俺はやり遂げた 『これは酷いのう』
本来は間に戦闘話が1度ありましたが、ダレるので話を詰めました。
懸命な救命措置によって審判は命を取り留めた。
まあ、そもそも仕留めないように手加減はしたのだから、放置しても死ぬことはないのだが。
「これは酷いのう」
未だに横たわる審判の状態を見て、イザベラは苦笑いを浮かべている。
回復魔法と言えど、万能ではない。
大きなケガを即座に回復させようとすれば、体力や魔力を大きく消耗する。
このため回復魔法をかける相手の様子を見ながら、何度かに分けて使用されるのが一般的だ。
だからオラフの身体には怪我が残っており動きが鈍い。
でもなヤツの素晴らしい人徳がそうさせるのだろう。
観客席から多くの生徒たちが、彼を嬉しそうに眺めている。
俺は彼らに、教育上よろしくない悦びを教えてしまったかもしれんな。
「キ、サ…ッ…貴様ッ!」
「ホレ、無茶は止めんか」
ムチャクチャ怒っている。
まぁ、これで怒らないヤツの方が珍しいだろうが。
「ッ、……平民風情が……ッ…………この私に……このようなことをだな!」
痛みに耐えながら、選民思想をバラ撒いている。
キサマは、怒りをもって肉体の痛みを克服するというのか。
その無駄に強い精神力を、もっと別な所に活かして欲しいものだ。
「イザベラ校長」
「なんじゃ?」
色々と思う所はあるが、堕貴族を相手にしても仕方がない。
無視してイザベラに話を振る。
「なぜか、僕の小手がオラフ先生に怪我を負わせてしまいました」
「ふむ……この小手であれば、怪我をさせるハズはないのじゃがのう。妙な事があるものじゃ」
打ち合わせ通りの会話。
頑張ってセリフを覚えようとして、最終的にイザベラを諦めさせた努力がこの場で発揮されるときが来た。
俺のセリフに頑張って合わせてくれ、イザベラよ!
「見たところ異常はないようじゃが……事実、ケガ人は出ておる。何が原因かのう?」
「校長! ワシの話を!!」
無視されたことに顔を真っ赤にするオラフ。
その姿は、まさしく茹でタコ。人間とは怒りだけでここまで顔を赤くできるものなのか。
意外な場所で、意外な発見をしてしまった。
だが、次のイザベラの言葉にタコからイカへと顔色が真っ白に変わる
「そうじゃのう……ふむ、小手は学校の方で調べておこう。ついでに短剣もよこすのじゃ。万が一ということもあるからのう」
「ま、待っ」
「なんじゃ、この措置に問題があるのかのう?」
俺の短剣を手にすると、文句を言いたげなオラフにイザベラは目を向ける。
だがイザベラはというと、涼しい顔で聞き返した。
なんという面の厚さだ────この黒幕め。
「い、今は試合中でしてな。……決闘に影響がですな」
「このままでは安心して続きなんて出来ません。できれば他の方の武器も見て頂けますか? ……主に僕の仲間の武器を」
俺は、さぞかし悪い顔をしていることだろう。
甘美な感情が背筋を駆け抜けた。
(この感覚、クセになりそうで怖い)
少し悪の道に足を踏み入れた所で、視線をオラフに戻す。
イカのように白かった彼の顔は、再び茹でタコのように真っ赤になっている。
ふむ、イカにタコにイカにと忙しいヤツだ。
「ぐぅぅ……気付いて!!」
「ほう、クレスが何に気付いていたか、後でゆっくりと聞かせてもらえんか?」
イザベラの表情は見えないが、彼女の顔にもまた悪い笑みを浮かベているのが分かる。
中身年齢偽造の俺&イザベラのコラボだ。
肉体年齢にそぐわぬ俺たちの老猾な笑みにドン引きのハズ。
──と、いうわけではなさそうだ。
ほう、気付いたか。
「お前ら……グルだったのか!」
「「なんのことでしょう?」」
あっ、声が重なってしまった。
「ふざけるな! 貴様らは! キサマらはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! グァッ」
俺は、オラフが叫んだ瞬間に沈黙させた。
「すみません校長先生。オラフ先生の傷が広がってしまうと思い、気を失ってもらいました」
「気にするでない。お主がやらねば、ワシがやっておったわい」
スタンガンの要領で、両手から電気を発生させての一撃。
