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凄い勇者だった俺が美少女勇者をプロデュースした件  作者: 穂麦
第2部×第1章 凄い勇者は和の楽園を求める
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俺は和の楽園を求める 『貫け!』

学校に入る少し前の話

 クレス達が住むロザート国の南東には、山脈が横切っている。そこはワイバーンなどの、強いモンスターが生息する危険地帯の一つだ。

 山脈の険しさとモンスターの強さにより、山脈を越えた先に足を踏み入れるのは難しく、海からも複雑な海流により、侵入は不可能となっている。


 しかし、南東の情報が皆無というわけではない。

 腕利きの冒険者や国が精鋭を送り込めば、山脈を越えるのは可能なためだ。


 もっとも、山脈を越えるのが可能というだけで、損害を考慮すると二の足を踏みたくなるのが現実となっている。さらに国の領土に組み込むのであれば、安全を確保するために、山脈に住むモンスターを狩ることが必要だ。

 

 これらの事情により、未だに南東の山脈を越えた先は未開の地となっていたのだが、クレスの手によって歴史は塗り変えられる。


 ──今回の話は、クレスがスメラギ領から帰った頃に戻る。


 クレスは、これまでも和の文化に飢えていた。

 スメラギ領に満ちた和の文化を目の当たりにして、彼の飢えが治まると思われたが、逆に飢えを加速させてしまった。


 クレスが求める和の文化とは、スメラギ領の文化とは少々違う文化だったのだ。そのため、スメラギ領で和の文化に触れ、中途半端に欲望を満たす結果となる。


 中途半端に満たされた想いに、悶々と過ごす毎日。

 蕎麦そばを楽しみながらも何かが違うと感じ、また別の日には、畳みで横になりながら物足りなさを感じていた。


 欲しいものは手に入れたハズなのに、何かが微妙に足りない毎日。

 今ある物で満足しようとしても、足りない何かが気になって仕方がない。


 そしてついに、彼のフラストレーションは限界を突破する。


 それからクレスは考え続けた。

 どうすれば、己の欲を満たせる和の文化を、この世界に生み出せるのかと。


 ときおり知恵熱を出しながらも考え続け、ついに一つの答えに行きついた。


 それから数日後、己のチートを駆使して和の楽園を作ろうと彼は動き出す。


 *


 和の文化が満ちた場所で暮らしたい。

 その想いが、俺を突き動かす。


 スメラギ領にあった和の文化は素晴らしかった。

 和食があり、和の小物があり、和服があり、和の建物があった。


 だが俺の求める和は、スメラギ領にあった江戸時代を思わせるようなものではない。


 俺が真に求めるのは、西洋文化と折り混ざりながらも、その存在を主張し続けた時代の和。


 すなわち、昭和や平成の和だ。

 もちろん、コンクリートジャングルは要らないが、自然に囲まれた温泉宿のような畳みが良く似合う場所は欲しい。


 そこで俺は考えた。


 俺好みに手を加えた和の文化を、この世に顕現けんげんさせようと。

 スメラギ領の文化と王都の文化を混ぜ合わせれば、俺の理想に近い、なんちゃって和の文化が生まれるはずだ。


 土台にスメラギ領の文化を置き、そこにこの世界の西洋風文化を流し込めば、和を土台にした日本に近い文化が生まれるかもしれない。


 しかし問題もある。


 すでに文化が形成されているスメラギ領では、西洋風文化を受け入れられる可能性が少ないということだ。


 なにせ、人は慣れ親しんだ環境が変わるのを恐れるものだからな。


 それなら、文化のない場所にスメラギ領の文化を最初に用意しておく。その後で、西洋風文化に慣れ親しんだ移住民を招けば良い。


 失敗しても、温泉宿ぐらい手に入るハズだ。

 それに、難しいことは、ケット・シーに丸投げすれば良い。


 では、早速始めよう──和文化プロデュースを!


