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凄い勇者だった俺が美少女勇者をプロデュースした件  作者: 穂麦
第2部×第2章 凄い勇者は権力と戦う
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貴族マルヴィンと従者 『帰って来い、ディルク』

 アーレスの制御系を破壊した。

 本来であれば、アーレスの使役者が修復をしなければならないのだが、相応の技能が必要となる。

 仮にディルクがその技能を扱えたとしても問題はない。

 少なくとも、狂気に取り憑かれた現状では、そのような技術を扱えるハズが無いだろう。


「次は、お前らの仕事だ」


 俺は、小さく呟いた。


 *


 アーレスの暴走を眺めるイザベラ達。

 周囲へと大量の黒い魔法弾を放ち続けるアーレスであったが、イザベラ達のいる背後へは一切の攻撃が無い。


 背後への攻撃が無いのは、使用者の安全を守るための措置。

 この性質が活きていることを確認すると、イザベラが口を開く。


「ふむ。この辺りは昔と変わらんか」


 人心地つき、イザベラが隠匿魔法を解くと、希薄だった3人の存在が徐々に戻った。


「結界の準備をする。フローレンスはワシと共に動け。マルヴィンは、身内をなんとかせい」

「ああ」「はい」


 事前の打ち合わせを確認すると、行動を開始した。

 まず、イザベラとフローレンスは、ディルクとアーレスの間に割って入る。


「姉さま。邪魔をしないで下さい……よ!」


 ディルクは、姉に対し遠慮なく魔力弾を放つ。

 だが、緑色に輝く盾に弾かれ霧散した。


「変な物を持っていますねー」


 杖で己の肩を軽く叩くディルグ。

 己の力が通じなかったにも関わらず、彼の口元から笑みが消えることはなかった。

 むしろ、余裕を失ったのは──


(……平民の評価を改めるべきね)


 平民クレスから預かった盾。

 その性能に驚き、フローレンスは平民の評価を改める──平民クレスが異常である可能性を見逃したまま。


「おんしの役割は、ワシが術を発動させるまで守ることじゃ。意識は全て弟に向けよ。それが弟の為でもある」

「はいっ!」


 僅かに逸れた注意は、イザベラの言葉でディルクへと向き直った。

 狂気に染まった目を向ける弟と、射抜くような強い瞳を向ける姉。


 周囲に響くのは、アーレスがクレス達に向けて放つ魔法弾の爆発音のみ。

 だが向き合ったのは僅かな間のみ。フローレンスに攻撃の意思がないと感じ取ると、ディルクは視線を別の人物に向ける。


「マルヴィン様も、僕の邪魔をするんですか?」

「当たり前だ」


 剣を片手にするマルヴィンの瞳は、深い怒りを宿している。

 瞳に宿るのは、己のプライドを傷つけられたことへの怒りではない。

 今の彼を突き動かしているのは、もっと別の怒り。


「貴様、誰にそそのかされた!」


 マルヴィンは伝えられた──イザベラに。

 アーレスも含め、130年前に使われた魔導兵器は、全てが破棄されるか封印されるかの、どちらかでしかないことを。

 もし所有していることが発覚すれば、それ自体が罪になることを。

 

