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凄い勇者だった俺が美少女勇者をプロデュースした件  作者: 穂麦
第2部×第2章 凄い勇者は権力と戦う
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メイド無双? 『今日は少し近道をしましょうか?』

残酷描写あります

 陽が傾き、王都に立ちならぶ商店からは長い影が伸びている。


 穏やかな風が大通を通り過ぎていくと、何人かが体を僅かに振るわせた。

 春の終わりを告げる湿った風は、夏を間近に控えていても寒さを感じるものだ。

 夏を間近に控えながらも、まだ夏の訪れは先。


 そのような時分に、2人の少女が歩いていた。


 少女といっても、背の高さには姉と妹ほどの大きな違いがある。


 姉のような背丈の少女は、亜麻色の髪をしてメイド服を着ている。

 一方で妹ほどの背丈の少女は、柔らかな印象の金色の髪。

 どちらも、人の集まる王都でも滅多に見ないレベルの美少女。

 彼女達とすれ違った者達は男女問わずに振り返っている。


「今日は少し近道をしましょうか?」


 姉のような背丈の少女が、隣を歩く少女に問うた。


「また……なの?」


 ゲンナリとした表情で、妹のような少女が答える。

 さて、今日で何回目の同じセリフだろうか?

 このとき少女の頭には、近道をする原因を作った兄の顔が思い浮かんでいた。

 

「後で、追加のご褒美をお願いしましょう……少ーし高い物を」


 イタズラっぽい表情で微笑むメイド服の少女。

 だが、目は笑っていない。

 腹に据えかねるものがあるのだろう。


「ご飯も自給自足にしてあげたい所だけど、お兄ちゃんはお金持っているから……残念ね」


 続いて妹といえる背丈の少女が答えたが、心底残念そうだ。

 よほど、兄にお仕置きをしたかったらしい。

 だが、この場で話し合ってもお仕置きができるはずがない。

 会話を一頻ひとしきり終えると、一つ溜息をついて話を戻す。


「じゃあ、少し近道をしましょうか」

「言葉が棒読みですよ」


和やかな雰囲気の中、2人は裏路地へと足を踏み入れた。


 *


 裏道というのは、SKK(狭い、汚い、危険)で出来ている。

 だから年頃の少女が歩くのは、色々な意味で避けたいと思うのが当たり前だ。

 それでも2人は裏路地を歩かざる得ない。

 なぜなら、事前に対価を受け取ってしまったから。


「……空気が汚い」


 不機嫌そうに本心を零す少女。

 浮浪者が、かつてたむろしていた裏路地は、汗や何やらの臭いが混ざり合っており生理的にキツイ。

 ましてや年頃の少女であれば、なおのこと辛いものがあった。


「我慢しましょう」

「私にはマスクがないの?」

「ふふ、マスクなんて着けたら、可愛らしいお顔が隠れちゃうじゃないですか」

「私に譲る気はないのね」


 メイドは、いつの間にか口を白いマスクで隠していた。

 自分の肺だけを守るあたり、少女の肺に異臭が入り込むのは厭わないようだ。


「裏道を通るのは、今日で終わりみたいですよ」

「あっ、ごまかした」


 裏通りを抜けようとするとき、メイドは告げる。

 だが、その意図は見え見えで、少女の不評を買う。

 それでも動じないところに、この2人の関係が垣間見えた。


「よぉ、姉ちゃんたち。ちょっと俺らと付き合ってもらえねぇか?」


 裏路地を抜けて、T字型の街路へと出ると、質の悪そうな男達が近付いてきた。

 左右に4人ずつの合計8名。


 裏路地と言っても、全ての道が狭いわけではない。

 この場所は広場のような面積を持っている。

 かつての都市計画では、なんらかの施設のために用意された場所なのかもしれない。


「逃げねぇでくれよ」


 少女たちが歩いてきた道からも、2名の男たちがやってき。

 逃げ道は完全に塞がれたようだ。


「皆様は、どなたかに依頼を受けたのでしょうか?」


 質の悪い男たちに囲まれたこの状況であれば、本来は己の身に降りかかる不幸に怯えるべきだろう。


 しかし、メイドに動じた様子など一切ない。

 それどころか先ほどまでと変わらぬ笑顔で、平然と男たちのリーダー格へ問うてすらいる。


「肝の据わったねえちゃんだ。……お前ら、この姉ちゃんは俺がもらうぜ」

「ズリーっすよ! 残りは子供じゃねぇっすか!」


 リーダー格の男の言葉に、不満の声が上がった。


 無理もないことだ。

 かたやヒラヒラしたメイド服の上からでも、女性らしい肉付きが確認できる少女。

 一方は、背を見ただけで10歳前後だと判別できる少女。


 特別な性癖がなければ、本気で手を出したいと思う相手は決まっている。

 だが、どこにでも少し変わった者がいるものだ。


「なら、俺が」


 歪んだ情欲を持つ者もいたが、少女は冷たい目を向けるだけであった。

 どうやら、少女の精神は鋼鉄製のようだ。


「なーに、使い終わったら、お前らにも貸してやるさ。そん時にや、ぶっ壊れているかもしれねぇーが、楽しむことぐれーはできんだろ」


このようなことを、世間話をするかのように気軽に話す男の口が、この者たちがどのような日常を過ごしているかを、雄弁に物語っている。


 そんな男が──ましてや集団で、裏道とはいえ王都を自由に動けるとは思えない。

 何者かが手引きしたのだろう。

 今回の悪だくみを成すために。


(つまらないことに労力を割きますねー)


