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凄い勇者だった俺が美少女勇者をプロデュースした件  作者: 穂麦
第2部×第2章 凄い勇者は権力と戦う
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俺は見た 『謝ったらどうだ!』

 クレスが見かけたのは、廊下に出来た人だかり。

 その人だかりは、5人を囲むように出来ている。


 彼らは2グループに分かれており──。


 一方はテンプレ──もとい、アールロセットの一人マルヴィン・ビューローを中心とした3人組。


 もう一方は、ラゼル・ガラートと少女。


 ラゼルの瞳には怒りがこもっている。

 その怒りは、庇われて彼の背中に隠れている少女のためのものだ。


「謝ったらどうだ!」


 怒りに身を任せるなど、温厚なラゼルにしては珍しい。

 だが現に彼は確かに怒っている。

 それだけマルヴィン達の行いが、我慢のならない物だったのだろう。


「そっちこそ、俺たちの通行を邪魔しておいて謝罪の一つもないのか!」


 言葉を返したのは、マルヴィンを挟む形で立つ双子の一人。

 金髪の少年の名は、ディルク・ディスバリ。


 彼自身は、アールロセットではない。

 だが古くから双子の姉であるフローレンス・ディスバリ共に、マルヴィンの傍らに立ち続けており、主が持つ権力の傘に守られている。


「お前らが、廊下を広がって歩いていたのがいけないんだろ!」


 騒動の顛末てんまつはこうだ。

 ラゼルに庇われている少女が廊下を歩いていた。

 そこへ、来たのがマルヴィンと取り巻き2人。


 廊下に目威一杯広がった状態で歩いていた彼らに、少女の方が彼女は当たり倒れてしまう。


 だがマルヴィンたちは、少女を気に掛けるどころか罵声すら浴びせた。

 その様子を見たラゼルが、この場に飛びこみ現在の状況となっている。


 ではラゼルに庇われた少女はというと──


(どうして、こんなことに……)


 ──ラゼルの後ろでプルプルと震えていた。


 彼女の名はルート・エイセル。

 血統書付ともいえる、由緒正しき平民だ。


 この状況で、ルートが怯えるのも無理はないことだろう。


 相手は国内有数の権力を持つ貴族。

 対して少女は権力を持たない平民でしかない。


 マルヴィンの些細な言葉一つで少女は──彼女の家族も含め生きていく糧を容易く失うのだ。


 転んでしまったとき、彼女にできることは泣き寝入りすることだけだった。

 悔しくはあるが、それは平民の宿命として諦めがついたはずだ。


 しかし、そこにラゼルが乱入してきた。

 いや、乱入してきてしまった(・・・・・・)と、言うべきか?


 ラゼルが獣王の孫であることは、学校内でも有名な話だ。


 生きた伝説とも称される獣王ガリウス。

 彼が動けば、多くの獣人族がつき従う。


 獣人族を軽んじる者もいるが、彼らには優秀な戦士が多い。

 他の種族よりも強靭な筋力は、魔法が苦手という種族特有の欠点を補って余る。


 そう、ラゼルは決して無力な立場の者ではない。

 むしろ権力を持つ側なのだ。


 騎士学校において、高い権力を持つマルヴィンとラゼル。

 そのような2人に挟まれたルートにとって、この状況は悪夢でしかない。


 権力者2人の闘争。

 その中心にいる庶民代表ルート。

 今の彼女には、嵐が通り過ぎるのを待つことしかできない──頑張れ! 庶民代表!!


「うぅぅ……」


 小市民な精神に多大な負荷がかかり、彼女の心はすでにボロボロだ。

 そんな彼女の口から、うめき声が漏れるのも止むを得ないことかもしれない。


 だが彼女の精神衛生上の問題など、この場で気にする者などいない。

 ラゼルはともかくとして、この争いを見守る者たちは誰の味方でもないのだから。


 この争いを見守る者たちは、己の目的を果たすために集まっている。

 

