俺は舞台を整えた 『凄すぎて参考にならなかった』
炎の大精霊の試練として、ファイアーエレメントというモンスターを退治することになったイリアとラゼル。
試練が行われるのは、炎の大精霊がいた場所から少し離れた窪地。
周囲よりも数メートルも低くなったその場所には、目的のモンスターがいた──ウジャウジャと。
「うわっ」
嫌な声を上げるラゼル。彼の気持ちも分からなくはない。
この数を相手にすると考えると、そんな声もあげたくなるのも無理はない。
「……200程度でしょうか?」
「そんな所だろうな」
少し気落ち気味のイリアが言った通り、その位の数はいるだろう。
ここまで数が多いと、黒いGみたいで気持ち悪く感じるな。
「じゃあ、お前らに試練の内容を教えてやる」
上から目線で試練の内容を伝えると言ったのは、大精霊の僕と呼べる存在。
試練の細かい説明&試験結果の判定をするため、一緒に行動をすることになった。
コイツは、手に収まりそうな大きさの赤い火の玉で、名前はない。だから俺は心の中で”人魂”と命名している。
「2人には、ここにいるファイアーエレメントを全部倒してもらう。他のヤツらに許可できるのは、回復と補助だけだ。もし他のヤツがファイアーエレメントを倒したら、試練は失敗だ」
「使い魔は使っていいのか?」
「チッ」
質問をしたら、人魂に舌打ちされた。
舌がないのに、なぜ舌打ちが出来るのだろうか?
そもそも人魂から声が出ること自体がおかしいのだから、今さらともいえる疑問なのだが。
「女、お前も使い魔を使っていい。それに男、お前も使っていいぞ」
2人は鍛えているとはいえ、子どもで体格的な問題がある。倒せないことはないだろうが、今回は数が多いからな。使い魔を使えるのは、素直にありがたいと思う。
「倒し方の手本を見せるために、1体でいいから倒させてもらいたいのだが」
「フンッ」
今度は鼻で笑われたぞ。
鼻がないのに──以下省略。
「1体だけならいいだろう」
その後、ルールの確認を繰り返すことになる。
人魂の俺らへの対応は変わらず、ずっと見下したような言葉を並べていた。人魂がつまらない理由で、合否判定をしそうで怖いな。
「じゃあ、使い魔を呼ぶぞ」
「はい」
俺が声をかけると、イリアが答えた。
「来い、黒獅子」
「来なさい、フェンリル」
光の中から現れたのは、黒い獅子と銀色の狼。
久しぶりに見た気がする。
「じゃあ、人魂は下がっていてくれ」
「ひ、人魂!?」
思わず漏れた心の声を聞いて、人魂のヤツが驚いている。
「そんな口をきいていいのか! 試練を失敗に……」
「マスター ウォーター」
俺は属性を水へと変更した。
「な、なにをする気だ」
「ファイアーエレメントは火属性だからな、水属性で攻めるのはありだろ? 火属性だから水属性の攻撃は、よく効くだろうからな」
「でも、あなたって殺りすぎることがあるからね~。手が滑っただけで倒しちゃうから気をつけなさい」
「ああ、気をつけるさ。戦場では味方の攻撃で死ぬヤツも多いからな」
シルヴィアが口にした、”やりすぎる”の”や”に物騒な響きはあったが、華麗にするーした俺はそのまま話を続ける。
「俺を脅しているのか」
「試験官を脅すわけないだろ……でもさ、上司(炎の大精霊)と気軽に話せるヤツとは仲良くするのと、喧嘩するのとはどちらが得なんだろうな?」
「………………」
「この話は、試練に関係ないよな。俺も忘れるから、お前も忘れてくれ」
これで、試練と関係ないことを理由に、失敗扱いにすることはないだろう。
それに沈黙したことを考えれば、おかしな理由で失敗扱いになったら、後で人魂を見かけたときに俺の手が滑ることは分かってもらえたハズだ。
「じゃあ、俺は水魔法なんかを使って、ファイアーエレメントを分断するが、倒さなければ問題ないよな?」
「……ああ」
見た目が人魂であるため、表情で顔を読むことはできない。だが大人しくなったのは良いことだな。
「ガリウス」
「なんだ?」
騒がしいのがいなくなった所で、一仕事をしてもらおう。
「2人に、ファイアーエレメントの倒し方を見せてやってくれないか?」
「うむ、いいだろう」
戦いのプロ──と、いうか戦闘狂のガリウスなら、2人に戦い方のコツを示してくれることだろう。
──などと考えていたこともあった。
※
窪地にウジャウジャといるファイアーエレメント。
ヤツらの姿を言葉で表すのなら、地上50cm程を浮く幼稚園児ほどの大きさをした、赤い岩というべきだろう。
