俺は巻き込まれるのを阻止した 『天結の氷剣』
ここは炎の聖域にある窪地。
足元に広がるのは、焼け焦げた大地。
全ての準備を終え、ようやく試練が開始される。
少し離れた場所まで下がった俺は、イリアの様子を眺めている。
ファイアーエレメントと対峙するイリア。
剣を握り直し、呼吸を整えて仕掛けるタイミングを見計らっている。
ファイアーエレメントの見た目は、子ども程のサイズをした赤い岩。
ただ剣を振るだけでは、刃が欠けるだけで終わりかねない相手。
相手の魔力を削って倒すという方法しか取れない彼女は、かなりの緊張を強いられているハズだ。
それでも、戦いを降りるという選択肢はない。
彼女が手にした剣からは、淡く青白い光が放たれ始めた。
その光は、剣に魔力を込めている証。斬撃によるダメージが期待できない今回の敵には、この魔力が勝利の鍵となる。
そして、剣の光が安定したとき、イリアは動いた。
地を蹴って走る。
ファイアーエレメントは、魔法を発動させるため魔力を集めた。
だが、イリアの方が早い!
「やあああぁぁぁぁぁぁっ」
剣が振り下ろされて敵に触れる。
その瞬間、剣の光が一層大きくなった。
「………………」
物言わぬファイアーエレメントは、攻撃のダメージにより後ろへと後退する。
見かけ上は傷一つけられていないが、実際には敵の魔力が削り取られており、あと3回ほど攻撃を通せば倒せるだろう。
だが、相手は攻撃を受けるだけの的では無い。
「魔法が来るぞ!」
ファイアーエレメントの色が、一層赤くなったように見えた。
色の変化は、火属性の魔力によるものだ。
「!」
一瞬だけ変えた表情に、動揺が見える。だがイリアは、すでに教えられている対処法を忠実にこなそうと動いた。
イリアは魔法を発動させようと、手に魔力を集める。
だが、魔法が発動する瞬間、彼女の姿は炎に飲みこまれた。
まるで火炎放射機のように放射され続ける炎。
それは、イリアの姿を隠したまま吐き出され続けている。
周囲を明るく照らす炎は、対処を間違えれば大きな火傷に繋がったことだろう。
──魔法が発動してなかったのなら。
やがて止む炎。
赤い炎の中に、青い揺らぎのようなものが見えた。
青い揺らぎの正体。それは、イリアが生じさせた体ほどの大きさのある青い盾。
彼女は、炎が収まる前に盾を解除し、再び攻撃に移る。
盾を必要としないほどまでに弱まった炎は、全身を守る障壁だけで十分に防げているようだ。
イリアは炎の中を走り抜け、再び淡く輝く剣を振り抜いた。
*
問題なくファイアーエレメントを倒せたようだ。
危うい場面もあったが、合格点といってもいいだろう。
イリアが敵を倒したことを確認した俺は、ラゼルの方を見る。
彼の姿は、最初に俺が作った石の槍を並べた作の先にあった。
ラゼルは、心配する必要はまったくなかった。
ガリウス作”地獄のトレーニングメニュー”に付き合わされていたせだろうか。
動きに緊張は見られず、うまく立ちまわっている。
では、2人に実戦を経験させた所で、俺も次の仕事をするとしよう。
「やるぞ」
『こっちの準備はできているわよ』
ス○ホもどきを使って、シルヴィアへと連絡した俺は走り出す。
「とうっ」
少し変なテンションになっている俺は、少しふざけながらファイアーエレメントの上へと着地した。
そのまま、何体もの敵を踏み台にしながら移動する。柵で区切ったその場所に向かって──。
「マスター フレイム」
目指すのは、窪地の中心部。
走りながら、魔力を火属性を変えた。
「その場所は、熱の力失われし地。何人も凍えることなくとも、火が揺らぎを止めし場所。全てを静かなる安らぎで包みし氷河の象徴がそびえる場所」
槍で作った柵を飛び越え、窪地の中心部へと到達すると、両手を地面へと手を付ける。
「凍てつく大地の象徴。その楚よ、姿を示せ!」
マイナスの方向へと成長した火の魔力が、白い光となり天へと伸びる。
だが、この魔法はまだ完成していない。魔法を完成させるのは──
「発動しなさい、氷河の塔」
窪地を見下ろす位置にいたシルヴィア。彼女の声が響くと魔銃から一発の弾丸が放たれた。