 そのような物を、一介の貴族に過ぎないディルクが持てるはずがない。

 仮に持てたとしても、決闘ごっこに過ぎない学校の行事に持ち込むはずもなく、またディルクの性格も知っている。

 だからこそマルヴィンの目には、ディルクの後ろに何者かの影が見えていた。


「ハッハハ……もらったんですよ」


 何がおかしいのか、ディルクは口を大きく開けて笑い、恍惚とした表情で答えた。


「誰にだ」

「ほら、あの人ですよ……あぁー名前が出てこない。誰だったかなー……あれ? 拾ったんだったかなー」


 ふざけているようにも見える。

 だが、その様子が真意から来る物であることは主であるマルヴィンは理解した。

 明らかな異常を示す従者は、何者かに狂気を注ぎ込まれたのだろう。


「お前の目……俺が覚ましてやろう」


 いっそう怒気を膨れ上がらせると剣を構える。

 主の怒りを意に返すこともなく笑う従者。彼のの背後にいる姿なき敵に、マルヴィンは激しい怒りをぶつけた。


「ハッハハ……」


 尚いっそう、狂ったように笑うディルク。

 彼の見開く目に狂気が迸っている。


「ディルクーーーーッ!」


 先に仕掛けたのはマルヴィンだった。

 振り下ろした剣が、ディルクの杖を捉える。


「邪魔しないで下さいよ、マルヴィン様。」


 主の剣を受け止めたまま、ディルクは笑みを浮かべ続ける。

 狂気に流されたとえはいえ、主と敵対したという己の愚行を顧みることすら出来ずに。


「帰って来い、ディルク」


 剣に体重を乗せて押しきろうと、剣を握る手に一層の力を込める。

 ディルクは力負けをして、徐々に杖が押されていく。

 やがて胸元に当たる寸でまで追い詰められると──


「下がっていてくださいよ……僕があの平民を何とかしますから。ねぇ!」


 ──人の身を超えた力で剣を押し返した。

 マルヴィンの身体は跳ね除けられるたが、バランスを崩しそうになりながらも何とか堪えることに成功する。

 だが、追撃の手が、即座に伸びる。


「ねぇ、マルヴィン様ーー!」


 杖が振るわれると、3発の魔法弾が襲いかかった。

 幼い子供であれば、容易く呑みこむであろう魔法弾からは、強い魔力を感じられる。


「くぅっ」


 迫る3つの魔法弾をマルヴィンは剣を盾に防ぐ。

 体を持っていかれそうなほど重い衝撃を感じながらも、なんとかその場でこらえている。


「フフ。マルヴィン様、あとは僕が全部やっておきますから、安心して休んで下さい」


 従者の声が聞こえた気がした。

 だが、その声を捉える余裕など今の彼にはない。


 必死になって耐える。

 己の従者を利用し、コケにした敵への怒りを胸に。


「くっ。ぬおおおおおぉぉぉぉ」


 手にした剣から、深い紫色の魔力が溢れる。

 それはマルヴィンも知らない何か。


 ──何が起こった?


 一瞬戸惑うも、答えは明白だった。


「これは……?」


 剣から溢れた紫色の魔力が、黒い魔法弾を包み込んだ。


 捕食しているかのように蠢く魔力は不気味の一言。

 まともな状況であれば、こんな現象を生み出す剣になど手は出したくはない。

 だが、まともでないこの状況においては、心強さを感じさせるキッカケとなる。


「平民がおかしな物を与えやがって…………こういうことは、しっかり説明しろ」


 不快感を表す言葉ではあった。だが、口元には笑みが浮かんでいる。

 マルヴィンは手にした剣を見て思う。


(人を斬れない刃を持つ、相手の魔力を喰らう魔剣か。準備が良すぎて裏を疑いたくもなるが、今は──)


「感謝をしてやろう」


 不敵な笑みを浮かべると共に、剣を構えた。

 彼が手にする剣には、深い紫色の魔力が纏われている。


 ディルクが手にした剣。それは魔法殺しの剣ディスペンサー。

 魔導師を殺さず捕らえるために作られた、魔導師を捕縛するための魔剣。

 

