俺は村に到着した 『あと、味噌も』
村へと入る。
ここはイスティアという村。
森にある小さな村でありながら、かつては酒造りでそれなりに知られていた。
だが半年ほど前、付近で国同士のイザコザがあってから状況が変わる。
魔法か魔導兵器か原因は分かっていないが、争いに使用された何かによって森中に瘴気が立ちこめるようになった。
村を出ればいい。
日本に住む者であれば、そう思うかもしれない。
だが、民を資産として見るのが貴族や王族だ。
自由に民が行き来出来ないようにするルールが、この国には存在する。
このため、村から人が出るのが遅れてしまった。
そして多くの者が瘴気に侵されることとなる。
もちろん、重い事態になっていることを知ると国は動いた。
だが、森を徘徊する大量のゾンビが国の活動を阻害する。
物資を運べば、ゾンビの群れに襲撃される。
また、運悪く濃い瘴気が立ちこめてしまい、村に向かうのが困難となる。
これは、村人に移動許可が下りたときも同じだった。
イスティア村へと入り、奥へと向かう。
周囲を木の防壁で囲んでいるため、村全体が暗いように感じられる。
だが、この暗さは防壁のせいだけではない。
活気というべきか、村の息吹のような物を感じられないんだ。
村の奥へと、門番をしていた兵に案内される形で進んでいく。
日中であるにも拘らず、外に出ている村人は少ない。
話声すらあまり聞こえず、村全体が寂しさに包まれている。
途中で牛を見かけた。
アバラが浮き出るほどに、痩せこけている。
わずかに見かけた村人。
デュカインに気付き、彼らは近付いてくる。
痩せこけた頬が、彼らの生活の状況を表していた。
生活面の問題だけではないのだろう。
瘴気が弱い毒となり、徐々に彼らを蝕んでいるのも理由の1つなのだと思う。
俺達は、デュカインに寄ってきた村人のためにも、先を急ぐことにした。
「デュカイン様。よくぞ、よくぞ御無事で……」
むせ泣きながら、長老はデュカインの無事を喜んでくれている。
一見すると、崇める神に対する忠義が見られる美しい光景なのだろう。
だが、デュカインよ。
戦友の俺なら分かるぞ。
丁寧に扱われたのが嬉しくて、口元がニヤけているのがな。
俺が雑に扱い過ぎたせいか、かなり嬉しそうだ。
長老に、ドラゴンの表情など分かるらないのが救いか。
色々と言いたいことはあるが、今は時間が惜しい。
そもそも、デュカインがニヤけていることなど言えるハズが無い。
早めに本題を切りだすことにした。
「村の様子は、ここに来るまでの間に確認をさせて頂きました。デュカイン様の指示に基づいて薬を用意いたしました」
村には墓が異常なまでに多かった。
恐らくは──。
「これ以上の犠牲者を出さないためにも、早々に対策を打ちましょう」
人の体というのは、抵抗力がなくなれば一気に体調を崩すものだ。
瘴気の毒は、村の結界によって弱められてはいる。
しかし、影響が皆無となっているわけではない。
徐々にだが、村人の体を侵食している。
「おお、ありがとうございます。早速、村人を集め……」
「お待ちください」
長老が急いで村人を集めようとした所で止めた。
「村の者の様子を、アナタは把握していると思います。ですから死を目前に捉えている方のみを今はお連れ下さい。まだ、大きな問題が出ていない方は、村の方で薬の効果を確認してからお使いになられた方が良いでしょう」
俺の脳が珍しく頑張っている。
スラスラと流れるように言葉が出てくる。
瘴気の影響か!
俺の脳に瘴気が刺激を与えたのか!
