俺は愛弟子の懐かしき姿を見た 『懐かしいな』
今、世界樹の森で魔法の訓練を始める所なのだが──久しぶりに見た。
「……懐かしいな」
「覚えていて下さったのですか」
イリアは、凄く嬉しそうだ。
本当に眩しいと思える笑顔を見せてくれている。
その笑顔は、地球の一部のマニアなら写メを撮りまくりそうなほどだ。
「……まあな」
「初めて魔法を教わったときも、この服でしたね……」
あの時から、もう4年が経つのか。
今でもイリアに魔法を初めて教えた時のことを俺は覚えている。
特に服装を──。
「なんて言えばいいのかしら……」
俺の隣にいるシルヴィアは困惑している。
彼女の様子を見て、他のメンバーが気になった俺は視線を彼らに移すと──。
「…………」
唖然とした表情で沈黙を貫いている。
言いたいことがあり過ぎて言葉が詰まっているのかもしれない。
それとも、あまりの衝撃に思考が停止しているのだろうか?
だが、彼らの反応を否定することなど出来る者などいるハズはない。
少なくとも、この場にいる者の中には──。
彼らの言葉を奪い去ったのはイリア──いや、彼女が着ているローブだ。
冥界の淵を思わせるかのような漆黒の生地。
表面には、オドロオドロしい紫色の炎をあしらった刺繍。
それらが相まって、禍々しい妖気を放っているようにすら見える。
この姿は一度見たら忘れるハズもない。
イリアは、俺が初めて彼女に魔法を教えた時の恰好をしているんだ。
久しぶりに見たのだが、やはり凄まじい禍々しさを放っている。
いや、昔よりも身長が伸びたので、ローブも新調したのだろう。
彼女の成長に合わせて昔よりも大きくなったローブ。
そこから放たれる妖気は、昔よりも更に禍々しくなったとすら感じる。
「個性的なローブね……」
「コーネリアの分も作りましょうか?」
「えっ! それ、自分で作ったの! ……じゃなくて……安く買った布を使ってローブをたくさん作ったから、今度ね」
「そうですか。では、必要になったらおっしゃって下さい」
「う、うん」
妹よ、安売りされていた布を買い占めておいてよかったな。
おかげで呪いのアイテ──もとい、個性的なローブを着ずに済んだのだから。
こうやってコーネリアは危機を乗り越えた。
しかし、次の脅威は目の前に訪れている。
イリアが別の手作りアイテムについて語り始めたのだ。
ここで話しかけようものなら巻き込まれかなない。
(非力な兄でスマン)
巻き込まれることを恐れた俺、は妹を切り捨てることにした。
非情かもしれないが仕方あるまい。
──先程から妹に睨まれているようだが、気のせいだろう。
──今日の夕飯が心配になってくるのも、気のせいだろう。
と、現実逃避をしているとシルヴィアが話しかけてきた。
「……クレス、これ」
「なんだ?」
彼女が俺に差し出した物を見ると2枚のカードだった。
「もう出来たのか」
「ええ、早い方が良いと思ってね」
誘拐事件の報酬であるカードができたようだ。
カードというのは、冒険者ギルドカードと魔法ギルドカード。
偽名で作られたこれらのカードは俺が待ちわびた品だ。
なにせ、モンスター退治などを安心して受けられるのだからな。
イリア達の方には、絶対に視線を向けないようにしながらカードを眺める。
シルヴィアも同様に、イリア達を見ないようにしているようだ。
(彼女達の話に巻き込まれたくはないからな)
受け取ったカードを日に透かしてみたりする。
もちろん話し込んでいるとイリア達にアピールするためだ。
(誤魔化せているだろうか?)
気になると体が勝手に動くものだな。
視線がコーネリア達の方に無意識のうちに向いて──目があった。
「…………」
「…………」
お互いの視線が交わった瞬間に生まれた沈黙。
コーネリアの瞳が恐ろしくなった俺は、そっと目を逸らした。
俺が目を逸らすとき、妹の笑顔を見た気がする。
そう、とても冷たい笑顔を──夕食が心配なのは気のせいではないようだ。
(これ以上は考えないようにしよう)
愛なき食事メニューを想像した所で考えるのをヤめる。
そして、代わりにカードを眺めることにした。
いわゆる現実逃避だ。
だが、この行為で俺は一層の疲労感を溜めることになる。
「ほ~、うん?」
真新しいカードの1枚を見ていると、あることに気付いた。
──見間違いだと思った。
──いや、見間違いであって欲しいと思ったんだ。
だから、目をこすったりして何度もカードを見た。
「…………」
1枚目のカードを何度見直しても現実だ。
念のため、もう1枚のカードも見る。
何度も──何度もカードを確認したんだ。
だが、現実は残酷だった。
「なあ」
「なに?」
「カード名義は百歩譲って何も言わない」
「ええ」
「でもな、1つだけ言わせろ」
「なにを?」
「なんで性別欄が『女性』になっているんだ!」
報酬として渡された2枚のカード。
それは、冒険者ギルドと魔法ギルドのカード。
受け取ったカードは、確かに約束通り偽名だ。
だが、なぜ性別まで女性だと偽っているのだろうか?
