俺はロリババアとババ抜きをした 『むっふっふっふ』
赤い絨毯が敷かれた校長室。
そこで繰り広げられていた、俺とイザベラの激しい攻防が終わりを迎えようとしていた。
「くっ」
「むっふっふ、お主は弱いのう」
トランプで勝利した銀髪少女風ロリババアことイザベラは、憎たらしい笑みを浮かべている。
「くっくっく、考えが顔に出やすいのは、昔から変わらんか」
「そんなに出ていたか?」
「ババにワシが触れた時、期待に目を輝かせておったぞ」
そこまで顔に出ていたのか。
ちなみに、やっていたのはババ抜き──ロリババアとババ抜きを! というわけだ。
「はぁ……こういうのは苦手だ」
「溜め息なんて吐いとると、幸せが逃げるぞ」
「幸せが逃げたのなら、また捕まえればいいさ」
「おお、カッコいい。さすが元大勇者。言うことが違う」
抑揚のない声での称賛。
自分の行動に冷静な対応をされると、己の行為を客観的に見られる。
そのせいか、すっかり冷静になってしまった。
現に、少し自分のセリフに酔っていた俺は、もの凄く恥ずかしいことを言ってしまったと後悔している。
「……今、自分のセリフに思いっきり後悔している」
「ふっふっふ。恥なんて若いうちにいくらでもしておけ。年をとってからの恥は、取り返しのつかんことも多いからの」
「おお、さすがイザベラ校長。偉大なるあなた様からの人生の訓示、恐れ入ります」
俺もやり返してみた。
「もっと褒めてもよいぞ。いくら称えても足りぬ位に、わしは偉大じゃからのう」
イザベラの表情からは、全くダメージを感じられない。
それどころか喜んでさえいる。
これが年の甲というものか。
大人の余裕を見せつけられたようで、なんか悔しい。
うん?
前世の年齢を考えれば、それほど変わらないんじゃぁ──気のせいだよな。
「時間も時間じゃし、あと一戦してお開きという形でどうじゃ?」
「そうだな」
いつの間にかトランプを切り終えていたイザベラ。
彼女の言うとおり、壁の時計はお子様が帰らねばならない時間を指している。
これが最後の一戦になるのだろう。
配られたトランプを見る目にも、自然と力が入ってしまう。
「顔に出ておるぞ」
「演技かもな」
「その言葉がブラフだということも、顔に出ておるぞ」
「マジか!」
それって誤魔化すことすら出来ないっていうことだよな。
ヤバい、何とか感情を隠そうとするほど顔がムズムズする。
「むっふっふっふ」
いや、俺が動揺させようとする策略かもしれん。
ここは平常心だ。氷のように冷たい心を持て、俺!
「時間も押しとるし、ゲームをしながらワシの質問に答えてもらおうかのう?」
「質問? ああ、聖鍵のことか」
ババ抜きをするにあたり、イザベラとは賭けをしていた。
3回ゲームを行い、1度負けるたびに言うことを聞くというルールでだ。
コイツの場合、セクハラまがいのことを命令してきそうで怖かったから、あらかじめ何を命令するかはお互いに確認しておいた。
「魔王の使いが嗅ぎまわっているようでのう。厄介ごとじゃろうから、聖鍵が何なのか教えてもらいたいんじゃよ」
俺としても、聖鍵について教えるのは別にかまわない。
イザというときに協力してもらえるだろうから、コイツになら教えておいた方が良いとすら思う。
「約束だから教えはするが、情報の扱いには気を付けてくれよ」
「もとより、無駄に情報を流す気などあらんよ」
コイツは一見しただけでは信用できない。
だが実際に接してみると、本当に信用ができないことが分かるヤツだ。
もっともそれは、どうでも良いことに関してだけではある。
真面目な話には、真剣に向き合おうとする──と、思う。
だから多少なら、聖鍵について教えてもいいハズだ。
「そうだな。聖鍵について話すのなら、概念結界について知っておいてもらわなければならないが……概念結界のことは覚えているか?」
「当然じゃ、あの結界を貼るのには、ワシも協力したのじゃからな」
概念結界。
それは前世に置いて、数百名の魔導士を集めて張った結界。
俺がこの世界から去る前に、最後の仕事として残した結界だ。
ある意味、概念結界もスバルの遺産と呼んで良いかもしれないな。
「アレを貼った目的は覚えているか?」
「魔王や悪魔のオーバーロードを維持できる時間と、ヤツらの能力に制限を掛けることじゃったかのう」
「そうだ。もっとも、反動として勇者の覚醒状態の維持時間にも制限が付いたし、極大魔法が事実上使えなくもなったがな」
極大魔法。
それは最高威力を誇る魔法のことだ。
もっとも、悪魔なんかの障壁が強力すぎて貫けなかったりと、案外役立たずな魔法だった。
だから極大魔法が使えなくなっても、困る人間が少なかったという悲しい裏話がある。
「ほう、概念結界について確認するということは、聖鍵というのは……」
「想像している通りだ。聖鍵は概念結界を操作するのに必要だ」
ここまで話した所で、イザベラの目が輝いたように感じられた。
何か鋭い指摘がくる! そう思いきや──
「なるほどのう……あがりじゃ」
「くっ」
──ババ抜きで勝利したという合図だった。
話すことに夢中になって、表情を隠すのを忘れていたせいか、これまで以上に早く決着がついた。
「これでワシの3連勝じゃな」
「わかっている。賭けにお前が勝ったら、質問2つに答えることと、お手伝いをするだったな」
「ほう、ちゃんと覚えておるではないか。生まれ変わって少しは記憶力が向上したのではないか?」
「俺を侮り過ぎだ」
この程度の記憶力なら前世からあったさ──多分。
「話の続きをするぞ」
「うむ」
えーと、なんだったっけ?
