クレアちゃん再び 『今日も随分狩ったみたいね』
この章は、現在入学前の時間帯です。
~前回から約2ヶ月~
まず、最近の変化をまとめておこう。
2本目のトンネルが開通した。
トンネル堀りのコツを掴んだから、前回の1.5倍のペースで開通できたぞ。
ワイバーン肉で餌付けした、土木作業員のお兄様方がヤバい。
工事が終わりに近づいたころ、1日の作業を終えると俺を拝むようになった。
それに、お兄様の一人が、仮面+ローブの木彫り像を彫っていたので、何故彫るのか聞いてみたんだ。
そして返ってきたのは、”トンネル掘りの神像”を掘ることで作業の安全を願っているという答え。
仮面+ローブって明らかに俺の恰好なのが気になるが──。
次に土地の開発についてだ。
こちらは、大がかりなモンスター討伐が終了し、街の建物が増えつつある。
まず、冒険者ギルドと商業ギルドの支店が建てられた。
これで冒険者もやってくるだろうし、商人も街での商売をやりやすくなるハズだ。
他の変化と言ったら、軍がしばらく治安維持のために駐留するので、そのための施設も造られた。
肝心の和の楽園についても、少しだけ進展がある。
購入した土地で、大工さんが作業に入ったんだ。
ここまでは良いんだ。
しかし予定外の事もあった。
予定外のことって言うのは、温泉の源泉が枯れていたっていうことだ。
情報の精度には不安があったので、可能性としては考えていたのだが、残念な結果だな。
まあ、温泉については、近いうちに手を打つとしよう。
*
~開拓した土地 森の奥にて~
俺は、森の中でモンスターを狩っている。
名前を広めたくないので、女装して”クレアちゃん”としてな。
魔導具を使って髪を長くして、声も無駄に高度な風魔法で高い物にしているんだ。そして防具は赤い胸当てで、武器はいつも通り魔法剣(緑)。
できることなら、魔法剣は避けたいのだがな。
俺が使う魔法剣は、古式魔法剣と言うものらしく、使い手が少ないと聞いたからだ。
しかし、普通の武器では、マスタークラスの魔法に耐えられない。
それに武器のランクを下げ過ぎて、イザというとき、まともに動けなくなるのも困る。
よって、魔法剣を使うのが一番良いと判断したんだ。
「これで、依頼された魔核石は揃えられたな」
冒険者クレアとして、魔核石採取の依頼を受けた。
依頼内容は、この土地に住む、指定されたモンスターの魔核石を持って来いというもの。面倒ではあったが、ようやく一通りのモンスターを倒せた所だ。
と、いうわけで、魔核石を取り出すための解体作業を、今から開始する。
解体対象は、俺の足元で絶命している虎型モンスターだ。
首を斬り飛ばしてしまったため、血が派手に飛び散っている。
最初の作業として、切り落とした頭を首に繋げなければばならない。
「残りし命よ、この傷を繋げよ」
虎の胴と首の切り口から、緑色の淡い光が一瞬だけ漏れると、切り口は完全に消えた。夜の通販ショップで、外国人が紹介をしそうなほどの効果だな。
生物としては死んでも、しばらく細胞は生きているのは知っているヤツも多いだろう。この点を利用すれば、細胞を潰さずに斬った場合、特別な回復魔法で繋げることができる。
この魔法は、回復魔法を応用した、修復魔法と呼んでいいだろう。
さて、俺が首を繋げたのには2つの目的がある。
1つ目は、頭が繋がっていた方が、毛皮は高く売れるため。
2つ目は、これから使う解体魔法というやつを、頭にも適用させるため。
「さて」
しゃがんだ俺は、右手を虎の魔核石がある喉元に手を置く。
魔力の流れで魔核石の存在を確認すると、解体魔法を発動させた。
「我が知識に従いて、命失いし肉よ。我の糧となれ」
魔法を使用すると、虎の体に光る線が模様として顕れる。
光の位置が、俺の望む物と一致しているのを確認すると、解体許可の合図として強めの魔力を送った。
すると魔力を送るのと同時に光の線が消えて、虎の毛皮が僅かにズレた。
(もう一作業だ)
解体魔法は成功している。
あとは、毛皮の部分などを虎の肉体から、脱がせるように獲るだけだ。
コイツのサイズは、尻尾を含めれば、俺を4人並べたぐらいだろうか?
