閑話 噛ませ犬の夏休みはコレからだ! 『十分だ。影を退かせろ』
閑話地獄はまだ続きます。
今回、コメディー要素はかなり少ないです。
騎士学校の生徒が、長期の休みに入った。
当然、騎士学校に通う貴族にも休みはある。
だが、高位の貴族の場合は故郷にすぐ帰らない場合が多い。
騎士学校は王都にある。
せっかく王都に来ているのだ。
今後の為に、顔見せをすることも可能であるし、著名な学者に師事することも可能だ。
それに少し都会で遊びたいという気持ちを持つ者も多い。
王都から離れた場所に住む者ほど、この機会を大切にする傾向があるのは当然のことだろう。
故に、高位の貴族ほど故郷への帰りが遅くなる。
クレスの住むロザート国において絶大な権力を有するビューロー家。
嫡男たるマルヴィンもまた、他の貴族と同様に少し遅い帰郷となった。
「もういいぞ」
簡潔な報告を終えると、マルヴィンは部屋を出る。
そこに親子の情らしきものは見られない。
親子の会話となるべきそれは、事務的な報告でしかなかった。
「失礼いたします」
報告を済ませたマルヴィンが、現当主である父の執務室から出てきた。
騎士学校で起こった一連の騒ぎの報告。
だが、父の対応はいつもと変わらない。
「やはり、気にも留めてくれないのだな」
部屋の扉を閉じた音が廊下に響くと、マルヴィンの口からは不満とも諦めともつかない言葉が漏れた。
決闘騒ぎとなった経緯を含めて学校での生活を伝えた。
だが父は報告を聞くだけであった。
マルヴィンが負けた事を咎める事もなければ、とうぜん怪我を心配する事もない。
いつものこと。
分かり切っていたことだ。
このことに感慨などなかった。
普段であれば──。
だが、今は違う。
胸の奥がざわつくのだ。
これまで感じなかった気持ち。
蓋をして隠してきた想い。
全力でぶつかりあえる者などいなかった。
だが、あの決闘騒ぎで正面からぶつかってくる者と向かいあえた。
あの平民と衝突しあった事で心の蓋がズレてしまった。
だが、このことを彼は認めてはいない。
無意識のうちに視線を逸らしている。
食堂で大恥をかかされた事を思い出すと、どうしても認める気にはなれない。
「爺」
広い邸宅の廊下をしばらく歩くと、初老の執事がいた。
この屋敷で働く者たちをまとめる執事の長とも言える家令だ。
彼がいつもこの辺りにいることは、マルヴィンも知っている。
なぜなら、家令は多くの時間を同じ場所で過ごすからだ。
邸宅内で働く者たちから報告を受けるためには、どこに報告すれば良いのかを定めておかねばならない。
故に、家令である彼が好き勝手に動き回るわけにはいかない。
「坊ちゃま。メリルに一言申して頂ければ、私がお部屋にお伺いいたします」
「いや、少し歩きたい気分だったのだ」
メリルというのは、マルヴィン側付きのメイド。
身の回りの世話や、家令等との連絡を受け持っている。
メイドという職業には様々な教養や品位が求められる。
それだけでなく、いざというときは己の身を盾にして主を守る覚悟も必要だ。
決して、馬鹿デカイ大剣を振り回して人間を細切れにするのを悦ぶ、どこかの女性がなれる職業ではない。
「ディルクが回復したそうだな」
「はい。まだ体力は低下したままとのことですが、回復は時間の問題だと報告を受けております」
あの決闘騒動の後、ディルクはしばらくベッドから起き上がる事ができなかった。
意識こそあったが、ムリヤリ魔力を吸いだされた影響により体力が回復しない日が続いたのだ。
しかしようやく、ベッドから起き上がれるようになった。
「本来なら、見舞いに行くべきなのだろうがな。手間をかけるが、花束を贈っておいてやってくれ」
「かしこまりました」
マルヴィンの言葉に、家令は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐさま温和な表情に戻した。