それはオラフの意識を狩り取るのに十分な効果があった。
「さっ、オラフが騒ぎだしたら傷にさわる。早く医務室に運んぶんじゃ」
イザベラが急かすと医療班が駆け付け、オラフをタンカに乗せる。
(ふむ、重そうだな)
見事なまでに横へと成長した体型のオラフに悪戦苦闘しながらも、なんとかタンカに乗せた医療班。彼らの努力に乾杯だ。
しかしタンカに乗せるだけが、彼らの仕事ではない。
タンカを持ちあげて運ぶという最期の難関が待っている。
などと心配していると、他のメンバーが駆け付けて4人でタンカを持っていくことになった。
見事な連携だな。 彼らがギックリ腰になるのではと心配したが、杞憂に終わって良かった。
それにしても、なんとも間抜けな姿なのだろう。
重力に逆らえず脂肪がタルンッとタンカに寝そべったあの姿は──。
会場の奥へと消えていくオラフを乗せたタンカ。それを見ていたら、俺の心の中にドナ○ナが流れ始めた。
( 子牛を乗────著作権には注意しましょう♡)
※俺の脳内に変なテロップが流れたが、それは大人の都合というものだ。
本当に哀れな姿だと思う。
売られていくのは、かわいい子牛ではなく醜い教師だが。
「………………」
なんかイザベラが冷たい目で俺を見ていた。
”コイツ、またバカなことを考えているな”という目だ。
その瞳からは、あの教師を見るよりも冷たい感情をかんじる。
(この感覚、クセになりそうで────いや、やめておこう)
よかった。新世界に足を踏み入れる前に、なんとか踏みとどまれた。
「さて、決闘を中断することになってしまったが、このまま続けようか? それとも日を改めた方が良いかのう?」
前世からの付き合いだ。
俺のバカな考えに何も言わず、話を切り替えてくれた。
俺は良き友を持ったものだな。
「このまま続けさせて下さい」
迷うことなくマルヴィンはそう答えた。
圧倒的劣勢にも関わらず、この状況で迷いがないとはな。
俺の好感度を1つ増やしておこう。
「おぬしが言うのならそれでも良いが…………他も文句はないようじゃな」
マルヴィン側の2人を見たイザベラは、口元に笑みを浮かべた。
2人がどのような反応を示したかは言うまでもないか。
イザベラの表情が全てをものがたっている。
「おんしらの武器も、念のため新しい物に変えよう。また事故が起こっては何じゃしの」
この状況で決闘に水を指す気はないのだろう。
オラフが武器に細工をしたとは言わず、事故を防ぐためだとしてイザベラハ武器を交換した。
これで正真正銘、対等の戦いになる。
*
一時中断され、会場の空気からは熱気が抜かれていた。
俺が原因なのだが──いや、俺だけではなくイザベラも共犯だ。
だから俺の罪は半分しかないハズだ!
「では、構えて下さい」
再び会場の中央へと俺たちは集まっている。
審判も変わり、試合は仕切り直しとなった。
「よろしいですね」
俺たちの様子を確認する審判。
なんか、俺を見る目に怯えの色が見える。
目を合わせることすら恐れられている気が──。
(いや、今は戦いに集中だ)
余計なことを考えるわけにはいかない。
これからは対等の戦いだ。
マルヴィン達は武器の細工については知らないだろう。
それでも気概を見せた彼らに応えるべきだろう。
だが、審判の様子が気になり、ついついそちらに目が行ってしまう。
「!」
あっ、目があったと思ったらすぐで逸らされた。
見てはいけない物を見たっていう感じで──やばい、気になって仕方がない。
集中だ。集中だ。戦いに集中だ。
「はじめ!」
気が逸れている間に、試合が開始されてしまった。
え……と。なにやるんだっけ? あぁ、そうだ。俺はフローレンスを相手にするんだったな。
手にした短剣の感触を確かめると、俺はフローレンスへと斬り掛った。
決闘は再開された。
中断されたことにより体は冷え動きのキレが悪い。
短剣を振るえば杖で防がれ、魔法を放てば魔法で対処される。
相手も一方的に仕掛けられるだけではない。
遠距離から火球を放ち、接近すれば死角から氷柱が襲いかかってくる。
くそっ、中断の最中に俺への対処策を考えていやがったな。
抜け目がないのは貴族としての素質だろうから、称賛こそすれ非難をする理由にはなりえない。
