俺は何が危険かを悟った 『お待たせ』
この話には、暴力的な表現や残酷描写がございます。
どうやら俺は屋敷の主に気に入られてしまったようだ。
牢から地下にある別の部屋に連れて行かれた。
この部屋を訪れるまで命と貞操のどちらが危険か考えていた。
しかし、部屋に入って何が危険であるかを理解した。
(こういう趣味か)
その部屋は黒を基調とした部屋で数名の少女たちが立っていた。
物言わぬ剥製となって──。
俺が部屋を見て表情を変えなかったことが不満だったのだろう。
屋敷の主人であるエバンズは鼻を鳴らし不愉快そうにする。
どうやら部屋を見て俺が怯えるのを楽しみにしていたらしい。
俺が逃げないように周囲を固めている人間は表情を動かしていない。
数回見ただけで剥製にされた少女に慣れるハズもない。
恐らくは、ココにいる少女はコレクションの一部でしかないのだろう。
………
……
…
剥製の少女たちが並ぶ部屋の奥。
そこにある金属製のドアの先へと俺は連れ込まれた。
部屋の中心には黒いベッドがあり、その周囲には様々な器具。
それらの器具からは禍々しさだけを感じる。
(悪趣味だな)
俺は手枷に掛けられた魔封じの術を解き脱出のタイミングを測ることにした。
「君に、ここで永遠の美をプレゼントしようと思う」
「…………」
「睨まれたのは初めてだよ」
俺は不愉快な感情が顔に出たのか睨んでいた。
反射的に出してしまった感情。
囮としてなら怯えた芝居をした方が自然だったハズだ。
だが、今さら自分の行動を取り消すことはできない。
情報を引き出すためにも反抗的な少女を演じることにしよう。
「アナタがやったのですか?」
「素晴らしいだろ」
エバンズは、部屋の奥に並ぶ少女の剥製を自慢するかのように笑う。
「素晴らしいほど、アナタの腐った性根が現れた趣味ですね」
「領民には、素晴らしい領主として慕われているんだがね」
「都合のよい勘違いをされているのだと思いますよ」
俺の言葉にエバンズの表情が変わった。
領民に慕われているというのは、数少ない長所だったのかもしれない。
──多分、エバンズの勘違いだと思うが。
「まあ良い。お前は、口の悪さを補うだけの美しさがあるからな。剥製になれば、その口が開かなくなる。そうなれば最高のコレクションになるだろうさ」
嘲笑するかのような口調。
だが、薄っぺらいプライドを取り繕っているだけなのだと容易く見てとれる。
「お褒めのことを場をありがとうございます。私の容姿が、あなたの腐りきった目に適ってとても不本意に感じております」
「ガキが……これから作品にしてやらないのなら躾けてやったものを」
「殴って躾けてみてはいかがです? 自称芸術家さん?」
「チッ」
悔しそうに舌打ちをするエバンズ。
だが、コイツは俺を殴れない。
他者を踏みにじるような趣味を芸術というヤツは、作品の質が落ちることをひどく嫌うからな。
やはりコイツも殴ってアザができるのを嫌がっている。
まあ、殴られても障壁で傷一つ付かかないが。
「アナタの趣味に付き合わされた子ども達はかわいそうですね」
「永遠の美しさを手に入れたんだ。あの世で感謝をしているだろうさ」
ここまで話すと──金属の扉が音を立てて開く。
そして1人の女性が入ってきた。
「もう、お話はいいでしょ」
その女性は歩きながらエバンズに語りかける。
髪は黒髪で瞳は金色。
口や爪を黒を限りなく近い紫色で塗っている。
黒に近いドレスを着ており深く入ったスリット。
そこからは病的なまでに白い太ももがのぞいている。
妖艶な美女というべきだろう──
しかし、彼女からは死者のような不気味さを感じる。
「そうだな」
女性が横に立つとエバンズの表情が穏やかな物となった。
表情が変わった理由は異常者同士の信頼があるからだろうか?
そのまま2人は見つめ合い微笑みあう。
(上下関係が分かる構図だな)
見つめ合う2人の姿。
そこからハッキリとした上下関係を感じ悲しさを感じた。
(男というのは、美人に弱いよな……俺も気を付けよう)
未来に対し1つの誓いを立てていると、女性が俺の方に視線を移した。
「ねえ。あなたは、どこから来たの?」
「冒険者だから色々な場所を回ってココまで来ましたよ」
「そう……冒険者なの」
視線を俺へと向けた女。
彼女は穏やかな笑みを浮かべながら俺の方へと少しずつ歩いてきた。
「冒険者って大変じゃない?」
「楽な仕事なんてありませんよ」
「そうね」
ゆっくりとした歩調だが、その足取りには力強さがある。
「この街のことをどう思う?」
「あなた達がいるせいで最低の街になっていますね」
「そう……」
女性は、そう言うと俺の前で立ち止まった。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙が続き──突如、甲高い金属音が部屋に広がる。
「あなたは何者?」
「冒険者ですよ」
俺の首へと振るわれた女の剣を俺の短剣が受け止めている。
目の前の女性が、中空から剣を突然取り出して首をはね飛ばそうとした。
その剣をアイテムBOXから取り出した短剣で防いだのだが──
手枷に施された魔封じの術を解いていなければ危なかったかもしれない。
「冒険者ねぇ」
息が届くほど接近し、俺達は鍔ぜりあっている。
だが、女性の声は穏やかなままだ。
「まあ、いいわ。死んで頂戴」
右手に剣を持ちながら静かに笑う女。
どうやら冒険者でないことがバレているようだ。
「おいっ。シーマ」
女に避難をするかのような声を向けたのはエバンズだった。
趣味を邪魔されたことへの抗議をしたいのだろう。
だが、彼の言葉など意に介さないシーマは──。
「この子は危険よ」
「しかし……」
「これからも楽しみたいのなら我慢をしなさい」
その口調は子どもを躾けるかのようだ。
2人を見ていると先程感じた上下関係が確かなものだと確信できる。
「お待たせ」
シーマハ俺へと剣先を向けた。
先程から瞳の奥に見える殺気は健在だ。
「じゃあ、始めましょうか」
赤い唇を妖艶に歪めて、シーマは笑っていた。




