俺はヤんだ少女に目をつけられた 『……いいの?』
王都の周辺地域は、国境などと比べると遥かに安全だとされている。
この安全性は定期的に行われる国を挙げてのモンスター狩りのおかげだ。
安全の確保は税収の安定につながる。
現にモンスターが少ないおかげで、住民は産業や農業に安心して従事している。
更にモンスター狩りは、冒険者達と兵士達は一緒に行う。
このことにより狩りが行われる時期には、王都に冒険者が増える。
だからお祭り騒ぎとは言わないが、狩りを行うことで経済効果が生まれるんだ。
当然、狩りのおかげで、王都周辺では旅人の死亡率が低い。
日暮れ以降になると、夜行性の危険な魔物が増えはする。
だが王都周辺であれば宿場にたどり着けずとも即モンスターの被害に!
なんて言うことは滅多に起こらない。
もちろん、狩りのおかげでモンスターの数そのものが少ないためだ。
だが戦う術が未熟な者にとっては、王都周辺も危険であることに変わりはない。
このため試験を受けるための移動はパーティ全員で同時に行われた。
俺達は4人で試験を受けるため、4人+試験官役の冒険者1名の5人での移動だ。
夜の移動を避けたい俺達は、朝早くに王都を出た。
それから途中の村で宿をとり、2日目で目的地へと辿り着くこととなる。
試験の依頼はクベールナという村からの物だった。
クベールナは山が近い村で、ぶっちゃけ田舎だ。
試験内容はビッグ・ボアという魔物を倒すというもの。
ちなみに今回の依頼をまとめると、こんな感じだ。
試験(依頼)の内容
ビッグ・ボア5体を退治する
村の名前
クベールナ
パーティは、本来6人だがメンバーが集まらず4人となった。
男性のパーティメンバー
フェルディナンド(愛称フェル)
女性のパーティメンバー
ブリット
マルテ (俺を不審者認定中)
次選合格者なのは俺だけ。
他の3人は冒険者を行う許可を得るためらしい。
俺が次選合格者だと伝えとき、生温かい目で見られたのは良い思い出だ。
~クベールナ村 ある民家~
俺達はクベールナで宿をとり一部屋に集まっている。
明日のことを話し合うという名目で、お互いを知っておくためだ。
「じゃあ、俺とフェルが前衛で引きつけて、マルテが俺達を魔法で補助……」
「そして私が矢で止めを!」
「お前は援護だからな」
俺達4人は、円を作る形で床へと座り話し合っている。
弓矢を使って止めを! と、言ったのはブリット。
彼女は動きやすいように赤い髪を短めに切っている。
黒くツリ目気味なので気の強そうな印象があるな。
親と共に狩人をしているので、腕には自信があるようだ。
ただ、弓矢というのは地球と比べると威力が弱い。
魔力が込められていない武器は障壁に阻まれてしまうからだ。
この世界の生物は強弱に違いがあるものの、無意識的に障壁を張っている。
で、そんな障壁は魔力が一定以上込められた攻撃で破ることが可能。
剣など直接触れている武器であれば、問題なく魔力を通しつづけられる。
だが弓矢のように体から離す武器の場合は、少し問題がある。
手から離れた瞬間から、矢の魔力が急速に抜けてしまうんだ。
もっとも魔法を併用すれば威力を上げることは可能だが──。
「む~~」
「唸っても、マルテと一緒に援護だという点は変わらないからな」
「…………」
マルテというのは、俺を不審者認定した少女。
黒い髪を腰辺りまで伸ばして、後ろで結んでいる。
大きめの黒い瞳なんだが──無言で俺を睨むのはやめて欲しい。
見た目に清楚な印象があるぶん、睨まれると怖いんだ。
「そろそろ許してもらえないか?」
「何をです?」
睨みつけるような表情から一転し、満面の笑みで返事がかえってきた。
騙す様な形でパーティに入れたことをまだ根に持っているのだろう。
彼女には後衛をやってもらう予定だから、後ろから何かされそうで怖い。
「回復魔法で何とかなる程度にしてくれよ」
「……いいの?」
「試験が終わってからなら……」
「何の話をしているんだ」
フェルとマルテの間で、何やら不穏な会話がされていた。
「お前の命に関わらないように何とかしようとしたのだが」
「そこは攻撃させないように頑張ってほしい」
フェルは、先ほどからマルテに俺が睨まれていたのに気付いていたようだ。
そこで交渉を──いや、行動を促していたような気も?
「あの目は無理だろ」
「……何とかしてくれ」
マルテの目を見ると諦めざる得ない何かを感じる。
だが、親切なフェルには交渉をがんばってもらいたい。
「……4回に分けて」
「何をする気だ!」
小さく何かをつぶやいたマルテ。
明らかに精神を病んだ者の目なんだが──気のせいだよな?
「…………」
「黙って肩を叩くのはやめろ」
俺の肩を黙って叩いたのはブリット。
『諦めろ、ご愁傷様です』
彼女の肩を叩く行為からはそんな意味を感じた。
「かわいい子に想われて良かったじゃないか」
「命に関わる想われ方は避けたい」
小声で不穏なことを言うフェル。
マルテの攻撃は、彼に当たるように誘導しようと思う。
その位は許されてもよいと思うんだ。
「…………」
「…………」
マルテに視線を向けるとニコッと笑顔を見せた。
彼女の過去に何があったのだろう?
目の前の狂人に恐れ慄き──と、いうことはない。
シルヴィアが俺に向ける狂気に慣れているからな。
前世では気にも留めなかったシルヴィアの狂気。
それを今世では弱体化したせいで身をもって経験している。
だからマルテ程度の狂気なら大したことはない。
そう思い直し、再びマルテを見る。
「…………」
「…………」
思わず目を背けてしまった。
──やはり怖い。
今気付いたのだが、俺が彼女を恐いと感じるのは生理的な理由からのようだ。
目の前の病んだ少女が発する雰囲気というか何というか。
口にするのも憚れる何というか──とにかく怖い!
(合格したら近付かないようにしよう)
幼き狂人から目を背けながら、俺はそう決意した。
↓本文中に合った障壁の説明の削った部分
当然、人間も障壁を無意識的に貼って入る。
だが石ころや地面にも魔力があるので当たれば痛いし、転べば怪我をする。




