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俺は友を待った 『嫌よ嫌よも好きのうち』

 今、教室にて魔法学の授業中だ。


 基本的に騎士学校では、別の教室へと移動して数クラスで一緒に授業を受ける。

 知識を伝えるだけなら、何人に同時に教えようが変わらないからな。

 もちろん質問などは、後から受け付けてくれているから問題はない。

 

「イリアさん、水魔法をお願いします」

「はい」


 今は、魔法についての授業だ。

 イリアが、教室の前に呼ばれて魔法を披露することになった。


 彼女が指先に魔力を集める。

 すると手で包めるほどある大きさの水が指先に現れた。


 無詠唱で魔法を発動させたためだろうか?

 周囲からは”おおぉ”と、教室中から驚きの声が上がった。


(さすがイリア様……か)


 女子からイリアを称賛する声も聞こえた。

 一部の声には、熱がこもりすぎていたような気が──。


(本当に、イリアの派閥は存在しないのだろうか?)


 などと疑問がよぎった。

 だが、派閥が存在したらイリアを遠くの人間に感じそうなので、この考えは封印することにする。


「ありがとうございました。戻って良いですよ」

「はい」


 教師にそう言われて、自分の席へと返るイリア。

 まあ彼女の席は俺の隣なのだが。


「お疲れ」


 とりあえず労ってみると微笑みで応えてくれた。

 そんなやりとりをしていると、何者かの嫉妬と殺気が入り混じった視線が──。

 

(この殺気には慣れないな)


 戦場での殺気は慣れている。

 今では心地よいほど、とは言わないが怯むことなどない。

 だが、日常で感じる殺気には、いまいち慣れることができないのは仕方のないことだろう。


「魔法というのは、魔力を練る、術式を刻む、発動させるの三段階で使うことができます」

「…………」


 教師の話を誰もが真剣に聞いている。

 今のところ学級崩壊とは無縁のようだ。


 もっとも、魔法や剣が当たり前にこの世界にはあるからな。

 教師の戦闘力が、地球よりもはるかに高い。


 騒げば魔法の1つくらい飛んでくるだろうから、生徒は学級崩壊させるのも相当な覚悟が必要なはずだ。


「先ほどイリアさんが行ったような無詠唱による魔法は、術式を刻む段階をイメージだけで行うことで可能となります。初級魔法は威力が弱いことから、牽制などに使われます。このため一般的に無詠唱で行えてこそ実戦レベルだとされていますので、みなさんは無詠唱での初級魔法の行使が最初の目標となります」


 授業はなにごともなく進み、授業は終了した。


 *


 授業が一通り終わると、5人ほどの幼女が集まってきた────ラゼルの周りに。


「モテるわね」

「ああ」


 カティアとマグニールが話している。

 マグニールは、すごく羨ましそうだ。


(すごいな)


 金髪、黒髪、赤髪と、幼女たちがラゼルの周りに集まっている。

 そのせいだろうか? 爽やかイケ面度が、いつもの2割増しになっているように感じる。


「ノータッチの尊い精神を忘れねば良いのだがな」

「それはロリ……」


 俺がラゼルを囲む幼女たちに尊い精神を求めていると、どこからともなく声が聞こえた。


 だが、誰が言ったかまでは分からない。

 俺の耳がおかしくなったのでないのなら、この世界に”ロリノータッチ”の尊い精神が存在するということなのか?


「最近、ファンクラブの設立が計画されているそうですよ……」

「そうか……」


 イリアの言うファンクラブが、ラゼルの身を守ってくれることを祈るばかりだ。全ての幼女が、ノータッチの精神を持っているとは限らないからな。


 だが考えてみると、ラゼルを勇者ギルドに引き込むの利益は、俺が思っている以上に大きいのかもしれない。


 ファンクラブが出来るということは、それだけラゼルを気にするヤツが多いということだ。これは、勇者として活躍したときの宣伝効果が大きいということでもある。


「……伝えておくか」

「なにか?」

「いや、なんでもない」


 ケット・シーの長老ミハエルに、ラゼルのことを伝えようと考えていると、思わず心の声がこぼれてしまった。


 俺が騎士学校に入ったのには、いくつか理由がある。

 もちろん常識を知る、学歴に箔をつけるなどの通常の学生生活を送るのも目的の一つだ。


 だが、それ以上に勇者ギルドに勧誘したい人材を探すという目的もある。

 むしろ、人材探しの方が優先順位は高い。


「あっ」

「うん?」


 俺が崇高な使命に想いを馳せていると、カティアが間の抜けた声を出した。

 その声が気になり、彼女が向ける視線の先を見ると──


「よお、ラゼル」

「マグニール……だったか?」

「今さら何言ってんだよ。親友の俺に」

「し、親友?」


 そこには幼女をかき分け、ラゼルへと接近したマグニールがいた。


「ラゼルを助けようと……したわけじゃなさそうだな」

「……はい」


 俺の横でイリアが頷いた。

 

