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凄い勇者だった俺が美少女勇者をプロデュースした件  作者: 穂麦
第2部×第4章 凄い勇者と流水の大精霊
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俺の心は青い 『夏休みはご臨終なされた』

 目に映るのは2種類の青。

 空の淡い青と海の深い蒼。


 ずっと先にまで広がる海。

 その先では、空との境目に水平線を作って世界の形を教えてくれている。


 乗っているのは帆のない船。

 この船は魔導船と呼ばれている。

 推進力が桁違いに高く、荒海をものともせずに突き進んでいく。


 だが、どれほど進もうともずっと似たような風景が続いている。


 海も空もずーっと変わらず青いままだ。

 本当に何も変わらない。


 そう言えば海と空以外にも、変わらずに青い物があったな。 

 それは、俺の心だ。


 俺の夏休みは死んだ。


 悲しみを湛える青色に染まった俺の心。

 ずっと俺は、ご臨終なされた夏休みに哀悼の意を捧げている。


「何を黄昏とるんじゃ」


 ロリババアが俺にちょっかいを掛けに来た。

 だが今の俺にお前を相手してやる心の余裕などない。


「放っておいてくれ」

「つれないのう」


 俺の横に立ち、同じように水平線へと目を向けるイザベラ。

 その目は明るさを湛えており、今の俺の気持ちとは正反対のものだ。


 小憎たらしく感じる。

 そもそもコイツが──いや、どちらにせよ結果は同じだったか。


 運命だったといえば諦められる。

 そんなことを言ったヤツがいたが、やはり俺は納得できない。

 なぜ、俺の夏休みが死ななけらばならなかったのだ!


「そろそろ中に戻ったら? 潮風に当たり過ぎるのはよくないから」


 今度は物思いにふける俺の所に、シルヴィアがやってきた。

 俺が珍しく落ち込んでいるせいか、いつもの凶暴性を見せていない。


 いつもこうであってほしい物だ。

 儚い願いであるのは分かっているが、そう願うのは当然の権利だと思う。

 などと、つまらない事を願ったせいかますます心が青くなった。


「わかっているさ。だが、今は1人で風に当たっていたい気分なんだ」


 俺の言葉を聞き、シルヴィアは隣に立つイザベラに目を向けた。

 彼女が何を言いたいのかは分かる。

 隣にコイツがいるのに1人って、ついにバカがそこまで進行したの?

 とでも言いたいのだろう。


 だがな、隣に立っているロリババアを見てみろ。

 羊羹ようかんを口一杯に頬張っているだろ?


 ここまで夢中で食っているのだ。

 隣に立っていようとも、心は遥か彼方に旅立っていると断言できる。


「コイツは俺の事など何も考えていないんだ。一緒にいるなんて言えないだろ」

「……そう、ね」


 シルヴィアも呆れたようだ。

 イザベラに向ける目が、これまで見たことが無いほど冷めきっている。

 だが、俺らの視線を全く気にしていないようだ。

 手元の和菓子が無くなるたびに、アイテムBOXから新たに取り出してモキュモキュと食べ続けている。


「のうクレスよ」

「なんだ?」


 口の周りに最中のカスをつけているイザベラ。

 見た目が中学生(よくて1年生)なのに、精神年齢が小学生以下であることは明白だ。

 でも本当は150歳を超えているんだぜ?


「和菓子3年分を忘れるでないぞ」


 和菓子3年分。

 それがイザベラを雇う時に交わした契約の内容。


 3年もの間、和菓子を定期的に納入する。

 また、最新の和菓子は優先的に融通する。


 こういった契約内容だったと思う。

 和菓子3年分というと、少し多いように感じられるかもしれない。

 だが実際のところ、一流の魔導師を雇うにしては破格とも言える条件となっている──多分。


「覚えているさ。まぁ、俺が忘れてもケットシーが忘れるはずがない」


 ケットシーどもは俺の頭に期待はしていない。

 だから、向こうで定期的に和菓子を納品する準備を進めていることだろう。

 コイツに和菓子をくれてやれば、宣伝になるだろうし。

 商機をアイツらが見逃すはずがない。


 再び海を眺める。


 俺らは、ある島に向かっている。

 和の楽園のある街で、少し厄介な事が起こってな。

 そのせいで俺の夏休みはご臨終なされた。


 始まりはイザベラのケットシーへの助言。

 その助言のせいで俺の──────俺の夏休みは死んだ!


 *


 少し前の話。

 イザベラから、厄介事の連絡を受けたケットシー長老ミハエルから連絡があった。


「………………」


 長老宅にて。

 俺とミハエルが見つめ合っている。

 決してピンク色な変な状態というわけではない。

 絶句しているだけだ、俺が。


「性悪ドラゴンを送り返したばかりなのだが」


 どれだけ言葉を失っていたのだろう?

