俺は村を守る 『村長。兵をお借りします』
「クレスッ!」
最初に気付いたのは、イリアだった。
俺の感知能力を上回るとはやるな。
きっと知恵熱のせいだろう。
知恵熱のせいで、イリアに負けたのだと信じよう。
「村長。兵をお借りします」
面倒なことになりそうだと、内心で舌打ちをするも表情に出すわけにはいかない。
不本意すぎるが、聖竜の御子を期間限定でやっているのだ。
ボロを出すわけにはいかない。
外へと出て最初に見たのは、一層の瘴気に覆われた村の光景。
異常なまでの濃度の瘴気ではあったが、すぐさま俺達の意識は別の物へと注がれることとなる。
瘴気の向こう側に見える影。
月明かりを背に、影は霧のような瘴気に映し出されている。
無数の影が、おぼつかない足取りで近付いてくる。
まだ遠くではあるが、その独特な動きが影の正体を教えてくれていた。
「ゾンビ……」
それはゾンビ。
結界に阻まれ、村に入れないはずの魔物だった。
『なんだぁ、クレス。しくじりやがったか?』
空気も読まずに、嘲笑を込めた念を送ってくる聖竜(笑)
一瞬ではあるが、コイツをあの群れに放り込めば、少しは時間が稼げるのではという考えが頭をよぎった。
だが、そんなことをしても大した意味はないので、実践はしないことにする。
「結界が破られた気配はありません」
御子モードのまま話さざる得ないのが煩わしい。
少し、イラっとしながら性悪ドラゴンに答えを返す。
『なら、あれはどっから湧いてきたんだ?』
「湧いて来たのではありません。元々、この村にいたのでしょう」
ヤツらは、外から来たのではなく、元々この村にいたのだと、兵士たちの態度が教えてくれている。
「デューン……」
兵士の一人が、誰かの名前を零した。
悲しげな声で口にしたのは友の名か。
彼だけではない。
他の兵士たちにも、ゾンビが近付くにつれて戸惑いを見せるようになる。
「まさか」
「ええ、彼らは埋葬されていた遺体のようですね」
隣に立つ兵士長は気付いたようだ。
迫るゾンビの群れが、村で生まれたということに。
共に時を過ごした同胞たちの、変わり果てた姿だということに。
「兵の動揺を押さえて下さい。ただでさえ体調が悪いのです。士気が落ちることになれば、いっそう状況は悪くなります」
「あ、あぁ。いや、はい」
兵士長も動揺をしていたようだ。
素の言葉が僅かに出てしまった。
だが、己の立場をすぐさま思い出すと、兵たちに檄を飛ばした。
『やりにきぃだろうなー』
デュカインの言葉に、そうだな。
と、思わず頷きそうになるも、代わりにゾンビに視線を向けることで答える。
あれは、正真正銘、村人達の死体だ。
土地の記憶から生じたゾンビなどではない。
ただの死体とはいえ、兵士たちは見知った者の体に刃を突きたてねばならない。
兵士たちには、若干の戸惑いが見られたる。
だが、そのような戸惑いを抱いている時間など無い。
兵士たちの様子からは、彼らの決意も感じられたが、同時にこれから起こる事を拒絶しているのがうかがえる。
ゾンビとなった顔見知りとこれから闘うのだ。
割り切れない思いを持っていようとも、無理矢理飲み込まなければならない。
「見知った顔もあるだろう。だが、今は己のできることをしろ!」
兵士長は、戸惑う兵士たちに再び檄を飛ばす。
誰もが分かっていることだ。
ゾンビとなった彼らを、加害者にしてはならないと。
己の使命を再確認した兵士たちの目に力が宿ると、盾を構え直した。
「足止めに専念して下さい」
瘴気に侵されているとはいえ、鍛えた兵士である以上は、隙を突いて攻撃をすることぐらいは出来ると考えていた。
だが、この状況では──。
「彼らに眠りを与える役目は、聖竜デュカイン様と御子である私が引き受けます」
これでいい。
あのゾンビの群れに、身内がいる者もいるだろう。
ただでさえ、瘴気によって体が弱まった状況だ。
心まで弱まってしまうのは避けなければならない。
「すまない」
兵士長の謝罪。
いや、礼か。
俺は頷いて返した。
『いいぞ、クレス。そのまま恩を売りまくれ。もっと、俺を崇めさせるんだ』
なんか、カッコイイ感じになっていたのに、性悪ドラゴンのせいで台無しになった。
