俺の決闘は幕引きとなった 『ちっ、しっかりキメろよ! リア充!!』
イザベラは魔力の楔を打ち込んだ。
すると、侵食するかのように地面を水晶のような膜が覆う。
この膜が、ディルクとアーレスとを繋いでいた魔力を吸収しているようだ。
おかげで、アーレスへと流れていた、ディルクの魔力が消え去った。
「クレスよ! 我を称賛せよ! 我を褒め称えよ! むっはーはっはっはっは」
テンションが異常に高いロリババアが何か叫んでいる。
130年の間に、アイツのキャラが崩壊しまくっているのだが──色々と残念すぎるヤツだ。
「じゃあ、俺たちも始めるか」
「……そうだな」
イザベラのぶっ壊れ具合を残念がっていると、いつの間にかラゼルに仕切られてしまった。
「俺とヒュージで牽制する。華はお前に持たせてやるよラゼル」
「ああ、いいんだな。全力でやって」
嬉しそうだ、全力を出せるのが。
笑顔が獰猛過ぎて、これならファンの女子がドン引き──しないか。
人気がますます高まりそうだ。
「ちっ、しっかりキメろよ! リア充!!」
「任せ……リア充?!」
リア充への怨念が、掛け声に混ざってしまってしまった。
まぁいい。俺は俺の役目を果たすだけだ。
「ヒュージ、行くぞ!」
結界を解くと同時に、アーレスは魔法弾を放たれる。
だが、先ほどまでとは攻撃パターンが違う。
ディルクからの魔力提供を得られなくなったためなのだろうか?
乱暴に辺り構わず放っていた先ほどまでとは違い、コチラに狙いを澄まし魔力の浪費を抑えているようだ。
並んで走る俺たちに迫るのは、迫るのは12の魔法弾。
躱し切れないのがあるか。
「炎よ! 撃ち抜け!!」
ビー玉サイズの火球を7つ展開させ、即座に放った。
火球が銃弾のようなスピードで、アーレスの魔法球を撃ち抜くと、黒い爆炎が広がる。
当たる可能性がある魔法弾はもう無い。
目眩ましが効いている間に、一気に距離を詰めた。
「ヒュージ!」
「はいっ!」
アーレスを左右から挟むように、俺とヒュージは立つ。
背は子供である俺たちよりも高く、見上げる形になっている。
更に鎧を着こんだような外見であるため、迫力を感じるがどうでもいいことだろう。
敵であるのなら、仕留めるだけだ。
「こっちだああぁぁぁっ」
叫び、注意を引きつける。
同時に、魔法剣で右腕を斬りつけると、炎が傷口から吹き出た。
『ウゴオォォォォ』
傷口からは炎と共に黒い魔力が、霧のように溢れる。
近接俺に対し、魔力弾を放とうと魔力を集めるも──
「こちらです!」
──ヒュージの剣がアーレスを切り裂く。
深い傷は負わされなかった。だが、それでも注意はそちらに向く。
魔法弾を放とうとするが、魔力を集める時間すら与える気はない。
「そら、こっちだ!」
所詮は道具。
人の手による操作を受けねば、柔軟な動きなど出来やしない。
注意が俺から逸れた瞬間に追撃をかける。
『オオォォォッ』
「はぁっ」
再びヒュージの剣が、アーレスを深く切りつけた。
もはや、一方的な展開だ。
このアーレスは遠距離用だ。
近距離用に作られた物と比べ、近距離戦用のプログラムと呼ぶべき物が、お粗末と言わざる得ない。
だから、プログラムの隙を着けば、簡単にハメられる。
俺たちは、次々にアーレスを斬りつけた。
一回、二回、三回──数十回と続く攻撃は、危なげなくアーレスを斬り続ける。
攻撃を受けるたびに、ダメージを増やしていく。
しかし油断をすると、辺りに散った魔力で回復してしまう。
やはり大技を用いて、一気に仕留めるしかないだろう。
だが、俺とヒュージの仕事は、注意を自分たちに向けさせ続けるだけで十分。
止めはアイツの役目だからだ。
離れた場所にラゼルは構えている。
現在使える、最高の攻撃手段を用いるために。
「………………はあぁぁぁ」
全身を覆う障壁の魔力を肉として、第二の筋肉として扱う。
魔力で作られた筋肉は、魔力というエネルギーであるために質量とは比例しない。
故に、薄い膜であろうとも、魔力の強さしだいでは本来の筋力をも上回る。
「ぁぁぁぁぁぁぁ」
魔力は体内にも流れている。
