俺は入学式を終えた 『仲がいいな』
第二部 騎士学校編開始です。
この第二部から、文章の書き方を、これまでとは変更させて頂きます。
入学式。
大きな体育館という感じの場所に、全校生徒が集まっている。
恐ろしいまでの人数だ。
なんでも、今年の新入生は、300人を超えるらしい。
「え~、我がロザート騎士学校に入学した諸君らには……」
校長であるイザベラが、壇上で話している。
マイクのような魔導具が、彼女の前にあるカウンターの上に置かれている。
見た目が小学生な彼女は、どう見ても背伸びした子どもにしか見えない。
(田舎に住んでいた影響だろうか?)
この人数の中に放り込まれた田舎者は、かなり緊張している。
自意識過剰だと思われるかもしれない。
だが俺に向けられた視線によって、一層緊張が押し上げているんだ。
特に背中へと感じる視線によって──。
(気のせいだ。きっと、気のせいだ)
自分にそう言い聞かせるも、背中への冷たい視線が消えることはない。
しかも俺の背中への視線には、悪意が込められているのが分かる。
視線の主は──マルテ。
(生涯に一度だけかもしれない入学式で、こんな悪意を向けられるとは)
次選合格者の試験で一緒に行動してから、俺に殺意──もとい悪意を向けるマルテ。
彼女は、運悪く俺の後ろの席になってしまった。
そのせいで入学式が行われているあいだ、常に俺の頭が視界に入ることになってしまった。
そのことが気にいらなかったのだろう。
ずっと、俺の背中に冷たい視線を向け続けている。
(変な呪詛を込めていないだろうな)
例えば、俺の後頭部を見ながら『禿げろ、禿げろ、禿げろ』とか、変な呪詛を心の中で呟かれていたら辛い物がある。
などと考えていると、後頭部がもぞもぞしてきた。
彼女の呪詛が原因──ではなく、意識し過ぎたせいだろうか?
それとも本当に──。
いや、今は自意識過剰だと信じよう。
むしろ自意識過剰が原因であってほしい。
「今年の一年は、例年以上に幅広い身分の者達が集まっているが……」
それにしてもイザベラは、いつまで話すつもりなのだろう。
校長のお言葉は、生徒の貧血を招くイヤガラセになりうると、ヤツは知らないのだろうか?
だが、銀色の髪を揺らし一生懸命に話すロリ美少女は、一部のマニアにはご褒美かもしれない。なにせ会場の脇にいる教師の何人かが、生温かい目でイザベラを見ているからな。
(…………)
暇になった俺は、周囲を見回しすると──白髪の獣人幼児を発見した!
(ラゼルは、ブレザーを着ると、キリっとしたイケメン幼児になるんだな)
俺の少し前に座るラゼル。
式が始まる前、会場に来たとき女子がチラチラと彼の方を見ていた。
(やはり、モテるのか……)
俺はこのとき、世の中に顔面格差が存在することを感じた。
とりあえず、顔面エリートである彼に、入学を祝福する言葉でも唱えておいてやろう──心の中で。
(禿げろ、禿げろ、禿げろ)
俺が祝福の言葉を贈ると、ラゼルはビクッと体を震わせた。
元大勇者の呪──祝福は効果てきめんだ。
(効果は40年後に期待だ)
彼の反応に満足した俺は、次の暇潰しを探す。
(おっ、マグニールだ)
金髪をキリっとまとめた10歳児がいる。
彼にも元大勇者から、祝福の言葉を贈っておこう。
(禿げろ、禿げろ、禿げろ)
何の反応もない。
俺の祝福はラゼル限定なのだろうか?
