俺はテンプレセットを見かけた 『なんだい?』
生きるものであれば、他の命を喰らうという業からは逃れられない。
人間もまた例外ではなく、どれほど知性的に振る舞おうとも、どれほど善を説こうとも、喰らうという業を背負わない者などいない。
喰らうのは、動物かもしれない、植物かもしれない。
いずれにせよ、他者の命を喰らっていることに変わりはない。
当然、過去に大勇者とも呼ばれた俺であっても、そのことに変わりはなく──昼休みになったので、弁当を食べている。
*
~食堂にて~
俺は食堂にマグニールと共に来ていた。
食堂と言っても、品ぞろえも良く安い物~高価な物まである。
さらに広さも相当なもので、地平線が見えるほど──とは言わないが、500人は入るらしい。
騎士学校には、いくつか食事できる場所が用意されている。
軽食を食べられるカフェに、食堂のような場所もあるが、弁当を自分で用意することも可能だ。
俺の弁当は、自称メイドのリーリアが作った弁当。
自称のメイドでしかないが、アイツは料理の腕が良い。
味も良いが、盛り付け方もレベルが高いんだ。
その証拠に、目の前で俺の弁当を物欲しそうに見ているヤツがいる。
「…………」
「…………」
視線は気になるが、無視して食べる。
「…………」
「…………」
物欲しそうな視線は、気付かないフリをしようと思う。
「…………」
「…………なあ」
無視し続けるわけにはいかないか──仕方がないから相手をしてやろう。
「なんだ?」
「その弁当を作ったのは女か?」
金髪をオールバックにした少年が、俺の弁当を羨ましそうに見ている。
女に飢えた小狼のマグニールだ。
「うちの(自称)メイドが作った」
「メイドを雇っていたのか……美人か?」
俺は自称メイドの顔を思い浮かべる。
ふむ、チャームポイントは、ときおり見せる黒い笑みか。
「どちらかと言えば、笑顔が眩しい可愛い系だな」
「……胸は?」
「少し大きめ」
「…………」
俺の話を聞いたマグニールは黙り込んでしまった。
真剣な面持ちでジッと何かを考え──
「紹介してくれ」
「断る」
せめて、もっと齢をとってからにして欲しい。
コイツのいう紹介は、異性としての紹介だ。10歳児を紹介しても、俺のお友達程度にしか思われんぞ。
「いいじゃねえか」
「変なことをしたら、俺の食事に色々と盛られそうで怖いんだ」
「なるほど、お茶目なお姉さんというわけだな。それは、ますます……」
俺は確信した。
こいつ、色々とダメだ。10歳でダメになってはいけない部分までダメになっている。
「彼女が欲しいんなら、100人に声かければ何とかなるんじゃないか?」
これは数打てば当たるという、ナンパの奥義だ。
最後まで実践するには、タフなハートが必要だがな。
「もうやった」
「じゃあ、1000人に挑戦しろ」
「そんなに生徒がいないだろ」
男子も合わせればいるぞ──とは、俺に声をかけられると困るから、言うのをやめた。
「なんで、俺の魅力が……」
「うん?」
なにか不毛なことを言おうとしたマグニールは、とつぜん言葉を止めた。
彼の目は遠くに向けられており、口を半開きにしてボ~っとしている。
気になった俺が、彼の見ている方向を見ると──
「あっ、ここが空いているよ」
同年代くらいの女子が歩いていた。
後ろにいる2人と一緒に昼食を摂りに来たようだ。
「なあ」
「…………」
マグニールは、俺の声に全く気付かない。
どうやら見惚れているようだ。すでにナンパで100連敗しているようだが、彼女には声をかけていなかったのだろうか?
