俺の戦いはまだまだ続いている 『お前、俺に対して不埒な事を考えているだろ』
腐臭が酷過ぎる。
これも含めて、スヲールの攻撃なのだろう。
竜牙兵に肉を与えて何度も蘇らせる。
しかも、デュカインのブレスが効きにくくなった状態で。
救いは動作が機敏になるなど、身体的な変化がないことか。
スヲールは、ゾンビを耐性を与えて蘇らせるだけだと考えて良いかもしれない。
一応、警戒はしておくが。
「光よっ!」
放ったのは光の槍。
確かにデュカインのブレスは防がれた。
だが、性悪ドラゴンのホーリーブレス覗く聖は、火と光の複合だ。
デュカインのブレスを防いだのが、光属性と火属性のどちらへ耐性なのか確かめる必要がある。
やはり今日の俺は冴えていると、思えた事だろう。
放ったのが、イリアでなく俺であれば。
「………………」
光の槍を身に受けたが、肉を纏った竜牙兵の体が崩れることはなかった。
やはり聖属性への耐性が出来ているようだ。
竜牙兵は何ごとも無かったかのように、歩を進め続けている。
動きは骨だけの時よりも多少はキレが増している。
だが、脅威と言えるほどではない。
「はぁっ」
イリアの剣が竜牙兵を斬る。
フェンリルの力を留めた剣は、元々の切れ味と相まって恐ろしい殺傷力を発揮している。
傷口はみるみるうちに凍りつき、氷の細かな欠片が血液から全身へと回る。
氷の欠片に全身を内側からズタズタにされれば、いくらゾンビとはいえまともに動くことなど不可能となるようだ。
イリアの攻撃を受けたゾンビは、その場で倒れ込み地を這うことしかできない。
竜牙兵だけではない。
村の兵士たちと共に倒し続けたゾンビの体もスヲールに飲まれ、新たな敵として復活している。
役立たずな性悪ドラゴンを使うのも面倒だ。
「刃となれ」
使うのはマスター アース。
小石の先端を尖らせ、簡易的な凶器として使用する。
もちろん1粒ではなく、あちこちに落ちている小石全てを。
「貫け」
足元の小石が宙へと浮き上がると一斉に、ゾンビ達へと襲いかかる。
小さい石とはいえ、先端がとがっているのだ。
高速で飛ぶ小石は、ゾンビの体へと深々とめり込む。
それだけではない。
「拡がれ」
追い打ちとして、ゾンビの体内に入り込んだ石の形状を変える。
まるで銛の返しのような形に。
「ゾンビの動きは封じた」
”どうするか?”と、いう言葉を飲み込みながら考える。
これで肉にめり込んだ小石が、ゾンビの動きを阻害するハズだ。
俺以上に知恵の巡りの悪いゾンビならこれで動きを封じた事になるのだが、向こうにはブロフがいる。
少し時間を置くだけで、何らかの手を打ってくるだろう。
だが敵の動きは鈍い。
また、遠距離から決定打となる攻撃を放つこともできない。
それなら──
「一気に距離を詰めて頭を叩く。お前はデュカインとここの敵を少しでも減らしてくれ」
少なくとも、ヤツが何か企んでいる時はロクなことが無かった。
スヲールを使って、ブロフが何をしようとしているのかが分からない以上、何もさせない方が良い。
「イリア、光魔法を」
「光の槍よ!」
放たれたのは光の槍。
真っ直ぐに戦闘のゾンビへと飛んでいくその魔法に俺は合わせる。
「炎よ。全てを飲み込め!」
放ったのは炎の魔法。
イリアのはなった光魔法を飲み込むと、一時的に純白の炎となるもすぐさま真っ赤な色へと戻る。
そして、小さな泉ほどの大きさをしたスヲールごとゾンビを飲み込んだ。
ゾンビに耐性を付けられるスヲール。
だが自身には、耐性を付けられないようだ。
先ほどイリアが光魔法を放った時、ゾンビには効かなかった。
だがスヲール自身は、すぐに回復してしまったが少し焼けていた。
ヤツは死骸を飲み込んで、内部で加工をしている。
その時に周囲の魔力でも取り込んで、ソイツを使って耐性を与えているだけなのだろう。