虎だけあって体がデカイ。
汗をかきながら、虎から毛皮を取り去ると、次に待っているのは魔核石の取り出し。喉元の奥から取り出すために、短剣で肉を切り裂いていくと、黒い宝石のような物が見えた。
これが魔核石で、モンスター討伐の証なんかに使われる。
それに粉末にして、武器に混ぜたりして特別な剣なんかを作ったりするので、素材としても役立つ。もちろん高く買い取ってくれもするから、俺の大切な収入源だ。
毛皮は高く売れるが、問題は肉だ。肉食動物の多くは、肉に臭みがある。
そんな虎の肉も持っていくか考えていると──
「それがお前の獲物か」
剣から血が滴り、服は返り血で真っ赤に染まっている。
さらに顔には血を拭った跡──そんな怖い男が、後ろから声をかけてきた。
彼の名前はガジル。開拓されたこの土地に早くにやってきた冒険者だ。
体はでかく2メートルを超えており、顔も厳つい。
「そっちは随分大物を狩れたようですね」
「見た目だけはな。お前の獲物の方が、危険度は高いだろ」
「危険度は高くても、そちらの方が高く売れますよ」
モンスターは、危険度によってランク分けされている。
基本的に、危険度の高いモンスターの方が、高く売れるのは分かるよな。
だが、需要と供給のバランスで、危険度の低い魔物の方が高い魔物よりも、高額で取引されることもあるんだ。
「他の方たちは?」
「あっちで休んでいるよ」
ガジルが指差した方向は、さきほど彼がやってきた場所だった。
「それで、ここに来た理由は?」
「もちろん、獲物のトレードだ」
「分かりました」
ニカッと笑い、自分の獲物を指さしたガジル。
俺がトレードを了承すると、背負った獲物を地面へと下ろした。
モンスターの体は、色々な使い道が存在する。
このため、特定の薬を作る目的がある場合などは、トレードをする場合が多いんだ。
だが、魔核石のトレードを行わないのは、暗黙のルールだ。
冒険者ギルドなんかでは、魔核石を確認することで、モンスター討伐に成功した証としている。だから、魔核石をトレード対象にすると、魔物を誰が討伐したのか分からなくなる場合がある。
まあ、絶対的なルールというわけではないがな。
「コイツにも解体魔法を使ってもらえないか?」
「代金はいつも通りの金額で」
「ほら」
「毎度あり」
解体魔法は、使えるヤツが少ないから金がとれる。
小遣い稼ぎに大活躍中の魔法だ。
「……こっちは腎臓でどうだ」
「せめて目玉は付けてもらわないと」
ハタかか見たら、死体愛好家にしか見えないトレードは、それから20分ほど続いた。
*
~新開拓した土地 街の商店~
「こんにちわ」
「いらっしゃい」
俺は、ケット・シーが運営する商店へと来た。
モンスターの素材は、一括でここに卸しているんだ。俺が狩ったことを隠しやすいから、これからも贔屓にさせてもらおうと思っている。
「クレアちゃん、今日も素材の買取りかい?」
「はい」
店の外も内は白く清潔な印象だ。
それに結構な面積もあるのだが、街ができたばかりなので、まだ従業員が6人ほどしかいない。
ちなみに、いま話しているのは、オベルトいう元冒険者だ。
メガネをかけた栗色の髪をした男性で、冒険者をやめてすぐに、ケットシーの店で働くようになったらしい。
「今日はガジルさんも来ましたよ」
「げっ」
「よう、随分なおでむかえだな」
オベルトは、ガジルと一緒に冒険者をしていたことがある。
と、いうかオベルトが冒険者グループのリーダーで、ガジルがその仲間という関係だった。
「ノーリアさん、獲物の鑑定をお願いします」
「はい」
ノーリアというのは、オベルトの奥さんだ。
オベルトは彼女の結婚を期に、冒険者を引退した。
そのときガジルに、冒険者グループのリーダを押し付けて──。
「ちょっと、ノーリア、クレアちゃん! 僕を置いていかないで!」
「男同士、酒を飲みながら語り合おうか」
ときおりガジルは、日頃の愚痴をオベルトにぶつけているんだ。
酒をガンガン飲んで、翌日は確実に2日酔いの状態で、オベルトは店番をすることになる。
「オベルト、今日は上がっていいわよ」
「ノワール!」
涙目で奥さんに助けを求めるオベルト。
日頃から何かを溜めこんでいたのだろうか? 容赦なく旦那さんを切り捨てている。
ちなみに、ノーリアの方が店での立場が上だ。
オベルトが冒険者をやっている頃から、ケット・シーの商会で働いていたらしいからな。