念での会話であるため、コイツの性悪ぶりが周囲に伝わらないせいで、尚のこと腹が立つ。
このまま、あのゾンビの群れに、コイツを投げつけられたらどれほどスッキリすることか。
「大いなる守護の意思よ。守るべき者、誇り高き鋼の意思に応えよ」
胸に感じるイラ立ちを誤魔化しながら呪文を唱える。
兵士の盾に描いた紋様が蒼い光を放ち、兵士たちの体を包み込んだ。
「この魔法は、皆様の障壁の強化を行うとともに、疲れを感じなくする物です」
疲れの感覚を麻痺させるだけだから、無茶はさせられないが。
それでも、兵士の状態を考えれば十分な効果があるハズだ。
が、問題はあのゾンビ達だ。
俺を抜けば最大戦力であるガリウスが抜け、更には兵士たちは瘴気に侵されている。
しかも都合の悪いことに、村人が多く死んだ事でゾンビとして使う死体は山ほどある。
いくらなんでも、タイミングが良すぎる。
この状況は、誰かに仕組まれた可能性もある。
いや、ひょっとすると村の近くで起きた戦争ですら……。
などと、俺の脳が頑張っていたが、知恵熱が後ですごいことになりそうで怖いから考えるのをやめた。
「申し訳ありませんが、疲れを感じなくするだけなので、反動で2~3日ほど寝込む方が出ると思いますから、その点には気を付けて下さい」
「今は、生き残ることが最優先ですから、ヤツらも分かってくれることでしょう」
魔法の反動について伝える気はないようだ。
先のことを考えて手加減した結果、あの世へ旅立ちましたなんてシャレにならないから、判断は間違ってはいないだろう。
だが、それだけが伝えない理由とは思えない。
兵士長が、すごく悪い笑みを浮かべているのだ。
決死の覚悟で盾を構えている兵士には、ご愁傷さまとしか言いようがない。
「では御子様、私たちが彼らを……敵の侵攻を防ぎます。その隙に自警団と共に攻撃をお願いします」
「ええ」
ゾンビは30体以上。
対してこちらは、兵士と自警団の混成部隊である全11人。
前衛を務める6人が盾でゾンビの動きを封じ、後衛の4人が魔法で攻撃。
その後ろで兵士長が指揮をとる。
俺とイリアとラゼル、ついでに性悪ドラゴンは兵士長と同じ場所にいる。
敵が倍以上と言っても、どちらも数が少ないから、戦い方次第では勝つのも難しくない。
それにゾンビは鈍重であるため、組織的な行動を行えば圧倒すら出来るだろう。
「魔術隊、構え!」
と、考えている暇はなさそうだ。
ゾンビとの距離が縮まり、戦いが始まった。
盾を構える鎧の集団に守られた4人。
前衛よりも1段高い場所に立つ彼らの手に視認できる程の魔力が集まると、風の刃となってゾンビに襲いかかった。
ゾンビに襲いかかる、緑色の魔力を帯びた刃。
その鋭さはゾンビを両断──と、まではいかないが、骨に達する程の深い傷を負わせることには成功したようだ。
ゾンビはしぶとい。
だが、体の構造自体は元となった生物と大して変わらない。
靱帯を切るなどすれば、体を動かせなくすることが可能だ。
今回の戦いで狙うのは、まさにソレ。
ゾンビを倒すのではなく、身動きできないようにする。
体力を奪われた兵士が、ゾンビのしぶとさに付き合うのはキツイ。
だから、まずは行動を制限し、止めは区切りが付いた所で刺せば良い。
風の刃が、ゾンビの群れに次々に襲いかかる。
痛みを感じることの無いゾンビからは、悲鳴が上がることなど無かったが、ヤツらの地に伏した姿が策の有効性を教えてくれていた。
*
「中々やるようですねー」
己が使役するゾンビが倒れていく様を、離れた場所から眺める男。
彼は、生者から程遠い肌色をした顔を愉快そうに歪めていた。
聖竜の御子が、この村を訪れたと聞いたため計画を早めることにした。
獣王が御子と旅を共にしていたのは計算違いではあったが、そちらも計画の前倒しによって誘導することに成功した。
手駒であるゾンビが減ったのは痛いが、悪い状況ではない。
むしろ──
「聖竜の御子さん。アナタにはワタシのために頑張って頂くとしましょう」
イレギュラーであるはずの聖竜の御子。
だが、彼にとっては福音でしかない。
