俺は決闘をしている 『悪くない判断だ』
フローレンスの鎧は、すでに真っ赤に染まっている。
あと数回の攻撃で俺の勝利は確定することだろう。
だが彼女の瞳から戦意は消えていない。
彼女の目は、未だに勝利を見据えており強い光が宿っている。
勝つために彼女は戦術を変えた。
一発の威力よりも数を優先し、小まめに俺にダメージを与えようとしている。
放たれる火球はピンポン玉ほどのサイズで、実戦では注意を逸らす程度にしか使えないだろう。
だが──
(悪くない判断だ)
──そう称賛せざるえない。
これは決闘と言っても、ルールのある試合だ。
実戦で使えない方法であっても、俺の鎧を赤く染め上げればそれで勝ちとなる。
魔法が掻き消されるのなら、俺が対応できない数を放ちマグレ当たりを狙えば良い。
合理的な考えをしたと評価して良いだろう。
もっとも、フローレンスとしては悔しいだろうがな。
その気持ちを押し殺してでも、勝利をもぎ取ろうとしているのだ。
プライドに拘り、目の前のことしか見えない墜貴族と同じに見るわけにはいかない。
昨日まで、堕貴族と同列に見ていたことは謝ろう────ごめんね♪
しかし、このような手を使わざるえないという事は、正攻法では俺には勝てないと行いをもって証明しているようなものだ。
ましてや、会場を覆い尽くす大観衆の前でだ。
プライドの高そうな彼女のことだ。精神的にかなりキツイだろう。
(だが……もう少し付き合ってもらおうか)
火球の1つを切り払うと同時に深く腰を落とし、足のバネを伸ばす。そして─────地面を強く蹴った。
守りを優先していた中での、突然の反撃にフローレンスの対応が僅かではあるが遅れる。だが切り替えは早く、すぐにコチラの攻撃に合わせてきた。
迫りくる数十の火球を掻い潜りながら、フローレンスとの距離を縮めていく。
火球の隙間を縫うように走る。
時に短剣で火球を斬り、時に針で術式を壊し、距離を縮めていった。
距離は瞬く間に縮まっていくも、フローレンスからは距離をとろうとする動きは見られない。
これまでの戦いで、それが無駄だと判断したのだろう。
距離をとる代わりに、火球の数を増やしたが──
「くっ」
──短剣は届いた。
だが短剣の悲しさか。
攻撃は軽く、振るわれた杖により容易く弾かれてしまった。
*
会場で戦っているのは、クレスとフローレンスだけではない。
闘技場では、彼らを含む6人が衝突しあっている。
ある場所では拳と魔法がぶつかり、また別のある場所では、間合いを取るための駆け引きが繰り広げられていた。
ときおり魔法が防がれて閃光がほとばしる会場。
騎士学校の生徒達は、同い年(一部、中身の年齢が違う)の戦い方に様々な想いを抱きながら魅入っている。
「すごい……」
誰が口にしたのだろうか?
それは分からない。
だが、志を持ってこの校舎へと足を踏み入れた者なら、誰もが同じ気持ちだったに違いない。
才能──その一言で片付けるのは簡単だ。
事実、あそこで戦っている者たちはこの学校でも上位に入る者達。
自分たちとは明らかに違う。
だが、彼らは自分と同じような年齢だ。
訓練を積めば数年後にはあのレベルになるのでは?
そのような期待が、思わず胸によぎってしまう。
(決闘を許可したのは、やはり正解じゃったようじゃのう)
生徒達の想いが変わるとともに会場の空気も違う物となる。
最初は派閥に属する者達と、彼らに反発心を持つ者達という構図であった。
だが今は、目の前の戦いと己が持つ未来の可能性に、目を輝かせる子供たちしかいない。
(さすがワシじゃな。良い判断をしたものじゃ…………ついでにスバルも褒めてやろう)
イザベラは心の中で自分を称賛していた。
自分の判断に満足した彼女は、一頻りに己を称賛すると旧友とは別の戦いに目を向ける。
彼女の金色の瞳に映っているのは剣と拳の攻防。
ラゼルとマルヴィンとの戦いは、魔法を中心としたクレス達とは違う技の応酬となっていた。
拳の届く間合いに詰め寄ろうとするラゼルと、剣のリーチが活きる間合いを維持しようと牽制するマルヴィン。
武術の基本とも言える間合いの取り合いは、武術に関わる他の生徒達の良き参考となりうる駆け引きを見せている。
頭上から振り下ろされる剣を、ラゼルが横から拳を当てて逸らすと懐へと一気に入る。
剣では間に合わない。
そう判断するとマルヴィンは、即座に魔法へと切り替え距離をとる。
僅かな判断ミスや対応の遅れが致命的となる戦いが、そこでは繰り広げられていた。
だが剣と拳の戦いは、お互いに届かない間合いになった所で僅かな余裕が生まれたようだ。
「俺相手に……ずいぶん余裕だな」
「そんなことはないさ」
距離を多くとったマルヴィンは、不機嫌そうに語りかける。
