俺は校長の話を聞く 『クレスが呆けておるが話を続けよう』
「決闘は中止です! 今すぐ避難を……」「結界を解くでない!」
審判が決闘の中止を宣告し、結界を解こうとしたのをイザベラが止めた。
フレンドリー過ぎて時々忘れてしまうが、アイツは校長だ。
俺たちのことなど無かったかのように、審判は結界の外に走って行ってしまった。
「おんしは、外に出て結界の維持に専念せい。あとはワシがやる」
有無を言わさず審判を結界の外に──俺も出してほしいのだが。
「クレス、フローレンス。おんしらは、マルヴィン達のおる中央へ行け! クレス分かっとるな、他の者をしっかりと守るのじゃぞ」
どうやら俺は外に出られないようだ。
分かっていたさ。教師以外は結界を素通りできないんだよな。
だから俺が外に出るには結界を解かねばならんのだが、それをやったらディルクがあの世に行ってしまう。
「逃げるぞ!」
ボーッとしている余裕などない。
アーレスから放たれる魔力弾が、次々に襲いかかってきている。
その数、まさしく雨霰。
俺はともかく、他のヤツはマズイ。
「ディルク! 目を覚ましなさい!!」
フローレンスよ。多分無理だと思うぞ。
あの目は絶対に正気じゃないから。
「早く行くぞ!」
説得している時間も惜しい。
と、いうよりも説得する自信がない。
だから、無理矢理手を掴んで走り始めた。
「婦女子の手を気安く触るなんて、これだから平民は……」
「小言は後から聞くから今は走れ!」
こんな時にまで、憎まれ口を叩けるなんて余裕だな。
「はぁー。仕方ありませんわ。納得はできませんが、今は平民の言う通りにするとしましょう」
「あー。はいはい、そうしてくれ」
ようやく分かってくれたな。
先ほどまでよりも、移動速度が上がったおかげで少しはマシになった。
「いつまで、私の手を握っているおつもりで?」
「はいはい。すみませんねー。平民風情がフローレンス様のお美しいお手手を握っちゃいまして。離しますから許して下さいねー」
コイツと話すのが疲れて、つい皮肉が出てしまったのだが、貴族さまには通用しなかったようだ。
「ようやく理解したようね。私とアナタとでは住んでいる世界が違うことが。そもそも……」
声から機嫌の良さが伝わってくる。
ついでに、さっきよりも饒舌になってペラペラと。
また移動速度が遅くなったのだが、問題なくラゼル達と合流できた。
*
大量の魔力弾が飛来するなか、ラゼル達と合流し即座に結界を張る。
すると薄っすらと青い壁が、アーレスと俺たちとの間を遮った。
「結界を張っているからしばらくは大丈夫だ。と、いうわけで指示を出してもらえますか、校長先生」
「むっ、気付いておったか」
ふっ、イザベラよ。
俺を驚かせるつもりだったのだろうが、そうはさせんぞ。
貴様の気配など俺にはお見通しだ。
「えぇ。油断しないのは基本。と、無駄話をしている余裕はありませんね」
「そうじゃがのう……」
ディルクへと視線を向けると、イザベラは言葉を濁す。
マズイ状況ではあるが、今なら対処ができるハズだ。
なにか、見落としていることがあるのだろうか?
