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凄い勇者だった俺が美少女勇者をプロデュースした件  作者: 穂麦
第2部×第1章 凄い勇者は和の楽園を求める
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俺は温泉に浸かる 『……お兄ちゃん』

 人魚どもの研修が決まった所で、和の楽園の奥へと向かった。

 和の楽園は、まだ一部しか完成していない。


 だが、本館を含めて、いくつかの建物を作る予定だ。

 そのうちの数件は出来ているから、泊まるのには全く問題もない。

 当然、温泉も問題なく使える。


 今回泊まるのは、すでに完成している建物の1つ。

 5階建ての木造住宅で、魔法やら何やらで徹底的に強化した世界有数の要塞──もとい和の建物だ。


 広い畳み部屋の部屋に足を踏み入れた俺は、深呼吸とともに真新しい畳みの臭いを肺一杯に吸い込む。

 ここの畳はスメラギ領産だが、畳みの臭いは日本で嗅いだ物と同じだ。


「臭いがキツイわね」

「これが和だ」


 シルヴィアの愚痴を聞き流すことにした。

 王都の方に畳み部屋を作ったばかりの頃は、その臭いにコーネリアが微妙な表情をしていた。


 一方で義理とはいえ兄である俺は畳みの臭いに惹かれる。

 この違いは、日本人としての記憶が俺にあるからかもしれない。

 だから畳みへの悪口は、文化の違いとして寛容な精神で許してやろう。

 

「俺はこの臭いは好きだけどな」


 さすが心の友であるラゼル。

 イケメンなのは顔だけじゃない。


「臭いが気になって寝付けないようなら、別の部屋に案内するからとりあえず座ってくれ」

「そうしてくれると、ありがたいわ」


 部屋の真ん中にある大きめのテーブルを囲み、ラゼル達は座布団に腰を下ろした。


 だが俺とシルヴィアは、窓の方へと向かう。

 窓を開けると、開発途中の街──いや、まだ村か? が眼下に広がっている。

 こうやって見下ろすと、街の開発状況がよく分かるな。 

 

 家が数件立っているだけの街(村)。

 だが開発ラッシュというべきか、建築業者のお兄様方が行きかっていたりする。


 それに新しい土地にはチャンスが多いため、冒険者たちも多いな。

 今のところ商人は少ないが、そっちもケット・シー達に後押しさせているから増えるのは時間の問題だろう。


 シ○シティー ~中世版~

 などという単語が思い浮かんだ。

 