「ですが、デュカイン様を疑うようなことなど……」
そのように捉えるだろうとは思った。
だが、珍しく冴えている俺の脳が答える。
「盲信と信仰は違うものです。盲信とは己で考えることを放棄することであり、信仰とは己で考え信仰するものへと自らの足で歩み続けることを指します」
やはり冴えている。
いつもこのぐらい働いてくれれば、バカのそしりを払しょくできるものを。
『おい! 俺は盲信の方が嬉しいんだよ!! 俺の言うことを何も疑わずに信じるヤツなんて最高じゃねぇか!!!』
なんか、性悪ドラゴンが念を送ってくるが、それは無視した。
今は、久しぶりに頭の良い自分に酔える希少な時だ。
性悪ドラゴンごときに、邪魔などさせない。
「それに、もしこの場で、私たちの薬を無条件で受け入れたとしたら、次に何かあったとき疑いもせずに私たちの手を取るでしょう。ですが、手を取った相手が偽物だったら? もし良薬として受け取った薬が毒薬だったら?取り返しのつかないことになるのではないでしょうか?」
性悪ドラゴンが、念を通じてわめいている間にも俺は話を続けている。
村長は黙って唸り、俺の話をジッと聞いていた。
「私が話すべき事はお伝えしました。今は、急いで薬を使わなければならない方々がいるはです。薬をどう使うかの判断は、村長であるアナタにお任せします。ですが急いで重症者に薬を使うのは、どのような選択を成されようとも変わらないはず。急ぎましょう」
一通り話し終えた。
頭の良さそうなことを言うのは、何とも言えない充実感があるものだな。
「そうですね……ウェイン。辛いだろうが、もう一働きしてもらうぞ」
俺達を案内した兵士に指示を出す村長。
彼の頬もこけており、瘴気の影響がみられた。
だが、それでもここまで動けるとは。
なかなか、優秀な人物のようだ。
今の頭が冴えわたっている俺ほどではないがな。
*
あれから2時間が経った。
解呪薬は重症者に優先的に使われ、多少は症状が落ち着いたようだ。
もっとも、体力の低下があるため、すぐに全快とはいかなかったが──。
また、俺が結界の強化を行ったので、村に入り込む瘴気を減らせた。
このこともあり、瘴気の影響が少ない者は、解呪薬を使わずに体力をつけて自然治癒を目指すことになった。
色々と活躍した俺はというと──村長の家でベッドに身を預けている。
予想は、できたハズだ。
例えば車のエンジンに、限界以上の負荷を掛けたらどうなるか?
そんな当たり前のことを見逃す点が、俺が俺である所以なのだろう。
「御子様は……」
「大丈夫だと申しております」
家の薄い壁の向こうから話し声が聞こえる。
村長とイリアだな。
デュカインの念を、イリアが通訳して村長に伝えたのだろう。
御子の仕事を俺が出来なくなったから、イリアが代理で御子をやっている。
この場合は、御子というよりも巫女か。
「まさか、瘴気に侵されたお体でこの地に来て下さるなど…………」
いい年をした男が、感極まってむせび泣く声が聞こえた。
俺の病名が、瘴気ではなく知恵熱である点が本当に申し訳なく思う。
「気にすることはない、クレスは自分の役目を果たしただけだと、申しております」
イリアの声が聞こえた。
デュカインのヤツめ、俺の犠牲を使って己の器が大きいと見せようとしていやがるな。
壁で向こうは見えない。
だが、状況は何となくわかってしまうんだ。
村長は1人で盛り上がって、イリアは事実無根な村長の勘違いに顔を引き攣らせている。
ラゼルは話を振られないように他所を見ており、ガリウスは平然と茶をすすっている。
デュカインは、崇められてムカつく顔をしている。
そんな光景が、見てもいないのに目に浮かぶ。
(……痛い)
向こうの様子を考えるのに頭を使ったら、また痛くなった。
もう少し休んだ方がよさそうだ。
布団に潜り込む。
アイテムBOXに常駐させている布団だけあり、馴染み深い肌触りが頭痛で悩む俺を慰めてくれる。
だが、痛いものは痛い。
頭の回転が早くなっていると調子に乗ったのが運の尽き。
知恵熱を出すなんて、カッコ悪すぎる。
シルヴィアがこの場にいなくて良かった。
こんな状況を見せたら、思いっきり笑われていたはずだ。
(……いかん)
考え事をしていたら、知恵熱がぶり返してきた気がする。
いつも通り何も考えないようにしよう。
そういうのは得意だ。
(………………窓を閉めてきたっけ?)
家の窓を思い出した。
なんか閉めてなかった気がする。
だがしばらく考えたあと、コーネリアとリーリアが家にいることを思い出し、杞憂であると気付いた。
(………………)
考えるな。思うな。
心を無にして寝ろ!