「おんしの敬語はキモイ。鳥肌が立つわい!」
言葉を濁したのは、俺をディスるためだったようだ。
生徒が1人死にかけている状況でなんとも悠長な。
コイツが校長であることがチョット心配。
「この場では敬語は使わない。だから話を進めよう」
「うむ。ついでにイザベラちゃん♪ と、読んでも良いの……」「それは却下だ」
「むぅ、頑固なヤツじゃ」
両手を挙げて首を振るしぐさ。
いわゆる、お手上げのポーズで頑固者認定された。
「冗談はここまでにして、状況を手短に話させてもらおう。ディルクが呼び出したのはアーレスと言って、130年前に魔王リザームの軍勢に対するために作られた魔導兵器の一種じゃ」
説明を始めたイザベラ。
なんか講義を聞いているようで眠くなってくる。
「ディルクは、魔力を杖に強制的に吸い取られているようじゃ。このままじゃと、魔力が尽きたあと生命力すら持っていかれかねん」
イザベラの言う通り、ディルクが厄介な事になっているのは確かだ。
その原因は、さっぱり分からんが。
杖に魔力が強制的に吸い取られているのは分かる。
だが、そんな危ない機能を持った杖をアイツが持っている理由が分からない。
フローレンスの杖と同じタイプに見えるが、片方が無事でもう片方がおかしなことになっている。
それにフローレンスも、この状態に動揺していた。だからあの機能はフローレンスの知らない機能ということになり──
「クレスが呆けておるが話を続けよう」
あっ。さりげなく侮辱された。
「闘技場の結界によってディルクの吸い取られる魔力は、一気に拡散するのが防がれておる。この結界がなければ、とうに生命を奪われていたことじゃろう。よって結界に負担をかける行為──結界の内外を行き来する行為などは避けたい。それにお主らの手で、なんとかせねば、色々とまずいじゃろ。のう、マルヴィン」
「ええ」
貴族の面子だろうな。
従者のしでかしたことを、主であるコイツが何とか出来ねば周囲は良い評価をしない。
「それにのう。学校の側としても、生徒の起こした問題はなるべく生徒が方を付けねば面倒な事になるのじゃよ」
「なんでだ?」
質問をすると、イザベラの目が輝いた気がした。
この130年の間に、この大魔導師に解説という趣味が加わったのかもしれない。
「学校というのは思想教育の場じゃ。なるべく思想の誘導を省こうとしようとも、省き切るのは不可能なほどのな。とうぜん、都合の良い思想を子供に植え付けようとする者もおる。ましてやこの騎士学校には、国の中枢に立つであろう者もおるからのう」
ヤバイ。
これは話が長くなるパターンだ。
イザベラが物凄く活き活きしている。
「ディルクがマズイから、早めに話を切り上げてもらえるか?」
「そうじゃったのう。まとめると、生徒であるディルクが引き起こした問題を、生徒であるおんし等が対処できねば、生徒の管理を今よりも徹底した方が良いという口実を、どこぞやの痴れ者に与えかねないということじゃ」
短くまとめても長かった。
あのまま口を出さなければ、無駄に長い説明を聞かされていたかもしれん。
ディルクよ。俺はお前の命を救ったぞ。
「では、現状の説明を手短にお願いします」
手短という言葉を強調し、イザベラに説明を促す。
イザベラよ、残念だよ。お前ほどの者でも、校長になると長話をしたがるという宿命に、逆らえなかったことが。
「アーレスは魔力の塊じゃ。損傷すれば魔力を使って回復するのじゃが、今回の場合はディルクの魔力を奪い回復することになるからのう。アーレスの損傷は避けたい」
やはり校長の宿命に取り込まれたのか。
話を続けるイザベラは、本当に活き活きしている。
舌の回りもどんどん早くなっており、本当に嬉しそうだ。
「闘技場の結界に負担を掛けないため、外からの助けは期待できん。じゃから、ここにいる者たちだけで動かねばならん。とうぜん、おんしらは身を危険に晒さねばならんじゃろう」
”むふー”と聞こえてきそうなくらいに彼女は満足している。
やはり説明が彼女の趣味に加わったようだ。
想えば僅か11年といいう人生ではあるが、130年という歳月による変化を多く見て来た。
あの頃よりも平和ではあるが、変化から寂しさを感じたのも事実だ。
今回の変化にも悲しさを感じる。
だが、今回はこれまでとは異質とも言える悲しさだ。
なんと言い表せばいいのだろうか?