いや、すでに彼の後頭部には、祝福が贈られていたのかもしれない。
遺伝という名の祝福がな──。
(次は……うおっ)
キョロキョロしていた俺が目障りだったのだろうか。
俺が座る椅子の裏側を蹴られた。もちろん犯人はマルテだ。
マルテをこれ以上怒らせると怖いので、暇潰しは終わりにしよう。
「諸君らは、この学校で多くを学ぶだろう。時として挫折をするかもしれない。だが……」
(それにしても変わったな)
昔、130年前のことだが彼女は大人の女性だった。
年齢は怖くて聞けなかったが、多くの男を骨抜きにするほどの美女だったな。
それが130年経ったら、ロリに変貌しているとは──。
ここまで考えた所で、130年前から生きるもう一人の仲間である、カリスを思い出した。
(そう言えば、マルテはカリスの娘だったか)
現在進行形で、俺の後頭部に呪詛を贈っていそうなマルテ。
彼女がカリスの娘であることは、シルヴィアから聞いた。
カリスには、いずれマルテの教育方針を見直すように提案したい。
「我が校の生徒であることを誇りとし、勉学に励んで頂きたい」
どうやら、イザベラの祝辞は終わりのようだ。
(20分は話し続けたな──)
昔のイザベラは、もっと神秘的な雰囲気だったと思ったのだが。
お喋りな本性を隠していたんだな、きっと。
*
それから、更に10分ほど経つと入学式は終了した。
今、俺たちは廊下を歩いて、自分の教室に向かっている。
「同じクラスになりましたね」
「そうだな」
俺は、イリアとラゼルの3人で歩いている。
先ほどから俺たちの方を見るヤツが多くいるが、イリアとラゼルのせいだろう。
2人は顔面偏差値が異常に高いからな。
「同じクラスとして、今年もよろしくな」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「おう」
俺たち3人は、同じクラスになった。
人見知りな俺としては、2人が一緒でよかったと思う。
だが──
「作為的なものを感じるな」
「そうか?」
ラゼルは、作為的だとは感じていないようだ。
しかしイザベラや、騎士学校のスポンサーであるケット・シーと俺は関わり合いがあるからな。
権力者と関わり合いがあるせいで、つい裏から権力者が手を回したのではと疑ってしまう。
「まあ、俺の考えすぎなのだろうが……」
だが、2人と一緒のクラスになれたのはありがたい。
それに深く考える必要もないだろう。
仮に意図的に一緒のクラスにされたとしても、厄介事にはならないハズだ。
さすがに学生である俺に、厄介事を持ち込まないだろうからな。
(嫌な予感がしないわけではないが……気にしないようにしよう)
せっかくの、めでたい入学式だ。
不穏な未来は考えないようにしたい。
………………
…………
……
教室に着いた。
今年入学した生徒は500名以上で、クラスは50人ずつの合計6クラス。
正確には、50人+αで、αの部分は色々な生徒の都合で代わる。
特別な事情のあるヤツが、αの部分に人を入れることになるんだ。
例えば、今年は面倒なことに王族が入った。
ソイツには護衛をつけねば、首が物理的に飛ぶ生徒が出かねない。
それに俺のように、優秀なヤツは特別枠がある。
学校から卒業したとなれば、宣伝になる才覚のあるヤツとか用だ。
今回は、残念ながら俺の実力を見せられなかったせいで、俺は一般学生枠だが──。
「俺の席はここか」
そう言い、俺は椅子を引いて座った。
ラゼルとイリアも荷物を自分の机に置いたが、残念ながら俺の席から離れている。
(そこまで都合よくはいかないか)
クラスが三人とも同じだったので、席も近いことを期待していた。
だが、俺の期待通りというわけにはいかなかったようだ。
「席は離れていましたね」
「残念だな」
「グループで行動する時もあるんだろ?」
「ええ。実技などはグループでよく行動します」
俺の席の周りに集まってきた、ラゼルとイリア。