(あそこは……)
いや、今はそんなことはどうでも良いんだ。
彼女が向かっている先は──
「なんだ」
威嚇するような声が食堂に響いた。
声の主は、すすけた茶色の髪に黒い瞳の少年。
俺の"面倒なヤツリスト"に名を刻む貴族の1人であるマルヴィン・ビューロー。
「空いている場所を使わせていただけないかと思いまして」
少女は、笑顔で弾むような声で話すが、一方の少年はすごむような声で返す。
「失せろ。ここは、アールロセットの席だ」
少年が座る席には、彼以外にも4人いるが誰も少年を止めようとはしない。
彼らは、アールロセットという集団で、いずれも権力者の子どもだ。
そんなテンプレ設定を行く彼らを”テンプレセット”と、俺は呼んでいる。
「ですが、席は空いて……」
「失せろと言っている」
やっぱり面倒なヤツらだ。
たかが席で、そこまで怒るとは。これもゆとり教育の──この世界にゆとり教育なんてなかったか。
「他に席は空いていませんから、席の端でも良いので使わせて下さい」
なおも食い下がる少女。
アールロセットが勝手に権利を主張しているだけで、彼らの権力が面倒で誰も文句を言わないだけだ。
このことを考えれば、彼女の言葉を本来は否定できないのだが。
(少しマズイ状況だな)
突如、机を強くたたく音が響く。
他のメンバーからも、冷たい空気が少女に向かっている。
「くどいぞ! 俺らと食事を共にしようなどと、身の程を知れ!」
「そんな言い方はないんじゃありませんか!」
面倒なことになってきた。
”他のヤツは自分たちに尽くすのが当たり前”などと考えているようなヤツらだ。
少女の言葉が通るハズもないだろう。
(助ける準備でもするか)
少女から離れた場所で、顔を青褪めている友人は役に立ちそうもない。
とりあえず、俺は準備だけをして、手の早い貴族様が解決するのを期待するとしよう。
「その辺で止めません?」
「なんだお前は」
「失礼。俺はマグニールと言います。以後、お見しりおきを」
キザったらしい挨拶をするマグニール。
隣の少女を助けようとしているのか、助けたのを口実に迫ろうとしているのか定かではない。
「侮辱されたまま引き下がれと?」
「この子は気が強そうですからね。なにを言っても時間を無駄にするうえに、気分を悪くされるだけでしょう。俺から言っておきますよ」
「お前の言うとおりだろうな」
「それでは失礼します」
ちょうど背中になってマグニールの表情は見えないが、見事な営業スマイルを作っていることだろう。
さすが腐っても貴族だな。
「誰が戻って良いと言った」
「なにか?」
「確かにお前の言うとおりだが……気に食わん」
「何をお望みで?」
マルヴィンの言葉を聞いたマグニールの雰囲気が変わった。
警戒心──いや、怒りだな。
ここから彼の顔を見ることはできない。
だが、営業スマイルを顔に貼りつけたまま、内心ではマルヴィンに怒っているかもしれない。
「お前は……ラセルナ家の長男だったな」
そう言うとマルヴィンは口元を歪め、イラっとする笑みを見せた。
「マグニール・ラセルナとして、謝罪をしてもらおう」
「はて? なぜあなたの昼食を邪魔した者をどけようとした私が、あなたに謝罪しなければならないのでしょうか?」
「その女はお前の友人か情を持つ相手ではないのか? だからこそ、俺に他人だと勘違いさせて助けようとした。違うか?」
「彼女を見かけたのは、今日が初めてですよ」
「では、赤の他人ということだ。お前には助ける義理などないハズ。ソイツは置いて行け」
無茶を言うヤツだ。
家名を出して謝罪するということは、その家が相手の家に謝罪するということになる。そんなことをすれば、個人同士の問題で収まらなくなり、家同士の問題に発展しかねない。
貴族というのは面倒だ──と、そろそろ昼休みが終わるな。
「そんなことをしたら、あなたの気分を害するだけですよ」
「やむをえないだろう。雑用でもさせて、身の程を教えてやれば他のヤツらへの見せしめになる。先のことを考えれば、少し気分が悪くさせられる程度のことには、目を瞑るさ」
「雑用とは、具体的に何をさせるつもりで?」
「そうだな~。ソイツの身内に年頃の女がいれEeeっ!」
「?」
突如、奇声を上げたマルヴィン。
その声を聞きいても、周りの連中はなにが起こったのか分からなかったのだろう。
黙々と食事をしていた他のアールロセットたちも、奇声に驚き彼を見上げている。
「ソイツhyuッッ!」
再び上げた奇声。
(まだ話を続ける気か。今度は、もう少し冷やすとしよう)
怪訝な表情で、天井を見るもなにも見当たらない。
「ソイツの身内にとしごhooっ!」
今度は、少し冷たい水滴を落してやったが、一向に話すのをやめようとしない。本当に貴族というのは面倒だ。
「…………」
マルヴィンは、頭上を見上げるが、やはり何もない。
「いいかHyaaa!」
これまで以上に冷やした水滴を、彼の上に落としてみると、これまで以上に大きな反応が返ってきた──少し嬉しい。
(いわゆる、会心の一撃というヤツだな)
学校内では、一部を除き魔法の使用を妨害する結界が貼られている。
このため障壁すら貼るのが難しく、マルヴィンは障壁すら貼れない。
しかし俺は魔法を扱う能力が高いから、魔法を問題なく使える。
この点を利用して先程から──
マスター ウォーターを使う→壁に沿わせて天井に水滴を移動させる→マルヴィンの頭上から水滴をおとす→うなじまで水滴を操作する→無防備なマルヴィンは悶絶
この動作を先程から繰り返している。
これだけ人数がいれば、俺を特定するのは難しいだろうからな。
犯人が俺であることを特定出来るほどのヤツがいたら、勇者ギルドに勧誘したいほどだ。
「体調が悪いようですが、大丈夫ですか」
「うるさい! もういい、行け!」
こうして話はウヤムヤになった。
マルヴィンの中で、マグニールの印象が多少ではあるが、悪くなったことだろう。
しかし、放置していた場合を考えれば、良い結果ではないだろうか?