鎧に赤い色は無いが、体を濡らす汗が体力の消耗を物語っていた。
「口元をニヤケさせながら、よく言うものだ」
「笑っていたか?」
一方でラゼルの方は、鎧に若干の赤く染まっている程度だ。
剣を逸らすなどはうまく行えているが、魔法への対応に何度か失敗していた。
リーチの違いはやはり大きい。
ときおり罠を仕掛けられ、懐に入り込んだ途端に魔法を喰らっている。
だが体力の消耗は、獣人としての身体能力により最小限に抑えていた。
「あぁ……不愉快な程にな」
「そうか?」
ラゼルは口元を大きく歪めて、獰猛な笑みを作る。
意識して笑っていたではない。
獣人の闘争心ゆえに出た本能的な笑みだ。
クレスとの訓練は学ぶことが多く好きだが、手加減されているのが分かってしまう。
このため、物足りなさを感じることが多い。
だが今、戦っている相手は違う。
目の前にいるのは、同年代でありながら実力の近い相手。
──自分の力をぶつけられる。
────己の力に応えてくれる。
──────俺と全力で潰し合ってくれる。
ラゼルの中で、獣人の本能がいっそうの闘争を求めていた。
「さぁ、続きをしようぜ」
「獣が」
「なにせ獣人族なんでね」
ラゼルの言葉に、溜息が洩れそうになるもマルヴィンはこらえた。
彼の脳裏に浮かんだのは、決闘の原因となった廊下でのできごと。
あのときは、自分ではなく仲間が侮辱されたという違いがあった。
それでも獣扱いされて怒り狂っていたことに変わりはないのだが──今回は笑いながら肯定しやがった。
(コイツはバカなのか?)
このときマルヴィンは、クレスの称号をラゼルに付与していた。
*
ラゼルとマルヴィン。
彼らの戦う場所から、少し離れた場所。
そこではヒュージ達が戦っている。
ヒュージは、ディルクを押さえている。
クレスやラゼルと違い、こちらは接戦で話している余裕などない。
他の戦いとは違い、こちらは泥臭さを感じる戦いだ。
だが精彩こそ欠けるが、生徒達の心を最も熱くさせているのは、この2人の戦いかもしれない。
生徒たちからすれば、自分とレベルが近い者同士の戦いだ。
それも接戦といえる好勝負。
おのずと、自身を近い戦闘スタイルの方に投影してしまう。
だから両者の戦いは、生徒達にとって最も身近に感じられる戦いであり、最も感情移入ができる戦いでもある 。
ディルクが魔法を放てば、ヒュージは体を捻ってかわす。
魔法を放った後に生じる隙をヒュージが狙おうとすれば、今度はディルクが杖で牽制をする。
こちらの戦いは、魔法による遠距離を得意とするディルクと、剣を使った接近戦を得意とするヒュージの戦い。
一見すると膠着状態にも見える。
だが遠距離から攻撃する方が有利なのは、コチラの世界でも同じだ。
実のところディルクの方が、やや押していた。
だが、戦いという物は些細な出来事で変わる繊細な生き物だ。
僅かな出来事で状況は一変することとなる。
放たれた火球をかわすと同時に、ヒュージは魔法を放った。
「閃光!」
放たれたのは、目が眩むほどの光。
ディルクとは距離がありすぎ、目くらましの効果は薄い。
だが注意を退くことには成功する。
「っ!」
閃光の奥から、短剣が飛んだ。
とっさに短剣を弾こうと杖を振るうディルク。
だが経験不足ゆえか、また肉体労働に優れない魔導師ゆえか、杖は短剣に触れることなく空を切る。
当たった。
だが、それだけだ。
手から離れた訓練用の短剣は魔力を持たない。
故にディルクの鎧を赤く染めることなく、体に触れようとした所で障壁に阻まれて地へと吸い込まれていった。
それでも──魔法は止んだ。
「だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
短剣に気を取られたディルク。
彼の注意が逸れた瞬間を狙い、ヒュージは走っていた。
そして今、剣はディルクを捉えられる位置にある。
距離のハンデを乗り越えて掴んだチャンス。
無駄にする気はない。
この瞬間を逃すまいというヒュージの強い想いが、叫び声として闘技場に響いた。
*
戦いは続いている。
俺は、短剣を振るいフローレンスを牽制する。
ラゼルもヒュージも燃えているようだ。
2人の声が会場を震わせている。
「炎獄の炎よ、地を焼き天を赤く染めよ! 喰らい尽せ、紅蛇!!」
こちらの戦いも燃えている。
少しの隙を見せれば、そこに強力な一撃を喰らわせんと強力な魔法を放ってくる。
目眩まし程度しか使ってこなかった彼女の攻撃パターンは、戦いが進むにつれて強力な魔法が織り交ぜられるようになった。
フローレンスは、順応能力がかなり高いようだ。
放たれたのは、蛇のように長い炎。
8つの炎が蛇のように俺へと迫ってくる。
──術式を砕くか?