 しばらくぶりに動かした口が恐ろしく重たく感じられた。


「ええ。ですが、今回の事はクレス様にも都合の悪い事なので、ご連絡をさせて頂いたしだいです」


 確かに俺の都合に悪い事だというのは分かっている。

 だが、なぜこのタイミングで報告が来るんだ?

 あの性悪ドラゴンのせいで、俺の夏休みが半分ほど消えた。

 その上、今回の面倒事を片付けるとなると────泣きたい。


「調査をした結果、確かに街の上空には魔力の乱れがありました。このまま放置をすれば、天候は悪化をし続けると考えられます」


 すぐに街が滅亡するという事はないだろう。

 だが早めに手を打たねば、徐々に街の活気が失われていき、やがては泣きたい状態になるのは俺にだって分かる。


 それでも納得できないのだ。

 なんで、俺が夏休みを犠牲にしなければならないんだ?


「こういうのは、大人の仕事だと思うのだが」

「存じております」


 軽くあしらわれた気がする。


「俺、中身は結構な歳だが体の方は11歳だぞ」

「存じております」


 ミハエルの目に興味の色が全く見られない。

 ここまで興味を抱いていない目も、珍しいのではないだろうか?

 俺の言い分は聞くに値しないと判断されたようだ。


「この問題を解決するには、街の周辺にある水の魔力に干渉する事なのですが街一つ分となると──」


 俺の言葉などおかまいなしに話を続けられていく。


 文句はある。

 だが、引き受けざるえないのが分かっているから何も言えない。

 それに何を言っても軽くあしらわれるだけだろうし。


 俺の夢と愛と妄執を託した、和の楽園という名の至宝。

 そして、この至宝を置いた街。


 もし、問題を放置すれば徐々に人が離れて行くことになるだろう。

 人がいなくなれば、街は寂びれて未来を期待できなくなる。 

 早めに対策を講じた方が良いに決まっている。


 だが、せめて愚痴ぐらいは聞いてほしい。


 それに期待もあった。

 俺の頭では考えつかなかったが、ミハエルなら別の方法を考えてくれるのではと思ったのだがな。


 ──フッ、とんだ期待外れだったようだ。


「別の事を考えているようですが、話しを続けさせて頂きます」


 どうやら顔に出ていたようだ。

 毎度のことであるため、ミハエルも慣れたのだろう。

 大して気に留める様子もなく話を続けていく。

 少し寂しい。


「クレス様であれば、街の魔力を管理下に置くことは可能でしょう」


 俺の言葉に全く関心を抱いていないと思っていたが、今度は上げに来たか。

 ニコやかな顔の裏に、計算高い商人の本性が見える気がする。

 メガネを掛けていればキランと光っていたことだろう。


「ですが、長期的な管理は難しいのではないでしょうか?」

「確かに1日続けるのも難しいだろうな」


 天候に影響するほどの魔力ではあるが操作は可能だろう。

 だが今回の件は、魔力の操作可能かどうかという問題ではない。


 それ以前の問題だ。


 数十日間も天候を一定に保たなければならない。

 すなわち、まったく眠らずに魔力操作をし続けなければならないということだ。

 絶対にお断りしたい。


「そこで我々が考えたのは、流水の大精霊に力を借りることです」


 流水の大精霊か。

 130年以上前だが、会ったことがある。

 ボンヤリとしか覚えていないが。


「手を貸してもらうだけなら、俺が行かなくてもいいんじゃないか?」


 全く会った事のないヤツが行くよりもは、面識のある俺が行った方がいいだろう。

 だが、街の上空の魔力を何とかする程度なら、大神殿に少し貢ぐだけで何とかしてくれるハズだ。


 街には趣味と実益を兼ねて勇者ギルドを設置する予定。

 一応は勇者ギルド関連なのだから、スバルの遺産を使ってもいい。


 なんだったら、街の近くに小さな神殿でも作って布教の手伝いをしてもいいだろう。

 流水の神殿であれば、海流の問題も解決できるかもしれんし。


 俺が建設に関わると、他の大精霊どもが自分の神殿も建てろと騒ぐかもしれんがな。

 

 などと色々と考えていたら気付いてしまった。

 わざわざ俺が行く必要性が全くないことに。

 俺の頭がまともに働いて、この結論に達したという自信は皆無であるが。


「おっしゃる通り、本来であればクレス様が大神殿に足を運ぶ必要はございません」


 ”本来であれば”?


