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俺は手紙を渡した 『ラブレターか?』

 秘書の女性に案内され、俺は大きな扉の前にいる。

 扉は、細かな細工が施されており、芸術作品と呼ぶにふさわしい程だ──などと脳内で知性派ぶってみたが、虚しいだけだった。


「お連れしました」

「入れ」


 扉の先から聞こえたのは少女の声。

 この声を合図に俺を案内していた女性が扉を開ける。


「どうぞ」


 女性に促されるまま、部屋に足を踏み入れる。

 部屋に敷かれた赤い絨毯は、足が沈みこむほどに厚い。

 この厚みは、いかにもな権力者ごようたしな絨毯と言えるだろう。


 今回、騎士学校の校長であるイザベラと面会する。

 当然のことだが、悪さをして呼び出されたわけではない。


 本心を言えば、イザベラとの接触は避けたかった。


 しかし、面倒事を後回しにすると、事が大きくなって大変な思いをするものだからな。早めに手は打っておいた方が良いだろうと考えたんだ。


「失礼します」


 俺は秘書に続く形で、室内に入る。

 部屋に入って真っ先に、俺の目へと入ってきたのは大きな机だ。

 木で作られた重厚なその机に片肘をつき、俺を見る少女がいた。


(やっぱりロリだな……いや、コイツの場合はロリババアというカテゴリーか)


 彼女は、俺に人を見透かすような目を向けらている。

 このような目を向けられれば、誰もが居心地の悪い思いをすることだろう。


 だが俺には意味のないことだ。

 なぜなら──


(イザベラよ。見透かされて困るようなことが一切ない純粋無垢な俺に、そんな目を向けても無駄だぞ)


 などと、無意味な自信に酔っていたら、イザベラが口を開いた。


「ふむ、来たか。……そこでは話しづらいからのう、もっと近くに寄れ」

「はい」


 言われるがまま。イザベラがいる机に近づく。

 間近で見る、重厚な机の向こう側にチョコンと座っているロリの姿。

 その姿に、俺は途方もない違和感を感じる。


 もちろん重厚な造りの机とロリのコラボだけが、違和感の原因ではない。

 彼女の顔に満ち溢れている自信というか、不敵さというか──その体格と表情のアンバランスさのせいで、違和感がいっそう際立っているんだ。


「クレストと言ったか。確か、クレスと呼ばれておるそうじゃのう。ワシもクレスと呼ばせてもらっても良いか?」

「はい。クレスでお願いします」


 どうやら、俺を調べていたことを隠す気はないらしい。

 それに、俺が違和感を抱いていることに気付いていないのだろうか?

 彼女は、話をどんどん進めていく。


「ワシに渡す者があると聞いたが……ワシをモノにしたければ、金がかかるぞ」

「いえ、そのような気持ちは一片たりともありません」

「ツマらんやつじゃ……」


 なぜかイザベラは、心底ガッカリしている。

 かつて仲間だったとはいえ、130年ぶりの会話だ。

 キャラを掴めていないから、イザベラをどう扱ってよいか迷ってしまう。


「お渡しするのは、こちらです」

「ラブレターか?」

「いえ、私の師からの手紙です」

「ふむ」


 俺が封筒を差し出すと、イザベラは受け取った。

 そして光に透かすなどして中を見ようとしている。

 一体、何をしたいのだろうか?


(仕草の一つ一つが、子どもじみている気がするのだが)


 彼女を見ていると、体格のせいか、仕草の一つ一つが子どもじみて見える。

 なんというか、彼女が行動するたびに”チョコチョコ”とか、変な擬音が聞こえてきそうな感じだ。


(色々と残念なヤツになったな……)


 昔は、もっと大人の落ち着いた雰囲気だったのだがな──そんな彼女が130年経ったら、背が縮んでロリになっていたことを考えると感慨深い。


 まあ、俺も縮んでいるわけだが。


「そうじゃ! あと魔法ギルドカードを持っていたら書き換えてやろう」

「?」

「……お主、忘れとるな」


 なぜイザベラは、とつぜん魔法ギルドカードの話など持ち出したのだろう?

