勇者イリアと獣人少年の惨劇 『これは意外だな』
ヴァネッサは以下の話で出た女性の勇者です。
喰らう者 『……おい…し……そうな……ひかり』
その日もイリアはクレスの元へと向かっていた。
顔に満面の笑みを浮かべて。
クレスとの待ち合わせ場所は歩いて10分ほどの小さな家である。
この家はケット・シーを通してクレスが手に入れた。
普段であれば家の前にはクレスが待っているのだが……
「ラゼル……ですか」
「すまん」
「い、いえ。変な意味ではないですから」
今日はラゼルが待っていた。
最近のクレスはトレーニングを他の人間に任せることが増えた。
そして空いた時間を使い私用などを片づけるのが日課となっている。
本日は精霊石に魔法を込めるため、セレグと共に彼の家にこもっている。
一方でラゼルは家にいてもすることがないため早めに待ち合わせ場所に来た。
「しばらくすれば、シルヴィアが来るはずだ」
「そ、そうですか」
転移方陣はクレスとシルヴィアにしか扱えない。
なぜなら転移魔法というのは高度な魔法であり使い手そのものが少ないからだ。
だからイリアとラゼルは転移方陣を扱える人間が来るまで待つしかなかった。
イリアとラゼルは無言で壁に背を預けている。
イリアとラゼルの間に流れる沈黙。
同性ならともかく異性だから尚の事辛い。
2人には共通の話題などなく、自ら沈黙を壊すことなく時だけが過ぎて行った。
だが、いくばくかの時間が経った頃、1人の女性に声をかけられる。
「これは意外だな」
1人の女性が2人の元へとやって来た。
「ヴァネッサ先生!」
「うん?」
女性の名前を口にするイリア。
ラゼルは、この女性と面識はなく最初は顔を向けるだけだった。
だが女性がラゼルに近付いたため、彼は失礼が無いように背を壁から離した。
「こんにちわ。私はヴァネッサと言って、騎士学校で剣を教えている」
「えっと……初めましてラゼルと言います」
少しパニックを起こしかけだがラゼルは、なんとか挨拶を返せた。
「固くならんでくれ」
「はい。ありがとうございます」
笑顔で話しかけるヴァネッサに対してラゼルは緊張気味だ。
「それにしても……」
「?」
ヴァネッサはイリアの方に目を向ける。
「まさか優等生のイリア君に彼氏がね~」
「えっ ち、違います!」
「ち、違う」
「2人はお似合いだと思うぞ」
「違います!!」
「そ、そうだ……」
当然のことながらヴァネッサは2人を恋人だと思っていない。
大人同士なら軽いイタズラでしかない言葉だ。
しかし、この冗談で口にした言葉が1つの惨劇を生むこととなる。
「イリアが好きなのはクレスだ!!」
「!!!!」
「!!!」
恥ずかしさのあまり錯乱したラゼル。
大人になら軽いイタズラでも、恋愛経験が皆無のラゼルには重すぎたのだ。
しばらく硬直したあと、ラゼルが放った言葉の意味をヴァネッサは理解した。
彼女が恐るおそるイリアを見ると……笑顔のままだった。
「あっ……」
「…………」
ラゼルは『しまった』と後悔したが遅すぎた。
イリアの周囲には怒りのオーラが立ち込めている。
「ラゼル」
「あっ あっ……」
とても優しく微笑むイリア。
その微笑みに対し、ラゼルは涙目で怯えている。
「イリア君、落ち着いて!」
このままでは勇者候補生が凄惨な現場を作りかねない。
そう判断したヴァネッサがイリアを止めに入った。
「うっ…………」
涙ぐんだ目でヴァネッサを見上げるイリア。
ヴァネッサとて、このような経験は無かったので声のかけようがない。
「今日のことは忘れるから……なっ」
「うぅ……でも……」
もう泣くのを止めることは出来ないだろう。
だがヴァネッサは、一生懸命にイリアをなだめた。
………
……
…
その後、イリアは泣きながらラゼルをボコボコにする。
イリアにとって、ここが日本でなかったのが救いだった。
ヴァネッサが瀕死のラゼルに回復魔法をかけただけで、責任を問われることが無くなったのだから。
「イリア君」
「ヴァネッサぜんせい……」
「私が変なことを言ったばかりに、本当に済まなかった」
「ううぅ……」
「イ、イリア」
回復魔法をヴァネッサにかけてもらい復活したラゼルが話しかけた。
「……(キッ)」
「ヒッ」
イリアは一睨みでラゼルを震え上がらせた。
どうやらラゼルは、深いトラウマを負ったようだ。
「ほら、そんな目をしないで」
「でも、でも~」
気持ちは分かるが、これ以上続けたら彼の命にかかわる。
ヴァネッサはなんとかイリアをなだめようとしていた。
「子もりはその辺にして、こっちの用事を済ませさせてくれないか?」
ヴァネッサの背後から突然男の声が響く。
振り向くと、そこには1人の男が立っていた。
「お前は……」
ヴァネッサの目には激しい怒りのこもっていた。
その男は茶色い髪で黒いローブを着ている。
そして特徴的なのは赤い目。
「2人とも私の後ろに!!」
「えっ」
「早く!!」
「は、はい」
ヴァネッサの怒声にイリアとラゼルは彼女の後ろに隠れた。
目の前の男は、見たことがあった。
「お前は喰らう者だな」
ヴァネッサは確信していた。
こいつが恋人を喰ったのだと。
「ハッハッハッハ」
「何がおかしい!」
「喰らう者は3日で死ぬんだぜ」
「だが、お前は確かに!!」
ヴァネッサの瞳からは怒りの色は消えていない。
「勇者の心臓を喰ったから喰らう者じゃないな」
勇者の心臓を喰ったという言葉に、一層激しい怒りを持ってヴァネッサは睨んだ。
だが後ろにいる子ども達を思い出し冷静であろうと努める。
「……魔人か」
「ああ、そうだ」
赤い瞳の男は口を歪め、愉快そうに言った。