決してヤツ自身が、耐性を得ているわけではない──と、思う。
違っていたら、別の手を考えれば良いだけだという程度の気持ちだった。
だがドンピシャだ。
イリアに背を任せ、炎の中を走る。
足元に広がるスヲールは、水分を失い干乾びこそしないが、個体に近い状態だ。
これだけのダメージを与えれば、まともに動けないハズ。
炎の中、声も無く倒れていくゾンビを無視し、その先にいるブロフへと斬りかかった。
が、ブロフの長く伸びた爪が、俺の剣を受け止められる。
「おやおや。スヲールの性質を、もう理解してしまいましたか」
スヲールは、ゾンビを修復している間は他の行動をしない。
決められた作業を淡々とこなすだけのようだ。
今も修復を行っているが、多くの水分を失ったせいだろう。
修復に先ほどまでよりも時間がかかっている。
「ああ。だから手っ取り早く仕留めさせてもらう」
いっそう剣を握る手に力を入れると、ブロフは口元に不敵な笑みを浮かべ剣を押し返す。
「ふふ、私を仕留めるなどと……アナタでなら元気なゾンビを作れそうですよ!」
いっそうの力をブログが入れたのを見計らい、俺は後ろへと飛んだ。
そして鋭い爪が宙を切ると、再び距離を詰めて剣を振るう。
「お前はここで仕留める!」
「夢は寝てから見なさい」
剣と爪が何度も交差する。
時として宙を切り、時として衝突し、かすり傷一つお互いに負わぬまま何度もお互いの武器を振るう。
「炎よ」
「死者よ」
闇夜に赤い火の粉が舞い、月明かりの照らす足元では影が蠢く。
「「行け」」
投擲されたナイフのように無数の炎が飛び、足元の影は黒い骨のような姿を取り無数に伸びる。
俺とブロフの間でぶつかり合う魔法。
炎が黒い骨を砕き、骨が深紅の炎を握り潰す。
「炎剣」
手にした深紅の剣が一層の輝きを放つと、俺はぶつかり合う魔法の中へと飛び込む。
自らの背に、自分の放った炎を受けながらの突進。
迫りくる黒い骨は剣の一振りで焼き払い、俺の間合いへと入った。
「おおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
一層の魔力を込めた魔法剣は、太陽のごとき輝きで辺りを照らす。
幼い太陽とも言える、圧倒的な熱量を持った剣を頭上から振り下ろした。
「くぅっ」
決着させると思われた一撃を、ブロフは黒い球体で防いだ。
真黒な球体が、俺の剣を防いでいる。
なんだ、コレは。
これだけの魔力を込めた魔法剣を防げる道具など、そうそうある物ではない。
魔法剣にさらなる力を込めるが、全く切れる気配が無い。
「!」
殺気を感じた俺はその場を退いた。
すると俺のいた場所を、鋭い刃が斬る。
退いた俺の足が地面を捕えたとき、先ほどまでいなかった男がそこにいた。
白い髪に純白の服を着た男。
大鎌を手にしたその男はヤル気のなさそうな蒼い目をしている。
と、呆けている余裕など無い。
男は手にした大鎌で俺を切り殺そうと襲いかかってきた。
重さを感じていないかのように、巨大な鎌を振るう男。
次々に繰り出される鎌による攻撃に隙など一切見られない。
大鎌を振るう腎力だけでなく、巨大な得物を扱う技術も伴っているようだ。
襲いかかる斬撃は、上下左右を問わない。
更に鎌という独特な形状をした武器であるため、距離感を掴むのが難しい。
素早く距離を計りづらい上に、威力も高い攻撃。
カウンターなど狙わずに、避けることに専念した方がよさそうだ。
迫りくる大鎌を避け続ける。
頭上から振り下ろされる鎌は剣で逸らし、首を斬り落そうと横一文字に振るわれれば耐性を低くしてかわす。
再び頭上から振るわれた大鎌を紙一重でかわすと、嫌な風が頬を撫でた。
(キリが無い)
巨大な鎌を振るっているにもかかわらず、男に疲れの色は見えない。
このままだと、こっちの集中力が切れる方が早いだろう。
多少に被害を覚悟して、反撃をするべきか?