 さっぱり分からん。


「お主がワシを尋ねてくるように、わざわざ細工をしたのだがのう……」


 元気なく呟くイザベラの声には、疲れが滲みでていた。

 このとき初めて、ロリになった彼女から老いというものを感じたんだ。

 ロリの苦労に涙が出そうになる。


「ワシが感じとる疲れは、お主が原因じゃからの!」

「……はい」

 

 睨まれた。

 俺の目に、彼女へ向けた憐みの涙が光ったからだろうか?


 見た目が9歳ほどの銀髪ロリ少女? に睨まれることをご褒美だというヤツもいるかもしれない。だが、イザベラの中身を知っている俺にとってがご褒美──と、思うのはちょっとだけだ。


「まあよい、封筒の中身を見させてもらうぞ」

「はい」


 そう言うとイザベラは、ペーパーナイフをアイテムBOXから取り出し、手紙を読み始めたと、思ったらすぐに机に手紙を置いた。


(読むのが早いな)


 封筒には、手紙が二通入っていたようなので数秒で目を通したイザベラは、読むのが早いと言えるだろう。

 シルヴィアの字が汚すぎて読めなかった可能性も考えられるが──。


「じっくり、お主の正体を暴いてやろうと楽しみにしていたのじゃが……残念じゃよスバル」


 不敵な笑みを浮かべるイザベラ。

 その表情には邪心が満ち溢れており、俺の学生生活が心配になるほどだ。

 だが、今はそんなことを気にしている余裕などない。

 なぜなら──


(なんで、俺の正体がバレているんだ!?)


 なぜか、俺の正体がバレてしまった。

 シルヴィアの弟子で、この場は押し通そうと思っていたのに関わらず。

 

「なんじゃ、何が書いてあるのか知らんかったのか?」

「いや、そんなことはない……のですが」


 俺は嫌な汗をかきながら、なぜ正体がバレたのか考えた。

 焦って、いつも以上に思考が空回りする俺の脳は、数分経ってから、やっと原因を見つけ出した。


 ~クレスが入学する三日前~


 この手紙を渡されたのは、俺が入学する三日前だ。

 あの時は、毎度おなじみ世界樹の森にいた。


「これを渡しておくわ」

「果たし状か?」

「…………」

「すまん」

 

 シルヴィアに二通の封筒を渡され、冗談を言ったら睨まれた。

 フッ、余裕のない大人はみっともないな。


「今、私の悪口を心の中で言ったでしょ」

「……シルヴィアお姉さまは、今日も美人だな~と思っただけだ」

「へ~」


 俺の白々しい嘘のせいで、シルヴィアの中で、俺が悪口を心の中で言ったことを確信してしまったたようだ。

 俺が彼女の視線に寒気を感じているのは、気のせいではないだろう。


「まあ、今回は見逃しておくわ」

「……」


 余計なことを言えば、くすぶり火となった彼女の怒りに油をぶっかけることになりかねない。


 ──ここは黙っていよう。


「その封筒は、片方をイザベラに渡して」

「なんでだ?」


 突如として変なことを言いだす、馬鹿エル──美しいシルヴィアお姉さま。

 どのような深遠な配慮が隠れているのだろうか?

 俺のような矮小な存在には、理解の及ばないことだ。


(顔に出やすいと俺は評判だからな。これで、ごまかせただろうか?)


 恐る恐るシルヴィアの方を見ると、笑みを浮かべている。

 まあ、執行猶予がつく程度にはごまかせたようだ。


「で、なんで手紙を渡すんだ?」

「白い封筒は、あなたを私の弟子として紹介する手紙が入っていて、青い封筒には、あなたがスバルだと伝える手紙が入っているわ」


 封筒を渡すという前提で話が進んでいる。

 できれば厄介事は避けたいのだが。


「どちらも渡さないという選択肢は……」

「彼女はあなたの正体を探るでしょうからね。学校に言っている間に、必ずばれると思うから、早めに正体を伝えることをお勧めするわ。あなたの手で手紙を渡せば、信用の面で違ってくるでしょうから」


 なるほど──自首した方が罪は軽くなるのと同じ原理か。


「なら、白い封筒は何のためだ」

「私の弟子だと思われていれば、少しぐらい優秀に思われても不信感は持たれないはずよ。だからスバルだと思われるのを多少は遅らせることができると思うわ」

「ふむ……」


 さりげなく、自分は人を育てるのが上手だと言っているな。

 なんと言うか、シルヴィアらしい。


「ふふ」

「…………(この笑顔は、俺が悪口を心の中で言ったことに気付いた時のものだ!)」

 

 シルヴィアお姉さまなら、優秀な弟子ぐらいいくらでもいるよな。

 それなら問題ない──って、なぜ俺は心の中でまでシルヴィアにゴマをすらねばならんのだ!


