俺は試合をした 『立てるか?』
クレスの戦闘力 ユーリとの戦い
チート:使用なし
勇者の素質:封印中
俺は2人の酔っ払い(父さんと領主)の提案で、練習試合を行うことになった。
試合は領主館にある鍛錬場で行われる。
鍛錬場は外にあり、紫外線によるお肌への影響が心配だ。
*
鍛錬場にて、俺は領主の息子&娘を紹介されている。
「ユーリとエミルだ」
ユーリは兄でエミルが妹で双子だ。
どちらも黒髪で黒い瞳をしている。
しかし二卵性双生児らしく顔は違い、髪型にも違いがある。
ユーリの方は、兄でほどほどの長い黒髪。
クールというか、良いことでのお坊ちゃんという感じだ。
実際、お坊ちゃんなのだが。
エミルは、黒髪をポニーテールににまとめている。
おしとやかな雰囲気のある少女だ。
だが、俺は怖い──強い女性と会うことが多いからな。
見た目には騙されんぞ!
「へぇ~、剣聖の子どもか」
「よろしく」
言葉は丁寧だが、確実に俺を見下しているユーリ。
だが大人な俺は、笑顔を作り握手をしようと手を伸ばした。
「こちらこそ」
「ああ」
予想に反して、クソガ──いや、ユーリは握手をした。
チッ、ここで手を叩くなどしてくれれば、悪者になったものを。
「剣聖の子どもが、どれだけ強いのか楽しみだよ」
「天才と呼ばれる程の剣を楽しみにしている」
お互いに笑顔で、固い握手を交わしている。
そう、硬すぎる程の握手を。
「中々、腕力はあるみたいだな」
「そうか?」
「「ふふふ」」
固すぎる握手を続ける俺たち。
「お兄ちゃん……」
「お兄様……」
コーネリアはいつも通り、俺を見て呆れている。
エミルはというと、悲しそうな声でユーリの名を呼んだ。
最初は、父さんに申し訳ないから勝とうと思っていたさ。
だが、ユーリと会って分かってしまったんだ。
コイツとは仲良くなれないと──。
生理的な嫌悪感というべきか。
どうやら、ユーリも俺に同じ感情を抱いているようだ。
その証拠に、俺の手を傷めつけようと強く握っているんだ。
もちろん俺もだが──。
「試合が楽しみだ」
「僕もさ」
「「ふふふ」」
個人的にも、負けられない理由が出来たようだ。
もう父さんのことなどどうでもいい。
(コイツにだけは、絶対に勝つ!)
心の中で強く勝つことを誓ったこの瞬間も、俺たちの握手は続いていた。
「「ふふふ」」
*
俺たちの試合が珍しいのか、結構な観客が人数が集まっている。
天才と呼ばれるユーリと、剣聖の子どもである俺の試合だ。
10歳同士の試合とはいえ、野次馬根性を刺激したのだろう。
さて、注目される俺たちの試合だが──
俺たちの試合の審判は、領主であるクラウディオが務める。
親馬鹿の傾向がある彼を見張るため、父さんが副審になった。
俺とユーリは、木刀っぽい物を手にしている。
障壁は魔力が弱いと攻撃が通らない。
この木刀は、そのことを利用し魔力がほとんど通らなくなっている。
よって、相手にダメージを与えることはないんだ。
だから遠慮なく(精神的に)殺れる。
(お前に敗北の二文字をくれてやろう)
俺は思わず口元がニヤけたのだが、相手も同じ考えのようだ。
同様に邪悪な笑みを浮かべている。
もちろんチートを使う気はない。
チートはマナを、そちらに回すことで使える。
これは無意識的なものだが、頑張ればマナを回さないことも可能だ。
もっとも、体への負担が大きいので普段は使わないのだが。
しかし、今回は使わざるえない。
これは、プライドの問題だからな。
同じ条件で戦って勝たねば、俺が納得できない。
中身が100歳以上なのに、10歳相手に大人げないという声もありそうだが──。
「2人とも準備はいいか?」
「「はい!」」
クラウディオの言葉に、俺とユーリは応える。
数分前に生まれた因縁を断ち切る時が来たんだ。
「始め!」
試合の始まりを知らせる声に、俺たちは同時に駆けだした。
ユーリよ、お前も分かっているようだな。
俺たちは剣でしか語れない、悲しい関係であることを──。
「はぁっ」
最初に剣を振ったのは俺だった。
だが、振り下ろした剣は躱されて、ユーリの剣が迫る。
俺は胴に向かって水平に迫る剣を、下から上へと振り上げる剣で弾く。
そして──周囲に乾いた音が響いた。
ユーリの剣を振り上げた剣で弾き、俺が胴に決めたためだ。
「そこまで!」
クラウディオの声が響いた。
ユーリは俺に決められたことに驚いているようだ。
剣を持ったまま微動だにしない。
(ふっ、経験が違うのさ)
数多の戦場を駆け巡った俺を舐めてもらっては困る。
チートなしでも、ガリウスの訓練のおかげで多少は勘を取り戻せたんだ。
10歳の少年に負けるはずがない。
俺はチラッと父さんの方を見た。
(ものすごく満足そうな顔をしているな)
俺も満足だ。
今度は母さんを見る。
(見ていなかったな)
母さんは、隣にいる着物を着た女性と話して笑っている。
あれは世間話をするオバちゃんの顔だ。
俺の試合を見ずに、話に夢中だったようだ。
(…………)
コーネリアを見たが、見なかったことにしようと思う。
妹は『大人げない』と、手加減一つしなかった俺に白い目を向けていたからだ。
(……!!)