 仕組んだのは、それなりの権力をもった者だと考えられる。

 そう考えたメイドは呆れの想いを感じていた。

 だが、顔から笑顔を消すことはなかった。


(今日の夕食は、少し手間がかかりますからねー。こんな話につき合って、時間を無駄にしたくはありませんし……それに)


 彼女の頭では、男たちの存在価値など、夕食の準備よりも遥かに下だった。

 が、夕飯の準備を考えたあと、彼女の思考は再び目の前の男たちに向けられることになる。


「なんだ姉ちゃん。やる気になったか?」


 リーリアは、男たちに値踏みするように目を這わせた。

 まずは足の筋肉のつき具合を確認し、次に腕へと目を向ける。

 筋肉だけでなく、骨格や体の動かし方などを確認したが──。


「はぁ……」


 溜め息が男たちへの評価だった。

 己が軽く見られたというのは、案外分かるものだ。

 リーリアの反応に、男たちの顔に、怒りの色が一斉に現れることとなる。


「大人しくしてりゃぁ、少しは優しくしてやろう…………と?」


 リーダー格の男は激情を顔に表したかと思うと、次の瞬間には顔を真っ青に変えていた。

 メイド服の少女が、これまでとは違う笑顔をしていたからだ。


 使っている表情筋は、先ほどまでと違いは無い。

 しかし、先の笑顔がお客様対応の物であるのに対し、今の笑顔は嗜虐が込められた全く異質の笑顔だと男には分かった。


 言いようのない悪寒が男を襲う。

 喉が乾き、心臓の音が妙に大きくなっている。

 これが恐怖であると気付くのに時間はかからなかった。


 だが、逃げようと背を向ければ、それで最期を迎えると本能が告げており、逃げることすら出来ない。


 一方でメイドは、残酷な思考に胸を高鳴らせていた。


 男たちの体を見る限り、それなりの腕はしているだろう。

 だが欲を言えば、もう少し歯ごたえがあって欲しかった。


(それは欲の張りすぎでしょうねー)