「必死ね」

「……はい」


 カティアの言葉にも同じように頷くイリア。

 

「友好を深めるためにも、カフェにでも行かないか……もちろん君たちも」


 マグニールのヤツ、ラゼルに取り入って女子との接点を持とうとしているな。


 そんなマグニールの行為にラゼルは困っいるようだ。

 だが、その表情を見た女子が萌えて、更にラゼルが困るという悪循環が出来上がっている。


「止めなくていいの?」

「俺に出来ることがあると?」


 どう考えても俺に出来ることなどない。

 

「確かにあなたが行ったら、余計に騒ぎが大きくなりそうよね」

「さすがに、あの場でバカはやらないぞ」

「言いきれる?」

「……少しなら」


 ラゼル目当ての女子と共に教室を後にするマグニール。

 さほど関心を持たれていないのか、彼が女子に話しかけてもすぐに話は途切れる。


 それでも、なお一生懸命に話し掛け──。

 

「今日は持ち合わせが少なくて」

「当然、俺のおごりだ」

「本当ですか! ラゼル様、一緒に行きましょう」

「えっ」

「ダメ?」

「……いや、ラゼルは親友だからな。一緒に行こうぜ」


 女子の一人が、甘えたような声でマグニールを誘導した。 

 末恐ろしい幼女だ──。


「幼馴染として恥ずかしいわ」


 カティアは、マグニールを眺めながらボソッと呟いた。


(俺もヤツとの付き合い方を改めねばらなないかもしれんな)


 ヤツは、色々とダメだと思う。

 人間としてというよりも、男として──。


 多分ヤツは俺とは違う方向性を持ったバカだ。

 

 気をつけねば俺のバカだ暴走する。

 そう、俺が シルヴィアバカと関わる時のように。


「アイツを受け入れられるのは、お前しかいない。引き取ってやれ」

「無理!」

「断言したな」

「あの齢で、ナンパしまくっているのよ。将来どうなるか……」


 確かカティアとマグニールは、昔からの知り合いだったな。

 だからこそ、ヤツのことを俺以上に理解しているのだろう。

 

「嫌よ嫌よも好きのうち……」

「それは、どのような意味の言葉ですか?」


 この世界には、この言葉はなかったか。

 俺も本だかで見たことがあるだけなのだが。


「本当に嫌いなら関わりたいとも思わない。だから嫌いと言うのなら、それは好きに転じる可能性があるという……」

「うわっ、鳥肌が!」


 俺がデタラメな説明をしていると、カティアが体をぶるっと震わせた。

 生理的にマグニールとくっつくのは無理だと、体が主張しているのかもしれない。


「……それは、シルヴィアとクレスが」

「スマン! それ以上は言わないでくれ」


 不機嫌そうにイリアが口にした言葉で、俺がカティアにどれ程酷いことをしたか理解出来た。


「カティア、本当にスマン。俺はお前の人格を無視して、外道な行為をしてしまった」

「そこまでの事じゃないけど……」


 本気で謝る俺に、カティアは困惑している。

 土下座ぐらいならやっても構わないのだが──やめておいた方が良さそうだ。

 

「本当にシルヴィアとクレスは……」

「絶対にない! だから、それは絶対に無いし、もう言わないでくれ」

「……そうですか?」


 納得していないようだが、イリアは引きさがってくれた。

 これ以上、俺とシルヴィアがとか言われたらメンタル的にヤバい。


「ほら、出ていくわよ」


 カティアは気を効かせてくれたのだろう。

 イリアとの話が終了して俺のメンタルは守られた。


「情けないわね」

「ああ」


 マグニールは、ラゼルを囲んで出ていく幼女たちの後ろを歩いていた。

 教室のドアを出ていく彼の背中には、10歳の少年が背負うハズがないほどの哀愁が漂っている。

 

「悲しい背中だな」

「ええ……」


 入学して数日でできた、ラゼルのハーレム?


