俺は女の戦いに巻き込まれた 『俺は真面目だ』
魔人──喰らう者となった人間が勇者の素質を喰らうことで誕生する。
だが、モンスターが魔人となる場合もある。
モンスターが魔人となる可能性。
その1つに覚醒した勇者の素質を取りんだ場合が挙げられる。
なぜ勇者の素質を取り込むことでモンスターが魔人となるのか?
その答えは、魔王と勇者という2つの素質の関係にある。
魔王の素質とは──勇者の素質が変質して生まれるんだ。
勇者の素質は人間の中にあるのが本来の状態だ。
当然、魔物の中に勇者の素質が存在するのは不自然な状態と言える。
不自然な状態は解消されるのが自然の流れだ。
素質は不自然な状態を解消するため、自らの中にモンスターの性質を取り込む。
自分をモンスターの性質と合わせることで不自然さを無くすわけだな。
そうしてモンスターに取り込まれた素質が魔王の素質に変わる。
モンスターの素質を取り込み生まれた魔王の素質は──
最後にモンスターを変質させて、モンスター版の喰らう者を誕生させる。
シーマの中に俺が見たのは、モンスターが持つ魔王の素質だった。
「クレs……ア」
シルヴィアは俺をクレスと言いそうになった。
それでも何とか取り繕えたシルヴィアを褒めてあげたいと思う。
俺自身も、女装していることを忘れていた程だからな。
屋敷を脱出した俺の元へシルヴィアと衛兵達が駆け付けた。
だが、予定していた突入人数よりも衛兵の数が少ない。
その理由を尋ねると俺が逃げ出したことにあると言われた。
俺が追われていたため屋敷を監視していた衛兵のみで突入してきたらしい。
「手間を掛けさせたな」
「仕方ないわ……それよりも」
シルヴィアお姉様からお仕置きがあると心配したが理解してくれてよかった。
やはり糖分多めなお土産は彼女に差し上げようと思う。
シルヴィアが俺に向けていた瞳を屋敷に向けると追手が走ってきた。
追手の中には黒いドレスの女──魔人シーマがいた。
既に通話石を用いて彼女が魔人であることはシルヴィアにも伝えてある。
「彼女が魔人……」
「ああ……ええ」
真剣なシルヴィアにつられて俺もマジメに答える。
だが、クレアを演じることを忘れていたので言いなおした。
「今はふざけなくていいわ」
「俺は真面目だ」
「余計にタチが悪いわ」
チラッとシルヴィアの顔を見ると真剣な表情でシーマを見ている。
俺の方を見ずに言われると辛い物があるな。
「彼女は、私とこの子が相手をするわ。
「えっ」
シルヴィアに声を掛けられたのは、このグループのリーダーなのだろう。
俺を見て『ちんんまいコイツで大丈夫か?』そんな疑問が浮かんだ顔をした。
「大丈夫よ。この子は私が育てた優秀な魔導士だから」
「……そうですか」
納得はしていないようだが、しぶしぶという感じで彼は頷いた。
上下関係が衛兵とシルヴィアの間に生まれている気がする。
「あなた達は他の相手と攫われた子達をお願い」
「ええ、分かりました……お気をつけて」
「ありがとう」
衛兵のリーダーに指示を出すシルヴィア。
先程、リーダーが頷いたのは彼女が指揮権を奪っていたせいかもしれない。
なぜ、こういう凄いところが普段は発揮されないのだろうか?