*
先程の少女たちは、俺たちと一緒の席で食事を摂ることになった。
「ありがとうございました」
「いや、貴族として当たり前のことをしたまでさ」
マグニールは、歯を輝かせんばかりの笑顔だ。
目ざわりというか、面倒というか、ウザイというか。
「俺はマグニール・ラセルナで、親は貴族をやっている。こっちはクレス・なんとか。君たちの名前を聞いてもいいかな?」
俺を適当に紹介しやがった。
しかも、クレスというのは愛称で、俺の本名はクレストだぞ。
「ナントカさん?」
「クレスト・ハーヴェスだ」
少女の一人が、適当な紹介に疑問を持ってくれてよかった。
おかげで適当な紹介を修正することができる。
「私はベリンダ・フォイルナーと言います。この子がマリーナ・ライコフ。こちらがアーネ・ブリュアンです」
どうやらマグニールが助けた少女が、3人のリーダー的な立場のようだ。
「あの……」
「なんだい?」
マリーナが、弱々しい声で何かを言おうとすると、マグニールはすごく優しく、かつ甘ったらしく身を乗り出しながら声をかけた。
一言にまとめると、すごく気持ちが悪い仕草だ。
「クレストさんも、貴族の方でしょうか?」
「……父さんは貴族の次男だったが、俺は貴族じゃない」
マグニールが、ものすごく悲しそうな顔で俺を見た。
自分に興味を持たれなかったからって、そんな悲しい顔をするな。何もしていないのに罪悪感を感じるだろ。
「お顔がすごくおキレイですから、てっきり貴族の方だと」
「コレが?」
俺をコレ呼ばわりか。
自分が興味を持たれずに、俺が注目されたことへの仕返しのつもりか?
しっかりと覚えておくからな、マグニール。
「ええ、すごく」
父さんも母さんも顔面偏差値が高かったのに、生まれて11年目にして始めて顔を褒められた。
(今日は記念日にしよう)
そう、顔面記念日に──やっぱりやめておこう。冷静になったとき、この発想の恥ずかしさに悶える自信がある。
「でも……」
「うん……」
うん? なぜか、他の女子2人が苦い顔をしている。
何らかの想いを2人で共有しながら、俺をチラチラみている。
「…………」
「なんだ?」
マグニールは、俺の顔をジッと見た。
そしておもむろに口を開くと──
「……台無しだな」
台無しだと?
どのような過程を通って、その結論に行きついたんだ。
「「「…………」」」
女子三人は何も言わないが、目が語っている
”確かに台無しね”と──。
「なあ……。いや」
台無しとは何を指しているのか訊ねようとした。
だが、臆病な俺は言葉を飲み込んでしまう。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
それからしばらく、沈黙の時間が続く。
俺らの席を包む静寂は、周囲からは聞こえる会話がハッキリと聞こえるほどだった。
「悪い」
「いや、いいんだ」
マグニールは謝罪した。
彼は、自分よりも身分が高い貴族に対しても謝罪をしなかったのに──。
この沈黙は、彼の心に濃い影を落としているのかもしれない。
「俺は、そろそろ教室に戻るよ」
そう言って、俺は弁当箱を片づけた。
早めにこの場所から逃げたいという思いのせいだろうか? 箸入れに箸を片づけるときに、カチャカチャと必要以上の音が響く。
どうやら気が逸り、焦りが手に出たようだ。
「じゃあ、お先に」
「ああ」
俺は、感情を表情にださないように隠し通せていただろうか?
このマグニールとのやり取りでは、隠し通せた自信はある。
しかし、少女たちとの会話では隠し通せたか分からない。
「あの……ごめんなさい」
「すみません」
「ごめんなさい」
席を立とうとした俺に対し、一斉に投げかけられた謝罪の言葉に、思わず涙腺が緩くなった。
「気にしなくていいよ」
俺は笑顔で、この言葉をいえただろうか?
このとき、早くこの場を立ち去りたいという想いしかなかった俺は、自分の表情を気にする余裕などなかった。
マグニールよ。
俺は、お前が真実の愛に気付いたら手を貸してやるつもりでいた。
だが今は違う。
お前が真実の愛を知ったのなら、こう言ってやろう。
”もげろ”と──。