 *


 俺は白い仮面に黒いローブという妖しい身なりで、岩山の前に立っている。

 周囲にはモンスター対策として用意した、数十本に及ぶ鉄柱がそびえており、異常な雰囲気だ。


「マスター アース」


 と、俺はマスター アースを発動させ地魔法を行使する準備をした。


 岩壁ともいえる灰色の岩山。

 手を当てると、岩といっても差しつかえない、固くゴツゴツした手触りが伝わってくる。


 仮面の奥で目を瞑り、魔力を手から岩盤へと通す。


「岩よ結合を解け」

 

 俺の魔力が岩盤に広がっていくのが感じられ、しばらくすると、”ピシッ”と岩盤の奥から乾いた音が聞こえた。


 俺が使ったのは破壊を目的にした魔法ではない。破壊を促すための魔法だ。


 すなわち、岸壁を脆くする目的の魔法であり、物質同士の結びつきを弱める働きがある。この魔法は、物を壊したり作り治す時に、かなり役立つ。あえて欠点を述べるとすれば、障壁があると簡単に防がれるのと、使えるのが俺しかいない点ぐらいだろう。


(うまくいったようだな)


 岩壁を指先でこすると、砂のような粉が付いた。

 魔法はうまく作用して、岩が脆くなったようだ。

 

「頼む」


 俺が声を掛けると、土木作業員が作業に取り組み始めた。

 筋骨隆々のお兄様方が、額に汗を流しながら岩壁を切り崩していく。

 

 この場は彼らに任せて、後ろへと俺は下がった。


 ツルハシを入れると砂のように崩れる岩盤に、お兄様方は”おお”と驚く。

 次に、一部のお兄様が目をキラキラさせてコチラを見ているのに気付いて、今度は俺が驚く。


 そんな感じで、作業が進んでいる。


「計画通りに進みそうですね」


 現場を離れて、後ろに下がった俺に男性が話しかけてきた。

 彼の手には一枚の紙。その紙にはトンネル工事の計画が書かれている。


 なぜ彼は、トンネル工事の計画が書かれた紙を手にしているのか?

 なぜ俺は、素敵なお兄様方の手伝いをしているのか?


 そう、ここはトンネル工事の現場で、俺はトンネル工事の手伝いをしているんだ。


「予定よりも早く終えるつもりだ」

「計画通りでも十分すぎるペースですが……目の前の光景を見せられると、おっしゃる通り、かなり早く工事が終わりそうですね」


 俺は今、岩山にトンネルを作る工事を手伝っている最中だ。

 この辺りの岩山は、トンネルどころか穴を開けることすら難しい強度を誇っている。だから俺が岩盤の強度を魔法で弱めて、あとはプロに任せるという作業形式になっているんだ。


「うちにトンネルの通行料を、全てよこすという形でよろしかったのですか? 一部でもご自分の物になされば、大金持ちになれるほどの金額ですが」

「こっちにも事情があってな。受け取るわけにはいかないんだ」


 トンネルを掘れば通行料を受け取れる。

 俺が掘っているトンネルは、この先が開拓されれば国が動くほどの金が発生するから、通行料は莫大なものになるだろう。


 しかし、かねはケット・シーの方に回して、勇者ギルドと開拓の方に使ってもらう予定だ。


 なにせ、通行料を受け取ると、金の流れで俺の存在が明るみに出かねないからな。


「早いな」

「ええ、しばらくは掘り進むことを優先して、あとで本格的な補強をする予定ですから」

「そうか……じゃあ、行ってくる」

「お気をつけて」


 土木建設のお兄様がたは、砂のようになった岩盤を取り除き終わったようだ。

 俺は再び岩盤の方へと進み、自分の仕事を開始する。


「マスター アース」


 *


 さて、ココで説明しておこう。


 ●まず、俺と話していたのは、俺とケット・シーのパイプ役ともいえる男性でバート・ニコルス。黒い髪で青い瞳をした男性で、ケット・シーの会社でがんばっている。


 ケット・シーは商売に長けているが、全員が猫というわけではなく、人間もいればエルフや獣人も彼らの会社で働いている。


 ●次に、なぜ俺がトンネル工事を1人で完遂しようとしなかったのか? というと、単純に生き埋めになりかねないからだ。トンネルを開けた穴の上には数トン以上の山があるからな。


