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凶星の美姫と漆黒の魔王 『逃げるわよ』

 灼熱の太陽が照りつける砂漠。

 クレスが仰向けに倒れて動かなくなった。

 

 遠目とおめでは、彼に何が起きたかは分からない。

 しかし、彼の魔力を感知することでシルヴィアとガリウスは異常に気付いた。

 

「もうい」

「ガリウス……」

 

 回復魔法をかけ続けるシルヴィアの手をどけるガリウス。

 だが、彼の受けた火傷は治りきっていない。

 

 マスター級の魔法は厄介な所は、魔力が体に留まることだけではない。

 表面的には傷が治っても、体の深い所にはダメージを残す場合が多い。


 このため、せめて表面的な怪我が見えなくなる程度は回復しておきたかった。

 しかし、状況が悪すぎる。

 

「……逃げるわよ」

 

 シルヴィアが口にした一言。

 それは、クレスを見捨てることを意味している。

 

「お主の言うことが正しいのだろうな」

 

 熱砂の先に立つシリウスを見据えてガリウスが言った。

 

 2人は理解していた。

 どう足掻いても、覆せない現実があることを──。

 

 そして勝算のない戦いを挑むことは無謀ですらない。

 無意味な犬死にでしかない事を──。

 

 逃げれば後悔はするだろう。

 この2人は己の行いを言葉で覆い隠すことはしない。


 自分の行ったことを見据える人としての強さを持ってしまっているから。

 

 間違いなく後悔する。その事は分かっている。


 だが、この時の逃げるという判断を間違っていたと思うことは無いだろう。

 判断が間違っていたと思えば、親しい者は間違った判断で命を失ったことになる。

 

 だからこそ言い続けなければならない。

 『クレスが魔王を引きつけてくれたことで自分は助かったんだ』と──。

 

 例え、その言葉が自らを慰める為の詭弁であると理解していようとも。

 

 だからこそ、逃げなければならない。

 ここで逃げるのは、生き残れる者の義務とも言える。

 

 それでも──。

 

「ワシに1人で逃げろと?」

 

 シルヴィアは魔王を睨みつけ魔力を練り続けていた。

 ガリウスが逃げるために、自らが囮となるために。

 

「…………」

「ワシを戦う口実にするな」

 

 生き残れる者が逃げることは義務と言える。

 だが、例外も存在する。

 

 それは、他の生き残れる者が生存する可能性を高めるための犠牲になること。


 彼女はガリウスを逃がすことを口実に、魔王へと挑み一矢報いようとしていた。

 

 ガリウスとシルヴィア。

 どちらも長く生き、多くの戦いを経験してきた。

 

 もし、戦争であれば、勝ち目がなければ逃げ出しただろう。

 もし、生き残れるのが、自分1人だけであれば逃げ出しただろう。

 もし、砂の上に倒れているのが、別の人間であったのなら逃げただろう。

 

 この時、2人は同じことを考えていた。

 『クレスのバカが移った』と。

 

 自然と目を合わせ口元に笑みを浮かべる2人。

 

 この瞬間ときも同じことを考えていた。

 『コイツにもバカが移ったんだな』と。

 

 そして2人は熟練の戦士として最低の判断を下す。

 その判断は、物語の登場人物として最高の判断でもある。

 

「ワシがヤツを引きつける」

「ガリウス」

 

 咎めるように、シルヴィアはガリウスの名を口にした。

 いや、怒った口調と言った方が良いだろう。

 

 自分が囮になると言っていると彼女は、その言葉を捉えたのだから。

 

「勘違いするな。ワシにも切り札という物があってな。ソイツを使う」

「……本当でしょうね」

 

 いぶかしがるシルヴィア。

 

「本当だ。ソイツを使えば身体能力は高まる……が、代わりに理性は飛びかける。だが、魔王あやつの足止めには必要だ」

 

 シルヴィアは、魔王に注意を向けながら、ガリウスの顔をジッと見つめた。

 そして、あることに気付き溜息が出そうになる。

 

(絶対に、全力で魔王に挑んでみたいって思っているわね)

 

 彼女の観察は正しかった。


 クレスを助けたいというのは本心なのだろう。

 だが、少しずつガリウスの目的は魔王と戦うことに傾きつつある。

 

「分かったわ。ただし、クレスを拾ったらすぐに逃げるわよ」

「…………」

「ガリウス!」

 

 このとき、シルヴィアは気付いた。

 ガリウスの頭からクレスの存在が消えかけていることに。

 

「ああ、当然だ」

「……絶対よ」

 

 ガリウスの返事には説得力が全く無い。

 シルヴィアに出来るのは、目的を忘れさせないように念を押すことだけだった。

あと一話でバトル終了です(予定)

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