弾丸は、この魔法を完成させる最後のピース。ただの光でしかない魔力を固定させる術式が組まれている。
天に伸びた光が、魔銃の弾丸を飲み込むと、姿を変え始める。
地面から伸びた光に青い線がいくつも入ると、不確かな存在だった光は確かな存在感を持つ氷となった。
これこそが、氷河の塔。
それは、氷の塔というべき、天を貫く存在。
だが、氷河の塔が持つ力が示されるのはこれからだ。
塔を中心に、蜘蛛の巣のように青い線が広がっていき、窪地全てを包み込む。
これは、火属性の魔力を弱める結界。
同時に冷気魔法の力を僅かばかりだが、高めることができる。
そう、氷河の塔はファイアーエレメントにとって、厄介極まりない魔法なんだ。
「火属性の魔力は弱めた。これで魔力の吸収による回復能力は弱まったハズだ」
俺は魔法の効果をイリアとラゼルへと、聞こえるように大声で告げた。
ファイアーエレメントとの実戦訓練はここまでだ。
これから試練の攻略を最優先にした行動が開始される。
*
氷河の塔のおかげで、ファイアーエレメントは回復できないハズ。
だが、200体はいるからな。イリアとラゼルの体力がもつかが問題だ。
「ウォウッ!」
イリアの後ろから、攻撃を仕掛けようとしたファイアーエレメントは、フェンリルによって倒された。
少し得意げなその表情は、俺と一緒にいた時には見せなかったものだ。
俺は嫌われていたのではと、少し悲しくなった。
アイツがイリアの背中を守っている限り、大丈夫だとは思うが。
イリアの体力を心配しながらも、ラゼルの方へと目を向ける。
やはり、うまく立ち回っている。
「だあああぁぁぁぁっ!」
ラゼルは、改良した小手を付けた右の拳を敵へと打ち込む。
続いて左手の拳を打ち込み、さらに右の拳をと、次々に攻撃を加えていく。
ガリウスに鍛えられてきただけあって、俺の目から見ても無駄が少なく良い動きだと思う。
危なげのない動きであり、心配をするだけ損なほどだ。
だが──。
やはり体力が減ると、今のようにはいかなくなる。
ガリウスなら、その辺りの対策も仕込んであるのだろうが。
短期決戦に持ち込むか、それとも時間をかけて撃破していくか。
どちらを選ぶべきかだが──────。
「イリアッ! 合図をしたら、俺に向けて大技を使え」
「えっ」
長期戦は、数の上でも体格の上でもコチラが不利だ。
なら、短期決戦を目指した方が良いだろう。
*
俺が指示を出すと、イリアがよそ見をした。
嬢ちゃん、よそ見をしていたら危ないぞ──などと、ふざけたセリフを吐く間もなく俺は行動を開始する。
俺が氷河の塔で行うべきこと。
それは、餌をばら撒いて敵を集めることだ。
「マスター フレイム」
炎の魔力を展開させ、周囲に魔力を広げた。
氷河の塔の効果によって、この場に置ある火属性の魔力はかなり弱まっている。
そして、炎の魔力を吸収して回復できる点から分かるように、ファイアーエレメントにとって火属性の魔力はエサのようなものだ。
さぞ、ヤツらは火属性の魔力に飢えていることだろう。
「さあ、来い。俺の魔力はうまいぞ」
やはり飢えていたようだ。
ファイアーエレメント達は、ワラワラと俺の方に寄ってきた。
しかし、柵のように張り巡らされた石の槍によって、一定以上は近づけずに押し合いのようになって……。
「はっ?」
予想外の出来事が起こった。
あまりにもファイアーエレメントが集まり過ぎたせいか、石の槍が悲鳴をあげ始めている。
まるで、人気アイドルを目の前にしたファンが、柵を破壊するほど押し掛けているかのようだ──。
しかも、イリアがいた場所にあった石の槍だけでなく、ラゼルがいる方の槍からも悲鳴が。
これ、やばいパターンじゃないか?
どうする?
いますぐやめるか?
それとも、続ける?
元々は、イリアの区画にいたファイアーエレメントだけを、大技で一網打尽にするつもりだった。
この場合は数が少ないので、逃げることも可能なハズだった。
だが、現状はどうか?
全ての槍が壊れた場合、前後左右360°から敵が押し掛けてくることになる。
よって──
全ての槍が壊れる→一斉に襲いかかってくる→イリアが大技を放つ→俺は逃げ場がなく巻き添え
………………
…………
……
よし、やろう!