この辺りの配慮は下の者に任せ、マルヴィンが自分から動く事は無かった。
些細な変化だが、0に等しい目下の者への配慮が見られたのだ。
近くで彼の成長を見守ってきた家令にとっては、驚かざるを得ない喜びであった。
他者への気遣いをするだけで過去を知る者が驚く。
この辺り、マルヴィンはクレスと似ているかもしれない。
マルヴィンにとっては悲劇でしかないのだろうが。
「あと、ディルクに例の物を渡したのが誰なのか、どこまで調査が進んでいるのか聞きたい」
「それは……」
家令は言い淀む。
その様子から、一つの可能性を察した。
「犯人を知ろうとも、首を突っ込む気はない。今は……だが」
ビューロー家の嫡子とはいえ、権限を持っているのは親だ。
この辺りの分別をつけている辺り、彼が愚かでない証なのだろう。
「失礼いたしました」
家令は、いずれ主となる者を見下げていたことに気付き、恥いると共に謝罪をする。
「ディルク様に杖を与えた者ですが、直接与えた者は判明いたしました。ですが、どのような経路でその者の手にあの杖が渡ったかまでは判明しておりません」
杖を渡した者は判明しているのに、家令は”直接手渡した者”と言った。
すなわち、手渡した者は本命ではなく黒幕がいるという事だ。
「流通経路に問題があるというわけか」
「はい。あの手の兵器は、戦後に処分されるか国が厳重に管理しております。特にあのアーレスという兵器は、定期的なメンテナンスが必要であるため、相応の場所に置かれなければ使えなくなってしまいます」
話しが見えてきた。
家令が言い淀んだ理由も。
「出所はアレを管理できる場所……と、いうことか」
「はい。推測の域を出てはおりませんが」
犯人像は高い魔術的な技術があり、ビューロー家の追及もかわせる自信がある者。
そのような者など、それ程多くはない。
現状では決定的な証拠はない。
だが決定的な証拠がなくとも、犯人の特定はある程度できるハズだ。
「敵の名は?」
嫡子の場合は、再々な行動によって敵を刺激することも多い。
だから、子供であっても知っておかなければならない敵は教えられる。
「サクリファイスかと思われます」
自分の記憶を探るとあった。
あの組織は、揶揄と共にこう呼ばれている。
「犯罪結社か」
「はい」
犯罪結社サクリファイス。
力を求め、そのための犠牲をいとわない者が集まったのが始まりとされる組織。
だが、今となっては犠牲を自分たちにではなく、関係ないものたちに求める傍迷惑な組織へと堕ちている。
「十分だ。影を退かせろ」
「お時間を頂ければ、もう少し探求ができますが?」
「いや、いい。今はここまでだ」
どうやら、今は矛を交えるわけにはいかない相手のようだ。
少なくとも当主でもない自分が、手を出して良い相手ではない。
だから今は退く。
しかし派手な行動を好む連中だ。
いずれ、また姿を見せることだろう。
対価は必ず支払わせなければならない。
高位の貴族が甘く見られるわけにはいかないのだ。
だからこそ確実な手段を選ぶ。
今は手が届かずとも、いずれは相手の方から手の届く場所にまで近付いてくる。
もし来ないのであれば、近付いてくるように仕向ければいいのだ。
今の自分にその力はない。
責任を背負える立場にもない。
だから退く。
「まずは協力者集めか……」
意図せずにこぼした言葉に、家令は目を丸くした。
だが、やはりすぐに穏やかな表情へともどす。
人を見下ろすことが当たり前だったマルヴィン。
彼は”協力者”と言った。
協力者というのは、人格と能力を認めた上で協力をし合う者を指す。
すなわち対等の存在の事を指すのだ。
意図せずこぼした言葉だからこそ、そこに本心が表されている。
騎士学校で過ごす日々は無駄ではなかったようだ。
内心でマルヴィンの成長を喜びながら、騎士学校で出来たであろう彼の友に想いを馳せる。
──感謝いたします。
穏やかな笑みの下で、家令は顔を知らぬマルヴィンの友に感謝の意を伝えた。