 その後を着いていったマグニール。

 彼の背中は俺の胸に、何とも言えない悲しさを残した。


「俺、あいつが真の愛を見つけたら手を貸してやりたいって感じている」

「私からもお願いするわ」


 カティアは、俺と同じものを感じていたのだろう。

 マグニールが出ていったドアを、俺と同じように眺めながら言った。


「一生懸命だったよな」

「はい……ですが」


 イリアもまた同じ方向を見ている。

 彼の姿を見て何かを感じたのだろう。

 自分の想いを口にし始めた。


「これまで私は、一生懸命であることは、それだけで素晴らしいことだと思っていました」

「そうだな」


 イリアはいつだって一生懸命だったよな。

 決して手を抜かず、剣も魔法も学んできた。

 そんなイリアが言う、一生懸命なヤツへの言葉は重さがある。


「ですが、憐みを感じる一生懸命さというものが存在したのですね」

「そうだな」

「ええ」


 このとき俺たち3人は、同じ少年を思い浮かべていたことだろう。


 イリアが思い浮かべる少年は笑顔だっただろうか?

 カティアが思う少年に元気はあっただろうか?

 少なくとも俺が思い浮かべた少年は──。


 何とも言えない想いを感じながら、俺たちは帰り支度を始めた。


 ………

 ……

 …


「少し待つか」

「はい」


 放課後となり、俺たちは集まっていた。

 当然、世界樹の森に向かうためにだ。


「ラゼルのヤツ、お持ち帰りされないだろうな」

「お持ち帰りって?」

「……忘れてくれ」


 コーネリアに変な知識を植え付ける所だった。

 まだ純粋な少女でいて欲しいからな。

 少し手遅れな気もするが、俺の脳内ではまだ純粋なままだ。


「クレス、お茶ちょうだい」

「紅茶でいいか?」


 シルヴィアは、コタツ(テーブルに布団をかけただけ)に入って寝っ転がっている。

 姿勢を変えるたびに胸の形が変わるので、目のやり場に困る。

 しかし指摘してやる気はない──俺も男だからな。


「食う物は必要か?」


 俺たちがいるのは、転移方陣を設置した家の畳み部屋だ。

 ちなみに学校にもこの家から通っている。


 コーネリアを一人にするのは心配だった。

 だが、自称メイドのリーリアがコーネリアと一緒にいてくれるからことになったから安心している。


 リーリアと一緒にいれば、シルヴィアに変なことを妹が教え込まれることもないだろう。

 なにせ──


『げっ、リーリア』

『ずいぶんなご挨拶ですね。シルヴィア様』


 などと、変なやり取りがあったほどの関係だからだ。

 何故シルヴィアが、リーリアに嫌な顔をしたのかは分からなかった。


 シルヴィアに聞いても、リーリアを思い出すのか何も言わずに黙ってしまうからだ。


 その様子を見て、俺は聞くのをやめた。

 食事に盛り放題の立場にいる者を、敵に回すほど俺はバカではない。


「持って来たぞ」

「うん? ……ありがとう」


 シルヴィアのヤツ、少し寝てやがったな。

 口元にヨダレの跡がついている。


「これは?」


 俺が持って来た紅茶を配っていると、茶菓子の柏餅に気付いたようだ。

 もちろん喰い意地の張ったシルヴィアが。


「柏餅というお菓子で、スメラギ領で買った」

「初めて見るわね」

「中に入っている餡子あんこは知っているか?」

「ええ、餡子は豆を潰して作るって聞いたことがある」

 

 などと話を続けながら、柏餅がドンドンなくなっていく。

 1ヶ月ほどアイテムBOXに放置したままだったからな。

 在庫の処分が出来てちょうど良かった。


「おかわりはいるか?」

「いつも金欠なのに、羽振りがいいわね」

「最近はモンスター退治で稼いでいるからな」


 最近はモンスター退治をしているため、かねには余裕がある。

 俺の実力なら、油断さえしなければ大概のモンスターには勝てるからな。

 ましてや、目立ち過ぎないように、程ほどの強さを相手にしているから問題なく仕事をこなしている。


 問題があるとすれば、クレア(性別:女性)として活動することに慣れてきてしまったことぐらいだろうか?