言葉に表すことのできない微妙な悲しみを、イザベラに感た。
「練習用の武器は役に立たんから捨てよ。代わりにクレスよ何か貸してやれ」
あっさりと俺の手の内を教えやがった。
やはりこの130年でコイツは変わり果てて──いや、昔からこうだったな。
「ほれ、早く出す物を出さんか」
コンビニ前にたむろする不良がカツアゲするかのように急かしてくる。
もはや校長の威厳など感じない。
このロリ不良が。
だが仕方がない。状況が状況だ。
俺の勇者コレクションから、普通以下の剣を貸してやろう。
「マルヴィン、使え」
一本の剣をマルヴィンへと渡す。
刃に焼き入れをしていない、人を斬ることはできない剣だ。
骨の数本はイカれるだろうが、それは諦めてもらおう。
「こんな物をどこに隠していたんだ」
「今は、そいつを使うことだけを考えた方がいいんじゃないか?」
アイテムBOXのことは隠したい。
多分バレるとは思うが、気分の問題だ。
イザベラに流されっぱなしというのも、ムカつくからな。
「お前に借りを作るのは癪ではあるが……今さらか」
「そいつなら、安心して叩きのめせるぞ」
ドコを叩くかは、お前の好きにしろ。俺は責任はとらんがな。
「ヒュージにはコイツだ」
渡した剣をヒュージ軽く振ると首を傾げた。
そいつは少し筋力が強化されるだけの魔剣だ。
使う代償は、指一本動かせない筋肉痛になるだけだから安心しろ。
「なーに、それほど緊張せんでもよい。ワシが難しい所は引き受けるからのう」
ニヒルに笑うロリババア。いやSLB。
見た目詐欺もいい所だが、余裕を見せる彼女に安心したのか、周囲の緊張感が和らいだ。
「じゃがクレスよ、おんしだけは緊張しまくってもよいぞ」
「生徒を差別するな……です」
思わず素でツっ込みそうになった所を、久しぶりのブリット式敬語でごまかした。
「フフッ。緊張も和らいだところで、始めようかのう……散れ!」
イザベラの掛け声とともに一斉に散る。
俺、ラゼル、ヒュージはアーレスの元へ。マルヴィン、フローレンス、イザベラはディルクの元へと走る。
「炎よ!」
4つの火球を、アーレスの足元へと放ち注意を引きつける。
「影よ。我を隠匿せよ」
俺へと注意が引かれた瞬間を見計らい、イザベラが闇魔法を発動させた。
3人の姿が黒い影に包まれたると、存在感が希薄となる。
姿は見える。だが注意を向けなければ、脳が存在を捉えられない状態を作り出したのだ。
姿を消した3人と、派手に火魔法を放ちまくる俺。
魔導兵器とはいえ所詮は道具。予め決められた動きしかできないのだ。イザベラと俺の、どちらを相手にするかなど決まっている。
「さぁ、来な」
アーレスは狙いを俺たちに定め、一斉に黒球を放つ。
数十の黒球には十分な魔力が込められているが──。
短剣を一振りし1つ目の黒球を消す。
次に針を飛ばし2つ目を消し、十分に引きつけた所で同数の火球を放ち、全てを相殺した。
するとアーレスの放つ黒球が小さくなり、スピードが増した。
兵器とはいえ、攻撃のパターンを変える程度の知能は持っているということだ。
(そうくるだろうさ)
アーレスの攻撃パターンは、よく知っている。
戦地で何度も共に戦ったのだからな。
とうぜん対処法もな。
「ヒュージ!」
「地を這いし光よ。天撃つ矢となれ」
準備は万端だ。
アーレスの足元から1本の矢が飛び出た。
弱い光の矢。殺傷力など期待できない矢。
それはアーレスの頭部に当たり、光の粒子となって消えた。
「いい腕だ」
俺は知っている。
アーレスよ。お前が行動パターンを切り替えるとき、頭部に魔力を集める必要があると。
その魔力は、現在の属性に合った魔力であると。
現在の魔力色は黒。
すなわちお前が取り込まねばならなかったのは闇属性の魔力。
さあ、取り込め。
対となる光属性の魔力をな。そして──狂え!
『ギ……ギギ…………ギ』
アーレスのウサギ面に光の矢が当たると、その顔から黒い光が周囲へと散らばった。
ヤツの口から、ファンタジー世界に似つかわしくない機械質な声が零れる。
『ウグオオオォォォォォッ』
周囲は黒い光に包まれる。
それは僅かな間。何かを傷つけるわけでもなく、ただ広がっただけの光。
僅か数秒の光が収まると、アーレスが何も変わらぬ姿でそこに立っていた。
だが、リンクは断ったぞ。
次はお前らの仕事だ。イザベラよ。