 市長ではないが似たような物だろう。

 この街(そうなる予定)を、俺は裏から牛耳る予定なのだからな。


「いずれ俺の物になる街か」

「人がゴミみたいね」


 街を見下ろす俺の横で、シルヴィアが変なことを言っている。

 相変わらずなヤツだ。


「2人が悪い顔をしている……」

「根が同じだということなのだろう」


 ヒソヒソと交わされた、セレグとガリウスの話声が聞こえた。

 バカ友だと称されるのは、反論のしようがない。

 だから甘んじて受け入れよう。

 でもな、コイツと黒友くろともあつかいされるのは嫌だ。


 だから俺は──聞こえなかったフリをした。


 こういう時は聞かないフリをするのに限る。

 聞こえないフリは、己の精神を守る最も手軽な英知だ。


 そのまま窓から外を眺め続ける。

 俺は外を見るのに夢中で、何も聞こえていないんだ。

 全く聞こえていないんだ。


 などと自己暗示を掛けていると、ふすまが開けられる音がした。


「お昼の準備ができました」


 人魚の一人が昼食を知らせにきたようだ。

 続いて、他の人魚たちが笑顔で料理を持ってくる。

 その料理は──


「……鍋か」


 この世界において、生の物を口にする習慣を持つ地域は珍しい。

 俺が住んでいる地域では、俺以外に刺身を食っているヤツなど見たことがない。

 せいぜい、スメラギ領に行ったときに刺身が出された程度だ。


 できることなら、刺身をもっと気軽に食べたい。


 だが、焦ることはない。

 今は火を通した和食を広げるとしよう。

 街の人間が和食なしでは生きられなくなった頃に、刺身を大々的に広げればいいのだから。


「フッ」


 俺は手中に収めつつある街を眺めながら、未だ遠くに存在する刺身ゆめに思いを馳せた。


 *


 ~男風呂にて~


 温泉はいい。

 日頃の疲れも悩みも──大した悩みはないが。

 とにかく全てを洗い流してくれる。


 和の楽園に作られた温泉は何種類もある。

 いま俺が入っているのは、もっとも大きな温泉だ。


 辺りは湯煙に包まれており、遠くに仲間の姿がちらほら薄っすらと見える程度。

 もちろん混浴ではない。

 和の楽園は健全な少年(俺)が作った、なんちゃって日本の文化施設だからな。


 と、いうよりもこの世界では、温泉に裸で入るという文化そのものが珍しい。

 だから混浴風呂を作りでもしたら、日本での反応以上に良い反応が返ってくることだろう。


 だから、混浴を受け入れる者はかなりの少数派だろう。

 その少数派に、あの温泉人魚どもが入るわけだが。 

 人魚と言えば──。


「………………」


 お湯を手ですくい、臭いをかいでみる。 


 温泉からは──魚の臭いはしない。

 人魚どもが、恐ろしい頻度で入っているようだから心配だったが安心した。


「ふぅ~~」


 安心した所で、温泉に深く浸かる。

 肩まで湯に浸して感じる、温かさと浮遊感が心地が良い。


「こうやって飲む酒も良いものだ」


 これは俺のセリフではない。

 ガリウスのセリフだ。少し離れた場所で、温泉に浸かりながら酒を飲んでいる。

 温泉に浮かべた桶には徳利とっくり


 チビチビと徳利とっくりの日本酒を、お猪口ちょこに注いで飲んでいる。

 

 フッ。ガリウスよ、温泉に浸かりながら飲む日本酒は最高だろ?

 貴様も日本酒信者になるがよい。


「ふぃ~~」


 俺と同じような反応を示したのはラゼル。

 その隣にはセレグがいる。

 セレグが男の娘すぎて、さっきまで性別を忘れていたがやっぱり男の娘だった。


 当たり前のようにセレグが男湯に入ってきたとき、驚いてしまったのは隠し通せただろうか?

 

 大丈夫だ。

 大丈夫だと信じたい。

 大丈夫だといいな~。


 まあいい。

 今は大丈夫だと信じて、温泉を堪能することにしよう。


 温泉に浸かり、ボーっと空を眺める。

 何も考えずに──と、いうのはいつもと同じだが。

 肩まで温泉に浸かって眺める空は格別だな。


 どれだけ時間が経ったのだろうか?


 ボーっとしていると、時間が流れるのが早い。

 ガリウスがだいぶ出来上がってきた頃、俺は温泉から上がることにした。


「お前らものぼせる前に上がれよ」

「お~う」


 ラゼルが普段とは違うだらけた声で返事をした。

 女子なら萌えるだろうと感じるのは、ヤツのイケメンオーラが原因か?


「特にガリウスは酒を飲んでいるからな。早めに上がれよ」

「………………うむ」

「ガリウス?」


 なんかガリウスの様子がおかしい。

 心ここにあらずという感じで、空返事しか返さない。


「おい、まさか」


 俺がある可能性に懸念を抱いた瞬間、 ガリウスが顔を青くして口を押さえた。


「……うっ」

「戻すのなら温泉から出てからにしろ!」


 ガリウスによって、温泉に危機が訪れた。

 温泉文化の薄いこの国で、温泉酒は高度すぎる文化だったか。

 その辺りの教育を徹底してから、温泉酒は解禁せねべ──今はそれどころではない。


「ラゼル、セレグ! ガリウスを運ぶぞ!!」


 俺たちは弱り切ったガリウスを運ぶ。

 未だヤツは温泉の中だ。

 急がねば悲劇が温泉を襲うことだろう。


 間に合うか!? ガリウスは限界だ!


「じいちゃん!」


 セレグの声援に心なしか、ガリウスの目に宿る力が強くなった気がする。

 孫の声援はなによりもの励ましになるのだろう。


 あと少しだ頑張れガリウス!


