俺は墓参りをした 『お供え物だ』
剣聖シオン。
昔、俺と共に戦った仲間で、このスメラギ領と縁の深いヤツだ。
しかし、シオンには子どもがいなかった。
だから、現在の領主は直接の子孫というわけではないだろう。
隠し子がいたのなら別だがな──。
アイツを祀った社がある。
そこが墓代わりなのだが、シオンの趣味ではない。
不必要な飾りつけを邪魔だとしか思わないヤツだったからな。
だからシオンの墓参りをしようと思った俺は、社ではない場所を訪れていた。
「変わってないな」
俺がいるのは、スメラギ領の端にある崖だ。
足元は岩肌がさらけ出された状態であり、崖の先には海が広がっている。
この場所でシオンは死んだ。
俺は、海を眺められる形で近くにある大きな石の上に座った。
「お前が嫌いだった甘い物を持って来てやったぞ」
俺はアイテムBOXから、包みに入った大福餅を取り出す。
シオンに対して、ユーリへの嫌悪感と同じ気持ちを抱いていたんだ。
だから好物など持って来てやりたくないから嫌いな物を用意した。
しかし好かないヤツではあったが、こうして墓参りに来てしまう。
アイツとの関係をどう表わすべきか。
ライバル? 腐れ縁? いずれも近いが違う気もする。
そんなおかしな関係だったが、最後はよくある展開で俺たちの関係は終わる。
病に冒されたアイツは、剣士としての死を望み俺と戦った。
勝負を分けたのは、心の違いだったのだと思う。
剣士としての死を望んでいたせいで、アイツは守りが疎かにしたんだ。
実力が近ければ、そのことが勝敗を分けた。
(それにしても暇だ)
墓参り? のついでに昔を思い出してみた。
だが、すぐにネタは尽きて退屈という気持ちだけが胸に残る。
することのない俺が、ボーっと崖の先に広がる海を眺めていると──。
「クレスか」
岩に腰かける俺の後ろから声が聞こえた。
振り返ると、3人の護衛に守られる形でユーリとエミルが立っている。
「おう」
「……用事があると言ってなかったか」
俺が手を上げて挨拶をすると、ユーリは不機嫌そうに訊ねた。
用事があると言って、今日の試合を断ったんだ。
遊んでいるとしか思えない今の俺を見れば不機嫌にもなるだろう。
「墓参りに来たんだよ」
「ほう、ここで何があったのか知っているわけか」
「まあな」
ユーリは視線を、崖の先へと向けている。
剣聖と勇者の決闘は、伝えられているようだな。
「大福か」
「お供え物だ」
「……かなり減っているようだが?」
「うん?」
ユーリの指摘で、包みの上に広げた大福餅を見る。
ここに来た時には3個あったはずが、いつの間にか1つになっていた。
「不思議なことがあるものだな」
「そういうことは、口の周りに着いた白い粉をとってから言え」
大福の粉が口の周りについていたようだ。
俺の品格が台無しだな。
とりあえず、服の袖で拭っておこう。
「ハンカチぐらい用意しろ」
「あるぞ」
俺は服のポケットから、白いハンカチを取り出した。
「……もういい」
ユーリは呆れたような声でそう言った。
俺の何かが、彼に伝わったようだな。
たぶん、伝わったのは悪い何かだろうが──。
「……」
「……」
「……」
それからユーリは口を閉ざしてしまった。
するとこの場から口を開ける者がいなくなり、沈黙だけが流れる。
(辛い)
沈黙が辛い。
なんていうか居心地が悪い。
いや、沈黙だけならいいんだ。
今の俺には、沈黙以上に辛い物がある──それは俺へと向けられる視線。
ユーリの隣に立っているエミルがいるのだが、俺の方をジーッと見ている。
「……」
「……」
沈黙が痛い。
彼女が見ているのは俺ではないのは分かっている。
視線が捉えているのは、俺の膝の上に広げられた包みの中にある大福。
欲しいのだろうか?
彼女の熱い視線が、ここに来てからずっと向けられているんだ。
領主の娘なわけだから、エミルは貴族だ。
そんな相手に、俺がすでに2つも食った大福を渡して良いものか?
きっとマナーとしてまずいだろうな。
「……」
「……」
まったく視線を逸らそうとしない。
エミルは大福に視線を向けたままだ。
──もう耐えられん。
「……良かったらどうぞ」
「い、いえ。お気持ちだけ」
「そうですか」
「あっ」
視線に耐えられなくなった俺は、最後の大福を差し出してみる。
だが断られたので引きさがると、思いっきり名残惜しそうな表情をされた。
彼女は目を潤ませている──貴族がここまで分かりやすくて良いのだろうか?
