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凄い勇者だった俺が美少女勇者をプロデュースした件  作者: 穂麦
第5章-F 凄い勇者の年越し
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俺は蕎麦を茹でる 『クレス様』

クレスの世界にも年の瀬が迫っています。

 この世界で蕎麦そばという物を見たことがない。

 パスタなどの麺類は食卓にも上がるのだがな。

 

 どうして、いきなりこんな話をするのか?

 

 しばらくすれば次の年が訪れる──。

 と、考えたら蕎麦を食いたくなったからだ。

 

「お兄ちゃん、また……」

 

 台所で鍋を火にくめている俺に、後ろから呆れたような声を投げかけた妹。

 俺は、どんな表情をしているのか気になったが振りかえることは無い。

 

 今は麺をゆでる鍋に注意を注ぎたかったからだ。

 と、言うのは口実でコーネリアの表情を見るのが怖かった。

 

 数日前にも俺は年越しに備えて蕎麦? を作った。

 その時、コーネリアは──

 

『……毒』

 

 この一言を残し部屋から出ていった。

 そういえば、あれから俺が台所に入ると警戒するようになったな。

 

「今度のは美味うまいぞ」

「私は、パンを食べるから」

「……そうか」

 

 俺の蕎麦が、どんな物か確認することなく即答された。


 妹よ。この家に来た頃は遠慮していたよな。

 だが、最近は本心を出してくれて、お兄ちゃんは嬉しいよ。

 

 そう自分に言い聞かせ、胸をよぎった悲しみを偽った。

 

 ………

 ……

 …

 

 俺は蕎麦については蕎麦粉を使う程度しか知らない。

 

 そして蕎麦粉を作るための蕎麦の実。

 コイツが皮は黒が多いこと程度しか知らない。

 

 だからケット・シーの情報網を借りて黒っぽい実を探してもらった。

 この時、食用として使われている物を中心に集めてくれと頼んだ。

 

 それで集まらなければ諦めていたが──大量に集まってしまった。

 まあ、黒い実という特徴だけでは、そうなるよな。



 それで集まった実を使っているのだが──。

 鍋の中が凄いことになっている。

 

「クレス様」

 

 コーネリアとは別の声が、後ろから聞こえた。

 

「…………」

「クレス様」

 

 先ほどよりも近くから声が聞こえる。

 声は笑みを浮かべた女性が発する明るさを感じるものだ。


 だが、妙な迫力が声に込められており──怖い。

 

「クレス様」

「…………」

 

 一層、近くから声が聞こえた。


 鍋の中にある料理? 

 思わず『?』を付けたくなるコレには、俺とて後ろめたさがある。


 だから、振りかえったとき何を言われるのかが怖く、俺は鍋だけを見続けた。

 

「クレス様」

「あ、ああ」

 

 隣から声をかけてきた女性に対し、そちらに顔を向け俺は返答した。

 彼女は、想像した通り微笑んでいた──が、想像した通り怖い。

 

 この女性はリーリア。

 ハーフエルフだが耳は人間と変わらない。

 栗色の髪をした女性で目は茶色。

 

 昔から俺の世話をしてくれている家政婦だ。

 だが、本人は常時メイド服を着用しており、メイドだと主張している。

 

 

 笑顔なのに迫力が凄い。

 怒気というべきだろうか? 怒ったシルヴィアとは違う怖さがある。

 

 ちなみに、怒ったセレグよりもは下だ。

 だが、アイツは別格だから、隣の自称メイドが怖いことに変わりはない。

 

「何をお作りになられているのですか?」

「……蕎麦」

 

 ごまかしたり嘘を突けば、一層深い恐怖を味わうことになる。

 前世からの勇者としての勘がそう告げていた。


 だから、俺は素直に答えることにした。

 

「茹で汁が紫色ですが、このような料理でしょうか?」

「……多分、違う」

 

 俺が打った蕎麦? を入れた鍋の茹で汁は紫色になっている。

 それも、お湯に色が滲み出た紫ではなく、ペンキの原液を連想する紫色だ。

 

「これ、食べ物でしょうかね?」

 

 今までよりも、一層まぶしい笑顔で俺に問いかけるリーリア。

 この時、俺の脳裏には『最後の審判』という言葉が思い浮かんでいた。

 

「食べられそうもないですよね」

「……多分」

 

 俺は観念した。

 

「…………」

「…………」

 

 しばらく続く沈黙。

 それは、針のむしろに座らされているような辛い時間だった。

 

「…………」

「……クレス様」

 

 このとき俺は、最後の審判を下される覚悟を決めた。

 すると、恐怖がスッと消えていくのを感じた。


(覚悟を決めると、人は全てを受け入れられる物だな)


 前世で経験した絶望的な戦い。

 多くの仲間の心が折れていく中、戦い抜いた戦友ともがいた。


 彼は、このような覚悟を持って戦いに身を投じていたのかもしれない。

 

「ご自分で、捨ててきて下さいね」

「はい、リーリアお姉さま」

 

 思わず、シルヴィアへの癖が出てしまった。

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