「シルヴィア! 槍の解呪を行ってくれ!!」
指示を出すと、シルヴィアは石の槍を無効化するための詠唱を開始する。
こっちは、任せておけばいいだろう。
「イリア! ファイアーエレメントが俺に押しかけたら、大技を使って一網打尽にしろ!!」
魔法を利用して声を届ける。
声は──届いたようだ。大技の準備を開始したようだからな。
イリア、タイミングを間違えないでくれよ。
アレに巻き込まれたら、俺もキツイからな。
*
周囲にいた全てのファイアーエレメントが、俺の下に殺到したため、イリアは安心して全力を出す準備を始めた。
「フェンリルよ、その意思を私と一つに」
イリアがフェンリルへと語りかけると、銀色の魔狼はその体を青い光へと変えた。
それは使い魔を構成する魔力が、狼の形に留まるための拘束を解いた証であり、使い魔に使われている膨大な魔力を、攻撃に転用する合図でもある。
「知りなさい魔狼が示す極寒の世界を。真なる氷河の世界を」
一層の青く冷たい光を放ったフェンリルの体は、光そのものとなりイリアの剣へと吸い込まれていく。
剣へと吸い込まれた魔力は、強力な冷気の魔力。
周囲は冷やされ、空気中の水分が雪となって舞い落ち、徐々に足元を白く変えていく。
「天を焼く太陽すら凍え、温もりを失いし世界は、永遠に時を止める」
瞳を閉じて唱えられる言葉。
敵の無い戦場では、その言葉を止める者は誰もいない。
イリアの剣に集まったのは膨大な魔力。
本来、人が目にすることすらあるはずのない、恐ろしいまでの質を持った魔力。
「行きます」
彼女が目を開くと、剣の光は激しい物へと変わる。
「天結の氷剣!」
横一線に剣を振り抜くと、極寒の風が大地を走り、青い光が空を照らした。
形無き脅威はそこで終え、形有る脅威が姿を見せる。
形有る脅威。
それは氷。
透き通った氷が、広大な大地を喰らい尽していく。
焼け焦げた大地も、辺りを埋め尽くしていた敵も、何もかもを喰らって成長を続けていく氷。
最後に、氷の大地だけが残った。
大地の上に在った全てが氷に閉ざされた。
ファイアーエレメントもまた、大地を覆い尽くす氷の下に閉じ込められている。
その恐るべき威力に、イリアは思考を凍りつかせて呆然と立ち尽くしていた。
*
「天壊」
イリアの恐るべき攻撃を前にしながらも、襲い来る魔力の一部を斬ることで、俺は巻き込まれるのを阻止できた。
空へと跳んで降りると、靴に触れたのは氷。
辺りは氷に包まれており、百体近くのファイアーエレメントが飲み込まれている。
遠くでは、剣を振り抜いた状態のイリアが硬直していた。
自分の作り出した惨状を、頭が受け入れることを拒否しているのだろう。
イリアよ、自分の作り出した惨状の受け入れを脳が拒むのは、チートの特徴だ。
お前もリアルチートの世界に片足が突入したな──ご愁傷様。
とは言っても。
本来であれば、これほどの威力は出ない。
この惨状が生じたのは、氷河の塔が持つ効果もあるが、ここが炎の聖域という点も大きいのだろう。
炎の聖域に満ちる火属性の魔力。
それを熱の魔力として扱えば、冷気魔法に使えるからな。
「やっぱ、凶悪すぎるよな」
俺が見下ろす氷の中には、赤い色を失ったファイアーエレメントが多く存在している。
ヤツらにとって赤い色を失うことは、魔力の喪失を意味する。
イリアの大技を喰らった影響もあるだろう。
しかし、止めは間違いなくこの氷の特性によるものだ。
この氷には触れている者の、魔力や生命力やらをドンドン奪っていく特性がある。しかも、この氷は結界のような働きもするから、閉じ込められたヤツの魔法を封じてしまう。
このため、魔法で大技を防いでも、体も動かなければ魔法も使えないという状況になる。対応策があるからこそ、俺ごと大技の餌食にしろと言ったのが、大概は凍えて死ぬことになる。
でもな、俺が使っていた頃には、魔法を封じるなんて効果はなかったんだ。
なんで、イリアが使うようになって凶悪ぶりが増したのだろうな。
イリアの本性が技に出ているとか──。
チラッとイリアの方を見ると、ようやく動き出した彼女が見えた。
肩で息をしているのは、大技の疲労が原因か、惨状を作り出したことへの精神的負担ゆえか?
考えるのはやめておこう。
とりあえず、彼女の才能が技の威力を高めたことにしておこうと思う。
日々、酷い扱いを受けることの多い俺にとって、イリアの優しさは数少ない癒しなんだ。彼女の本性を疑ったら、俺の頭皮が心配なことになる。
「っ」
などと、勝手に結論を出そうとしていると、シルヴィアに足元を狙撃された。
思わず睨むと──ヤツは手をバタつかせて踊っていた。
なにやってんだ、アイツ。
不審な行動をするバカ友。
その様子を見ていたら、次にヤツがとった行動で何を言いたいのかが分かった。
「忘れていた」
シルヴィアは魔銃で、ラゼルに群がるファイアーエレメントを牽制したんだ。
そうか、踊っていたのは、ラゼルのことを知らせようとしていたんだな。
いや、感心している状況じゃない!
群がっているヤツの数が多すぎる。
このままだと、ファイアーエレメントにラゼルが押しつぶされかねない。
「イリア、息を整えたらラゼルの方に!」
「は、はい!」
さすがに大技を使った彼女を、今すぐ動かすわけにはいかない。
俺はラゼルを援護するために走り出した。
これで戦闘回は終了です。




