勇者イリアと魔人 『私も……戦います』
コメディー要素は皆無です。
しばらくマジメな話が続きます。
※残酷描写あり
※この話には残酷描写があります。
現在は騎士学校で剣を教えているヴァネッサ。
彼女が勇者として現役だった頃、恋人が『喰らう者』に殺害される。
2年後の今日、恋人を殺害した『喰らう者』は魔人となり彼女の前に再び現れた。
ヴァネッサは、自らの後ろにイリアとラゼルを下げている。
「2人とも逃げるんだ」
ヴァネッサは小声で2人に話しかけた。
「ですが」
「急いで人を呼んできて欲しい」
「……分かりました」
イリアはヴァネッサの瞳を見て言葉通りの意味だと理解した。
ヴァネッサは魔人を倒すために、本心から人を呼んでくれと言ったのだと。
「逃がさね~よ」
魔人は、へらへらと笑いながら3人の方へと歩き始めた。
だが、赤い目には獲物を狙うかのような鋭さがある。
目の鋭さだけで、実践経験の少ないイリアとラゼルには威圧としては十分だ。
その視線により2人は体が委縮して逃げられないとヴァネッサは判断する。
2人から視線をそらすため、ヴァネッサは魔人へと斬りかかった。
「だあぁぁぁぁー」
気合のこもった叫びと共に振るわれる刃。
その刃を交わすのが至難の業だ……人間であれば。
「遅せえなぁ」
魔人は剣を横に避けると、ヴァネッサの腹に膝を打ち込む。
「ガッ」
「ガキども。受け取れ」
魔人はヴァネッサの腹部を殴り飛ばす。
そしてイリアとライゼルの前にヴァネッサは転がった。
「先生!」
「…大…丈夫だ」
ヴァネッサは、再び立ち上がる。
この時、彼女を動かしていたのは復讐心ではない。
何かを守ろうとする勇者としての心だった。
「俺にも戦わせてくれ」
強敵と分かっても臆すことなく挑むヴァネッサ。
その姿は委縮していたラゼルの心を動かした。
「私も……戦います」
イリアもまた剣を構えヴァネッサの横に立った。
ヴァネッサは戦いに参加させるか一瞬迷ったが……
「……実践訓練にしては敵が強すぎるが、緊張するなよ」
「はい」
「ラゼル、お前もだ」
「ああ」
「返事の仕方は後で教えんといかんな」
2人の緊張をほぐすためにヴァネッサは冗談交じりに声をかけた。
イリアの実力は知っている。
力不足は否めないが足を引っ張られることはないだろう。
そしてラゼルと言ったか?
彼の構えを見る限り訓練を積んでいるようだ。
このように考えた後、ヴァネッサは2人の参戦を認めた。
「2人は私が作り出した隙を付け!」
「「はい」「ああ」」
3人は魔人へと向かって行った。
………
……
…
それから3人は剣を中心にし、時折魔法を織り交ぜながら戦う。
だが実力に差がありすぎた。
時間が経つにつれ、3人には生傷や打撲の跡が増えていく。
そして数十分が経過したとき、3人はボロボロになり倒れていた。
一方、魔人は僅かに服が傷ついている程度だ。
「少しは頑張ったじゃねーか」
「クッ」
地に伏したヴァネッサは悔しげに魔人を睨んだ。
「これ以上は人が来ちまうな」
そう言うと魔人はヴァネッサが倒れている方向へと歩き出した。
「お前のことは、ずっと狙っていたんだぜ」
「何を……言っている」
「お前はさ、勇者なのに怪我で他の奴よりも動きが鈍いから捕まえやすい」
「くっ」
「それにな……」
ヴァネッサのすぐ近くまで来た魔人は見下ろすように話している。
「クライブつったけ?俺が喰った勇者」
「(勇者を喰う?)」
イリアは倒れた状態で2人の会話を聞いていた。
勇者を喰う……その言葉が何を意味するのかは分からなかった。
だが、初めて見た勇者の闇に戦慄した。