これほどの数が、一ヶ所にまとまって群れを作った例など聞いたこともない。
だが、ヤツらの生態に群れとしての行動があるのか? 我が物顔で窪地をフヨフヨと緊張なくウロついている。
もっとも我が物顔で、この場所を占拠できるのは今日までだ。
今日をもって、ヤツらは葬られるのだから。
「では、行かせてもらうぞ」
窪地にいるファイアーエレメントを見下ろしながら、獲物を見定めたガリウス。
手頃な相手を見つけたのだろうか? 口元に邪悪な笑みを浮かべると彼は走り出した。
斜面を駆けて獲物が待つ窪地を目指すガリウス。
彼の強靭な足腰は地面を力強く掴み、危なげなく坂を降り切った。
大地を蹴り加速を繰り返して彼は走り続ける。
群れの近くにいるファイアーエレメントを避け、群れから大きく外れた場所にいる獲物を狩るために。
そして彼は、ついに圧倒的な暴力を向けるべき相手を拳の射程へと捉えた。
「せいあぁぁぁぁぁぁ!!」
獲物が己の間合いに入ったのを見計らい、気合と共に拳を繰り出す。
彼が放ったのは、拳の威力に人外ともいえるスピードが上乗せされた力。
さらに彼の磨きあげられた技が、その力を無駄なく相手へと伝える。
その結果、人外の力は技によって束ねられ、完成された破壊の力へと昇華した。
だが、完成度が高すぎたのだろうか?
ガリウスの拳を受けたファイアーエレメント。
ソイツは、殴られたにも拘らず衝撃で飛ばされうこともなく粉砕された。
──やり過ぎだ。
ここでようやく、俺はミスに気付いたんだ。
「凄すぎて参考にならなかった」
今回の試練では、お手本として1体なら倒して良いということになっていた。だが、ガリウスをお手本になど出来るはずがなかったんだ。
ユラユラ動く人魂の炎が、俺のミスを喜んでいるように見えるのは被害妄想だろうか?
しかし、こいつを鎮火するわけにはいかないので、優先するべきは2人だな。
「「………………」」
唖然としているラゼルとイリア。
ガリウスが見本にならない倒し方をしたため、戦い方を口だけで説明しなければならなくなった。しかし、俺に口頭での説明を求めること自体間違っている。
そこで──
「がんばれ」
「「!」」
励ますことにした。
「とりあえず戦ってくれ。倒し方は、戦いの最中に教えるから」
「無理です! あの数に何も考えずに飛び込んだら死んでしまいます!!」
「そうだ! 今回ばかりは無茶すぎるぞ!」
必死に懇願する2人。
だが、俺の考えを変える気はない。
「2人なら大丈夫だ(多分)」
「大丈夫だという言葉は、目を逸らさず口にしろ!」
ラゼルが鋭いツっ込みを繰り出してきた。
ふむ。こっち方面の素質が、だいぶ成長したらしいな。
「やってみれば、意外となんとか……」
「はい、そこまで」
俺が懸命に2人を説得している所に、シルヴィアが割り込んできた。
「クレスは当てにできないから、私が倒し方を教えるけど……いい?」
「「お願いします!」」
どうやら、俺の発言は無かったことにされたようだ。
なんか、俺が受けるハズだった尊敬をシルヴィアに奪われたようで少し悲しい──自業自得なんだが。
「ファイアー エレメンタルみたいなタイプは魔力で動いているの。だから魔力を無くせば倒せるっていうのは分かるわね」
「はい」
「武器なんかに魔力を込めて攻撃するか、魔法で攻撃するかすれば、ファイアー エレメンタルは身を守るために魔力を消費していくわ。だから魔力をぶつけることで、倒せるというわけ」
「そういうことだ」
「なんで、あなたが得意げな顔をするのよ」
説明を終えたシルヴィアの手柄を、掻っ攫ってやろうとしたが失敗したようだ。
人生とはままならない物だな。だが、このままでは折檻が待っているかもしれん。とりあえず、媚を売っておこう。
「手柄が欲しかったから?」
上目+首を傾げる+笑顔というコンボで、可愛らしさをアピールしながら主張して見た。
すると──
「………………」
シルヴィアは、慈愛に満ちた俺へと手を伸ばすと頭を撫で始めた。
予想外の反応だった。てっきり折檻を受けるると思っていたのだが、微塵ほどに存在していた俺への優しさを刺激することに成功したらしい。
「まずは1体を分断することにしましょう。次にソイツを使って、2人に戦い方を経験してもらえばいいんじゃない?」
などと、俺の頭を撫でる手を休めることなく話してくるシルヴィア。
一向に俺の頭から手をどけようとしないのだが、そこまで俺の頭は触り心地が良いのだろうか?