(…………そう言えば、醤油が切れていたな)
考えないようにしようとすると、なぜか余計なことを考えてしまう。
しかも余計なことを考えるたびに、熱が上がっていく気がする。
(…………あと、味噌も)
雑念だらけな俺の頭は、どうもよいことだと分かっていても考えることを辞めない。
が、一番俺の気持ちを沈めたのは、考えることが主婦じみているという事実だった。
*
知恵熱でリタイアしたクレスに変わり、イリアが聖竜の御子を演じている。
頭はアレだが、見た目だけは良いクレスとは違って、こちらは頭も十分に伴っており、デュカインも満足している。
もっとも、性悪ぶりを見せることは出来ず、少々ストレスを感じはしているが──。
「遅れてすまなかったと申しております」
送られた念を翻訳するイリア。
クレスが用意した解呪薬により、末期の者は死を免れた。
また、死から遠い状態の者は薬ではなく、瘴気の侵入を阻む結界を村に張り直して、自然治癒による回復を待つこととなった。
これらの対処により、ひとまず事態は区切りを迎えはした。
だが、ここに来るまでの間に村では命を失った者も多い。
村にある土が柔らかな墓が、彼らの墓なのだろう。
「いえ、これはどうしようも無かった事なのです」
デュカインの謝罪から始まった会話はしばらく続いた。
瘴気による被害状況や国の対応など、村長からデュカインに多くの事が伝えられる。
「これから聖王国に向かうから、なにか必要な物があったら言って欲しいと申しております」
村の状況を見る限り、食料が足りないのは確かだ。
それに結界を張り直したとはいえ、村を守る兵の体調を考えると、国から兵を派遣しなければならないだろう。
「そうですか……」
村長は、ある懸念が口にしようとした所で、言葉を飲み込んだ。
そして、イリアやラゼルに目を向けると沈黙した。
デュカインと聖竜の御子は、この国に住む者とって特別な意味を持つ存在だ。
幼態となったデュカインは、見た目通り大した力はないだろう。
などと、自らが崇める神への不敬をしかけたが、思考を切り替えることで難を逃れる。
聖竜の御子は、デュカインに見いだされた者。
巫女というのは、必ず魔法に関する何らかの特異性を持っている。
クレストという御子もこの例に漏れないはずだ。
ましてや今回は、魔物に襲われることもある危険な旅をするために選ばれた御子だ。
少なくとも魔法に関しては、見かけどおりだとは思わない方が良いだろう。
当然、共に行動をしている2人もだ。
しかし、彼らが子供であることが村長の口を重くさせる。
本来は大人が守るべき子供。
伝えようとする懸念を口にすれば、彼らは危険に飲み込まれるかもしれない。
だが、村長に選択肢など無かった。
瘴気とゾンビにより、村から出るのも難しい状況だ。
国に連絡をとるには、彼らの手を借りるしかない。
子供に危険を背負わせるという罪悪感を胸にしながらも、茶をすする褐色の肌をした男性に目を向けた。
獣王ガリウス。
その武名は国境を越えて、この小さな村にすら届いている。
彼を見た村長は、若干ではあるが罪悪感を軽くした。
覚悟を決めた。
国に伝えねば、更なる惨劇が起こりかねないのだ。
ここで彼らに伝えないという選択肢は無かった。
「王にお伝えして頂きたいことがあるのです。戦争が終わってから、ときおり不審な人物を森で見かけるようになったのです」
不審人物。
そう聞いて、最初に口を開いたのはガリウスだった。
「戦地跡に野盗が現れただけなのでは?」
戦争の後であれば、不審な人物が戦地に現れるのはよくあることだ。
兵士の武装を売り払ったり、実験の素材を集めたりするために。
「いえ、その人物が見られるようになったのは瘴気が森に立ちこめるようになってからです」
「瘴気の中に……か」
「はい」
瘴気とは、微毒とも言える。
少し吸った程度であれば疲れを感じる程度であるが、吸い過ぎれば命を落としかねない。
そのことは、この村の状況を見れば明らかだろう。
そんな瘴気の中に好んでたたずむ者など、いるはずが無い。
物盗り、素材集め、目的に問わずに身に危険を及ぶようなことは避けるはずだ。
しかも村長の話を聞く限り、見かけたのは1回や2回ではないらしい。
