」
「ああ」
シルヴィアの何が最も恐ろしいか?
仲間がいる場所に、平然と大量の矢を放てる精神だろう。
彼女の恐ろしさを再認識した俺は少しだけ背筋に寒気を感じた。
だが気を取り直し森を進むことにする。
「行こう」
「ウム」
俺とガリウスは森の奥へと進んだ。
夜風にたなびく金色の髪に指を通すシルヴィア。
その姿は『凶星の美姫』という不吉な通り名とは程遠い幻想的な美しさがあった。
(私が手を下したい所だけど、2人に譲るわ)
シルヴィアは魔法を教えることに喜びを感じ始めていた。
その矢先に起きたイリアとラゼルが傷つくという出来事。
彼女もまたクレスやガリウスと同様に強い怒りを感じていた。