「変な剣ですねぇ。僕の魔力を食べるなんて」


 魔力を全身に纏いながら、口元には狂った笑みを浮かべていた。

 剣先を従者に向け、一歩にも満たない距離を徐々に詰めていく。


「ふふ、すごいですよマルヴィン様。そんな剣を持っていると言っても、強くなった僕を追い詰めるなんて」

「お前は強くなどなっていない。付け上がっているだけだ」


 軽い挑発。

 だが、狂気に呑まれている今の彼になら十分。

 たやすく挑発に乗ってくる。


「そうですか……認めてくれないんですね。僕を認めてくれる気なんてないんですね。あなたは!」

「気にいらないのなら、認めさせてみろ!」


 狂気のままに放たれたのは数十の魔力弾。


 マルヴィンは走った。

 魔力弾を掻い潜りながら。

 ディスペンサーから洩れる魔力が、彼の走った跡を美しい尾を引いて教えてくれている。


「おおおぉぉぉぉぉーーー!」


 全体重を乗せて振り下ろされた魔剣は、杖によって防がれる。

 だが走る勢いが上乗せされた攻撃は、これまでとは重さが違う。


 今のディルクであれば、この程度の攻撃なら凌げた。

 だが、魔剣ディスペンサーが結果を変えた。

 ディルクの障壁をディスペンサーが弱め、攻撃の勢いを殺しきれなかったのだ。


 剣を身に受けることはなかったが、体重の乗った一撃を正面から受け止めることになったディルク。

 彼は大きく後ろへと、退けられることになる。


 バランスを崩し、片膝を突きながらも視線をマルヴィンへと向ける。

 だが、この一瞬。意識の外側から走る者がいた。


「まだ……」「ディルクゥッ!」「なっ」


 ディルクは失念していた。

 マルヴィンに執着するあまり──この場にもう1人動ける者がいることを。

 そして、その者こそが誰よりも彼の身を案じ、そして怒り狂っていることを。


「つぅっ!」


 フローレンスが杖に全魔力を込めて振るった。

 赤く輝く杖を、ディルクは黒く輝く杖で受け止める。

 そして即座に反撃へと転じ、黒球を放とうと魔力を集めた──が、


「くぅっ! あなたもですか姉上!!」


 ディルクの杖に集まった魔力が消えた。

 忌々しげに向ける視線の先には、緑色に輝く盾。


「平民の評価を改めないといけないでしょ……ねえ、ディルク」


 クレスの貸し与えた盾が、魔力を封じている。


「へぇ、さすがお姉さま。ふっふふ……」「コッチだぁっ!」


 彼の思考は、再び狂気に浸食されかける。

 だが、マルヴィンの剣は、それを許さなかった。


「くぅっ、は、はは。さ……さすがですね。マル……ヴィンさま」

「……本当のお前は、もっと強いハズだ」


 剣が胴体をとらえ、深々とディルクの体へと叩きつけられていた。

 だが血は流れておらず、代わりに剣へと向かって黒い光が集まっている。

 それは、剣はディルクの魔力を喰らい続ける光。


「買い被りすぎですよ…………」


 剣が喰らう黒い魔力の光が、徐々に弱まっていく。

 やがて光は消え、ディルクはマルヴィンに寄りかかるように倒れた。


「お前は、俺の目が節穴だというのか?」

「はは……その……言い方…………ずるい……です…………よ」


 従者の体重がマルヴィンの腕にかかる。

 この重さが、従者が己の手元に返ってきたことを彼に教えている。


 終わった──いや、まだだ。


 従者は帰ってきた。

 だが、後始末が残っている。

 忌まわしい、魔導兵器の始末が。


「校長! こっちは終わった!!」


 この茶番を終わらせねばならない。

 マルヴィンは燃え盛る怒りを胸に秘めたまま、イザベラへと叫んだ。


 ──準備は出来たようじゃな。


 怒りに焦がれるマルヴィンが纏う荒々しい空気とは逆に、イザベラの周囲は清流のごとき澄んだ空気が流れている。


 彼女は己の膨大な魔力を支配し、ただ静かにこの時を待ち続けていた。

 大魔導士と呼ばれ、数々の奇跡に等しい魔導を行使し続けたイザベラ。

 彼女の力を支えるのは、長い年月を費やし溜め続けた膨大な魔導の知識。


 故に人々は、彼女を称する──英知の魔導師と。


「始めようかのう」


 口元を不敵に歪めると、魔力は様相を転じる。

 清流のような魔力は勢いを増し、大地を穿つ激流へと変貌を遂げた。


「万物流転の理を知りて、我は其の流れを断つ」


 ──さあ、見るがよい。我が魔導の真髄。


「変化流転。陰と陽の交わりに戒めのくさびを打ち込まん」


 イザベラの瞳色が変わる。

 青緑に輝く瞳。それは大魔導師イザベラが、130年前の力を振るうという証。

 人智の極致とも言える魔導を発動させる証。


「万物の理を繋ぎとめよ! 魔封の晶楔しょうせつ


 上空に光が満ちると、黄金に光り輝く剣が真っ直ぐに落ちた。

 地面を鋭く貫くと地割れのようなヒビ割れを作り出す。


「発動せよ!」


 ヒビ割れから黄金の光が漏れ結晶が生じる。

 そして徐々に広がる結晶は、やがて会場全体を覆い尽した。


 ディルグとアーレスの間にくさびが打ち込まれた。

 これで魔力の補給は断たれ、アーレスが回復することはない。


「最後はおんしらの仕事じゃ、クレスよ」

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