それに、俺が中断させたのだから、文句を言えるハズも無いのだが──。
気になるのは、他の2人がどう考えているかだ。
ヒュージのチラッと見る。
接近戦に持ち込み、剣で次々に攻撃を仕掛けている。
だが中断前に見たときよりも、鎧がかなり赤くなっているのが分かる。
中止前の状況に持ちこむため、かなりの犠牲を払っていたのだろう。
なんかゴメン。
「そらっ!」
一気に踏み込み、俺はフローレンスへと短剣を振るう。
纏わせた炎は剣閃をなぞり大きく燃え上がる。
十分な牽制となっただろう。
フローレンスが放つ魔法は、小さなものとなった。
明らかな牽制だ。中止前と同じ、ピンポン玉サイズの火球は俺へといくつも迫る。
短剣を振るって切り、小手で殴って掻き消し、魔力の針を飛ばし消し去る。
次々に遅い来る火球を消そうとも、捌ききれない数が押し寄せてくる。
続いてラゼルの方を見──ている余裕はないな。
できることなら、タイミングを合わせて何かを行いたい所だが。
この状況では、どうしよもない。
(炎を飲みこむのは炎……)
再び短剣に炎を纏わせる。
「させない!」
フローレンスは俺が短剣に魔力を集めていることに気付くと、これまで使わなかった魔法を放った。
「ほぅ」
思わず感心してしまった。
放たれた青白い光球は、俺の魔力に合わせたものだ。
その効果は、魔力の質を狂わせ術式を刻む邪魔をする。
(この僅かな時間で、魔力の質を見極めたか)
試合が中断している最中に、コイツの準備をしていたのだろう。
まさか、この年齢でコレが出来るとはな。
実践でも中級の魔導師に対してなら、魔法の妨害は可能かもしれない。
それに練習用に変質している現状であれば、俺にだって十分に効く。
雨霰のように飛んでくる光球。
避けるのは無理だ。
光球により、俺の魔法が解除される。
望んだ展開になって嬉しかったのだろう。
彼女表情を緩めた。
これまで俺に翻弄されてばかりだったからな。
俺に噛みつけたことが嬉しいのか。
口元を隠すこともなく、彼女は魔法を放ち続けている。
次は俺が笑う番だがな。
短剣に纏わせた魔力は乱された。
だが俺の手の内はこれだけではない。
だからとりあえず投げた──短剣を。
自らが放った光球に隠れた短剣を、ぶつかる寸でで叩き落すフローレンス。
これで俺にできる物理攻撃は、小手で殴るのみ。
障壁で守られるとはいえ、観客の心情は最悪となるだろう。
女子を平然と何発も殴るのだからな。
嫌われ者になる未来しか思い浮かばない。
だが、そのようなことにはならない。
床に短剣が触れようとした所で、俺の爆炎魔法が追い越したからだ。
飛んできた短剣への対処。
それは咄嗟の行動であったが故に、彼女の意識は短剣へと全て向いている。
意識の隙間を縫い、爆炎魔法は彼女の足元へと届き爆発した。
意識の外側での爆発。
経験の差だろう。彼女は反応できず爆炎魔法により、後ろへと仰け反った。
追撃。
俺は走る。
爆風により宙に飛んだ短剣を掴み。
そして──
「どけぇっ!!!」
フローレンスを突き飛ばした。
次の瞬間、彼女がいた場所を黒い球体が飲み込んだ。
彼女がどうなったかはわからない。
俺の視界が黒い光に隠されているからだ。
明らかに殺傷力のある魔力。
(くそっ。この決闘、トラブルが起き過ぎだろ)
短剣に魔力を纏わせ一振りすると黒い光に切れ目が入り霧散していく。
横を確認するとフローレンスが、呆然とこちらを見ている。
どうやら無事だったようだな。
次に魔力の飛んできた方向を見ると、面倒なヤツがいた。
黒い鎧に頭部はウサギ。
全身黒づくめのウサギは2mを超す体を持ち、全身から黒ずんだ紫色の光を放っている。
「……アーレスか」
その存在にラゼルやヒュージにマルヴィン、ようやく状況がつかめたフローレンス。
誰もが戦いをやめ、これまで無かったその存在に警戒心を示していた。
いや、1人だけ違う。
狂ったような目で嗤っているヤツがいる。
(仕込まれたか)
ディルクは黒く変色した杖を手にし、その魔力をアーレスに捧げていた。
アーレスという名前は、後で変更することがあります。