それが、もっとも効率的だろう。
だが、それではダメだ。
俺と彼女との実力差は明白。
隔絶した力量差があるのだ。
言うなら勝って当たり前の戦い。
このまま勝っても、彼女は何も学ぶことはないだろう。
僅かで良い。
彼女の敗北に意味を与えてやりたい。
彼女は、圧倒的力量差を見せつけられようとも前を見続けている。
そんな彼女の強さに──────敬意を示したい。
(纏うは炎。命を喰らい、文明を焼き、空を飲みこまんとする魔物)
受け取れフローレンス。
これが魔導の先輩として、お前に示す俺なりの敬意だ。
「魔法剣技……」
立っているのも辛いのだろ?
隔絶した実力を見せつけながらも、心の折れなかったお前へのせめてもの敬意だ。
「……紅蓮腕」
魔法を発動させるトリガーといえる、魔法名を口にすると同時に俺は走る──迫りくる炎の蛇たちに向かって。
(壱……)
振り下ろした短剣が蛇を喰らう。
(弐……)
次の蛇に対して短剣を振り上げる。
切り裂くと同時に、短剣に吸い込まれるように蛇は消える。
(参、肆、伍、陸、漆……)
左右上下前後、あらゆる方向から迫る炎の蛇達。
その中心で剣舞を演じるかのように、短剣を振るい続け次々に蛇を消し去っていく。
そして──
(漆!)
蛇を全て喰らい尽し、短剣に集まった魔力に新たな術式を刻みつける。
己の魔法が奪われたことに、フローレンスは驚愕の表情をコチラに向けている。
だが、この状況にありながらまだ尚、瞳には強い意思がこもっていた。
それでこそ、授業のし甲斐があるというものだ。
「解放!」
頭上から短剣を振り下ろすと、地を這うように炎が走る。
「結界!」
フローレンスは、この試合で初めて全力で守りに入った。
透明な壁が迫る炎を防いでいる。
だが、周囲を包みこみ火力は一層高まり続けていき、やがて広い闘技場の一角に、俺たちの背を遥かに超える炎が揺らぐ地獄が完成した。
炎に視界は遮られ、内部に誰がいるのかを知るのは難しい。
それでも魔力を通してなら、容易く周囲の状況が理解出来る。
(敬意は示した…………次は俺の仕事だ)
俺は走った。
最後の一撃を加えるために。
炎の中を走る。
足元に広がる炎は足に触れるたびに揺れて足跡が残る。
走り、走り──走り抜いて、俺は拳を強く握りしめて振り抜いた。
この短剣には、安全を考慮した細工が施されている。
俺の手を覆う小手もまた同様に──。
どちらも込めた魔力を全く別物に変換し、攻撃が障壁を越えられないようにする。
だが、この機能には抜け道が存在する。
魔法剣を用いて、武器に触れないように膜を貼るだけで通常の武器として扱えてしまう。
炎に隠れて接近した俺の攻撃は通った。
小手に魔力の膜を纏わせての打撃が──だ。
「ぐぅっ!!」
深く拳がめり込む。
と、同時に聞こえるくぐもった呻き声。
最初に感じたのは肉の弾力だった。
次に骨の軋む感触で、次は再び肉の感触。
そして、また骨。
たった一撃であったが、その一撃の中で様々な感触が俺へと伝わった。
やがて一瞬は終わり、時は通常通りに動き始める。
深く、深く体の奥へと突き刺さった拳を引く。
「………………」
痛みのあまり、相手は声一つ出せない。
拳を引き、わずかな時間差のあと会場に相手の身体が崩れ落ちた。
「えっ…………?」
フローレンスが、呆然と立ち尽くしている。
何が起こったのか分かっていないようだ。
目を何度もパチクリさせ、ようやく状況を理解した。
そう、俺は倒したのだ──
「…………せ、先生?」
──────────────────────────審判を!!
痙攣しているかのように、僅かに体を震わせる小太りの男。
その姿は、食中毒によって気を失った哀れな被害者を連想するものだ。
己の貴族という身分をかさに、平民である生徒に高圧的に接する。
また上位貴族である生徒には、こびへつらう。
そんな嫌われ者教師を俺は倒したのだ。
(フッ、戦いとは虚しい物だな)
一仕事終えた俺の胸に去来したのは虚しさだった。
会場に広がった静寂が、虚しさを一層深い物へとせしめている。
いつの頃からこのような事を感じるようになったのだろう?
確か──。
などと、感慨にふけようとした俺の想いは、イザベラの叫びによって引き裂かれた。
「ストップ! ストップじゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」
大声で彼女が叫ぶと、試合は一時的に中断される。
その後、他の関係者も審判の下に集まり、懸命な救命活動が開始された。
※決闘は中止になりません。