いや、俺のあまりもの愛くるしさに打ちのめされたのかもしれない。
今回の出来事を機会に、俺とシルヴィアの力関係を健全な物に──無理か。
奇跡を必要とする未来よりも、今は目の前の成功を目指そうと思う。
「じゃあ、俺が手頃な数にヤツらを分断するから、うまくやってくれ」
「はい」
とりあえず、イリアからの返事を受け取った所で俺は準備に入る。
「マスター アース」
最初は水魔法で牽制しながら、イリア達をサポートしようと考えていた。
しかしガリウスが、参考にならない手本を見せたせいで、倒し方を見せるのが難しくなってしまった。
そこで、土魔法で物理的に壁なんかを作って、実戦訓練をしやすいように敵を分断しようと思う。
「シルヴィアは、2人に補助魔法をかけておいてくれ」
「OK~」
「黒獅子はラゼルのサポートに回ってくれ」
「ウォウゥ」
これで一通りの指示は終わった。
あとは、2人に頑張ってもらうだけだ。
「じゃあ、分断するから適当なタイミングで降りてきてくれ」
「わかった」「お気をつけて」
話すべきことを話すと軽く手を振り窪地に跳び下りる。
すると、俺に気付いたファイアーエレメント達は、一斉に反応を示して行動を開始した。
しかし、単純な思考しか行えないため、敵は俺を排除するために近付くという、画一な行動しか取れない。
群れを作っていたことから、俺が知っているファーアーエレメントとの個体差が心配だったが、問題はなかったようだ。
これなら大丈夫か。
「石の槍よ、天へと伸びよ!」
俺の言葉と共に、地面から槍が伸びる。
障壁のことを考えると、ファイアーエレメントを貫くことは難しいが問題はない。並んだ槍が柵となって、敵の動きを分断できれば良いのだから。
一部の槍はファイアーエレメントに触れるも、敵を退けるだけで傷を付けることはなかった。
しかし、目的は達成され、まっすぐに並んだ槍は敵を分断している。
これで槍の威力も把握できた。あとは、この作業を繰り返すだけだ。
俺は場所を変えて、先程の槍と交差するように同じ魔法を放つ。
前世なら串刺しにしない方が難しかったのに、手加減しているとはいえ今は傷すら付かないなんて──少し複雑な気分だな。
その後も繊細な少年の心を傷つけながら魔法を放ち続け、5~8体づつに敵を分断することに成功した。
「ガリウス、そっちに逃げないように注意しておいてくれ!」
「あい分かった!」
ガリウスと大声で連絡を取り合うと、彼は逃げ道を塞ぐために走り出した。
なんか、ファイアーエレメントが彼を避けて、道を譲っているようにも見えたが気のせいだよな? まあ、いいや。
「クレス!」
「ああ!」
シルヴィアの声に俺が言葉を返すと、魔銃の引き金が引かれた。
魔銃から放たれた弾丸は2発。それぞれが別の場所へと飛び、赤と青の淡い光を放つ。
「イリアは赤、ラゼルは青に」
風に流されて、シルヴィアの声が僅かに聞こえた気がした。
これで舞台は整った。
あとは主人公たちの活躍を楽しませてもらうだけだ。