いや、それだけではないだろう。
村長は王に伝えてくれと言った。
不審人物がいる程度なら、大事になったとしても兵を派遣してくれと、いう程度で済むハズだ。
「不審人物を見かけたと、わざわざ王に伝えるのにはどのような事情があるのだ?」
この村長が愚鈍でないことは、先ほどまでの会話からガリウスは理解していた。
だからこそ、村長がこれから語ることは確実に王へと伝えねばならぬと、表情を険しくしている。
普段の適当な彼とは思えない姿だ。
「その人物は、常にローブを纏っており顔は確認できておりません。ですが……」
チラリとデュカインを見る村長。
幼竜の大きな青い目に、村長の困惑した表情が移っている。
「その者が手にしていたのは、間違いなく聖玉だったと見た者は申しておりました」
「ガァッ!?」
聖玉という言葉に、デュカインは大口を開き驚く。
念を送ることも忘れ、ただ驚きの声だけを上げている。
クレスがこの場にいたら、こっそりと聖竜の首を締めていただろう。
そんなデュカインを一瞥すると、ガリウスは村長に問いかける。
「村長よ。聖玉というのはデュカインと関係があるようだが、いったい何なのだ?」
ガリウスの疑問はもっともだった。
クレスが起きていれば、彼に聞けばよかったのだが今は寝ている。
知っていても覚えているかは微妙ではあるが、変なことには詳しいのだ。
おそらくは覚えているだろうと、ガリウスは感じている。
が、やはりクレスの頭を当てにするのは危険だと判断した。
「聖玉というのは、デュカイン様の御力が封じられている宝玉でして、20年ほど前から行方が分からなくなっておりました」
「ガアアァァァァァァッ!?」
村長の言葉に、先ほど以上に驚くデュカイン。
当たり前だ。
彼にとって命の次に大切な聖玉が、盗まれていたのだから。
この国に住む者であれば、誰もが知っている公然の秘密であるが、彼が知らないのも無理はない。
デュカインではあるが、最近になってようやく目覚めたばかりである。
130年ほど前にスバルと共に戦ったあと、失われた力を取り戻すために長い眠りについた。
その後、本人──いや、本竜は知らないが、彼を覆う玉子風の結界ごと盗賊によって運び出され、その途中で事故によって増水した川に流され海に出て、色々あってケット・シーに保護された。
だから教えてくれる者がいなければ、聖玉が盗まれたことを知る由はない。
ちなみに、自身が運び出されたとき、一緒に聖玉も持ちだされたのだが、そのことに彼自身は気付いていなかった。
「村長!」
突如としてイリア達の元へと乱入者が現れた。
それは、鎧を纏った兵士風の男。
着た鎧が、先ほどここまで案内した男と同じ物であるため、この村を守る兵士であることが分かる。
男の顔色は悪い。
瘴気により、村の兵士たちは体調を崩しており、その影響なのだとは分かる。
だが、体調が悪いとだけ表現するには顔色が悪すぎる。
このような状態で村のトップである村長の元に飛び込んでくるなど、ただ事ではないハズだ。
しかし──
「今はデュカイン様がお越しになられているのだ。もう少し静かにしなさい」
「で、ですが」
この国で神として崇められるデュカインを迎えているのだ。
兵士の話を優先するわけにはいかない。
村長は兵士の行動に内心で焦りながらも、デュカインを蔑にするわけにはいかず慌てる兵をなだめた。
「自分に構わず、話しを聞くようにと仰っております」
その様子に口を開けたのはイリアだった。
どうやらデュカインは、空気を読んだようだ。
いや、ひょっとすると、聖玉が盗まれていたことがショック過ぎて、気持ちを整理する時間が欲しかっただけなのかもしれない。
「ありがとうございます。……何があったのじゃ?」
デュカインに向けて一礼をすると、村長は兵士に問う。
内心の動揺に流されぬように、その口調はあえてゆっくりとした物にして。
「は、はい。ゾンビの群れが! 村に迫っております!」
「なんだと!」
空気が変わった。
押さえきれないほどの動揺に、村長が声を挙げると共に。
村の危機といえる状況といえるだろう。
しかし、空気を読む気の無い者ははどこにでもいるものだ。
ただ一人、口元を獰猛に歪める者がそこにいた。




