俺は事後報告をした 『おふう。素っ気なさすぎんか!?』
間が空いてすみません。
あれから3日。
ディルクは目覚めず、眠ったままとなっている。
魔力を使い過ぎた反動らしいが、命には別条がないようだ。
フローレンスが、平手打ちにして起こそうとしたり、少しトラブルがあったりもした。
恐らくは、そんな理不尽がまかり通る環境にディルクはいたのだろう。
この日常が嫌で夢の世界に逃げ込んでいるという可能性もあるが──面倒なので、その可能性は無視することにしようと思う。
マルヴィンも、何も言わなかったし。
きっと、第3者の俺が口にして良いことではないと思う。
強く生きろよ、ディルク。
*
予想外のトラブルに対応を追われたイザベラ。
彼女と話ができたのは、それなりに時間が経ってからだった。
「アーレスを1人で動かしたんじゃ。むしろ、この程度で済んで良かったと考えた方が良いじゃろう」
「そうなんだろうな、きっと」
校長質での会話は、アーレスや契約に関連した物が中心となっている。
いや、お互いの考えを合わせて、認識のズレを埋めている。
だから、会話というよりも確認と言った方がいいかもしれないな。
しばらく確認を続けた後、やがて契約へと話は切り替わった。
「して、おんしとの契約の件じゃが、今度はワシが約束を守る番じゃな」
「ああ、頼んだぞ」
イザベラとの契約。
今回の決闘騒ぎに乗じて、学校の予算を横領、特定権力者への過度な肩入れ、職権を使った公私混同など、様々な問題を抱えた教師を病院送りにすること。
その教師というのが、あの審判を行った男。
あの事故は意図したものだ──多少、手加減の仕方は間違えたが。
「おんしが、ちぃっとばかり派手に動いても、ワシが何とかしてやろう。もっとも、やりすぎればワシでも隠しきれんから気を付けろよ」
「俺も、目立つ真似をするきはないさ」
俺の目的は平穏。心の休まる日常なんだ。
魔王に殺されかけたり、魔人と戦ったり、あんな殺伐とした日常は、決して俺の求める物ではない。
「使い勝手の良い駒も、おかげで手に入ったしのう。できる限り手は貸してやるぞ」
「ものすごく悪い顔をしているぞ」
「それでもプリチーなのが、イザベラちゃんの凄いところじゃろ」
「勝手に言ってろ」
使い勝手の良い駒。
それは、あの教師だ。
悪さしたヤツを手元に置いて、使い勝手の良い駒として飼い殺しする気なのだろう。
人権という言葉が、小銭よりも安いこの世界で、あいつがどのような扱いを受けることか。
イザベラの見せた表情が物語っている。
あの教師が生き残れるように、せいぜい祈っておいてやろう。
俺の頭では3歩も足を動かせば忘れるだろうが。
「俺も目立たない範囲でなら手を貸してやるから、本当に俺のフォローを頼むぞ」
「むっふっふっふ。ワシらはプリチー仲間じゃ。大船に乗ったつもりでおれ」
なんだよ、プリチー仲間って。
言いたいことは分かるが、納得はできんぞ。
「では、さっそく協力しようではないか。今回の件で相手が何を目的にしとるか分からん状態じゃからのう。とりあえず、情報交換といかんか?」
「そうだな……俺の情報網は当てにすんなよ」
「安心せい。おんしに情報を探す頭など期待はしておらんからのう」
正しい判断だ。
しかし、そういうことはオブラートに包んだ後で砂糖をまぶして、檄甘にした物を口にして欲しかった。
「じゃが、今回のことは学校外が関わっておる可能性が高い。僅かでも情報の入り口を増やしておきたいんじゃよ。それも今回の裏を知っても、外に漏らさん入り口をな」
「裏って、なにか……? いや……帰らせてもらう」
これは、きっと聞いてはいけない情報だ。
聞いたら強制的に、面倒事とエンカウントしかねない程の。
だが、イザベラが俺の都合など気にするハズはなく──
「ディルクの杖に呪具が使用されておったんじゃ」
「それ以上話すな!」
「さらに高度な呪法を用いて杖と一体化されており、相当な資金力と超一級の呪術の腕がなければ、今回のようなことは不可能じゃろうのう」
巻き込みやがった。
その条件に当てはまるのは、ヤバいヤツらしかいないだろ。
「双方を揃えるのは難しい上に、ディルクの杖を怪しまれずにイジらねばならん。じゃから、何人も今回の件に関わっていると判断するのが妥当じゃ」
次は追い打ちか。
俺を逃がす気はないようだな。
「そういう顔をするでない。イジりたくなるではないか」
「……人を愛玩動物扱いするな」
全く反省している様子がないな。
むしろ喜んでいるようにすら見える。
「それに、知らぬよりも知っておいた方が対策もとれるじゃろう」
「対策うんぬん以前に、厄介事に巻き込まれたくないのだがな」
これって、厄介事に巻き込まれるパターンだよな。
「安心せい。何者かが近づいてきても、子供のフリをして適当にごまかしとれば、大きな問題にはならんじゃろう」
確かに、お前の言うとおりだ。
だがな──
「俺が考えが顔に出やすいのを忘れているだろ」
「……あっ」
やはり、忘れていたな。
お前が俺をイジルとき、その特性を存分に活かしているくせに。
「………………」
「………………」
それから、しばらく続いた沈黙は、居心地の悪い物だった。
やがて、居心地の悪さに心が折れたのは、ソワソワと目を泳がせ始めたイザベラだった。
「ふむ。励めよクレスよ」
「何をだ!」
「もちろん青春をじゃっ!」
片目を瞑りウインクをするイザベラに、少しイラっとした。
間違ってはいない。
自信はないが、生徒を励ますのは校長として間違ってはいないと思う。
だが、それでもイラっとするのは仕方のないハズだ。
それ以前に、話の流れが絶対におかしい。
「苦情は秘書を通すんじゃぞ」
苦情を受け入れる気がないというわけか。
さすがは、イザベラ。
俺の気持ちなど微塵も気にしていない!
「おんしの方は情報なぞないじゃろうから、今回はココまでじゃが……愛でも語り合っていくか?」
「じゃぁ、なんかあったら連絡をしてくれ」
無視してドアへと向かうことにした。
「冷たいヤツじゃ。旧友と語りあう気もないとは」
「俺らは語りあい過ぎている気がするぞ」
事実、コイツとは結構な頻度で会っているよな?
「ふむ、言われてみればそんな気もするのう。じゃが、愛を育むのに語りあい過ぎなんぞないじゃろうから、安心せい!」
「そうか。安心したから、とっとと帰らせてもらうぞ。じゃあな」
「おふう。素っ気なさすぎんか!?」
校長室は、防音設備がしっかりしているのだろう。
彼女の声は、ドアを閉じると全く聞こえなくなった。
(金を掛けているな)
防音性能を確かめた俺は、廊下を歩きだす。
少し性能が心配な脳を働かせながら。
これで一つの区切りはついた。
あとは些事を片付けるだけだが、すでに準備は終えている。
早めに網に引っ掛かって欲しいものだ。