 騎士学校には多くの才能が集まる場所だ。

 名前こそ騎士を関してはいるが、これは過去の名残でしかない。


 元々は騎士を職業とする者たちの養成所だった。

 だが戦が減るにつれて、この学校において騎士という言葉は別の物を表すようになる。


 別の意味。

 それは称号としての騎士。


 過去には、職業としての有形な意味を持っていた騎士という言葉。

 それは称号という無形の物になった頃から、様々な解釈が加えられるようになった。


 現在では、”騎士の称号に相応しい心と力を持った人材を養う”という名目の下、学校には多くの科が存在している。


 多くの科があり、多くの人材が集められる騎士学校。

 様々な想いを抱きながら、生徒達は学校の門をくぐる。


 だが己のために、門をくぐる者ばかりではない。

 親に命じられ、騎士学校に集まった才能を見定め、己の家に利益をもたらそうと入学する者も多い。


 ラゼルとマルヴィンの争いを見守る者たちもまた、そのような目的を持った者たちだ。


 本来であれば安全な場所から、争いの顛末を見守るのが彼らのやり方。

 だか今回は事情が違う。


 国内有数の権力を持つ家のマルヴィン。

 獣王を祖父に持つラゼル。


 彼らの睨みあいは、権力の睨みあいともいえる。


 これだけの権力が、敵意を向けあっているのだ。

 どのような影響が学校の内外に出るかも分からない。


 彼らは欲した。


 少しでも早く、少しでも正確なこの争いの情報を。

 だからこそ多少の危険を覚悟して、この場に集まった。


 彼らが争いを止めることなどない。

 ただ目の前の争いから、少しでも多くの情報を得ようと耳を研ぎ澄ますのみ。


「あらゆる面で優遇されるのが貴族だ。当然、貴族が道を歩いているのなら、庶民は端によけて頭を垂れるのが常識だろ?」

「騎士学校では、身分による優遇はないハズだが?」


 ラゼルの言葉通り、騎士学校では身分による優遇は避けられている。

 もし教師が身分によって、特定の生徒に肩入れするのなら処分されるほどに。


 だが力ある者の暴力が、道理をねじ伏せるのが世の常だ。

 そのような無常をラゼルに突き付けたのは、これまで沈黙を貫いていた双子の姉であるフローレンスだった。


「あら? そんな建前を本気で信じているのかしら。これだから頭の悪い獣人は嫌ね」


 一見すると金髪の美少女と言えるフローレンス。

 しかし、彼女の目は冷え切っており、周囲に威圧感を与えてしまう。

 その威圧感は、彼女の挑発的な笑みに、ルートが”ヒッ”と声を漏らしてしまった程である。


「そっちこそ、学校で起こったことに対し、後で貴族が庶民に不利益を与えれば笑いの種になることを知らないのか? それこそ、お前の言う建前が世間の常識になっているという証拠だと思うが?」


 ラゼルは、フローレンスの威圧を平然と受け流しながら反論をした。


 彼の言うとおり、騎士学校内で起こった貴族と庶民のトラブルを校外に持ち出すのは、ルール違反という風潮がある。


 このため騎士学校内で起こったことを理由に、貴族が権力をふるえば嘲笑の的になりかねない。


 そう、一般的な貴族であれば──。


「ただの貴族ならね。でもマルヴィン様は公爵家のお方。マルヴィン様を笑うかたなんているのかしら?」


 さげすむような目で、ラゼルを見るフローレンス。

 やはり威圧感が半端ではない。


「その心配はないさ。俺が思いっきり笑ってやるからな」

「ふーん。獣人の笑い声は、きっと犬の鳴き声みたいなものでしょうね。キャンキャン鳴いていも、私たち人間には言葉を聞きとれないから問題ないわねー」


 含み笑いをしながら浮かべた冷たい笑みを扇で隠した。

 だが目元からは、明確な悪意が読み取れる。


「お前は!! さっきから聞いていれば獣人おれたちをバカにしやがって!!!」


 フローレンスの言葉に、ラゼルは怒りを明確に表した。

 己に対してなら、怒りの納めようもある。


 だが問題なのは、これまで度々彼女が口にしてきた種族に対する侮辱の言葉だ。

 これ以上の侮辱を許容するわけにはいかない。


「………………」


 だが怒りの声に対する彼女の反応は、予想外の物だった。

 彼女は主であるマルヴィンの頭上に手を伸ばすと、手を広げて何かを受け止めたのだ。


 その動きが何を意味するのか、誰も分からず誰もが戸惑う。


「どうした?」


 主であるマルヴィンもまた、彼女の意図が分からなかった。

 なぜ彼女は、己の頭の上に手を伸ばしたのか?