授業内容について話し始めた。
そう言えば、入学案内についての本みたいな物をもらったな。
俺は、全く目を通していないが。
「その時は一緒に組まないか」
「ええ」
「ああ」
ラゼルの言葉に賛同して気付いたのだが──。
「イリアは大丈夫なのか?」
「何がです」
「普段、一緒に組んでいるヤツとかいるんじゃないか?」
「…………」
俺の言葉を聞くとイリアが目を逸らした。
ひょっとして友達がいないとか。
いや、イリアの性格なら友達がいないハズはない。
(! まさかイジメか)
俺は周囲を見回して気付いた。
女子たちが、こちらを見てヒソヒソと話をしていることに。
「イリア……まさか」
「……」
彼女たちがこちらを見ながら話す言葉。
それを魔法で聴きとっていると分かったんだ。
イジメなんかではなく──
「派閥ができているんじゃあ」
「ち、違います」
「じゃあ、なんでイリア様とか女子が言っているんだよ。しかも麗しいとか……」
「言わないでください!」
イリアは涙目だ。
女子たちから聞こえるのは、イリアへの羨望の声。
しかも、聞こえる声には若干の熱がこもっている。
「これまで、羨望の目が辛かったのか?」
「……はい」
ラゼルの言葉に涙目で頷いている。
そういえばイリアの両親は、貴族らしい貴族だったな。
両親はイリアを家の道具程度にしか思っていない。
しかも勇者候補になるまでは、親に期待などされず小間使い扱いだったからな。
過度な羨望には、慣れていないのかもしれない。
「これからは、一緒にグループを組もうな」
「クレス……」
そう言ってイリアは、俺の手を両手で握った。
よほど追い詰められていたのだろうか?
満面の笑みで──殺気だと!
(周囲から殺気が向けられて……)
どうやらイリアは、愛されているようだ。
俺は、入学早々に敵を作ったかもしれんが。
主にイリア信者という敵を──。
「よお……また別の女とイチャついているのか!」
「はっ?」
「えっ? ……そ、そのようなことはありません!」
俺たちの手を確認すると、イリアは大慌てで俺の手を離した。
よほど勘違いされるのが嫌だったのだろうか?
わりとショックだ。
「お前って、女にモテ………………忘れてくれ」
「人の顔をじっくりみてから話を打ち切るな!」
女性にモテるとか、そういう話してから、俺の顔を見て”忘れてくれ”って──そういうことだよな?
「こちらの方は?」
イリアは見たことがないようだ。
貴族だから社交界なんかで──いや、年齢的に社交界レビューはまだなのか?
俺は社交界のことなど知らんから分からないが。
「試験のとき、俺の席の後ろに座ったマグニールで、多分貴族だ」
「初めまして美しいお嬢さん。私はマグニール・ラセルナ。ちゃんとした貴族で……」
「キモッ」
マグニールの放つ、あまりの違和感に我慢できず、俺は本心を漏らしてしまった。
「お前、ナンパ……貴族の挨拶を邪魔するな」
「今、はっきりナンパって言っただろ」
「いや、貴族の……痛」
「あ~ら、ごめんあそばせ」
ナンパ男の言葉は、上品なご令嬢の手によって打ち切られた。
マグニールの頭を叩いたご令嬢は、オホホホと笑っている。
その仕草は演技その物で、マグニールをからかっているのが丸分かりだ。
「お前、当たり前のように頭を叩くな」
「いい音がするから楽器だと思いましたわ」
「似合わない話し方をするな。余計にムカつくだろ」
「あなたをムカつかせるために、この口調ですことよ。オホホホ」
俺はともかく、初対面のハズであるラゼルとイリアがいる前で、ここまでふざけることができるとは──カティアは本当に貴族なのだろうか?
「仲がいいな」
「ああ」
マグニールとカティアの漫才が始まった所で、俺たちは避難した。
ラゼルの言葉に俺は頷き、イリアは何も言わず2人を眺めている。
目の前で繰り広げられる、2人の口ゲンカは、もはや芸術とも言えるレベルだ。
彼らの口げんかの奥に、俺は熟練の業を感じていた。




