俺は運ぶ 『あぁ……です』
「決闘は、おんしらの勝ちは決まったようなものじゃが……少しだけ悪さをして欲しいんじゃよ」
ニヤリと口元を歪ませるイザベラ。
彼女の言う決闘が何を意味するのか──それを語るため、時間を少し遡ることにしよう。
あれは3日前のことだ。
その日も、トランプでボロ負けした俺は、イザベラのお手伝いをさせれていた。
廊下を歩く俺は、数本の黒い枝を抱えていた。
今回のお手伝いは、コイツをイザベラの下に運ぶという物。
ゲームで負けたのだから、手伝いをさせられるのは構わない。
だがな──
「こんな物を未成年に運ばせるなよ……」
運んでいるのは、呪木という木の枝。
危険ではないが使用用途がアレなため、表に出ることのない品だ。
その用途は、男性機能の改善や、夫婦の夜を燃えあがらせる薬など……。
下半身的な使い道しか存在しない。
周囲の目が気になる。
自意識過剰になっているのだろうか?
女子生徒が目を背けた気がする。
男子生徒が鼻で笑った気がする。
普段は気にしないような生徒達の仕草。
今日はその一つ一つが、俺に向けられているような気がしてならない。
(早めに運び終えることにしよう)
早く校長室に着くため、歩くペースを少し上げた。
だがしばらく歩いた所で、俺の足は1人の少女によって止められることになる。
「なにやってんの?」
廊下を歩く俺に向けられた声。
それは赤髪の少女、ブリットからの物だった。
「校長のお手伝いだ」
「それは?」
目を輝かせて、俺が抱える木材を見ている。
呪木の用途を考えると、無垢な少女にイケナイことをしている気分になるな──いや、イカンイカン。
変な妄想に駆られる前に、話を打ち切ることにしよう。
「さあな。薬の材料にするとか言っていたが、詳しくは聞いていない」
実際は、コイツでどんな薬を作れるかを俺は知っている。
だからイザベラが、詳しく俺に説明する必要がなかっただけではあるが。
まあ、詳しく聞いていなという点では、嘘にはならないだろう。
「ふ~ん……少し貸しなよ」
「?」
「運ぶの手伝ってあげる」
誰かに優しくされたのが、すごく久しぶりな気がする。
凄く嬉しい。今にも涙腺が決壊しそうなほどだ。
だが、この呪木をブリットに持たせるわけにはいかない。
人生の中で、数えるほどしか向けられたことがない人の善意。
それを無碍にするのは悲しいが、純粋な少女である彼女にコレを持たせるわけにはいかない。
ますますイケナイことをしている気分になってしまうからな──絶対に!
「あ~大丈夫だ。校長室は遠くないからな」
泣く泣く親切を断ることにした。
でもな、その優しさだけで十分に俺の心は救われた。
ありがとうブリット。お前の親切心で荒んだ俺の心は救われたよ。
「なにか隠していない?」
また顔に出ていたか!
だが今ならごまかせる!
そんな気がしなくもないけど、たぶん勘違いだ。
だが俺は勘違いでないと信じたい。
「そんなことはないぞ」
「本当に~?」
ニヤニヤしながら、ブリットは俺の顔を覗きこんだ。
目が合いそうになり、思わず目を背けたのがいけなかったのだろうか?
一瞬、彼女の目が鋭くなったように感じると──
「スキあり!」
「甘い!」
俺が手にした呪木の一本を抜き取ろうとした。
だが俺とて前世には大勇者と呼ばれていた男だ。
この程度の奇襲など容易く凌いでみ──あっ。
カラン、カランと音を立てながら呪木が廊下に散らばった。
ブリットの攻撃をかわすのに、勢いを付け過ぎたようだ。
「あ~あ。やっちゃったね~」
廊下に響いた、虚しさを感じる音。
なんか俺の気持ちまで沈んでしまった。
「はぁー。この木に興味があるのなら、校長に聞いてくれ」
気分の低下により、自分を冷静に観察してしまう。
するとブリットの手を借りまいと、一生懸命だった自分がバカらしく思えた。
(なにやってんだ俺?)