 俺のような素人がやれば、トンネルが山の重さで潰されかねない。

 バカだと名高い俺であっても、無謀と勇気の区別は弁えているというわけさ。


 ●作業の内容はというと──。

 俺が魔法で岩盤を脆くする→工夫たちが脆くなった岩盤を掘る→工夫たちがトンネルの壁を補強する→再び俺が岩盤を脆くする→繰り返す


 と、いう形で進められる。


 ●ちなみに俺は、仮運営中の勇者ギルドから派遣されたという形で、ココに来ている。派手に動けば、ギルドの宣伝になるからな。


 勇者ギルドの本格的な運営は、空飛ぶ男のロマンじょう、ラジ・アーシカが完成してからになる。今は、ギルドの仕組みが計画通りに機能するかを小さな規模で実験している状態だ。


 *


 それからも、俺が岩盤を脆くして、土木作業員のお兄様がたが、プロの技でトンネルを掘るという連携は続いた。測量にも問題はなかったようで、作業は順調に進んでいる。


 しかし、邪魔者というのは、嫌なタイミングに現れると相場で決まっているようで、俺の仕事中に現れた。


「ワイバーンだ!」


 俺が岩盤を脆くする作業を終えて休んでいると、突如として警備兵の声が響いた。声が聞こえた方を見ると、警備兵が空に向かって指を向けている。

 

 指の先を見ると、竜の体に両肩から巨大な翼を生やしたワイバーンが、旋回していた。


 ワイバーンは、竜の亜種ともいえる存在で色は灰色が多い。通常の竜は肩や背から羽根が生えている。しかし、ワイバーンは前肢が羽根ととなっており、姿が普通の竜とは違う。それに、体が成人男性の2倍程度の大きさと、通常のドラゴンよりも小さい。


 それでも、竜の亜種ではあるが、竜であることに変わりはない。

 その筋力は強く、爪も刃のように鋭い。しかも一部のワイバーンは、口から炎を吐くなどのブレス攻撃も行う。


 人間にとって恐るべき脅威と言えるワイバーン。

 そのモンスターを見た作業員たちは──歓喜していた。


「よっしゃああ! 高級食材だぁぁぁぁ」

「兄貴、よろしくお願いします」

「今日の食事当番! 気合を入れて調理しろよ!」


 この工事現場には、すでに4回ほどワイバーンが襲撃してきている。

 しかし、結界を貼ってあるため、作業に大きな支障は出ていない。それに全て俺が撃退しているから、ワイバーンを恐れる者もすっかりいなくなった。


 俺にとっても、ワイバーンが襲撃してくれるのはありがたい。


 ワイバーンが多く住むのは、山脈の中でもココから離れた場所だ。

 この周辺に住むワイバーンは少なく、撃退を繰り返せばいずれは人間を恐れるようになるだろう。そうなれば、トンネル開通後の脅威を減らすことが出来る。


 それに、俺は勇者ギルドからの派遣という形でココにいる。

 このため、ワイバーン退治は、ギルドの宣伝になるんだ。


「兄貴の出陣じゃーー」

「おおおぉぉぉぉぉ」


 妙なテンションになっているお兄様たち。

 テンションの理由は、ワイバーンの肉にある。


 ワイバーンの肉は高級食材だ。

 売りに出されれば、かなりの金額を付けても即座に売れてしまう程で、市場には滅多に出回らない。仮に出回っても、高級食材だけあり庶民の手には届かないほどの金額になるのだ。


 ワイバーンの強さから、その肉を得るのは難易度は高い。

 しかも、とても美味しく人気も高い。


 これらの理由から、入手が難しいんだ。


 そんなワイバーンの肉を彼らに渡したことに、俺は後悔している。 

 倒すたびに肉を渡していたら、筋骨隆々なお兄様方に懐かれてしまった。

 兄貴とか呼ばれると、寒気を感じるときがあるんだ。

 なぜだろうな?