 *


 ~女風呂にて~


「またバカをやっているみたいね」


 男風呂から響く声に、シルヴィアが冷ややかな感想を述べた。

 その目も冷ややかで、ある業界人であればご褒美と言うかもしれない。


「仕方ありませんよ。お兄ちゃんですから」


 妹は呆れたような声。

 身近でクレスを見ている彼女にとって、クレスがバカな理由は、”クレスだから”で十分通用する。


「そうね。クレスだからねー」


 温泉に浸かりながら、白いタオルで頬に付いた水滴を拭く。

 すでに思考は温泉の心地よさに向けた物へと切り替わっており、クレス達が起こしているバカ騒ぎへの関心は、すでに思考の外へと投げ捨てられている。


「風が気持ちいいわね」

「ええ」


 露天風呂の温度に上がった体温を、そよ風が慰める。

 頬を撫でるそよ風に心地よさを感じた。


「イリアもこっちに来たら?」


 コーネリアは、少し離れた場所で背を向けているイリアに声を掛けた。


「い、いえ私は……」

「大丈夫よ。私たちしかいないんだから」


 クレスに連れられて、この場所に数回訪れているコーネリアは人魚たちと入浴したことが何度かある。


 シルヴィアは、もともと長く生きているので、温泉文化について知識を持っている──年齢のせいで羞恥心も薄いということもあるが。


 一方でイリアは2人と違い、数人で温泉に入るという経験がない。

 よって、今回の行事はハードルの高い物と言えるだろう。


「私はここで大丈夫ですから」

「そう?」


 イリアは、風が届くことのない場所に1人でいる。

 だからこそ誘ってみたのだが、シルヴィアが思う以上に恥ずかしがっているようだ。


「でも、上から見えるのは少し恥ずかしいかも」


 ここは露天風呂。

 周囲は様々な物を使い壁を作っている。

 正確には、雰囲気を隠さないために和の楽園を囲む壁を、木などを植えて隠している。

 このように周囲から見えないようにしているのだが、空だけは見えるようになっているのだが──


「結界を張って、見えないようにしてあるから大丈夫よ」

「そうなんだ……」


 コーネリアは、露天風呂の上に広がる青い空を眺めながらそう呟く。

 結界を確認しようとするも、その存在を捉えることすら出来ない。

 そのことに多少の悔しさを感じた所で、シルヴィアが再び口を開いた。


「ええ、恐ろしい位に高度な結界で外からコッチを見ても、誰もいないように見せているようね」


 シルヴィアは、呆れ返っていた

 こんな遊びのような場所に、これほどの結界を張るなんて──と。


 結界の出来は魔導に関わる者として凄いと思う。

 だが、これが和の楽園に向けるクレスの執念を象徴しているかと思うと、素直に関心する気にはなれない。


「この場所を囲む壁なんかも、すごい結界が色々と張ってあるみたいだけど気付いた?」

「そう……なんだ」


 コーネリアにも、クレスの執念が伝わったようだ。

 兄の異常ともいえる和の楽園への執念に、妹として何と言えばいいのだろうか?


 結界の凄さを褒めるべきか?

 それともその執念を別のところに向けろと言うべきか?


 おかしな方向に向けられる才能に、妹の立場にいるが故に何も言えなかった。


「城や要塞にすら使われないような、バカみたいに高度な結界がね」


 苦笑いを浮かべながら遠い目をするシルヴィア。

 一方でコーネリアはというと──。


「……お兄ちゃん」


 先ほどまでは、覗き対策として結界を張ったのだと思っていた。

 安心して使える温泉を作ろうとしているのなら納得できる。


 でも実際には、城や要塞ですら使われないほど、強固な結界を和の楽園に施していたようだ。


 兄はどこに向かっているのだろう?

 多くの想いが込み上げたコーネリアの声は悲痛に満ちた物だった。 

 

 ──彼女体たちは気付いていない。

 クレスが抱く和の楽園への執念は、彼女たちの想像を遥かに超えていることに。


 和の楽園の結界は、宝具や神具と呼ばれるアイテムを使い張られている。

 壁や地面に埋められたそれは、1個で国が動くほどの品であり決して気安く使って良い物ではない。


 さらに周囲の結界は、魔法に関しては、化け物じみた才能を発揮するクレスが和の楽園専用に考えたものだ。


 勇者コレクションの宝具や神具との相性や土地との適応性。

 これら様々な要素を考慮して作り上げられた、和の楽園に施された結界。

 間違いなくこの結界は、世界最高強度と言える。


 和の楽園が完成したとき、魔王ですら手をこまねく地上最強の要塞が生まれることだろう。

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