己の行為を振り返ると、ここまで一生懸命になる必要はなかった気がする。
それでも俺の口から、呪木について語るのは避けたい。
俺は羞恥心があるが、イザベラなら大丈夫だ。
だが、SLBなら喜んで説明することだろう。
「校長先生って、滅多に会えないじゃない」
「イザベラちゃん!?」
あのSLBを"ちゃん"付けとは──。
「イザベラちゃんって私達と年が近いじゃない。だから校長先生じゃなくて、イザベラちゃんって呼ぶ子が多いよ」
「……あいつの年齢って知っているか?」
「私たちよりも少し年上ぐらいでしょ」
どうやら知らないようだ。
ヤツが、130年以上前に成人した女性だったことを。
「違うの?」
「俺も詳しい年齢は知らないから、聞いてみただけだ」
女性というのは、20歳を過ぎたら年を取らなくなるらしいからな。
だからきっとヤツは、20歳の扱いで良いハズだ。
うん、そうだ。きっとそうだ。
「イザベラ……ちゃんっていう呼び方は、はやっているのか?」
「周りの子もそう呼んでいるし、先輩も呼んでいたから、はやっているんじゃないかな」
イザベラの性格を考えると、”ちゃん”付けで呼んだら喜びそうだ。
まさかとは思うが、自分で広めたなんて言うことは──十分に考えられる所がアイツの怖い所だ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
これ以上、アイツのことを考えるのはやめよう。
前世のアイツとのギャップが激し過ぎて、頭が痛くなってきた。
*
呪木を校長室の前まで運んだ。
両手がふさがっていた俺は、ブリットにノックをしてもらう。
返事はノックのあと、すぐに返ってきた。
「入ってよいぞ」
イザベラの声だ。
すぐに返事をかえしたということは、よほど暇だったのだろう。
この暇人め!
「持ってき……ました」
いつも通り敬語無しで! と、いうわけにはいかない。
なにせ後ろにはブリットがいるのだから。
さすがに校長相手にタメ口だと、色々と勘繰られてしまう。
「ご苦労じゃったな。そっちは、ブリットじゃったか?」
俺の背後に立つブリッドに気付いたようだ。
だが、まさか名前を知っているとは──まさか生徒の名前を全て覚えているなんてことは?
コイツならあり得るが、深く追求したら頭の出来が違うことを突き付けられそうだ。
「は、はい! ……です」
珍しくブリッドが緊張している。
普段の猪みたいな性格を知っているからな。
レアな光景を見たようで、少しお得感がある。
「お主もご苦労じゃったな」
「いえ、私はなにもしていない! ……です」
「緊張せずともよいぞ。気軽にイザベラちゃんと呼んでくれさえすればな」
やはり、本人が”ちゃん”付けをはやらせているのではなかろうか?
今の発言で、俺の中に渦巻いていた疑惑が一層深まってしまった。
「さすがにそれは~……です」
無理矢理”です”と付けて、言葉を敬語にしようとしているが、もはやボロが出尽くしてボロの塊と化している。
ブリットを助けてやりたいが、俺には敬語について語る資格すらない。
頑張れブリット。俺は見守るだけだ。
「では、呪木はコッチの部屋に運んでくれ」
「ああ……です」
──染ってしまった。
*
校長室の隣には、ガラスで作られたかのような様々な実験器具がおかれている。
ここで日々魔法の研究をしているのだろう。
だが一つ気になることがある。
それは天井だ。
なんか焦げ目が付いている。
(この上って、教室だったよな?)
イザベラの研究に関して、前世の記憶を引っ張り出してみる。
思い出されるのは、鮮やかな閃光と、大地を揺るがすかのような轟音──すなわち爆発。
「………………」
天井に着いた焦げ目が、不吉な未来を俺に伝えているようだ。
周囲の壁には結界が施されているが──後で補強しておいた方が良いかもしれない。
「クレスよ。乙女の部屋をジロジロ見つめんでくれんか」
「あ、あぁ……です」
未来の恐れ慄く俺の口から、ブリット式偽敬語が出てしまった。
本格的に感染し始めたのかもしれない。
「下着を探しとるのなら、履いているのを見せてやろう」
「断る! ……です」
口から洩れ続けるブリット式偽敬語。
恐ろしい感染力だ。
「そこの木箱に放りこんでおいてくれんか」
「わかった……です」
普段通りの言葉が出てしまったが、ブリット式敬語でごまかせた──案外便利だな。
流行り病のごとき感染力を持ちながら、敬語の失敗を誤魔化すことにも使える。
ブリット式敬語恐るべし……です。
とりあえず、呪木を指示された木箱に放り込んだ。
危ない素材でもないし、適当に扱っても大丈夫だろう。
だから、少しだけヒビは入ったが大丈夫なハズだ。
「呪木については、校長に聞いてくれ」
「ちょっと!」
「じゃあな」
ヒビ割れが発見される前に脱出しよう。
こうして俺は、ブリットを置き去りにして校長室から脱出した。
当然、翌日の教室では──
「なんていうことを、イザベラちゃんに聞かせるのよ!!」
──叱られてしまった。
と、まあ無駄話はここまでだ。
問題が起こったのは、俺がブリットに叱られた日の昼休み。
俺は廊下を歩いていたのだが、先の方に人が立ち止まっていたんだ。
まばらな人だかり。
その先からは、聞き馴染のある声が辺りに響いていた。