「さぁ、これから頑張って下さるアナタへのお礼です。ぞんぶんにお楽しみなさい」
男の足元に魔方陣が展開されると、そこから黒い靄が浮かび上がる。
まるで触手の用に蠢く靄は、男の周囲へと伸び、墓土へと染み込んでいく。
「オ、グォォォォォ」
霧の触手が染み込んだ墓土が盛り上がると、異形の魔物が姿を現す。
それは、体の所々が腐り、皮膚が破けた魔物。
今、村を襲っているゾンビだった。
墓場のあちこちの土が盛り上がり、ゾンビが姿を現していく。
夜空に響く、死者の叫び声。
死者の不気味な声に混じり、男の声が聞こえる。
「ふふふ、せっかく頑張っていらっしゃる彼への贈り物なのです。アナタ方をドレスアップして贈りだすのがマナーというものでしょう」
再び展開される魔法。
魔方陣から先ほどと同じように、黒い霧が触手のように伸びる。
だが、先ほどとは違い、霧の触手は墓土にではなくゾンビに向かって行き、彼らを包み込む。
「ア、ウグゥゥ」
霧が晴れると、そこにゾンビはいなかった。
いたのは別の存在。
「デスナイトが1体にリッチが2体。残りはハイ・ゾンビですか。ふふふ、歳はとりたくない物ですねー。全盛期であれば、半数をデスナイトにできましたのにねー」
霧の晴れた先にいたのは、軍を動かすべき魔物であるデスナイト。
そしてリッチやハイ・ゾンビと呼ばれる高位のゾンビ系モンスター。
男は作り変えたのだ。
邪法を用いて、死者の肉体を。
「未熟な飾り付けで申し訳ございませんが、忌々しい聖竜様には彼らとパーティーを楽しんで頂くとしましょう」
男は愉悦に顔を歪ませた。
己の贈り物が聖竜に届くさまを想い浮かべながら。
*
ゾンビが風の刃により、次々と倒れていく。
地に伏したゾンビは呻き声を上げ、動かせなくなった脚の代わりに手を使って這うように近付こうとするも、今度は手が切られて完全に動きを止める。
だが、その呻き声が厄介だ。
元々は兵士や自警団の顔見知りだったゾンビが発する呻き声は、地味に精神を削り取っていく。
それだけではない。
より厄介な相手が来たようだ。
「チッ」
「御子様!?」
いかん。
つい舌打ちをしてしまった。
聖竜の御子として猫を被り続けねばならないのに。
「よそ見をしている余裕はないようですよ」
「は、はい!」
ごまかせたか?
ごまかせたと信じよう!
「デスナイトにリッチ、それとハイ・ゾンビですか」
「なんですと!」
魔力を感知して、襲来した敵を告げると兵士長が驚きの声を挙げた。
なんとか誤魔化せたか。
と、俺はホッとした。
だが、兵士長の心情を考えると、ホッとしてばかりもいられない。
「魔法はリッチに集中させ、敵の魔法を阻害して下さい。デスナイトとハイ・ゾンビは私とデュカイン様で対処する……と、デュカイン様は仰っております」
「はい」
デュカインの威光(笑)を使って、兵士長に指示を出した。
それにしても、このタイミングで高位のゾンビか。
結界が破られた様子もなく、ヤツらの魔力は突然現れた。
しかもヤツらは、生まれたばかりのようだ。
死体であるゾンビに、生まれたばかりという表現もおかしいが。
それはともかく、これで内側にヤツらが現れる原因がある可能性が一気に高まった。
「イリア、ラゼル」
俺が抜けて、ここの守りを薄くするわけにはいかない。
かと言って、兵士はかなり消耗している状態だ。
なら、今の俺に打てる手は──。
「2人は、ゾンビが発生している原因を探って下さい。ですが、決してゾンビの群れと戦おうなんて思わず、原因を発見したらすぐに報告をして下さい」
経験不足は否めない。
子供であるが故に、身体能力は心許ない。
だが、ここは地球ではない。
魔法のある世界だ。
身体能力の不安は魔法で埋め、経験不足は魔法の工夫で補ってもらう。
それが出来るだけの訓練はさせてきた。
「頼みます」
「はい」「ああ」
2人は、使い魔を従えて走り出した。
ゾンビが徘徊するこの状況で、姿を隠しながら移動することは容易なことではないだろう。
だが、今は2人に任せるしかない。
小さくなっていく背中を見送った俺は、新たな敵に目を向ける。
今は、するべきことがあるのだ。
俺は次の戦いの準備を始めた。