ギャラリーは、天才と呼ばれる領主の息子が負けたせいだろうか?
複雑な表情を浮かべている者もいた。
それでも大半の者は俺に拍手を送ってくれている。
いや、そんなことはどうでも良いだろう。
拍手を送ってくれる者の中に、とんでもないヤツを見つけてしまった。
父さんに、メイドのような瞳でキラキラした視線を向けていた家臣。
ヤツは、俺に同じ視線を向けていたんだ。
(寒気がする)
色々と危険を感じたのは、気のせいではないだろう。
*
「もう一本だ!」
「いいだろう」
ユーリをすでに5回は打ちのめした。
それでも、俺に挑戦してくる。
「仲が良いな」
「そうだな」
父さんとクラウディオが、微笑ましい物を見るかのように俺たちを見ている。
離れた場所で団子を食いながら──。
すでに審判などする気は無いらしいな。
「どうぞ」
「ありがとう」
コーネリアとエミルも、すでに俺たちの試合など見ていない。
おせち料理なんかを入れる重箱を一緒つついている。
俺も少し腹が減ってきたから羨ましいぞ。
「そうね」
「ええ」
母さんたちは、最初から俺たちの試合など見ていない。
俺たちが試合をするごとに、話す仲間が増えていっている。
ちなみに、ギャラリーは全て帰った。
メイドのような瞳で俺を見ていた男性も仕事に戻ったようだ。
若干の寂しさを感じるのは気のせいだろうか?
「もう一本だ」
「ああ」
その後、試合は20回行った所で終了した。
ユーリの体力が尽きて動かなくなったからだ。
俺は彼のことを天敵だと思っていた。
だが、身動きが取れなくなるまで喰らいつけるヤツなど滅多にいない。
評価を改めねばならないだろう。
すでに日は沈んでおり、試合会場はランタン型の魔導具で照らされている。
「立てるか?」
俺は倒れているユーリに近づき手を指し伸ばした。
チートを使っていないため、実際には俺も疲れている。
だが、動きや戦いの組み立て方などの違いで残った体力には差がある。
「お前の手は借りない」
「そうか」
俺の差し出した手をユーリはとらなかった。
別に傷ついてはいない──ちょっと涙ぐんだだけだ。
まあ、ユーリの気持ちも分からなくはない。
俺も生理的にユーリを好きになれずにいるからな。
本気でぶつかり合っても、友情が芽生えるとは限らないということだな。
しかし、ぶつかり続ければ、認められる部分という物が見えてくるものだ。
だからこそ俺はユーリに手を差し出した。
「今はお前の方が強い。だから1度でもお前に勝てば俺の勝ちだ」
「どういう理屈だ」
「このままじゃ、終わらないってことだ」
ユーリは、ふてくされている。
見た目はクールなのに、芯の部分は暑すぎるヤツだな。
「明日、また戦え」
「無理だな」
ユーリは、ショックを受けたようだ。
試合をする前なら、笑ってやったんだがな。
芯の部分を認めた今となっては、笑う気にはなれない。
「お前は、明日筋肉痛で動けないだろうからな」
「その程度、問題ない」
「休むべき時には休めと教わらなかったのか?」
「……教わった」
クールな雰囲気も、俺を見下していた感じもすでに消えている。
なんというか、ただの子どもだ。
俺と同レベル──いや、俺よりもは少しだけ上のレベルかもしれないが。
「それに明日は少し用事があるんだ」
「そうか」
残念そうなユーリ。
見た目はクールっぽかったが、脳筋だったようだ。
そのことに気付き、俺は残念な物を見るときの視線を彼に送っておいた。
「そのうち、手合わせする機会もあるんじゃないか?」
「……そうだな、その時は相手をしてやる」
いきなり上から目線になった。
だが、もう面倒なのでこのままでいいと思う。




