俺は頑張ったと思う 『ガリウス! ヤツを止めるぞ!!』
さて、どうするか?
聖玉は奪い返すのに成功した。
さっきから性悪ドラゴンが、『よこせ、よこせ』と煩いから、これがニセモノなんていうことは無いだろう。
コイツは、自分の物には激しい執着を持つからな。
意地汚いコイツが、自分の物を見間違うハズが無い。
それに、ブロフが見せた動揺。
演技臭さが無かったから、この様子からも聖玉が本物だと考えていいだろう。
さすがに、デュカインのサイズでは聖玉を持って闘うのは難しい。
だから、とりあえずアイテムBOXに聖玉をしまった。
おい、デュカイン。俺の頭を噛むな。
ガジガジと結構本気で噛んでいるよな?
それに、少し息が生臭いぞ。
「しつこいヤツだ」
性悪ドラゴンとコミュニケーションをとっている間に、ガリウスの方で展開があった。
ブロフ達に襲いかかっていたガリウス。
その猛攻に業を煮やした白髪の男の魔力が膨れ上がった。
突如変わった口調は冷酷その物。
魔力の爆発的な高まりとともに、左肩から光り輝く翼が現れる。
攻撃を察知したガリウスは後方へと跳んだ。
「遅いな」
先ほどまでの軽薄な雰囲気からは程遠い、殺意にまみれた視線をもって──カーティスは翼をはためかせた。
翼の羽ばたきが光輝く風を生みガリウスを襲う。
「ヌウオオオオォォォォォォォッ」
が、ガリウスの炎を纏った爪が光を切り裂いた。
(……マジか)
力尽くで、アレを打ち破りやがった。
脳筋にもほどがある。
面倒そうだ。
ヤツと本気で闘り合うのは、やめておこうと俺は心の奥で固く誓った。
「!」
今後、ガリウスとどう付き合うかを考えている間に戦況が変わったようだ。
突如としてガリウスが、コチラへと跳んできた。
「あヤツッ」
自らの爪に目を向けると、僅かにそう漏らしたガリウス。
忌々しげな口調だ。
カーティスが、何かを仕掛けようとしたのだろうか?
「残念っすねー」
白髪の男は口調を戻している。
強者の余裕────と、いうヤツか。
事実、ガリウスを退けたんだ。
あの余裕が、実良くに裏付けされた物であるのは確かだろう。
アイツとも、関わらないようにしよう。
「小細工を……」
「確かに小細工っすよねぇ。でも弱いヤツにとって小細工っていうのは、貴重な武器なんすよ。まっ、強~いガリウスさんには、理解してもらえないと思うっすがね」
よく言うよな。
弱いヤツが、ガリウスの攻撃をしのげるはずがないだろ。
「カーティスさん。お話はそこまでにして、お仕事の続きをお願いしますね」
2人の話を止めたのはブロフだった。
聖玉を奪われたというのに、動揺した様子は見られない。
チッ、まだ何か企んでいるのか。
「竜の御子さん」
「………………」
ブロフを思わず睨んでしまった。
コイツを見ていると、つい昔のことを思い出してしまう。
「おやおや、嫌われてしまいましたか。まあ、私もアナタのことが嫌いなのですから、ある意味では気が合いますよねーくっくっく」
含み笑いをするブロフ。
この憎まれ口は、やはり本人で間違いはないようだ。
何を企んでいるんだ──────まさか、コイツ!
「ガリウス! ヤツを止めるぞ!!」
「言われるまでもない!」
俺の言葉に、ガリウスが飛びだした。
だが、再び光り輝く羽をはばたかせたカーティスにより、再び動きを遮られる。
「残念っだったすね」
羽根から放たれたのは、先ほどの光。
コレがさっき言っていた仕事か。
「ふふ、もう手遅れですよ」
時間を稼がれた。
ブロフやカーティスにばかり気を取られ、あちこちに散らばるゾンビにまで気を回せなかった。
「くっくっくっくっく…………止められるのなら止めてみなさい」
倒したと思っていたゾンビ達が、スヲールに吸い寄せられていく。
直接触れなければ、ゾンビを取り込めないと思い込まされてしまった。
ブロフは最初から──最初から時間を稼ぐためだけに姿を見せたんだ!