そう考えたとき──
「ウォォォォォォン」
銀色の影が男に襲いかかった。
フェンリルだ。
男は襲いかかってきたフェンリルに大鎌の柄を叩きつけると、攻撃の手を止めて後ろへと飛んだ。
「クレス」
「助かった」
イリアの援護に救われた。
おかげで余計な怪我を負わずに済んだか。
「お手数をおかけしてすみませんねぇ」
「見事なまでの棒読みっすねー」
大きく後方へと下がった男は、ブロフと会話をしていた。
会話をしながらもこちらへの警戒を常に行っている。
どうやら、完全に警戒されているようだ。
少しぐらい油断してくれた方がいいんだがな。
「後ろに」
ヤバそうなのが増えた。
イリアが狙われたら、デュカインを投げつけて時間を稼ぐことにしよう。
『お前、俺に対して不埒な事を考えているだろ』
さすが腐れ縁だ。
俺の考えを察知して、念を飛ばしてきた。
だが、そのときは遠慮なく投げつけさせてもらうがな。
「さて、そろそろお仕事を終わりにしましょうかねぇ」
白髪の男との会話を終えると、ブロフはコチラに視線を向けて挑発的な笑みを浮かべた。
その手には薄っすらと白い光を放つ球。
『おいっ。あれは俺んだ。すぐ取り返しやがれ!』
俺は知っている。
あれは聖玉。デュカインが本来持つはずの石。
アレで何をするつもりなのかは分からない。
だが、ブロフがこういうことを口にするということは、ハッタリではなく本当に大詰めだということなのだろう。
もう一度、無茶をしてみるか?
いや、白髪の男がそれを許してくれないか。
手を抜いた俺の失敗だ。
ブロフが何を目的にしていたのかは分からない。
だが、コイツが前面に出る時というのは、かなり面倒なことが起こる時だ。
今回の失敗で大きな被害が出るだろう。クソッ、その全てが俺の責任だ──────────なんてな。
「ヌオオオオォォォォォッ」
空気を震わせるような叫びと共に、赤く燃える獣がブロフ達に襲いかかった。
「くっ」
気配を全く感じさせない状態からの完全な不意打ち。
しかも仕掛けたのは、あのガリウスだ。
炎に全身を包まれたかのような人虎。
いつぞやシリウスを相手に見せたガリウスの本気モード。
もはや、化け物としか言いようのない筋力から放たれた爪。
ブロフよりも素早く反応した白髪の男が、それを何とか鎌で防ごうとする。
だが、あまりもの威力に手にした大鎌は弾き飛ばされ、男の脇腹を抉った。
「待ちなさい!」
事態の変化は、白髪の男に一撃を喰らわせただけではなかった。
一瞬のすきを突き、ヤツらの背後へと周り込ませていたラゼルが聖玉を奪ったのだ。
ブロフは魔法を放ちラゼルを捕えようとする。
だが、それをアイツが許すハズが無い。
「よそ見など、ずいぶんと余裕だな」
「チィッ」
ガリウスの鋭い爪が迫れば、ブロフは魔法の発動を停止させ身を守ることに集中せざる得ない。
ラゼルは、その隙に俺達の方へと走る。
「カーティスさん!」
「なんすか、この化け物は!?」
白髪の男に対応を求めるも、ガリウスが2人へと次々に攻撃を仕掛けるため、動きは封じられていた。
「お疲れさん」
ラゼルに声を掛ける。
本当は不意打ちをさせようと思っていたが、予想以上の成果と言える。
先ほどの状況を考えれば、聖玉がブロフの計画におけるキーアイテムだったはずだ。
「これで逆転だな」
などと言ってみたが、ガリウスが派手に動いていてヤツらに俺の声は届いていなかった。
──少し恥ずかしいと感じた。