「行ってくる」

「はい」


 俺は、マスター ウインドに切り替えて、緑色の魔法剣を右手に持った。

 そして、上空で地上を見下ろすように旋回しているワイバーンを見上げる。

 

 剣を握る手に力を入れ、風魔法でワイバーンのいる場所に行こうと膝を折ると──


「「あーにーき、あーにーき、あーにーき」」

「「アーニーキ、アーニーキ、アーニーキ」」


 避難した筋骨隆々な作業員たちからは、兄貴コールが流れてきた。

 マジで勘弁してくれ。ってか、現場を守る兵士も兄貴コールをしているんだが。ちゃんと、仕事をしているのか?


(気を取り直して……)


 兄貴コールに毒気は抜かれたが、再び剣を握る手に力を入れ、膝を折って敵を迎撃する準備をした。そこへ、一体のワイバーンが、俺を目がけて急降下してくる。


「風よ、共に舞え」


 急降下してきたワイバーン。

 大きく開かれた口には、肉食の象徴ともいえる、鋭く尖った牙が無数に並んでいる。


 その牙に捕まれば、逃げ出すことは難しいだろう。

 その牙の鋭さは、たやすく俺の肉を引き千切ることだろう。


 だが!


(単調すぎる動きだ)


 なんのヒネリもない、真っ直ぐな攻撃を、俺が喰らうハズがない。


 大顎をジャンプで避けると、俺の足元を地面スレスレニワイバーンが滑空していく。


 丁度良い足場が出来た。

 俺はその背を踏み台にして、モンスター対策として用意した鉄柱へと跳んだ。


 先ほどのワイバーンも、地面スレスレから少しずつ高度を上げていく。

 両翼が動くたびに砂埃が舞い上がり、その様子から翼の強靭さがうかがえる。


 その力強い姿に、恐怖と共に美しさを感じる者も多いだろう。しかし、その美しさを眺められるのは、残りわずかだ。


 周囲に建てられた数十本もの鉄柱に、足をかけながらワイバーンを追う。

 風魔法により体は軽く、チート付きの脚力は、鉄柱を1つ、また1つと蹴るたびに俺を加速させていく。


 地上から数十メートルの場所で、鉄柱から鉄柱へと跳ぶたびに加速する俺の体。

 

 ワイバーンもまた、高度を上げながら徐々にスピードを上げていくが──ついに俺は敵の頭上をとった!


 手にした魔法剣に術式を刻み、右腕を後ろへと引く。

 それは魔法と全身のバネを組み合わせた、投擲とうてきの予備動作。


「貫け!」


 俺は、真下を飛ぶワイバーンへと、手にした魔法剣を投擲する。

 本来なら風は投擲を狂わせる敵。しかし風魔法を帯びた俺の投擲にとって風は友。


 風魔法の効果も合わさり、緑色に輝く剣は真っ直ぐにワイバーンへと伸びて行き──その灰色の背に深々と突き刺さった。


 と、同時に翼竜の口は、断末魔の悲鳴を周囲に響かせる。


 そのまま、鉄柱の間を跳びながら、俺は更に高度を上げていく。思考はすでに、空を飛ぶ二体のワイバーンへと向けている。


 1本、2本と鉄柱を蹴り、3本目を蹴った辺りで、巨大な何かが地面に叩きつけられる音が聞こえた。


 地面への衝突音が聞こえると同時に、アイテムBOXから短剣を取り出す。

 短剣に魔力を纏わせて、再び緑色に輝く魔法剣を作り出した。


 仲間の死に驚き、逃げようとする生き残り。

 だが、逃がす気など俺にはない。


(逃がさんぞ。明日の朝食と昼食)


 お前らが行くべきは、そっちじゃない。逝くべきは、俺たちの胃袋の中だ。


「レイヴン・ソード!」


 俺はレイヴン・ソードをアイテムBOXから引きずり出した。

 出したのは1本のみ。しかし、レイヴン・ソードが持つ空を自在に舞う特性を考えれば、踏み台としては十分だ。


 この場にある数十本の鉄柱に、レイヴン・ソードという足場加わった。


 より、自由に天を駆けられるようになった俺の猛攻を、高級食材──もとい、ワイバーンは防ぎようもなく、戦いは終わる。


 

 もちろん、この後の展開は、使った食材はスタッフが美味しく食べましたというヤツだ。

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