「お前のこと、必死に守ろうとしていたから……」
「!!」
ヴァネッサは怒りに満ちた目で魔人を睨みつけた。
だが魔人はヘラヘラして意に返すこともない。
「ちゃんと俺が始末してやりたくてな」
「何を……する気だ」
ヴァネッサが怒りに震えながら声を出す。
魔人は地に伏している彼女の髪を掴んで答えた。
「俺が魔王になるのに使ってやるよ」
「魔……王…だと」
怒りに満ちていたヴァネッサの顔から怒りが消えた。
代わりに驚愕が彼女の顔には見られる。
「そうだ!俺は魔王になる……お前は、その道具だ」
「そんなこと!!」
「決定事項だ」
「うっ」
魔人はヴァネッサに何らかの魔法をかけて気を失わせた。
そして気を失った彼女は地面に眠るように横たわる。
「さて……と」
魔人はヴァネッサに向けていた鋭い視線をイリアに向けた。
「……………」
「お前は元気がいいな……ガキ」
イリアは立ちあがり剣を構えていた。
もはや戦える力は残っていないのに関わらず。
「頑張るね~ 最期のあがきってやつか?」
魔人は侮蔑の笑みを浮かべながら話し続けている。
「……あなたを倒します」
「お・こ・と・わ・り・だ」
真剣な表情のイリアに対し、からかうことをやめない魔人。
そんな魔人に対しイリアは心を乱さぬように最善の注意をしていた。
呼吸を整えながら間合いを測るイリア。
魔人に対し鋭い殺気を向けている。
そして魔人が自分の間合いに入った瞬間、切りかかった。
「はあぁぁぁぁぁ」
だが魔人は軽く避けて、イリアに足を引っ掛ける。
「きゃっ」
「勢いだけか?」
魔人に足を引っ掛けられ転倒するイリア。
彼女を見下しながら魔人は言葉をかけていた。
「くっ まだ」
剣を杖代わりにイリアは立ちあがる。
再び剣を構えるも体はフラついていた。
「大人しくしてりゃあ、楽に死なせてやるぞ」
「誰がっ!!」
イリアは侮蔑の言葉を振り払うかのように走った。
だが先ほどとは何かが違う。
「(精霊よ)」
イリアは精霊に呼び掛けていた。
「甘ーよ」
イリアは再び魔人に攻撃を避けられた。
そのまま彼女は前方へと転倒しする。
そんなイリアを愉快そうに魔人は見ていたが……突然の閃光に目が眩まされる。
閃光は転倒するイリアが魔法で放ったものだった。
「くっ」
これは、ただの目くらまし。
簡単に防がれる程度の戦法……だが、魔人は油断をし過ぎていた。
隙を作り出したイリアは切り札を発動させる。
「フェンリル!!」
目くらましの光が周囲を覆う中で、ペンダントが僅かに光る。
ペンダントが光ると同時に、獣が大地を駆けるかのような音が僅かに聞こえた。
だが、足音は数秒たたずに消え……代わりに悲鳴がこだまする。
「があぁぁっ」
それは魔人から聞こえる初めての悲鳴。
「ウオォォォォォン」
魔人の悲鳴の少し後には、勝ち誇ったような狼の遠吠えが響き渡った。
光が徐々に収まっていくとおぼろげに獣の輪郭が影のように現れる。
その獣の名はフェンリル。かつて勇者スバルと共に戦場を駆けし銀狼。
現在は新たな勇者であるイリアに引き継がれた伝説の使い魔であった。
堂々と立つフェンリルの口元は赤い液体で濡れている。
一方で魔人の首元の肉は大半が喰いちぎられ、かろうじて繋がっている状態だ。
だが魔人の息は絶えていない。
「あっ はっ ……」
頭を手で支えながら、必死になって息を吸おうとする魔人。
肉を喰いちぎられた喉では呼吸など不可能。
少しずつ呼吸は小さくなっていく。
(終わった)
イリアは心でつぶやいた。
だが魔人の瞳は一層赤みを増し急激に魔力が膨れ上がる。
その直後、爆炎が周囲を飲み込んだ。