 俺はようやく、心の中でまでシルヴィアのご機嫌取りをしなくても良いことに気付いた。


「イザベラにあなたと面会する日を入れるように言っておくから、その時までに、どちらを渡すか考えておきなさい」

「ああ」


 俺は、二通の封筒を眺めながら答えた。

 シルヴィアも、俺を気遣ってくれているんだな。

 少し感動した。


「その手紙が入学祝い代わりだから」


 シルヴィアよ──入学祝い金をケチりやがったな。


 ~イザベラとの面会に戻る~


(……渡す封筒を間違えたか)


 俺は、弟子だと伝える手紙が入った封筒をイザベラに渡したつもりだったが、イザベラが手にしているのは青い封筒。

 すなわち、俺がスバルだと伝える手紙が入っていた封筒だ。


「まあ、なんじゃ。お主が何をしたかは分からんが、昔と同様のバカな失敗をしたのは分かる。元気を出せ」

「……はい」


 俺は遠い目をしていたのだろうか?

 イザベラに慰められてしまった。


「お主がスバルだったことを隠したがっているのは、手紙を読んでわかった。ワシも少しは協力してやろう」

「ありがとうございます」


 昔よりもイザベラは、優しくなったのではないか?

 シルヴィアよりも、まともなことを言っている。


「その代わり、お主もワシに協力してもらうぞ」

「辞退させていただきます」


 はっきり断らせてもらった。

 どうやら、イザベラが優しくなったのは俺の勘違いだったようだ。


「何をしてもらうかは、その都度伝えさせてもらおう」

「……辞退させていただきます」

「連絡方法は、使い魔がよいかのう?」


 俺の話を完全に無視してやがる。


「……拒否権はないのでしょうか?」

「ない」

「そうですか」


 ようやく俺の話を聞いたと思ったら、返ってきたのは俺の希望を打ち砕く”ない”という一言だった。

 教育者が、生徒の希望を壊すようなことをしないで欲しい。


「お主の手を煩わせるようなことなど、滅多に起こらんから安心せい」

「可能性が0ではないということですね」

「世の中に絶対などないからのう」

「そうですか」


 もう諦めた。

 せめて、俺の能力がバレない配慮をしてくれることを祈るのみだ。


「ほれ、そろそろ帰らんで良いのか?」

「……それでは失礼させていただきます」


 これ以上話しても、面倒事が押し付けられることに変わりはないだろう。

 俺は話を切り上げて帰ることにした。


「うむ、勉学に励めよ。我が校、期待の星クレス!」

「…………」

「はっはっはっは」


 ドアに向かう俺の背中にかけられた校長のありがたいお言葉。

 ありがたすぎて、学生生活が心配になるほどだ。


「では、失礼します」

「うむ、失礼されたぞ」


 すごく疲れたな。

 俺は何をするでもなく、校長室を出るためにドアへと向かった。

 そしてドアを開いた所で──


「ああ、それと気持ち悪いから、敬語はいらんぞ」

「そういうことは、最初に言ってくれ」


 精神的に色々とゴッソリと削り取られた校長との面会。

 それは、振り返りながら行ったこの会話で終了した。


 ………………

 …………

 ……


 俺が教室に戻ると、カティアに絡まれた。


「なんでイザベラ様と一人で相手に行っているのよ!」

「なんでお前を連れて行かないといけないんだ」


 椅子に座っている俺に、イザベラLOVEなカティアが怒っている。

 今のカティアの気持ちを表すのなら、大好きなタレントのライブにこっそりと行った友人を責める気分だろうか?


「クラスメイトのために、サインぐらいもらって来なさいよ」


 本当にイザベラをタレント扱いしているようだ。

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