俺は御子を演じている 『これで6か……』
残酷描写っぽいのがあります。
ガリウスは1人でゾンビの群れに突っ込んだ。
だが、ヤツの心配をするなど無駄だ。
ヤツの手による森の破壊を心配した方が、よっぽど有効な時間の使い方といえるだろう。
「では、皆さんは森の警備をお願いします。ただし、先ほどお話ししたように、この建物に近付いてこないかという警戒だけお願いします」
「はい」
俺の指示に従い、兵士たちは数人をこの場に残し外へと向かった。
一応は聖竜の御子という肩書きがあるので、子どもとはいえ兵士に指示は出せる。
村長を通しての指示にはなるが。
兵士の役目は、周囲の警戒。
と、いうか、現状では建物周辺での監視以上の事は不可能だ。
なにぶん、兵士たちは瘴気にやられていたり、食物が不足していたせいでかなり弱っているからな。
彼らに出来ることは限られている。
「御子様。皆への武器の配布が終わりました」
村人には、武器が配った。
武器を扱った経験に合わせて、槍や剣などを配った。
「皆様にお配りした武具類は、身を守るためにお使い下さい」
武器は渡したが、村人を前戦に立たせようなどという気は無い。
素人が殺意剥き出しのモンスターを前にしたら、動けなくなるのは目に見えている。
そんなことになれば、戦える者の足枷にしかならない。
「強化した結界を超えて村に侵入するのは、まず不可能でしょう。ですが念には念を入れさせて頂きます」
村長や兵士たちと相談した結果、籠城をすることにした。
援軍が期待できなければ、絶望しかないとされる籠城。
だが、まともに動ける戦力がイリアやラゼルといった子どもしかいない状況だ。
だからこそ、村人に武具類を持たせた。
結界を強化したとはいえ、どこに付け込まれる隙があるかなんて分からない。
イザという時は、ナイフ一本が生死を分けることもあるんだ。
この程度の予防策は必要だろう。
*
空から影が襲いかかると、刹那の間も置くことなくデスナイトの首が落ちた。
デスナイトという、強大な魔物の首を落としたのは手刀。
あまりものスピードで振られる手刀は、真剣のごとき鋭さで獲物の首を刈り取った。
死を体現したかのような、その妙技はこれだけでは終わらない。
ゾンビの群れを縫うかのように、影が舞い踊る。
すると、影が通り抜けるのに合わせて、ゾンビ達が次々に地へと伏していく。
胸に空いた者、頭部を失った者、デスナイト同様に首が切り落とされた者。
いずれも、圧倒的な技量をもって葬られている。
死の影が、ゾンビの群れを冥府へと還しきるのにさして時間はかからなかった。
「これで6か……」
一通りの狩りを終えた所で、ガリウスは呟く。
6、これは彼が葬ったゾンビの群れの数。
彼の隔絶した実力を考えたとしても、順調過ぎるほど順調といえる成果だ。
しかし、順調過ぎる工程に彼は嫌な予感を感じていた。
「いや、考えまい。あちらにはヤツがいるのだ。ワシは、今しばらく戦いに興じるとしよう」
ガリウスは、己の抱いた予感を胸の奥へと押し込めると、再び森を駆け始めた。
*
村人達が避難をしているため、イスティア村からは生活音が消えている。
聞こえるのは、村を囲む森からのゾンビ達の声のみ。
ましてや墓地となると、元々人里から離れた場所にあったのだ。人の声など聞こえるハズは無かった。
この場を誰かが見ていたら、これから起こる事態は回避できたかもしれない。
村の兵士たちが、使い物にならなくなっているのが悔やまれる。
いや、ひょっとすると、それも策謀の内だったかもしれない。
「ゥ……グ……ウゥゥ」
結界により瘴気は失われたが、未だに不気味な気配を漂わせる村はずれの墓場。
ここには、瘴気が原因で命を落とした者が埋葬されている。
