俺はケット・シーの闇を見た 『おう、頑張れよ』
俺はロザート国の王都アルザリアにいる。
多分、忘れていると思うから説明するが、ロザート国は俺の住んでいる国だぞ。
で、なぜ王都に来たのか?
それは、騎士学校の新校舎で行われる落成式を楽しむためだ。
落成式と言っても、祭りみたいなものだから多くの人が集まっている。
ちなみに新校舎の建設には、ケット・シー経由でスバルの遺産が使われた。
なぜ、勇者ギルド用の資金であるスバルの遺産が騎士学校に使われたのか?
騎士学校の教育ノウハウを得る。
有能な人材の勇者ギルドへのスカウト。
多感な子どもの時期に勇者ギルドと関わらせ親近感を持たせる。
そして、ギルドに好意的な人材を国の中枢に──。
まあ、これは聞かなかったことにしてくれ。
こんな感じで色々と理由がある。
通常なら、校舎や施設を造る程の寄付金を受け取る場合は警戒心が生じる。
自分の利益になる話でも、美味すぎる話には警戒心を抱くものだからな。
しかし、今回の場合は違った。
発言力のあるヤツラがタイミングよく校舎の改築を主張したらしい。
偶然、こちらの都合が良いタイミングで発言力のある人物が発言した──。
この話を大長老から聞いた時、ケット・シーの闇を見た気がした。
これ以上、彼らの闇に踏み込みたくはない。
子どもらしくイベントを楽しんで、この話は忘れようと思う。
俺達、子どもメンバーは闘技場前で集まっている。
闘技大会に参加するラゼルを応援するためだ。
「お前は出ないのか?」
「俺はヤメテおく」
落成式に行われるイベントの一環として闘技大会が行われる。
ラゼルは、そんな闘技大会に出ないかと俺に質問をしてきた。
だが、俺に出場する気は無い。
俺が求めるのは平穏だ。
よって、下手に目立つわけにはいかないからな。
「こういう場所で、お前と闘ってみたかったんだがな」
「その内、機会ぐらいあるさ」
公式の場所で戦ってみたいという気持ちは分からないでもない。
訓練とは違った緊張感があるしな。
「そうだな」
そう言ってラゼルは爽やかに笑った。
「キャッ」
彼が笑うと、近くを歩いていた女性が別の女性とぶつかった。
前を歩いていた女性の歩くスピードが急にゆっくりになったためだ。
(まあ、当然か)
婦女子の皆さまから見ると──
ラゼルとセレグは美少年(美幼児)な獣人兄弟。
これで腐──じゃなかった、婦女子の皆様に注目されないハズがない。
まあ、先ほどから一部男性が、犯罪チックな視線をコチラに向けているが。
そいつらのことは気にしない方が良いだろう。
『あと1時間で闘技場参加の受付を終了します』
受け付け終了が迫っていることがアナウンスによって知らされた。
この世界には魔導具という物がある。
魔導具には地球にあった機械のような機能があるんだ。
このアナウンスは、拡声機の働きがある魔導具によるものだ。
「じゃあ、行ってくる」
「おう、頑張れよ」
「ああ」
ラゼルは拳を作った左腕を上げて答えたあと、闘技場へと消えて言った。
「……大丈夫でしょうか?」
「アイツなら優勝だってあるんじゃないか?」
イリアは心配しているようだが、ラゼルは強い。
彼は獣王であるガリウスに鍛えられている。
だから、格闘のセンスは相当なものだ。
それに、今回の闘技大会は年齢が区切られて行われる。
大人とぶつかることは無いから良いところまでいけると思う。
「いえ、そうではなくて……」
「うん?」
困惑したような表情で口篭もるイリア。
「その……」
「どうしたんだ?」
言いづらそうなイリア。
彼女を見ていると、自分が何かを忘れているのではと不安になってきた。
「イリアは、手加減できるのかを心配しているんじゃない?」
「……あっ」
コーネリアがイリアの考えを代弁してくれた。
その言葉を聞いた俺は、ガリウスに殺されかけたことを思い出した。
(ラゼルは、ガリウスに昔から鍛えられてきたんだよな)
手加減という言葉に対し『なにそれ、おいしいの?』的な発想をするガリウス。
そんなヤツに鍛えられ続けてきたラゼル。
彼の脳内に手加減という言葉が書かれているとは思えない。
「……祈ろう(相手の無事を)」
「行ってきなさい!」
妹に叱られてしまった。
「参加者以外、立ち入り禁止って書いてあるんだが」
「無料みたいだから、参加すればいいじゃない」
「目立つのはちょっとな」
闘技場の入り口には、参加者用と観戦客用の通路がある。
当然、ラゼルが歩いて行ったのは参加者用だ。
「適当に負ければいいじゃない」
「俺に、そんな演技が出来ると思うか?」
「……そうね」
少し考えたコーネリアは、呆れたような表情をした。
俺は勇者の素質を完全に封印された。
黒くてテカテカしたシリウスに。
それでも素質を使わずに悪魔と戦り合う程度の力はあるからな。
うまく手加減が出来るとは思えないから人前で戦うのは避けたい。
「セレグ、行ってくれないか?」
「えっ。ぼ、僕ですか」
先程から空気と化していたセレグ。
いきなり話を振られたせいか慌てふためいている。
「ああ、お前しかいないんだ」
闘技大会は騎士学校が催すイベントだ。
だから騎士学校の生徒が無様な負け方をすれば沽券に関わる。
このため、騎士学校の生徒は闘技大会の参加が禁止されている。
よって、イリアは参加不可能。
コーネリアはというと、魔法を中心にして訓練を行っている。
武術の腕は護身術程度もないだろう。
俺はというと──。
「お兄ちゃんが、伝えてきなさい!」
「えっ」
予想だにしない形で思考を遮られ、俺は情けない声を出してしまった。
「不戦敗でいいじゃない」
「いや、でもな……」
そこに気付いたか。
確かに不戦敗すれば済む話だ。
だが──。
「いいから行ってきなさい」
「いや、あのな……負けるというのはな」
俺はヒルデに負け、シリウスにも負けた。
前世では圧倒していた魔王に俺は負けまくっている。
そのせいで自信を失っているから、ワザとでも負けたくないんだ!
「行ってきなさい!」
「人の命が懸かっているのですよ!」
「クレスさん!」
3人は真剣な眼で俺を諫めている。
これで断ったら、これからの関係が気まずい物になるだろう。
「……分かった」
3人の剣幕に耐えきれず、俺は闘技大会に参加することにした。
………
……
…
不戦敗で良いのなら、コーネリアやセレグでも問題が無かったのでは?
そのことに気付いたのは受け付けを終えてからだった。
この章でのバトルシーンは予定しておりません。