「クレアちゃん。奥で狩ったモンスターを見せてもらえるかしら」
「はい」
俺が狩ったモンスターは、いつも大量になる。
そのため、店の奥に用意された広間で、狩ったモンスターは鑑定してもらっているんだ。
「先に行って待っていてもらえる? お茶を用意するから」
「ありがとうございます」
俺は、先に広間に行くことにした。
”ノーリア~~!!”と後ろから聞こえたような気もしたが、気にすることはない。10歳の俺に出来ることなど、何もないのだから──。
*
広間は、店から少し離れた場所にある。
多目的に使うように用意された場所で、普段は使われていない。
壁も天井も白く、無機質で寂しい印象を受ける。
足元はコンクリートのような素材ではあるが、水を吸わない加工が行われていることを聞いたことがある。
「今日も随分狩ったみたいね」
「少し前に狩ったのも混ざっていますから」
俺は狩った獲物を、広間に並べていた。
ついでに、昔狩った獲物も少しずつ並べているんだ。一度に並べるととんでもない数になるからな。目立たないためには必要なことなんだ。
なぜかアイテムBOXから、狩った覚えのない魔物が出てくる時があるのだが──それは気にしないようにしている。
「とりあえず、ここに置いてあるモンスターの部位を目録にまとめるけど、数が多いから買取り金額を出すのは時間がかかるでしょうね。いつもみたいに、明日確認することにする?」
ノーリアの言葉に、明日の予定を思い返してみる。
なんかあったっけ? 全く思いだせないが、何かあった気もする。
「明日は都合が悪いですから……今日の18:00辺りに来るというわけにはいきませんか?」
「ええ、お店は19:00には閉めるけど、21時までは大丈夫だから。お店が閉まっていても呼んでくれればいいから」
「ありがとうございます。では、また後でうかがいます」
「じゃあ、モンスターの目録をまとめるから少し待ていて」
そう言うとノーリアは、広間から出て行った。
店の方に向かったのだろうが、オベルトの声は聞こえない。
彼は酒場に強制連行されたということなのだろう。
(明日は二日酔い&徹夜酒でボロボロだろうな)
苦難のときに支え合ってこそ、夫婦仲は深まるものだ。
明日の困難を乗り越えることで、仲睦まじい夫婦になることだろう。
*
大量殺戮したモンスターの目録を受け取った俺は、店を出た。
街をぶらつきながら、次の目的地に向かう。
クレアとして歩くと、周囲の視線は気になるが、かなり可愛いらしいから仕方がない。
変な趣味に目覚めないように気をつけながら、冒険者ギルドに向かった。
「魔核石の確認をお願いします」
「はい」
冒険者ギルドに入ると、カウンターに受け付けのお姉さんがいる。
猫耳のお姉さんで、転生者がいれば”猫耳サイコー”と叫ぶだろう。
?
そういえば、俺も転生者だったな。
叫んでおくべきだろうか。
「では、採取した魔核石の提出をお願いします」
「30個程になりますが……」
「そうですか。では、アチラでなら広げられますから、アチラで確認させて頂きます」
叫ぶタイミングを逃してしまった。
仕方ない、猫耳への愛を叫ぶのは次回にしよう。
俺はそのまま、指定された場所に移動する。
カウンターの端には、大きめのテーブルが用意されていた。
俺はそこに置かれた大きめのお盆? みたいな物の上に魔核石を広げる。
「全部で32個ですね。では質とモンスターの種類を調べてきますので、少々お待ち下さい」
そう言うと、お盆? を持って猫耳お姉さんは去っていった。
(あとは、温泉の問題だな)
猫耳お姉さんが去ったあと、椅子に座った俺は、今後のことを考えていた。
和の楽園に用意しようとしていた温泉。
こいつは露天風呂になる予定だった。
しかし源泉が枯れていたので、別から用意しなければならない。
源泉を見つけるには、情報が不足している。
と、なると──普通のお湯を露天風呂に入れるか、他から温泉の湯を持ってくることになるだろう。
(ついでに、イリアの武器も作り直すか)
イリアにトラウマを残した、大精霊の加護を付与した武器。
彼女の身長も伸びたことだし、そろそろ新しい物を用意した方がいいだろう。
「お待たせしました」
猫耳お姉さんが買取りの見積もりを持って来た。
彼女が持って来た見積もりを手にしながら、未来を俺は夢想していた。