瘴気に侵されての死は、毒を飲まされたかのように凄惨なものだ。
枯れ木のように痩せ細った患者は、もがき苦しみながら死んでいく。
その死に顔は、地獄の亡者に例えられる事があるほどだ。
故に、瘴気に侵されて死んだ者を、己の先祖の墓の近くに葬るのを嫌がる者も多い。
この村も同様だった。
だから、村外れに瘴気によって死んだ者達の墓を作ったのだが、それが仇となった。
誰もいない村はずれの墓場。
小さな石を墓石に見立てた墓の前。
事態は、そこで進んでいた。
死気色に染まった灰色の指先が墓の土をどけている。
墓の下から──。
指先を損傷しようとも、お構いなしに土をどけていく。
皮膚が破けるどころか、硬い土を無理矢理どけたせいで指がへし折れてすらいる。
骨が折れただけではない。
枯れ木のような死者の指が折れたのだ。
水分を持たない折れた指は、酷使したせいで当然のごとく失われる。
1本、2本──むりやり土を除ける圧に耐えきれず、指が徐々に失われていく。
それでも土を除けるのをやめない。
彼に作業を拒む権利など無いのだから。
「ア……ァ……ウゥゥ……」
土を除け終わると、今度は地べたに這いつくばり、己の体を引きずり出そうとする。
体を土の中から引き出す様子は、ゆっくりとしたものだ。
しかし、死者である彼に、これ以上の動きを期待するのは酷と言うものだろう。
鈍重すぎるほど遅い動き。
それでも、全ての村人が避難をしているせいで、誰にも見つかることない。
やがて、彼は全身が墓土から引き出すことに成功する。
彼は空を見上げた。
瘴気で濁り切った空には、怪しげに月が浮かんでいる。
「オ……オァァァ…………」
苦しげに声を発したのは、月を見てのことか?
または、これから行おうとすることのためか?
誰にも分からない。
きっと彼自身も分かってはいない。
なぜなら、彼は人形でしかないのだから。
彼は残っている両手の指を、己の胸に突き刺す。
腐った肉は容易く異物を受け入れ、指が深く入り込んでいく。
「ア……ガ……ァァァ」
生者で無い彼に痛みは無いはずだ。
それでも、この声を聞いた者は彼の悲痛を感じただろう。
腐り水分を溜めておくことの出来なくなった目から零れる液体は、彼の涙だったかもしれない。
死して操られ、同郷の者を己と同じにしようとしているのだから。
だが、彼に想いがあろうと無かろうと、これから起こることに変わりはない。
「ア……ガアァァァァァァァァッ」
死者に合わないような叫びが辺りに広がる。
彼は己の胸部をムリヤリ左右に開き、肺や心臓を空気へと晒した。
同時にドス黒い血が大量に体を伝わる。
血が墓場の土を染め上げると、異変が起きた。
赤く光り輝き始めたのだ。
腐ったその血が。
引き裂いた胸部から流れ出る血。
その量に比例するかのように、輝きはいっそう強まっていき、周囲は真昼以上の明るさに包まれた。
「……少し術が派手すぎますね」
光の向こう側から声が聞こえる。
低い男の声が。
声を合図にしたかのように、徐々に光は治まっていく。
光の奥には人の影。
この影の主が、先ほどの声を発したのだろう。
また、光の原因となった死者と関わり合いがあることも疑いようはない。
「もう少しゆっくりと事を進められれば、私に相応しい術を演出できたのですが……」
光は完全に失われ、辺りには闇と男の不満げな声のみが広がった。
不満を口にしているのは、痩せ細った男。
灰色の皮膚と同じく腰まで伸びた灰色の髪で、瞳は黄色。
体を包むのは、深緑色をした異国風のローブ。
生者と呼ぶには、あまりにも生命を感じられない容貌をしている。
「まあいいでしょう。邪魔が入る前に始めるとしましょうか」