 頭の上に手を伸ばすなど、無礼な行動でしかない。


 だが、この少女の忠誠心は知っている。

 意味もなくこのような行動をとるとは思えなかった。


「水?」


 少女はそっと手の平で受け止めた物を、マルヴィンに見せた。

 彼女が広げた手の中には、形を崩した水滴が太陽の光を反射している。


「マルヴィン様に、おイタをしようとした庶民がいましたわ」


 水滴を払った右手を、マリヴィンにそっと見せる少女。

 一目見た時には、何を見せているのか分からなかったマルヴィン。

 だが少女の手にあるのが水滴だと察すると、徐々に表情を変化させていった。


 思い出されるのは、食堂での出来事。

 何かが落ちてきて、己に奇異な行動をとらせ大恥をかかせた事件。


 あの後、水滴らしき物が自分の上から落ちてきたことは分かった。

 だが天井に湿った跡は無かったので、雨漏りではないハズだ。


 と、なれば何者かが意図したことではないかと調べたが、犯人は見つからなかった。


 あのことを思い出すたびに彼は怒りに震えた。


 公衆の面前であのような屈辱を──公爵家に名を連ねる自分が味わわされたことに。


 しかし怒りにまかせて騒ぎ立てれば、周囲にあの出来事を思い出さて再び恥をかくことになりかねない。

 だからマルヴィンは、怒りを隠し通してきた。


 ──この時までは。


 だが、ついに何をされたのかマルヴィンは理解した。

 取り巻きの少女の手に光る水滴が教えてくれている。


 まるでパズルのピースがあるべき場所に収まったかのような感覚。

 このとき、整然とした答えがマルヴィンの脳裏に描かれた。


 は・ん・に・ん・は・コ・イ・ツ・だ。


 怒りのあまり、強く噛みしめた歯がギリギリとうなる。

 手はうっ血する程に握りしめられ、涼やかだった彼の瞳はみるみると充血していく。


 もはや怒りを隠すことなど出来なかった。

 これまで隠し続けてきた怒りは、抑えつけていたぶん激しく荒れ狂い彼の理性を押し流していく。


 怒りが強すぎて、声を出せなかった。

 まるで大量の怒りが喉に押し寄せて、詰まってしまったかのようだった。


 手は怒りに震え、心臓は激しく鼓動している。


 今すぐにでも犯人を見つけて殴りたい。

 だが同時に、見苦しい真似はできないと貴族としてのプライドが彼を押しとどめる。


 僅かな時間に、何度も繰り返された怒りとプライドのせめぎ合い。

 やがて彼の怒りよりも、プライドが勝ったとき怒声を放った。


「誰だ!! こんなバカげたことを俺にしたのは!!!!」


 このときマルヴィンの頭には、犯人への怒りしかなかった。

 犯人を見つけ出して、もはや彼の怒りを抑えることなど誰にもできない。

 そして怒り狂うマルヴィンに、怒りの矛先を向けるべき対象を告げる天啓が与えられる。


「マルヴィン様に、オイタをしようとした犯人は、あちらの方ですわ」


 天啓を与えたのはフローレンス。

 彼女が持つ閉じられた扇子の先には、黒髪の少年が立っていた。


 ヤツこそが憎き敵だ。


 ようやく見つけた倒すべき敵。

 今すぐにでも殴りたいという衝動にかられたが、貴族としてのプライドがそれを許さなかった。

 

 だから彼は笑う。

 プライドで怒りを抑え込んで演技で笑みを浮かべる。


 笑わなければ、貴族にあるまじき姿を晒しそうだったから。


 だが彼が必死に作った笑顔。

 それは怒りと演技が混じり合った歪な物となっていた。


 *


(バレた!)


 ラゼルを助けようと、水滴を落したのだがバレた。

 しかもテンプレセットの取り巻きに、俺が犯人だってバレているし。


 この状況、どうすればいいんだ。

 相手は権力者の息子だ。下手をすれば家族ごと消される。


 殺られる前に殺るか?


 強い権力を持っているとはいえ所詮は人間。

 些細な事故で消せるハズだ。


 などと俺のダークな部分に流されかけていると──目が合ってしまった!


「お前か……ようやく会えたな。ふっふ……」


 テンプレセットは笑顔だ。

 でもな、それは子どものしていい笑い方ではないだろ。


 俺はお前に何かしたか?

 いや、平穏を望む俺がお前に何かするハズなどない──絶対にな!


(と、なると俺以外の誰かに話しかけているのか?)


 周囲を見回してみる。


 すると、ソソッと俺の周りから足音一つ立てずに生徒達が遠ざかった。

 それに誰も俺と目を合わせようとしない。


(ふむ、間違いなく俺に話しかけている)


 どうやらテンプレセットは、俺に話しかけているようだ。

 恨みを買う覚えはないのだが──やはり殺られる前に殺っておくか?


 いや殺らずとも、コイツの家が治める領地を人の住めないようにすれば俺に手を出せなくなるか。

 大量の魔物をけしかけるか、魔法による毒素をバラ撒いて作物がすぐ腐るようにするか。

 スバルの遺産を使って、経済的に潰すという手も──。


「やめんか!」


 再びダークな面に流されかけていると、頭を小突かれた。

 わりと痛い。


 振り返るった先には、桃白金色プラチナピンクのツインテールが揺れている。

 我らがロリババア、イザベラ様だ。


「今、ワシをバカにしたじゃろ」

「気のせいだ」


 冷気のこもった声が投げかけられたが、やり過ごすことにした。


「こやつを取り返しのつかない状況に追い込もうとしておったじゃろ」


 ついで横に立ったロリババアは、小声で俺を非難してきた。

 もちろん、これもやり過ごした。

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