本当に残念な美人だ。
「余計なことを考えず、今は敵に集中しなさい」
「……ええ」
今度はクレアとして返答出来た。
真面目なシルヴィアは少しやりにくいから困る。
既にマスター ウインドが発動している。
俺は手にした短剣に魔力を纏わせた。
風の魔力は緑色。
短剣は一般的な剣よりも少し短めの緑色をした刃を持った剣となった。
衛兵に気付き逃げだすエバンズと彼の護衛達。
だが衛兵達は慌てて追いかけることなくシーマを避けるように追った。
衛兵達が彼女を避けて左右を走る中、シーマは悠然と歩いている。
そして俺とシルヴィアも彼女の元へと歩き、対峙した。
最初に話しかけてきたのはシーマだった。
「へー。アナタは囮だったわけね」
衛兵達がエバンズ達を追い喧騒が遠くに離れて行く。
そんな中浮かべた彼女の不敵な笑みは喧騒とは程遠い物だった。
「あなたが仕組んだの?」
静かな口調でシルヴィアがシーマに尋ねた。
だが、静けさの奥に怒気を含んでいることが感じられる。
「仕組んだって何を?」
「女の子達を誘拐したことよ」
「そうねーー」
口に指を当てながら考えるシーマと口元に笑みを浮かべているシルヴィア。
この仕草に騙される──いや、騙されても良いと思う男も多いだろう。
同じ男として少し悲しくなった。
「ちょっと違うわね」
「…………」
「怖い顔をしなくても説明してあげるわよ」
焦った仕草をするが、全ての動作が芝居がかっている。
どこまで信じて良いのやら──。
「エバンズは……ああ、エバンズって言うのは、あそこにいる貴族のことね」
シーマが指差した先。
そこには逃げるエバンズと衛兵に剣を向ける兵士達の姿があった。
念のためシーマにも注意をしていたが隙を突いて襲ってくる様子はない。
(余裕があるのか、それとも別の思惑が……)
本心を掴めないシーマに対しては油断するわけにはいきそうもない。
「彼は私と会う前から女の子を攫っていたわよ」
「……じゃあ、あなたは無関係だと?」
訝しげな表情で問うシルヴィア。
だが、シーマは──。
「いいえ、彼の背中を押してあげたわ」
それは魔人の目に力がこもった瞬間だった。
先程までの柔らかな雰囲気とは違い確かな意思を感じる。
「フフフ。彼が欲しいのは標本にできる体。私が欲しいのは血液。良いパートナーだったわ」
「……ヴァンパイア!」
赤い瞳に血液を求めう性質。
そして本性を現し始めた時から感じる深い闇の魔力。
それは、強力な魔物として知られるヴァンパイアを連想するには十分だった。
「ええ、確かに私はヴァンパイア。いえ、『だった』と付けるべきかしら」
「今は魔人だったわね」
「正解。エルフちゃんはすごいわね~」
「ふざけないで!」
こちらが持っている情報は極力隠した方が良いのにな。
彼女が魔人であることを俺達が知っている。
このことをとバラすあたり、相当シルヴィアは怒っているようだ。
「あら~。エルフちゃんは怖いわね。でも勘違いしないでね」
「…………」
無言となったシルヴィア。
俺の隣から感じる彼女の雰囲気が少しだけ和らいだ気がする。
「血が欲しかったのは飲むためじゃないから」
「じゃあ、なぜ血を求めたの」
冷静にはなったが、言葉からまた冷たい物を感じるようになった。
ギリギリで怒りを押し留めているというところか。
「お風呂のためよ」
「そうですか」
「理解が早いわね。女の子の血をお風呂一杯に入れるの。それに入るとね、お肌がスベスベに……っ」
シーマに向かって放たれた白い魔法の矢は軽く避けられる。
それはシルヴィアが放った物であり──これ以上の会話は無意味という意思表示。
「もういいわ」
「せっかく、お姉さんの美容の秘密を……」
「もういいと言っている!」
激昂するシルヴィアと事もなげに笑みを浮かべ続けるシーマ。
対象的な2人の姿だが、どちらも怖い。
「残念だけどアナタは殺せない……でも死にたいと泣き叫ばせてあげる」
「そう? 泣くのはアナタかもよ」
女性2人の間で進む会話。
会話に参加することの出来なかった俺は右往左往するしかなかった。