「……」
「……」
再び訪れた沈黙が辛い。
心なしか先ほどよりも、視線が強くなっている気がする。
「……」
「……」
このままでは、沈黙が終わることはないだろう。
先ほどエミルに大福を渡そうとしたとき、ユーリはニヤけていた。
恐らくはエミルの視線に、俺が困っているのを笑っていたのだと思う。
認めたくはないが認めざるえない。
俺とコイツは似ている所がある。
だからこそ言える。
俺であれば、ユーリが似たような状況で困れば笑うだろう。
決して手を出して助けようなんて思わない。
だからコイツの助けなど期待できない。
しかし、ココで帰れば負けたようで悔しいんだ。
(止むをえないか)
俺は後で食おうと思っていた大福の包みを、アイテムBOXから取り出す。
もちろん手をつけていないヤツだ。
「よかったらどうぞ」
「い、いえ……」
断りながらも、俺が手にした大福の包みをジーット見るエミル。
「他にも買ってあるから大丈夫だよ」
「そうですか。ありがとうございます」
俺がそう言うと、嬉しそうに包みを受け取ってくれた。
これで視線を気にしなくてよいハズだ。
「……」
いや、今度はユーリの視線が──。
これは先程まで感じていたエミルの視線とは種類が違う。
殺気が込められた突き刺さるような視線だ。
「なんだ?」
「エミルに馴れ馴れしいぞ」
若干シスコンの気がある俺だから分かる。
コイツは、絶対にシスコンだ。
「お兄様ったら」
嫉妬の込められたエミルの言葉。
それを聞いたエミルは、恥ずかしそうにしながらも喜んでいる。
妹はブラコンのようだ。
この場でもし──。
『手を出す気なんてないから安心しろ』
などと言ったら?
『なんだと! エミルに魅力がないとでもいうのか!』
という展開になるのは目に見えている。
10歳の俺に、手を出すも何もないと思うがな。
それでも余計な事は言わない方がいいだろう。
「分かっている」
「本当だろうな」
「本当だ」
とりあえず、話を合わせておいたが──
この後、俺はシスコンに睨まれ続けることになる。
だが、いくらシスコンでもずっと睨み続けていることなど出来ない。
彼の視線が俺から外れた瞬間を見計らい、俺は最後の大福を口に入れた。
「じゃあ、先に帰らせてもらうぞ」
「ふん、せめて迷子になって困れ」
「お兄様! あっ、お気をつけて」
あからさまな嫌悪感を含む言葉を俺へと投げかけたユーリ。
試合の時には猫を被っていたからな。
多少は心を許したということかもしれない。
*
クレスが帰った日の傾きかけた崖には、ユーリ達5人が立っていた。
「邪魔者はいなくなったようだな」
「お兄様、クレス様のことがお気に入りみたいですね」
「気持ち悪いことを言わないでくれ」
顔を赤くして怒っているユーリ。
彼の反応にエミルは、口に手を当てて笑っている。
「ふん、まあいい。早く墓参りをして帰るぞ」
「はい」
そういうとユーリは、護衛の一人から包みと線香を受け取る。
包みを足元に置き、その手前に拾った石を置く。
これで簡易的な祭壇作りは終わり、魔法で火を発生させ線香に火をつけた。
「ほら」
火を付けた線香をエミルと護衛の3人へと渡す。
そして彼らは順番に、石の上へと線香が寄りかかるように置いていく。
最後に目を瞑り手を合わせると、しばし沈黙が流れた。
「じゃあ、帰るか」
「はい」
そう言うと、お供え物をユーリが手に取る。
このまま置いて行けば、動物に喰われてゴミが出るため持ち変えるためだ。
「欲しそうに見るな。お前はアイツにもらった大福があるだろう」
「ええ、ですが数は多い方が良いかと……」
彼らが剣聖シオンへのお供え物として選んだのは、クレスと同じ大福餅。
だがクレスと違い嫌がらせをするために、大福餅を選んだわけではない。
甘い物は、シオンの好物だったのだ。
日本には”饅頭怖い”という落語がある。
暇を持てあました者たちが集まり、嫌いな物や怖い物を言い合っていた。
その中に「怖い物などあるか」という男が──。
他の男が「本当に怖い物はないのか?」と訊ねる。
すると、男はしぶしぶ「饅頭」と答えた。
彼はその後で「饅頭の話をして気分が悪くなった」と言う。
すると他の男たちが話しているなか、彼は自分の長屋へと帰ってしまった。
その様子が気に喰わなかったのだろう。
「あいつは気に食わないから饅頭で脅してやろう」
残された男の誰かが言うと他の者も賛同し、金を出し合って大量の饅頭を買う。
そして男の寝る部屋へと次々に饅頭を投げ込むと男は狼狽する。
「こんな怖い物は食べてしまおう」
と言うと、全てのまんじゅうを食べてしまう。
これと同じように、スバルはシオンに騙され、甘い物を貢いだ。
落語と違い、騙されていることに生まれ変わった今でも気付かないクレス。
あの世でシオンは、ほくそ笑んでいることだろう。
ユーリは、尊敬する剣聖シオンにクレスを倒すと誓うために墓参りに来ました。