話が逸れて、内容を思い出せない。
「………………」
「………………」
空気が重い。
ああ、そうだ。聖鍵だ!
「で、聖鍵っていうのはな、概念結界を操作をすることができる訳なんだがな、色々な使い方が出来るんだ」
「魔王に掛った制約を解いたりか?」
先ほどの沈黙は、無かったことにしてくれたらしい。
見かけは少女だが、中身は歳を喰っているだけある。
これぞ年の甲。
「それをやれば勇者側の制約も解かれるが、もちろん可能だ。ただな他にも特別な使用方法が、概念結界にはあるんだ」
魔王側に、概念結界の制約に引っかかる存在が生まれたのなら、魔王自身の制約を解こうとしている可能性が高いだろうな。
「聖鍵を使うことによって、大精霊や神に制約を課すことができるんだ」
「役に立たん機能じゃのう」
「世界を巻き込んで自殺しないヤツには、重宝されそうだがな」
大精霊は、魔力やマナの流れを整えるという仕事をしている。
だから大精霊の力が弱まれば、マナの流れが狂い生態系がおかしくなるだろう。
神の方は、人間社会なんかへの影響が出るだろう
「聖鍵はおんしが持っておるのか?」
「いや、俺は持っていない。それどころか、持っているとか以前にどこにも存在しない」
「ふぅむ。聖鍵の話が、何かを隠すためのデマ……と、いうこともなさそうじゃのう」
聖鍵を隠すために、色々なデマを広めはした。
だが聖鍵は実在する。
「降参か?」
「競っているつもりはなかったのじゃが……よい、ワシの負けじゃ。降参するから答えを教えてもらえんか」
ババ抜きで3連敗したからな。
これで少しは憂さが晴れた。
「聖鍵っていうのは、概念結界に干渉する儀式を行うことで作れるんだよ」
「ほう、概念結界を張るとき、そんな話は聞いていなかったのじゃがな。それには理由があるのか?」
「あんな危険な物は、誰の手にも渡らない方がいいからな。作り方は伏せさせてもらった。それに、必要になれば気付けるようにヒントは残したぞ」
「必要になるとは、どういうことじゃ」
「さっき言っただろ……」
初めての『仕方ないから教えてあげよう』的なポジション。
このとき、俺の心には熱い物が込み上げていた。
「……大精霊や神と戦う時だ」
「戦う可能性など……いや、外側のヤツらか」
「そうだ。この世界の大精霊や神が大人しくても、外側には悪どいヤツらもいるからな。ああいうヤツらは概念に強く縛られていると、前世言ったはずだぞ」
もっと感心してくれ。
この優越感、クセになりそうだ。
「あぁ、そうじゃクレス。優越感がおんしの顔に出ておるから、こっちは笑いを堪えるのが大変じゃ。少し控えてもらえんか」
「……すまん」
反撃されてテンションは急下降だ。
くそっ、調子ずいていたぶん、恥ずかしさまで感じる
「むっふっふっふ。どうしたんじゃ? 顔色が優れんようじゃが」
「ほうっておけ!!」
これ以上、俺の羞恥心を突つかないでくれ。
恥ずかし過ぎる。
「聖鍵については、こんなものでよいじゃろう。どうせ、聖鍵の作り方を訊ねても話さんじゃろうしの」
「あぁ、絶対に話さん」
「そう意固地になるな。そんな顔もプリチーなだけじゃぞ」
「男にプリチーとか言うな!」
こいつ、的確に俺の羞恥心を突つきに来やがる。
「いやいや、子どもの内は男児もプリチーぐらいがちょうどよいぞ。おんしなら女児の恰好をしても似合うじゃろう」
「………………」
ああ、確かに似合うだろうさ。
クレアとして冒険者をしている俺には、変なファンが付いているほどだからな。
「この話は終わりだ。次だ次!」
「ほぉー。触れられたくない話題だったのかのう」
「子どもは帰る時間なんだよ」
「おぉ、そうじゃったな。女装の話は、これで終わりにしよう」
イザベラよ。なぜ、女装の部分を強調したんだ。
お前、まさかクレアとしての活動を知っているのでは──。
「ワシにとっては、これが本題じゃ」
さっきまでの流れをブッた切って、別の話をし始めた。
俺としてはありがたいのだが、何となく解せない。
「テンプレセットとの話か」
「テンプ……アールロセットじゃぞ」
「わかっているさ?」
なんとなく、語尾に?を付けてしまったが、そこにツッ込まれることなく話は続く。
「決闘は、おんしらの勝ちは決まったようなものじゃが……少しだけ悪さをして欲しいんじゃよ」
このとき、イタズラを企てる子どものように、桃白金髪ロリが目を輝かせていた。