スヲールの特性を見せたのは、こうやって離れていてもゾンビを集められることを俺らに悟らせないため。
カーティスが出てきたのは、ブロフをガリウスから守るためではない。最後の仕上げを邪魔させないため。
いや、それどころかコイツは、俺らの邪魔を防ぐために姿を見せたんじゃない。
俺らを利用するために姿を見せたんだ。
ラゼルが奪った聖玉。
できることなら利用をしたかったのだろう。
だが、聖玉よりも良い物がこの場所にはある。
それは、デュカイン。
聖玉の所有者であり、聖玉はコイツの一部とも言える存在。
デュカインと共に眠っていた聖玉よりも、コイツの力の方が遥かに高い。
「先ほどのお話の続きなのですが、竜の御子さんには感謝をしているのですよ」
「お前!」
なんとかブロフを止めようと、飛びかかった。
だが──
「俺を忘れないで欲しいっすね」
カーティスだ。
ガリウス相手に力を抜いていたのか。
俺とガリウス2人を、鎌の一振りで押し返しやがった。
「くっくっく。あなたは、聖竜さんが本来持ち得ないほどの力をバラ撒いて下さいました。おかげで、計画が5年は早まりましたよ」
ブロフが語る中、全ては終わりへと集約していく。
いや、すでに──
「ありがとうございます。聖竜の御子様」
闇のように黒い光だった。
光り輝く結界が砕け散り、代わりに邪悪な黒い光が何もかも飲み込んだ。
全身が圧倒的な力で弾き飛ばされるような感覚。
体内を強い力が通り抜けていく。
この感覚は、異界へと踏み込んだ時の物だ。
それに圧力は肉体にだけ受けているのではない。
精神にも押し潰されそうな重圧が掛っている。
精神に掛る重圧の正体。
ずっと先から向けられる無数の悪魔たちの気配と、ヤツらへの想い。
本能が訴えているんだ。
ヤツらを殺せと。
俺の本能が正気を押し潰すほどに望んでいる。
願いの答えが殺し尽くした先にあると。
狂いそうなほどの渇望が、重圧となり俺は──
「クレスッ」
イリアの声が響くと、俺は闇から意識を引き上げた。
何を思っていたのかと考えるも思い出せない。
周囲を見回す。
朽ちかけた村の光景が広がっている。
徐々に自分の置かれた状況を思い出し、先ほどまではなかった静寂が辺りを包んでいるのに気づいた。
「讃えなさい。古き魔王の復活を」
沼地のように広がっていたスヲールが消えていた。
代わりに、ブロフとカーティスの後ろには巨大な影が見える。
巨大なコウモリのような羽根に、黒曜石で覆われたかのような鋭利な鱗。
人間の3倍ほどの大きさは、ソイツが属する種族にしては小さいと言えるだろう。
だが、大きさに関係なく感じる重圧が、見た目で判断してはいけないと伝えている。
『……生き返りやがったのか』
ソイツは竜
かつて倒したハズの、邪竜アークレイル。
聖竜と呼ばれるデュカインの対となる存在。
「いえいえ、生き返ってはおりません。一応はゾンビですからねぇ」
ああ、そうか。
竜牙兵は、竜と縁の深い魔物だ。
スヲールは、竜牙兵に肉を与えることが出来た。
アイツらを素材に使ったんだ。
邪竜を蘇らせるために。
『クレスッ』
「ああ!」
手を天に向け、魔力球を作り出す。
そしてデュカインが、それを飲み込み──
「グオオオォォォォォォォォォッ」
眩く輝く炎を吐き出した。
それはホーリーブレス。聖竜デュカインが持つ力の中でも、最大の威力を持つ攻撃手段。
純白の炎は、瞬く間に魔王達を飲み込む。
並の魔物であれば、決して生き残れることのない聖なる炎。
邪悪なる物を滅ぼしてきた、神に数えられる存在の力。
それは、何者も例外なく焼き払う神聖なる力のはずだった。
「素晴らしい力だと思いませんか?」
炎の先から聞こえたブロフの声。
ヤツの声からは、ホーリーブレスへの警戒心を全く感じられない。
魔王であるヤツらを、これだけで倒せるとは思っていなかった。
だが、気に留める必要すらないとは。
純白の炎が晴れていく。
水分を失った、乾き切った地面が広がっているハズだった。
だが、そこにあったのは予想を裏切る光景。
ユラユラと揺らめく炎に照らされる地面。
ヤツらの足元だけ色が違う。
全く焼けずに残っていたのだ。
『厄介だな』
無効化されたのか。
それとも、もっと別の要因で攻撃が届かなかったのか。
いずれにせよ、厄介な何かがあることは確かだ。
「ふふふ。聖玉があればもっと……と、いうのは贅沢な悩みでしょうかねぇ」
どうやら、ラゼルは大金星を上げたようだ。
聖玉がヤツの手元にあったら、もっと面倒なことになっていたかもしれない。
「残念でなりませんが、今回は良しとしましょうか」
邪竜の魔力が一気に膨れ上がる。
強大な魔力は、昔以上かもしれない。
だが、昔を懐かしんでいる余裕などなかった。
気付いたのだ──マズイ、と。
「その身をもって味わいなさい。死を超え悪魔となりし竜王。魔王アークレイルの力を」
邪竜の口の先に赤い魔方陣が発生する。
そして、膨れ上がった魔力が口元に収束されると、ドラゴンブレスとなって俺達に襲いかかってきた。
ブレスは、闇を思わせる漆黒の光。
明らかに、昔の力を遥かに上回っている。
俺に選択肢など無い。
「マスター エレメント」
神にバレるかどうか。
そんなことを考えている余裕などなかった。
全力を持ってしか抗えない。
死、そのものと言ってもいい絶対の攻撃が目の前に迫っているのだ。
「天壊!」
魔力を暴走させて放つ、限界を超えた一撃。
今の俺が放てる最強の一撃。
蒼い光が、黒い光と衝突しあった。
あまりもの威力に地は抉れて、空では雲が散っった。
暴風は吹き荒れ、家屋が崩れ木々が薙ぎ倒される。
村がとてつもない力同士の衝突により、本来の姿を失っていく。
「くそっ」
足りない。
勇者の素質を封じられたままでは────いや、そんなの言い訳だ。
生命を対価に更なる魔力を、この一撃に注ぎ込む。
せめぎ合う、蒼と黒の光。
一見すると拮抗しているようにも見えるが、コッチは時間制限つきだ。
魔力暴走を引き起こす、マスター エレメントを使ったままでは長く持たない。
「俺の後ろに!」
イリア達を後ろに避難させようとした瞬間、辺りが黒一色に染まった。
限界を待つまでもなかった。
俺は、押し負けたのだ。
闇が辺りを包み込む。
恐ろしい勢いで拭きぬけていく闇が体の内側を抉っていく。
血も肉も、魂すらも削り取る何か通り抜けていく。
そして俺は感じた。
闇の先に死を────。




