喰らう者 『……おい…し……そうな……ひかり』
この話には残酷描写があります。
今回は真面目な話となるためコメディー控えめです。
※この話には残酷描写があります。
1人の女性が墓に花を添えている。
この世界の墓地は西洋風の墓地のため、花は墓の上に添えられた。
女性の名前はヴァネッサ。
栗色の髪に黒い瞳をしており、剣士風の恰好をしている。
彼女は元勇者だったが怪我が原因で引退した。
彼女は、かつて恋人だった勇者の墓を訪れて過去を思い出していた。
恋人の命を奪った『喰らう者』の記憶とともに。
~2年前~
2年前のヴァネッサは現役の勇者だった。
そして彼女の傍らには1人の男性をよく見かけられた。
その男性の名前はクライブ。
ヴァネッサと同じ勇者であり、彼女の恋人でもある。
今回、彼女達は森に発生した猿型モンスターの退治を終えて帰る途中だった。
モンスター討伐なので人手が必要だったため、8人の兵士を連れている。
「ふ~~疲れた」
「シャキッとしろ」
お調子者のクライブと真面目なヴァネッサの会話。
大概はクライブが情けないことを言ってヴァネッサが叱るという形になる。
今日もまた2人の会話が始まっていた。
周囲には2人を温かく見守る者や、冷めた目で妬む物など反応は様々だ。
「ヴァネッサが甘やかしてくれたらシャキッとできる!」
「馬鹿を言うな」
ヴァネッサは口先では拒否した。
だがクライブが自分に甘える光景を頭に繰り広げている。
その想像に幸せを感じて、彼女の口は僅かに緩んでいた。
そんな幸せの終わりは彼女達が森から出た直後に起こる。
「グワーー!!」
先頭を歩く彼女達の背後から聞こえる男の悲鳴。
振りかえり背後を見るも仲間の兵士達によって最後尾が隠れて見えない。
「構えろ!」
動揺が兵士達に広がっていたため指示を出し兵士たちを我に返すヴァネッサ。
「コイツ!!」
兵士の1人が発した声が、最後尾に走るクライブとヴァネッサの耳に入った。
最後尾に着くと1人の男が立っていた。
茶色い髪はボサボサとなっている。
着ている服はあちこちが破けており清潔とは言えない服装だ。
体のあちこちに茶色い斑点や爛れたような跡があり周囲に腐臭が立ち込めていた。
その男が何者なのか?
一瞬、2人は考えるも男の瞳から答えはすぐに出せた。
男の瞳は赤く染まっている。
そして周囲に立ちこめる腐臭は腐った男の体から発生しているのだろう。
「『喰らう者』だ!」
クライブが叫んだ。
※喰らう者
魔王の素質が開花してしまった者を指す。
圧倒的な肉体的な力を発揮するも肉体が耐えきれずに崩壊する。
そして体が崩れる、腐敗するなどして3日以内に死を迎える。
槍を構えた兵士たちにも緊張が走った。
だが目の前の存在に最も衝撃を受けたのはヴァネッサとクライブの2人だ。
なぜなら『喰らう者』は勇者の天敵だから。
「陣形を乱すな!」
クライブは再び叫び指示を出す。
そして兵士達は喰らう者を囲む形で陣を敷く。
喰らう者の正面にはヴァネッサとクライブが剣を構えている。
「……おい…し……そうな……ひかり」
喰らう者の赤い瞳に強い生気が宿った気がする。
だが、その生気は狂気に満ちた人が持ってはいけない物だ。
喰らう者の顔は喜悦に歪んでいるが、笑い声は出ず息だけが漏れている。
男はユラユラと歩きだした。
目の前で剣を構える2人の勇者に向かって……
勇者に向かって歩く喰らう者。
その赤い瞳に宿った光は餌を前にして、強さが増しているようにも感じられた。
2人の勇者は剣を強く握る。
体中に張りつくような緊張感があったはずだ。
だが自分の緊張に気付かないほど、2人は目の前の天敵に集中していた。
2人は乱れそうになる呼吸を意識して整えている。
目の前の天敵が恐ろしい相手だと本能が理解していた。
2人の勇者と喰らう者は向かい合っている。
そして兵士達もまた経験したことのない緊張を味わっていた。
ゆっくりと歩く喰らう者。
兵士達の呼吸が少しずつ乱れていき……ついに均衡が崩れる。
1人の若い兵士が緊張に耐えられなくなり喰らう者に襲いかかったのだ。
兵士は槍を突き刺そうと突進していた。
だが、喰らう者は槍を当たり前のように避けて兵士の顔を掴む。
そして兵士の顔は……
地面は兵士の顔から流れ出た血で染まった。
喰らう者は死体を森の奥へと放り投げる。
その顔には手にかけた兵士への感情は見られない。
ただ獲物への食欲だけが浮かんでいる。
男は再び歩き出した。
ゆっくりと、一歩、また一歩と……
(このままでは被害が増えるだけだ!)
ヴァネッサは覚悟を決めた。
そして剣を振りかざし喰らう者へと向かっていった。
「ヴァネッサ!」
クライブが声を発するもヴァネッサに届くことはなかった。
そして全力で剣を振りおろす……が、それよりも早く腹部に激しい衝撃を受ける。
森の風景がおかしな方向に流れているのが分かった。
体に重さを感じない。
ヴァネッサは死を間近に感じながらも自分の状況を観察している。
だが観察は頭部に受けた衝撃によって終わった。
………
……
…
気付いたときベットの上にいた。
後でクライブに指示を受けた兵士の1人に助けられたのだと知る。
そして恋人だった男の死も告げられた。
恋人の葬儀に出向くも遺体は見せてもらえなかった。
彼女への配慮ゆえに。
彼女が出会えなかった遺体には心臓がなかった。
なぜなら『喰らう者』に喰われてしまったから。
喰らう者には1つの行動原理がある。
それは勇者を探して心臓を喰らうこと。
故に『喰らう者』は勇者の天敵と呼ばれている。
~現在~
喰らう者との戦いで受けた怪我により足の感覚がなくなった。
だから勇者としてやっていくことができず引退することとなる。
その後、勇者だった経験を活かしたらと騎士学校の教師を依頼された。
自身もまた何もしなければ押しつぶされそうになるため何かを行っていたかった。
それに短時間であれば現役当時と遜色ない動きも可能だ。
だから実技を担当するということで仕事を引き受けた。
恋人の墓に花を添えたヴァネッサは街路を歩いている。
周囲には様々な店が並び賑わっていた。
子ども達が走る姿がチラホラ見え、ヴァネッサは学校の生徒を不意に思い出す。
騎士学校には多くの生徒がいる。
その中でも印象深い生徒が1人いた。
その生徒の名前はイリア・フォーエンス。
勇者候補として彼女は入学した。
剣や魔法において上級生と競わせても渡り合えるほどだ。
さらに大精霊より加護を受けた武器を持っていた。
イリアは勇者として名を馳せるだろうと多くの教師が期待している。
気になるのは、彼女に加護を授けた大精霊の名を尋ねた時の反応ぐらいだ。
体を震わせて涙ぐんでいた……試練がよほど過酷だったのだろうと思い追求はしなかったが今でも気になっている。
ヴァネッサは歩きながら願った。
イリア・フォーエンス……恋人とは違う未来を彼女が歩めることを。
この後、しばらくコメディーパートに戻ります。