 自分を戒め、メイドは考え直す。

 あのオモチャを試せるのだから、むしろ男たちに感謝するべきだ……と。


 彼女の気持ちを理解出来る者など、この場には誰もいなかった。

 それどころか、己の身に最悪の事態が近付いていることすら気付かぬ者たちばかりであった。


 突如として言葉を失ったリーダー格の男に対しても、少し変には思ってもそれ以上の想いは抱いていない。


 だが、次の瞬間、男たちは恐怖に顔を引き攣らせることとなる。


 彼女は取り出したのだ。

 異様とも異常ともいえる姿のソレを。


 男たちは、ソレを見て誰もが言葉を失い、ソレが何かを理解すると顔を引き攣らせた。


 メイドはアイテムBOXから、ソレを引きだした。

 周囲から見れば、まるで何も無い空から取り出したような光景だ。

 驚くのも無理はないが、ソレそのものが異常過ぎる。

 もっと普通に手にしただけでも、男たちは顔を引き攣らせていたかもしれない。


「素敵でしょう。このフォルム。それに重さも人を押しつぶすにはピッタリなんですよー」


 恋する乙女のような視線の先にあった物。

 それを形容するのであれば、紫色をした巨大な出刃包丁。


 出刃包丁の長さは、メイドの身長を刃の部分だけでも十分に凌いでいる。

 更に色は、目が痛くなるような紫色が、出刃包丁が持つ禍々しさの演出に一役買っていた。


「ふふ、相変わらず素晴らしいですねー。この剣を頂いたとき、思わず生涯の忠誠を誓ってしまった程の業物なんですよー」


 はぁ~と、溜息を洩らしながら、出刃包丁に指を這わせる。

 その様子は、何とも言えない色気があったが、このような得物を手にした少女相手では、特上の寒気以外を感じられるはずもない。


 ましてや、これから自分たちにあの異物が向けられることが分かっているのであれば、恐怖以外を感じられるハズが無いだろう。


「早くしないと、人が来るよ」


 ウットリとした表情をしているメイドに、少女が告げる。

 すると、このままでは楽しみを失いかねないことに気付き、ハッと我にかえった。

 一方で男たちは、死刑宣告をされたことに気付き、サッと顔を青くした。


 狩る者と狩られる者という違いこそあれ、ある意味で運命を共にするが故の、奇妙な連帯感が感じられた。


「うふふふ、始めますよー。悪い子なら、素直に切り刻ませて下さいねー。良い子なら、頑張って防いで下さいねー」


 もはや、殺人快楽者どころの騒ぎではない笑顔を浮かべるメイド。

 彼女の言葉に、男たちは一斉に身構え──────たのは遅すぎた。


「……はれ?」


 メイドの狂気によって喧騒を忘れた裏通りに、間の抜けた男の声が聞こえた。

 男が見る風景が勝手に動いていたから。いや、違う。

 勝手に動いたのは風景ではなく、男の上半身だ。


 ”ボスン”と重量感のある物が落ちた音がした。


 水を詰め込んだ何かが落ちたような音。

 男たちには、それが何であるか分からなかった。

 正確にいうのなら、目にした出来事を理解するのを脳が拒否していた。


 だが、現実は目を背けようとも、いずれ認めねばならなくなるものだ。

 脳が1度拒否したが、目の前に転がった現実を脳が理解してしまった。


「ハギャアァァァァーーー!」


 別の男が悲鳴を上げた。

 地面に転がった、下半身から切り離された上半身に、己の未来を重ねたからだ。


 それからは、連鎖するかのように大の男たちが次々に悲鳴を上げ始めた。

 だが、悲鳴に釣られて野次馬がやって来るなどという救いなどはない。

 男たちが裏から手を回していたからだ。


 もし野次馬が来れば、逃げるチャンスはあったかもしれない。

 しかし、悲鳴しか聞こえないこの場で、ありもしない”もしも”に想いを馳す余裕など存在しない。


「クソッ」


 だが、恐慌状態となった場で、リーダー格だけの男が違う。

 踏んだ場数の多さ故か、すぐさま持ち直して剣を取った。


 リーダーとしての責務を考えるのなら、すぐさま指示を出すべきだ。

 賢い人間としてなら、この状況に紛れて、すぐさま逃げるべきだ。

 しかし、選択肢を与えられることはなかった。


「皆さんに指示を出して頂けますか? …………早く剣を抜けって」


 リーダー格の男は、気付いてしまった。

 一瞬で間合いを詰めた瞬発力。また自分の背丈以上の大剣を軽々と振るう膂力。

 それらは、確かに脅威だ。


 しかし、それ以上に恐ろしいのは──コイツの才能だ。


「くすっ。ほら、早くいって下さいよー。待たされると、腕に力を込めたくなっちゃうじゃないですかー」

「っ!」


 男はようやく気付いた。

 自分の首に、あの異様な大剣の刃が触れていることに。


 異様な雰囲気にのみ込まれ、全く気付かなかった。

 いや、ひょっとしたら、不意を突かれなくとも気付かなかったかもしれない。

 それだけ、動きが自然すぎたのだ。


 天才という言葉も生ぬるい。

 理不尽とすら言いようのない才能の者が、どれだけの鍛錬を積めば、この域に辿り着けるのか?


 多少の剣の才能があるが故に、男はリーリアの才を理解できた。

 同時に、才がありすぎて底が全く見えないことも理解できた。


 故に、男は熟慮できた。


 このメイドを相手に慌てようとも己の運命は変わらない。

 そんな開き直りに近い心境に至ったからだ。


 相手は、人間として扱うのもバカバカしい程の才能を持っている。

 得体のしれない化け物として考えた方がいいだろう。


 ただし、言葉だけは通じる。

 少し──かなり────いや、狂いきってはいるが。


 言葉が通じるのなら、なんとか交渉はできるはずだ。

 そう考えた男は、残された僅かな時間を使い考え始めた。


 勝ち目なんてあるはずはない。

 だったら、出来ることは、逃げることだけ。

 普通に逃げることも出来ないだろう。ましてや、今は首に剣を突き付けられている状態だ。

 万に一つもなかった逃げ通せる可能性が、億に一つも無くなっている。

 もし、生き残れる可能性があるのなら、それは──


「俺の全財産をやる……足りなければ、働いて金を作る。だから……」


 相手の慈悲にすがるしかなかった。

 自分の命が、誰の手に握られているのか分からないほど男はバカではなかい。

 が、その選択はこの場に限って言えば、最もバカな者がする選択でしかなかった。


「少しは期待したのですが……」


 メイドが、僅かばかり腕に力を入れると、簡単に男の首が落ちた。


「それでも、試し切りはできるので良しとしましょうか」


 首を落そうとも、相変わらずの笑顔。

 明らかに殺し慣れている。

 その様子に、先ほどまで恐慌状態だった男たちは、声を出し忘れるほどの恐怖を感じていた。


 この路地裏が出来てから、最も殺伐とした時が流れている中で、蚊帳の外に置かれた者がいる。


 それは柔らかな金色をした髪の少女──コーネリアだった。

 彼女ほどの年齢をした少女であれば、悲鳴を上げない方がおかしい状況。

 だが、彼女は呆れた瞳を向けているだけ。


 兄クレスの教育が、着実におかしな方向へと妹を開花させつつある証拠だった。

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