体内に流れる魔力は、筋肉や血管や臓器と一つとなり肉体の保護と強化をする。
「ぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
それは、異世界の獣王が編み出した奥義。
身体と魔力を、同時に武へと用いる武技の一つ。
技の名は──
「身魔合一」
見せてみろラゼル。
獣人の武を更なる領域へと導くであろう、お前の新たな力を。
「行くぞ」
ラゼルは全てを持って走りだした。
強靭な獣人の筋力ですら及ばない、常軌を逸する脚力を持って──。
「クレスさん!」
「ああっ!」
ラゼルを迎撃しようとしたアーレスに、俺たちは斬りかかった。
これまで以上のスピードで、俺とヒュージは剣戟を繰り返す。
アーレスが迎撃のために集めた魔力は、回復へとまわされ攻撃には至らない。
せっかくできた、ラゼルの見せ場なんだ。
邪魔をさせる気などない。
「おぉぁぁぁあっ!」
アーレスとの距離はまだ3mほど。
だが、戸惑うことなくラゼルは拳を振るうと、見えない拳がアーレスを捉えた。
『グウゥゥゥッ』
身魔合一は、魔力を仮想の筋肉として使う。
故に、魔力が質量を持ち、肉体の一部として扱える。
体術が持つリーチの短さという欠点は、すでに意味をなさない物となった。
小回りが効く、次のモーションへの隙が少ないなどの利点を残したまま──。
「らああぁぁぁぁぁぁぁッ」
次々と拳を放つ。
一撃放たれるたびに、アーレスの身体を削り取る。
拳は、嵐のごとくアーレスを撃ち抜き、いっそう激しさを増していく。
『アアアァァァァァ……ア』
あまりもの激しさに、アーレスの身体からは黒い煙が立ち昇っている。
煙の正体は、削り取られた魔力だ。
激し過ぎる攻撃は、アーレスの回復能力を優に超えたダメージを蓄積させていく。
アーレスの身体を、拳が削り取り──削り取り────削り取り──────削り尽くし、やがて終わりが見えた。
「見つけたぞ」
アーレスの身体が削り取られ尽くすと、黒い球体が浮かんでいた──それは核。
魔力の塊である体を制御するための、いわば本体。
ゴルフボールほどもない、漆黒のそれは己を守る|鎧<身体>を剥ぎ取られ無防備に浮いていた。
「はああぁぁぁぁぁ……」
一瞬、拳の嵐が止んだ。
乱打の音は消え、辺りに静寂が訪れたが、それも僅かな時間。
一間とも言える静寂の中で、ラゼルは己の全てを拳に掛ける準備を行う。
彼は、拳を強く握りしめた。
彼は、拳を引いた。
彼は、腰を深く落とした。
彼は、敵を鋭く見据えた。
彼は、呼吸を深く吸いこんだ。
一瞬とも言える静寂は、重苦しく寒気すらする物だった。
だが、静寂の刻は、即座に崩れる。
一瞬の静寂が、一瞬にて雷鳴のごとき喧騒へと転じたのだ。
「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ラゼルは、雷光のごとき動きで更に間合いを詰める。
コアとラゼルとの僅かな距離など意味をなさず、瞬きをする間もなく詰められた。
「ぁぁぁぁあっ!!!」
全身全霊全体重を乗せた拳は、まさしく雷光。
この場に彼の拳を捉えられた者が何人いることだろうか?
拳は、一瞬の内に核を捉えて粉砕する。
周囲にガラスが砕けたかのような乾いた音が響くと、この場にいる多くの者が表情を緩めた。
勝負は決した。
このように思った瞬間、最大の隙が生まれる。
だからラゼルが緊張の紐を解いたことは、ガリウスにしっかりと伝えるとしよう。
きっと、鍛え直してくれるはずだ。
地獄の特訓でな。
マルヴィン達も忙しくなるだろう。
今回起こったのは、何者かに仕組まれたとはいえ身内の不祥事だ。
しかも、130年前の魔導兵器が絡んでいる。
イザベラが裏で立ちまわるだろうが、色々と面倒なことになるだろう。
だが、今はこの余韻に浸るといい。
俺やイザベラが手を出したとはいえ、この勝利は間違いなく、ここにいる全員で手繰り寄せた物なのだから。
と、偉そうなことを考えてみたが俺のキャラじゃない。
俺も勝利の余韻に浸るとしよう。
ようやく、平穏な毎日に帰れそうなのだから。