「ラゼルか?」


 玄関でチャイムが鳴った。

 こいつは魔導具で、俺の作品でこの家以外には存在しない。

 よって使い方を知っているヤツは限られているので、チャイムを使う人間は限定されるんだ。


「少し行ってくる」


 俺は、そう言い残し玄関へと向かった。

 

 *


「ラゼルか?」


 玄関に行くと俺は、ドアの向こうに声をかけてみた。

 日本よりも治安が悪いからな。

 俺とて警戒はする。


「…………ああ」


 返ってきたのは小さな声。

 声が小さくて聞き取りづらかったが、ラゼルっぽい声だ──念のため魔力を探ってみた。


(やはりラゼルみたいだな)


 だが、様子がおかしい。

 万が一を考えた方が良いかもしれない。


 警戒しながらドアノブの鍵を外す。

 そして音を立てないように慎重にドアノブを掴み──一気にドアを開いた。


「…………」


 本当にラゼルだった。

 しかし様子がおかしい。

 目の焦点は合わず、生気を感じない。

 

「何かあったのか?」

「…………」

「おいっ!」


 俺と目が合うと、ラゼルは力尽きたかのように倒れてくる。

 だが、ラゼルが床へと倒れるのは、支えることに成功したので何とか防げた。


「……」


 呼びかけても何も言わないラゼル。

 何かあったのかと、彼の体を見ても怪我は見当たらない。


「ラゼルっ!」

「……」


 再び呼びかけるも、なにも返ってこなかった。

 やけに衰弱しているようだが、何かあったのだろうか?

 そして三度目の呼びかけを試みると──


「おいっ!」

「……女子……疲れた」


 グッタリとしたラゼルは、俺の胸の中でそう呟いた。

 どうやら何らかの事情で、多分カフェに行って女子に話しかけられ続けたからだろう。


(そう言えば、異性への免疫ってほとんどなかったよな)


 爽やかイケ面幼児であるラゼル。

 彼の周囲で異性といえば、イリアとコーネリアぐらいだ。

 そのことを考えると、異性としてラゼルに接する相手との付き合いなどないハズ。


(最近は、女子に囲まれてばかりだったからな)


 学校に入ってからラゼルは、女子に囲まれることが増えた。

 もちろん囲むのは、彼を異性として見ている女子だ。


 普段なら、俺が声をかけて逃げる手伝いをしている。

 しかし、今日はマグニールにカフェへと連れて行かれた。


 カフェにいるあいだ、ずっと女子に気を使い続けて、精神的に疲れてしまったのかもしれない。


「移動するぞ」

「…………」


 どうやら親友ともは、夢の世界に旅だったようだ。


 まあ、今日は助けてやることが出来なかったからな。

 せめてもの罪滅ぼしだ。ラゼルお気に入りの畳み部屋まで運んでやろう。


「くっ、重いな」


 なんとか抱きかかえようとするが、わりと思い。

 チートを使ってもよいが、下手をするとラゼルの骨を折りかねないからな。

 どうするか迷うところだ。


「ク、クレス?!」

「うん? ああ、ラゼルは疲れているだけだ」

「そうですか」


 イリアは顔を赤くして俯いてしまった。


「どうし……」


 ”どうしてたんだ”とイリアに訊ねようとした。

 だが、彼の横にいるシルヴィアとコーネリアが目に入ったら、言葉が途切れてしまった。


 あまりにも、2人の視線が不愉快すぎてな──。


「なんで、そんなに嬉しそうなんだ?」

「何でもないから」

「それよりもラゼル君が大変みたいだから、もう少し抱えていてあげたら?」

「うん! もう少しだけね」


 シルヴィアとコーネリアが、このままラゼルを抱えているように言ってきた。

  

「無理だ。けっこう重い」

「がんばってラゼルを支えてあげて!」

「無茶を言うな!」


 コーネリアは、変な応援をしてくれているが、期待に応えられそうもない。

 それに幼児とはいえ、ラゼルは男だ。俺とて男と抱き合ったままというのはチョットな。


「セレグ、見てないで手を貸せ」

「は、はい」

「「チッ」」


 セレグは、シルヴィアとコーネリアの勢いに、ドン引きをしていたのだろう。

 俺が声をかけると、彼のフリーズが解けて、やっと行動を開始した。


(シルヴィアとコーネリアは舌打ちをしたような気がしたが……気のせいだよな)


 俺はラゼルを運ぶという常識的な行動していない。

 褒められることはあっても、舌打ちなどされるハズがない。

 きっと舌打ちは気のせいなのだろう。


「…………」


 シルヴィアとコーネリアを見たが、笑みを返してくるだけだ。

 やはり舌打ちは気のせいなのかもしれない。


(俺も心が疲れているのかもな)


 抱きかかえたラゼルを見ながら、慣れない学校生活を思い浮かべた。


 俺がラゼルを見ている間、2人から変な視線を感じたのも気のせいなのだろう。

 イリアも、チラチラとこちらを見ていたような気がしたが、それも気のせいなのだろう。


 彼女たちの視線を感じた俺は、なぜか不愉快な思いを消すことはできなかった。

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