「流水の大神殿で大精霊に願いを届けるためには、特別な儀式が必要なのはご存知ですよね?」

「まあな」


 大精霊は、この世界と並列する別世界に在る。

 だから特別な方法でしか連絡を取ることはできない。

 連絡を行うのも大神殿の仕事だ。

 それで儲けている。


「その儀式は、順番を待っている者も多いため3年待たねば行ってはもらえません…………まぁ、金で何とかなりますが」


 あっ、ケットシーの黒い部分が見えた。

 ここはスルー必須の部分だな。

 変な事に巻き込まれかねん。


「金で順番は何とかできますが、問題となるのは儀式を執り行える者がいないことです」


 儀式を執り行うことができない?

 確かにそう聞こえた。

 絶対に儀式を執り行えないと言った。


 ”金で順番は何とかできます”などという言葉は、儀式を執り行えないという言葉で驚いて忘れてしまった。

 そういうことにしておく。


 ここは俺が配慮して、黒い言葉は聞かなかったことにする。

 心の平穏を守る為に。


「大神殿には我らの手の者を送りこんであるのですが、儀式を執り行える者がいなければどうしようもありません」


 黒い権力の存在が、いっそう明確になるような事を言いやがったぞ。

 もう隠す気などないな。


 だが気になることがある。

 コイツ”我ら”って言いやがった。

 ”我ら”に当てはまるのはケットシーだけだよな?


 俺も含まれているような気がしてならないのだが。

 きっと気のせいだよな?


「クレス様の一言でいつでも動けるようにしておきたかったのですが、今回は別の手を打たざるえません」


 あれ?

 俺が命じたみたいになっているのだが。


 いや、ツッ込んではいけない。


 深く聞いたら平穏からますます離れてしまう。

 できることなら一生聞きたくはない。


 俺は何も気づいていない。


 何も考えてはいない。

 いつも通り、ちょっと頭の性能が悪い美少年でいよう。


「流水の大神殿でクレス様に異界の門を潜って頂き、流水の大精霊の下に直接おもむいて頂きます」


 俺なら直接、ヤツの所にいけるのだがな。

 もっともそれは、見知った友人の家に裏口から入るようなものだ。

 今回のような場合にはふさわしくはない。


 プロに仕事の依頼をするようなものなのだ、今回は。


 なら、正式なルートを使って礼儀を示した方がいいだろう。

 今回は表玄関──すなわち大神殿から向かった方がいい。


 などと少し難しいことを考えて、頭にチラつく黒い権力の残照から目を逸らすことにした。


「わかった。すぐに向かう」


 もう、ここに居たくはない。

 これ以上、黒い権力を見せられるのは辛すぎる。

 夏休みは致命的なダメージを受けるだろうが、それよりも俺の心を守る方が重要だ。


「現地の協力者に指示を出しておきます」


 協力者って言うな!

 お前が黒い権力を暴露しまくったせいで、黒い協力者だとしか思えんぞ。


「もっとも、今回はニーナ様の御子息であるクレス様が足を運ばれるので、特段難しい手続きは必要ないでしょうが」

「なんで母さんが出て……」


 これ以上は何も言えなかった。

 凄く嫌な予感がしたんだ。


 よく感じるアレ。

 平穏に向かう道を、全力で逆走する時に感じるあの予感だ。


 そう言えば最近は、元大勇者の勘はこの方面にだけ働いているよな。

 この予感にジョブチェンジでもしたのだろうか?。


 だが、まだ熟練度が不足しているのだろう。

 事態の回避に、全く役に立ってくれていないのが残念でならない。


「……ご存じないのですか?」


 エッ? マジデ、コイツ。

 などという冷めきった視線を向けている。


 目を背けたい現実を誰でも1つは持っているものだろ?


 俺にとってのソレが、肩書きが凄すぎるアノ両親だったというだけだ。

 決して、白い目で見られる理由にはならないハズだ。

 多分。


「ご両親の説明は必要でしょうか?」

「母さんだけで頼む」


 ”ご両親”と来たか。

 これは父さんもリア充すぎる何かを抱えているな?

 だが、今の俺にそれを受け止める覚悟などない。

 母さんのだけで勘弁してくれ。


「分かりました。では……」

「演劇なんかにしなくてもいいからな。言葉で教えてくれ」

「はい」


 やはり俺の頭を心配して、演劇かなんかを企画するつもりだったか。

 性悪ドラゴンのときと同じようにな。


「クレス様の母君であるニーナ様は元流水の巫女です。それも今でこそ役目を離れておりますが、稀代の巫女とすら呼ばれていたのです。現役を退いた今でも流水の大神殿への影響力は大きく、御子息であるクレス様が大神殿に向かうとなれば、向こうも無碍にはできないでしょう」


 やはり、とんでもないリア充だった。

 俺の人生は、どれだけ平穏からかけ離れているのだろうか?

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