「女の子っていうことにすれば、バレにくいでしょ」
「……それは、そうなんだがな」
ドヤ顔が若干ムカつくが、確かにシルヴィアの言うとおりだ。
しかし、何かが根本的に間違っている気がする。
「性別の変更はできないのか?」
「体を作りかえる魔法は難しいしリスクも大きいわよ」
「カードの性別だ」
真剣な表情で、肉体をイジル魔法について語るシルヴィア。
冗談ではなく本気で性転換を望んでいると勘違いしたのだろう。
──この、天然エルフが。
とりあえず心の中で毒づいた所で話を続ける。
「あなたなら女の子になればモテルわよ」
「遠慮する。で、カードなんだが……」
「やめた方が良いでしょうね」
納得できない。
「そのカードを作るだけでギルドの上層部が関わっているのよ」
「どんな権力を持ったヤツに協力させたんだよ」
「……トップ」
「聞かなかったことにして良いか」
「無理ね。カリスって覚えている?」
カリス、それはかつての仲間。
だが、あいつは人間だったハズだ。
俺が、この世界を離れてから130年以上が経っている。
このことを考えると生きているハズはないのだが。
「……生きていたのか」
「今は冒険者ギルドのトップをしているわ」
昔から人間を辞めている節はあったから──。
いや、今は考えるべきことが他にある。
「魔法ギルドのカードはどうやって手に入れたんだ?」
そう質問した俺の背中から嫌な汗が流れている。
「トップがイライザの弟子」
「…………そうか」
イライザというのも、かつての仲間。
あいつも人間だったハズだ。
普通の人間であれば生きている可能性は低い。
だが、イライザなら何でもアリと呼べるヤツだからな。
ヤツなら生きていても納得できる。
「俺が転生したことは伝えてないよな」
「…………」
「おいっ!」
「冗談よ」
『スバル殺しのシルヴィア』
そんな通り名を大笑いしながら酒のつまみにしていた、かつての仲間。
チビッ子となった俺を知られたら何を言われるのだろうか?
まあ、ロクでもない事を言われるのは保証できる。
「でも、隠しきれないと思うわ」
「どうしてそう思う」
「イライザが騎士学校の校長をやっているから」
「…………」
明日は騎士学校の受験だったが、一気にヤル気が無くなったぞ。
「2人とも、スバルの関係者って伝えたら喜んで協力してくれたわ」
「アイツらの友情に涙が出そうだ」
「愛されているわね」
カリスとイライザが関わっている。
この事実を知り、なぜカードの性別が女性になっているのかは理解出来た。
「カードの性別は、アイツらのせいなのか?」
「ええ、2人から同じ伝言を預かったわ」
「どんな?」
「カードの性別を直したければ直接会いにこいって」
「……そうか」
直接会いに来いという事は、俺を見定めるつもりかもしれない。
「俺の転生に気付いていると思うか?」
「可能性程度には……ね」
「そうか」
勇者育成でケット・シーと関わったことがある。
それにヴァネッサを助けたり、誘拐事件の解決したりもした。
少し派手に動いたから、色々と調べられたのかもしれないな。
だが、スバルが転生したという事実は掴んでいないだろう。
スバル関係者程度には考えられている可能性はあるが。
「まあ、会うのは当分先だ」
できれば一生会いたくはないが──無理だろうな。
「彼女達は暇だから気を付けることね」
「暇つぶしに俺を調べる可能性があるのか?」
「よほど暇な時にね」
不吉なことを言われた。
受験をあすに控えているのにな。
この会話だけで、精神的に凄く疲れた。
「……一応、カードをありがとう、とだけ言わせてもらう」
「どういたしまして」
溜息混じりに言った礼ではあったが、シルヴィアは上機嫌だ。
(カードの使い方は、後で考えるか)
これ以上の疲れは明日の受験に響くことだろう。
俺はカードから思考を切り替えてイリア達に視線を向けた。
先程までとは違い、イリアとコーネリアの2人は笑っている。
個性が強すぎるデザインのローブを着せられずに済んだ。
そう、我が妹が安心したので2人の空気が柔らかくなったからかもしれない。
(華やかなものだな)
2人の美少女の微笑みあう光景は絵になる。
そのようなことを考えていると、とんでもない情報が耳に入ってきた。
「学校でも同じ格好をする子も多いのですよ」
イリアの放った一言にコーネリアの表情が凍りついた。
いや、この場にいる全ての人間の表情が──。
騎士学校は、取り返しの付ないことになっているのかもしれない。




